見え方
幸之助と話した二日後のことだった。仁は着物を着ていた。これが会うにふさわしい正装のようにしか思えなかった。それを知ったのか、楓は笑っていた。
「いいじゃない。幸之助さんの若いころの着物を残しておいてよかったわ。こんなに似合うのならもっと残しておいたのに・・・。もったいないことをしたわ。」
幸之助が着ていた着物を出してきたのは仁にはそれ相応の着物をまだ持たせてもらっていなかったからだ。昔から寺を継ぐとは言っていたものの本当に継ぐのか、楓や幸之助にとっては悩ましいことだったことが確実になったのは最近であったこともあって捨てた着物もあったのだ。
「それはな、この寺を継ぐものが必ずお下がりとして受け継いでいるものなんだ。扱いを悪くしなければ長くもつものなんだ。・・・大概そんなものなんだけどな。楓さんが着物の扱いに詳しかったこともあったから余計にきれいにもっているんだ。大事に着るんだ。いずれいい着物を作るから。」
彼はそう言って仁の着物姿を見て誇らしげに言った。その誇りにあるのはきっと希望であって傲慢さを抱えたものではなかった。長年積み重ねてきたうえに生まれたものであると仁はわかっていた。彼の笑顔は幼いころに見た笑顔と同じだった。何も背負っていない背中には重いと感じることもないはずだ。
「そうよ。幸之助さんも最初はあまり着物をもっていなかったのよ。だって、継ぐだなんて思われてなくて会社員として働いていたこともあってね、この着物を主体として着るしかなかったのよ。でも少し照れ臭そうにしているのは面白かったわ。」
幸之助もまた社会勉強ということで会社に勤めていた。銀行で働いていたが、お金を目にする度に何処か残酷に思うしかなかったのだ。融資を打ち切ることで何処かで失っているものを感じていた。そこから逃げ出すかのように寺を継ぐようにしていた。それから数年後、楓と出会ったのだ。彼女も追われていたものから逃げていたのだ。
「似たもの同士だったからよく笑ったわ。似すぎていてよ。だって、何も達成していないのに・・・。周りからも笑われたの。でもね、何処かで大切にしているものが一緒だと思ったのよ。」
2人は目を見つめ合った後に幸之助は下を向いた。楓は横を向いた。
「それはね、愛だよ。単純で難しいものさ。自分に対するものではなくて、相手に対するものが大きくなりすぎて自分では立ち向かえなくなって逃げるしかなかった。そのやさしさをわかってくれる人も少なかったんだ。」
冷たい世の中になっているのだと感じたのだ。他人を放っておいて自分勝手なことを言うのだと感じたのだ。寂しい悲しい世の中へと向かっているようにも見えたが、何処かで光をともすこともある温かい世の中にもあった。