痕跡を生む後
「人ってのは、ヒーローになりたかったりする時期があったりするんですよ。幼いころとかにですけど・・・。今になって現実との闘いに敗れてしまって動いているのだと思っています。」
「現実から逃げているだけっていうことですね。」
黒岩は難しそうな顔をにじませていた。その表情の裏にある何処か寂しそうなところも垣間見た気がしてならなかった。彼もまた検事になったが、キチンと調べれば警察から嫌がれてしまった経歴がある。弁護士になっても似た環境になったのだ。
「黒岩幸吉さんって知っていますか?」
「幸吉というのは俺の父です。黒岩という家はもともと検察一家としていたんですよ。けど、俺は裁判官になりたかったんです。正しく裁きたいとかではなくて、寄り添った裁きをしたいと思ったんです。親父にいった時には怒られました。」
法科大学院に入った時に告げたそうなのだが、幸吉は血相を変えてしまったのだ。検察として生きてきたことやこれまでしてきた功績についてつぶやきだしたのを見て検事になったのだ。隆吾にとって弁護士になったことはかなりの覚悟だった。黒岩は荻元の弁護士事務所に入ったものの奥さんのところになるのだ。
「人生ってその程度だとしか思っていません。うまくいくとか行かないとか考えているだけでも疲れるものですから。」
「でも、誇りはありますよね?」
「えぇ、ありますよ。それがあるからこその弁護士としてのバッジの重みも感じているんです。腕利きであればいいのかどうかもわからないですから。かすかな誇りはきっと何処かで役に立つこともありますから。」
黒岩は空になったコーヒーカップを見て、自ら注ぎだしたのだ。インスタントコーヒーを何杯か入れた後にお湯を入れるだけになっている手軽さに改めて驚いてしまう。当たり前が今や少し消えてしまうだけでも違って見えてくるのだ。角度を変えてみればさわやかになって変わってくることもあるのかもしれないのだ。立ち向かうだけの道を覚えてしまうときりがないように映ってしまうかもしれないが、かすかに見える休憩スペースを探しているのかもしれないとも思ってしまうのだ。
「当たり前なふりしてそれを改めて思うと違うことのほうが多いんですよ。」
「今ばかりが強すぎても困ることも多いんですね。未来のことも考えるほうに転換するのもまた、軽くなる方法なのかもしれないと思います。」
加賀美はそう言って黒岩の事務所を出て行ったのだ。まだ勉強中の彼もきっと何処かで活躍するのを願うしかない。




