眼に合わせる代償
加賀美が記事を書き始めていると社会部の部屋がざわつき始めた。加賀美はそれに気づいて振り返ると羽鳥が彼のそばに立っていた。
「お前の記事が出来上がるのを確かめてくれって、さっき諏訪から連絡があったからな。まぁ、お前も社会部として2つくらい記事を書いているんだから大丈夫だと思うんだよ。それでもってさ。」
羽鳥は以前文化部にいたときと同じような優しい顔をしていた。諏訪に任されたのはきっとそれだけではないことくらいは容易にわかるのだ。羽鳥は隣にあった椅子に座った。
「何も気にせず、書きたいようにかけ。そうじゃないともったいないぞ。大きなネタなんだ。記事を書くっていうのはそれだけ重たいんだ。」
加賀美は耳元で聞きながらパソコンに文字を並べていく。感情を少し含みながらになってしまうがそのほうが書けるのが分かったのだ。荻元や内藤の記事を書いたときとは違う劣等感を抱いている自分に疑いを持つしかなかった。正義を書いているだけではだめなのだと改めて思ってしまった。荻元は弁護士として顧客を見捨てた上に拳銃の取引にかかわっていたこと。ハローナイスの内藤は障碍者を雇っていながらそれを利用して金を巻き上げていたこと。それを書くのには時間はかからなかったのかもしれない。今回ばかりは違うと思った。沼田が言っていたことを思い出した。悩んでも構わないといっていたのだ。週刊誌の記者として働いてきっと悩んで記事を書いたときもあっただろう。それから生まれた答えでもあると思った。彼が気づいたときには窓は暗くなり始めていた。
「できました。」
「俺が思った通りの時間に記事を書き上げているわ。内容は特別、見る必要はない。諏訪から任されていることをするために、加賀美、記事をコピーしろ。」
言われた通りに記事をコピーするとすぐに羽鳥はいなくなった。書き上げた瞬間に生まれたのは達成感でもなかった。罪悪感も含まれていた。記事を書くことになった時に泣き叫ぶ声が耳から離れないのだ。間違いではないと思うしかなかった。これは警察ですら解明できなかった事件の記事なのだと思った。疲れてしまって椅子に深く座った。
「加賀美さんが書いた記事はきっと語り継がれますよ。だって大事件の記事なんです。国会議員の息子がかかわっていたショッピングモールの事件は世間は騒がせても大したことはないんです。けど、被害者に当たる人間が加害者の家族に含まれているのと同じだったうえにそれを解決したいがために事件を起こしたなんて結末、誰も予想できませんよ。」
加賀美の近くにいた男性がうれしそうに言った。




