行く場所
卜部との会話はだんだんとたわいのないものに変わっていった。それは兄弟でするはずだった会話をしているのかもしれないと思っている。過去の何気ないことに対して笑っていたかったのかもしれない。
「そうだ。加賀美さん、時々会いに来てください。まぁ、出てくるのには時間がかかりますから。」
「わかりました。愛に来ますよ。手紙は渡しておいてください。受け取りますから。」
「はい。」
晴れやかな彼の顔は前に会った時とは見違えるほどの明るさだった。全ては真実を明かすことのできたことだろう。加賀美はそう言って椅子から立った。
「似合ってますよ。着物。・・・言おうとしていたんですけど、なかなか言えなかったんです。」
「いいんですよ。この着物は父のお下がりなんです。新聞記者をやめたら住職になるといっていたんですけど、親は心配だったようでまだ自分の着物が出来上がっていないんですよ。だから・・・。」
「それでいいんですよ。貴方らしく会ってほしいと思っているんです。貴方の記事で救われましたから。事実を書くことの意味が分かってくると思います。」
良助はそう言ってドアを開けていなくなった。彼にとって運命を変えた記事になったのだと思った。荻元のことを書いたことで明るみになったことも多い。それに後悔してしまうばかりではだめなのだと思った。加賀美は面会室を出た。最初に受付をしたところに行くと書類を書いたときにいた人がいた。
「卜部良助から受け取っているよ。誰に行くのか、書いていないんだよね。此処で書いて行ってもいいよ。」
ペンが用意されたのだ。白い封筒に加賀美は丁寧に書いた。黒岩隆吾と。
「黒岩隆吾か。確か、ブラックリストや処刑台の事件で捕まった犯人だよね。」
「そうです。・・・彼は警察が握りつぶそうとした事件の被害者なんです。警察が拳銃の取引を公にしていれば生まれなかった事件なんです。その息子が事件を起こしたんです。それで卜部光明のことなので卜部から謝罪の手紙を受け取ったんです。」
彼から漏れるのは嫌味を含んだ言葉かもしれないと思ってしまったのだ。それを聞いていた刑務所を管理している立場である彼はいった。
「そうだよね。この事件は警察が生み出した犯人だよね。権力に弱くて引き下がっているばかりでは何も生み出さないし、誰も救わない。ただの偽善者だってことになってしまう。それがなくなればいいんだけど、できないのも現実なんだよ。残念ながら・・・。」
悲しそうにいった。加賀美は手紙をもって刑務所を出た。