乾きを潤す
卜部はしゃべり終わってほっとしたのか、うまみの消えたコーヒーをうまそうに飲んでいた。マスターに付けにして内藤丈太郎に払ってもらうことにして帰って行った。加賀美はテーブル席からカウンターの席へと移った。
「卜部良助もあれかな?弁護士会から弁護士資格をはく奪されたこともあって吹っ切れたのかと思ったよ。まぁ、一時の時間かもしれないな。内藤は障碍者の扱いがひどいのに、行政は動かないんだよ。聞くところにはお偉いさんと手を組んでやっていることもあって公にできないじゃないかってさ。国会議員なんてさ、何考えているかわからないんだよね。でも、記事になれば動くしかなくなる。うわべだけじゃ無理な時に陥るさ。」
「そうですかね。そう思えないんですよ。」
権力という力の強さを知ってしまった人間はその力の恐ろしさを知ってか知らずかただ安易に使ってしまうのだ。マスターはサービスだといって少しだけ高めのコーヒー豆で作ったコーヒーを出してくれた。
「卜部恭介にそういえば、死ぬ前に会ったことがあったな。兄に会いに行くといっていたよ。まぁ、いい暮らしはできないこともわかっていたようだし、釈放されて殺されるかもしれないこともわかっていたみたいだよ。むしろ、殺されて当然と思って出てきているとも言っていた。釈放された間に気持ちが整ったら良助に会いに行くみたいだったようだよ。謝罪ではなくて、社会に対して謝れと言いたかったみたいだよ。」
弁護士になったとしても悪事は変わらずしていたこともあったからだという。荻元光と出会ったとして悪事となってしまったのだろうから。恭介はそれを言いたかったのかもしれない。人は簡単に変わらないものだということも伝えたかったのだろうか。
「まぁ、良助よりかほよっぽどいい人だったよ。そりゃ人殺しをしたのは悪いけど・・・。巻き込まれてしまったが故に抗えなかったものがあったのかなってね。恭介はきっと少しやりたいことをしたかったんだと思う。」
行きたい高校に行きたかったのだろう。その抗いが引きこもりだったのに、それすらも理解できなかった区議会議員の父親はきっと何時も部屋の前で罵倒したのだろうと思ったのだ。たまったストレスを発散する場がなかったのだ。それが無差別殺傷という形になったのだ。
「いい子があんな形になるんだから、周りの影響は大きいってことだよ。嘘を安易に教える大人ばかりでは困るだけだよ。」
マスターは遠くを見て寂しそうに乾いた笑顔を見せて言った。




