乙女ゲームに悪役令嬢が見つからない
とある1柱の神様は迷い人を案内するお仕事をしている。
全知全能の神様とは違い、心の中や未来を見通す能力を持っていないのでそのお仕事をすることにしたのだ。
迷い人のお話をよく聞けば、なんとなくそれっぽいところへ送ることはできるからである。
願い事と神様が叶えることに多少の誤差は出るが、基本的に迷い人は、
「天国に行きたい」「じゃあ綺麗で花の咲き乱れる死なない世界へ」
「地獄は嫌だ」「じゃあ新しい人生を」
「まだ死にたくない」「なら死ななかった君の中へ送るよ」
といった具合に難しいリクエストをしてこなかったので、問題は出ていなかった。
しかし、今日は様子が違った。
いつもなら迷い人はふよふよと漂ってくる頼りない光なのだが、今日の迷い人は激しく発光した。
しかもそのあと、生前の姿と思わしき女の子の見た目になったのである。
「……私、死んだの? 」
「そう、みたいだね? 」
ここへ来たということは死んでいるはずなのだが、イレギュラーな事態に神様も疑問符付きでの回答になってしまった。
「あなたは? 神様なの? 」
「君の信じる神様とは違うかもしれない。もし君の神様がいるならその方には悪いけれど、僕が君を案内する係みたいだ」
その台詞はお決まりなので言ったが、この女の子はあんまり神様とか信じてなさそうだなと神様は思っていた。
女の子が神様に対して、まるで敬意を払ったり敵意を顕にしたりする様子が無かったからである。
それはそれで神様にとって助かることで、前に別の神様を信じている光にひたすら体当たりを食らって話も出来ない状態だったケースよりは遥かに楽である。
とはいえ、今日の迷い人が神様にとってイレギュラーであることに変わりはないのだが。
「案内ってどこへ? 」
「まず、君の希望を聞いておこうかな」
希望までイレギュラーではありませんように、と神様は全知全能の神様たちに祈りながら女の子の言葉を待つ。
そして女の子は言った。
「乙女ゲームのチートな悪役令嬢に転生して優雅な生活がしたい」
神様は自分の言語翻訳能力の限界を感じた。
「ちょっと待ってね……。乙女ゲームっていうのは女性向けの恋愛ゲームであってるかな? 」
「そうよ」
「それに出てくる優雅な生活を送れる『チートな悪役令嬢』に転生したいんだね? 」
「その通りよ」
ここまでは確認という形でなんとか噛み砕けた。神だけに。
しかし問題は『チートな悪役令嬢』である。
神様にはなんのこっちゃ分からなかった。
だがこんな早い段階で分からないと言ってしまえば、この迷い人が不安になるかもしれない。
仕方ないので神様は、迷い人が元々いた場所を覗くことにした。
この行為自体は生き返りたいという望みの人を案内するときにもやっていることなのだが、今回はだいぶ細かいところまで見て理解しなければならないのでちょっと気が重い神様である。
そして神様は、女の子が元々いた世界の乙女ゲームを調べた。
漠然と乙女ゲームだなんて言うからどの乙女ゲームにも出てくるのだろうと思っていたが、最初に見た乙女ゲームに『チートな悪役令嬢』は出てこない。
さらに2つ、3つと乙女ゲームを見ていくうちに、神様は乙女ゲームにもジャンルがあることを知った。
それから10、20と見ていって、神様はイケメンというのはいいものだなと思い始めた。
さらに50、60と数を重ねるうちに、なんのために調べているのか忘れそうになった。
そして女の子がいた世界にあるすべての乙女ゲームを見た神様は、ゆっくり息を吸ってから女の子に言った。
「君の世界の乙女ゲームに、『悪役令嬢』なんていないじゃないか! 」
そう、いなかったのである。
女の子の世界の乙女ゲームには『悪役』で『令嬢』なんて存在はひとりもいなかった。
だというのに。
「そんなはずないわ。みんな乙女ゲームの悪役令嬢って言っていたもの」
女の子の返答はこれである。
神様は、このイレギュラー案件が厄介なものであることを認めざるを得なかった。
「じゃあ、その『悪役令嬢』についてもう少し詳しく僕に教えてくれないか。僕は君たちとは違う世界に生きているから、何か認識違いがあるかもしれない」
迷い人を案内するのが神様のお仕事なので、途方に暮れつつもなんとか光明を見出そうと問いかける。
「悪役令嬢は、攻略対象である王子様の婚約者なの。そして物語のラストで王子様に婚約破棄を言い渡されるのよ。ついでに今までの悪事がバレて処刑されたり国外追放されるの」
神様は絶句していた。
そんな本当は怖いグリム童話みたいな報復するのが主人公って、乙女向けのゲームとしてどうなんだろう。
これがストレス社会の闇なんだろうか。
いや、そんな乙女ゲームは神様が調べる限り無かったのだけれども。
とはいえ神様はなんとなく把握できたぞ、と安心していた。
処刑されたり国外追放されたりするほどの悪事をする貴族令嬢だから悪役令嬢なのだろう。
チートなと言っていたのは権力の話で、優雅な生活を送れるのは裕福な貴族だからだ。
「よしわかったぞぅ。じゃあ君を望む世界へ送るからね」
神様は気合いを入れるために腕まくりをしながら女の子にガッツポーズをする。
「ほんとうに? ありがとう! 」
神様の力で光の中に包まれながら、ずっと無表情だった女の子は僅かな笑顔を見せた。
