知るべき
「この商売をやっていると水物だってよくわかりますよ。父はよくやろうと思ったとつぶやいたときもありましたけど、母は多くは語らなかったんですよ。きっとやらないほうがいいといったんだと思います。」
喫茶店にドアのカランカランと音が響いた。音が鳴るほうに気になるのか、椅子に座っている人達が顔を向けた。そこには安いっぽいジャケットで着飾った少し中年太りを感じる男性が立っていた。カウンターを見るなりこちらに足を向けてきた。加賀美の隣に空いてあった椅子に座った。
「こりゃすいませんね。日楽新聞の社会部の記者をしております。金城といいます。」
金城はジャケットから名刺入れを取り出し、名刺を須藤に渡した。金城が何故此処に来たのか、謎にしか思えなかった。明らかに須藤の話を聞くようにも思えなかったこともあって明かすことも少なくしていたのだ。
「部長から怒られたんや。異動で入ってきてそうそうに突き放すようには言うとらんってな。それに部長は口濁しとったけど、お前がもしかしたらやめるかもしれへんということも何となくわかってはるらしいで。」
「そうですか。金城さんは須藤さんの話を聞くつもりもないということですね。・・・俺は昨日のうちに父から残り1年間だといわれました。実家が寺なので継ぐんです。だから後悔なくやり切りたいんですよ。」
金城が此処に訪れたのはそれだけはないらしい。諏訪の机の引き出しに手紙が入っていたのを知っていたのだ。それがなくなっていたことや加賀美を入れたことに対する意味を思ってきたのだという。あと、記者クラブを案内をするという役割を担っているのだという。
「それでしたら今日はこれまでにしませんか。加賀美さんがうちに来てくれたことがうれしかったですから。また、来て父のノートを見てください。」
「お手数おかけしました。」
コーヒーの代金を支払って喫茶店『ユリ』を出た。彼はそれをそっと見つめているように見えた。彼にもまた思うところがあるのだろう。金城から言われたように警視庁に入った。記者クラブを入ってみてみると狭くなっているうえにいくつものの出版社が軒を連ねていた。
「おい、日楽は加賀美を入れてきたのか・・・。」
他の出版社から漏れるのは嫉妬と思わしき声と戦っていくことになるのだと痛感した。記者クラブには4人在籍することになる。金城はそのリーダーのような存在なのだと改めて知った。他のメンバーはその時、外に出ていたのか会うことができなかった。