決意表明
仁は幸之助の言葉を聞いた後に寺を出ようとしたときに楓が現れた。
「幸之助さんから背中を押されたんでしょ。それでも私からも何かいったら言われちゃったのよ。仁は行くつもりになっているのにごめんね。」
「いいよ。」
「私もね、けじめをつけないと思っていることがあるの。旅館のことよ。お姉ちゃんもお兄ちゃんもなりたがっているんだけどね。経営に関してはお姉ちゃんのほうが上なのよ。」
楓の姉は大学で経営学を学んだうえに会社経営を自らやって来た経歴をもっているのだ。そのこともあって父親と母親も姉がなってもいいと思っていたらしいが、そこに割り込むように板前になるといった兄が現れてしまったということなのだ。
「仁もちゃんと決断して新聞記者をやめて寺を継いで後悔しないように生きているのに・・・。母親としてね、思うのよ。旅館の権限をもっている以上ちゃんとしないとってね。」
楓なりの思いがあったのだ。旅館を継がせるのは一番に決めるのは楓となっているのだ。喧嘩するまで追いやることまで考えたくなかったのだ。それでも時は流れて旅館の跡取りを決めないとならないのだ。
「かえって来た時にはちゃんと報告するわね。」
「わかった。母さんの決断なら父さんも俺も誰も引き留めないよ。だって母さんが1番見てきたって知っているんだから。」
彼女はほっとしたような顔をした。彼女は少しでも否定されるときがくればと思ったのだろうか。何も生まれないのだろうか。彼女の笑顔は父親が惚れたことが分かってしまうほどだった。
「気を付けていってきてね。」
「行ってきます。」
父親のお下がりの着物を身に着けたことで何処か身の引き締まる思いがあった。伊達に会う人間ではないことを知っている。卜部はきっと後悔の中で生きているのだろうか。それとも時を待っているのだろうか。刑務所に向かう最中で思ってしまうのだ。彼は何処かで思うことしかなかったのだろうか。誰かに恨まれても構わないと思って止めようとは思えなかったのだろう。弱さを吐露したところで助けてなどくれなかったのだろうから。着々と刑務所に近づいているのを感じた。重いコンクリートの建物が見えてきた。此処できっと思っているのはかすかな希望になってしまわないようにとも思った。コンクリートの建物の中に入った。
「すいません。此処に名前を記入してもらえますか?」
仁は自分の名前を書いた。そこに書く行為は決意表明のように見えた。覚悟ともとれるような・・・。