踏み出した先
「俺もな、荷が重いときがあったんや。それは卜部恭介の生い立ちを追いかけていた時だったな。全てを承知の上で調べろってその当時の部長にいわれたんや。なんで生い立ちを追いかけなあかんのかを問いただしたら、これからのためやって言われた。苦しいときがきっと社会部やから現れるから、逃げる方法を覚えるよりも立ち向かうことになるって言ってたんや。」
金城はその時を思い出すように言った。葛藤していたのを隠していたのだろうかと思ったが、そうではなかった。その当時の部長に問いただしていたことを聞いて納得した上で調べていたのだというのだ。
「卜部恭介のことを調べ取ってよかったんやって改めて思ったわ。だって、今回の事件もまた卜部光明が犯人やから死んでも調べられるわ。」
彼は記者としての魂をもっているようにも感じた。加賀美にはあったのか、なかったのかも定かではないものをもっていると。記事を書いているのはうっ憤晴らしになっていたりしないかと今更ながら思ってしまうのだ。それくらいにしかなれていなかった。
「お前は寺を継ぐんやからとか言わんわ。ただお前はいい記者やったんや。それくらいの記事を書いたし寄り添っていた証や。失うのは惜しいな。部長もそうやろ。きっとそうや。」
金城は納得されるように言って電話を切った。社会勉強のために就職していることを知っていてもなお、いい記者だったと評価してくれる彼のやさしさが肌に染みた。漂うのは空白の時を埋めてくれる何かであるようにも思えた。ノイズのようになっていたテレビを切った。そこに残るのは静寂だけだが、そこを埋めてくれるものをもっていた。寺を継ぐからだとか言わないやさしさはきっと救われたときもあったからだ。ふっと思って加賀美は窓のほうへと向かってみた。そこにはせわしなく歩いていく人の姿があった。普通を大切に生きている姿が厚いものであると思った。見えない光が照らしているものがあるのだと思った。
「俺も前向かないとな。金城さんや部長にも悪いし・・・。」
彼は冷蔵庫から冷え切ったお茶を飲んだ。乾いた喉を潤すには十分なくらいの量を飲み干すには時間はかからなかった。足が重かったのが嘘なくらいに軽くなっていた。彼はそのまま、携帯を持った。
「もしもし。」
「仁か。どうした?」
「親父が言っていた通りに俺は寺を継ぐから。」
幸之助は驚く様子もなく、ただ淡々と聞いている。
「仁から電話がかかって来たから遅らせてくれとか言われるのかと思ったけど、そうじゃなかっただけよかった。氏子も喜ぶわ。」
そういって彼は切った。