その笑顔に神様は、今日もいい仕事をしたぞと満足するのである。
そして、数日後。
「ぜんぜん願ってたのと違ってたんだけど」
再び女の子が、神様のところに現れてしまった。
やはり他の迷い人とは違って激しく光るし人型で、それも別の世界で別の姿になったはずなのに何故か前と変わらない女の子の姿になっている。
「えっと、……聞きたいことは山ほどあるんだけど、それは置いておいて……、どこが違ったか聞いてもいいかな? 」
「あんなの、乙女ゲームじゃないし! チートな悪役令嬢でもない! 」
女の子の話を要約するとだいたい以下の通りである。
・何にもシナリオを知らないまま、平和に優雅に貴族として綺麗なドレスと美味しい食事に囲まれて暮らしていた。
・婚約者になった王子にも優しくされていたので溺愛されてると思っていた。
・突然王子に婚約破棄を言い渡された上に、実の親には「暗殺者を送り込む冷血な女」「隣国との戦争を起こすために隣国の戦争派と組んで我が国に火種を作る売国奴」などと罵られた。
・仲良くしていたはずの侍女は王子が送ったスパイだった。
・そして何がなんだか分からないまま処刑されて、気がついたら神様のところに戻ってきていた。
「えっと、これのどこが嫌だったの? 希望通りだったと思うんだけど」
女の子の話を全部聞いても、神様にはどこが間違っていたのか分からなかった。
「なんでよ! こんなの望んでないわよ! だいたいヒロインはどこにいたっていうの! 」
「スパイの侍女ちゃんがヒロインだよ。スパイに行く先がお相手選択になるようになってるんだ。これでも乙女ゲームについてはよく調べたからね! 」
「そんな乙女ゲームないわよ! 」
「え? 君に言われたくないよぅ」
女の子がいた世界にあるすべての乙女ゲームを見た神様には、女の子よりもその世界の乙女ゲームを知っているという自負が生まれていた。
神様がどうしたものかなと思っていると女の子がまた大きく叫ぶ。
「そもそもなんで私が処刑されちゃってるのよ! 」
それは神様にとって驚愕の発言だった。
「え、だって……君が『悪役令嬢は処刑されたり国外追放』って言ってたんじゃないか……。忘れちゃったの? 」
神様がそう聞くと、今度は女の子が驚いた顔をする。
そして諤々と怒鳴り始めた。
「違うわよ! それは元のシナリオの話で! 別人がそこに転生したら普通はハッピーになるものでしょ! こんなの常識よ! 」
「えぇ……君がどう行動しても破滅するようにアレコレ仕込むの大変だったんだよ! 実際に、用意した破滅に導く要因の5割は無効になってたみたいだし! 神様がんばったのに! 」
「普通に考えて破滅を求めてる人なんてそうほいほい居るもんじゃないし、悪役令嬢ものっていったらハッピーエンドなのよ! 」
神様は「そもそも乙女ゲームの『悪役令嬢』自体君の世界には存在しない君の妄想なのに、そんなあたかも常識みたいに語られても……」という言葉を辛うじて飲み込んだ。
「ハッピーになるんだ?」
「そうよ」
「それってわざわざ『悪役令嬢』になる必要はあるの? 裕福な貴族に生まれればそれでよくない? 優雅に暮らせるよ? 」
神様は訳がわからないがなんとか理解しようと問いかける。
頭の中は疑問符で埋め尽くされているが、どうにか理解しないとまたこの女の子が迷ってしまう。
「シナリオ通りなら破滅するかもしれないっていうハラハラドキドキ感がいいんじゃない」
「えーっと、ハッピーになるって決まってるのに、ハラハラドキドキできるものなの? 」
「ハッピーになるって決まってるから適度なハラハラドキドキになるのよ」
神様は頑張って女の子の言っていることを頭の中での噛み砕いて、どうにか「安全なジェットコースターのようなもの」と認識した。
ジェットコースターは安全が保証されてるから人気がある乗り物であるし、怖い作りであるほど売りになる乗り物である。
神様にはどうしても矛盾を感じてしまうものではあるが、そういうのが良いとされる価値観もあるということだろう。
「よぅしちょっと掴めてきたぞ! 今度はハッピーエンドになるように神様頑張ってみるからね! 」
「え……あ……あの、わざわざありがとう……」
気合いを入れた神様とは反対に、女の子が急にさっきまでの勢いをなくした。
神様は首を傾げる。
「急に元気がなくなったけど、どうかしたのかい?」
「その……『今度』があるとは思ってなくて。てっきり1回きりだと」
なるほど、確かにそれならあれだけの剣幕で文句を言うのも仕方ないかもしれない。
そもそも2回連続でここへ来たのは女の子が初めてなので、今までの迷い人には1回きりだったのも事実である。
「それは君が特別だからさ」
「え……」
「さあ、はりきって案内するよ! いってらっしゃい」
神様の光に包まれた女の子は、真っ赤になった顔を手で覆い隠しながら旅立っていった。
それを見送った神様は、なんとなく胸のあたりが涼しい風が通り抜けたような冷たいものが沈んでいるような違和感を覚える。
「んー……ああそうだあれだ。『さびしい』なぁ」
でもあの子は変わってるから、また次も会えるかもしれない。
神様は、それを楽しみにすることにした。
だけど、女の子はそれからいくら経っても来ることはなかった。
そしてそのうち神様は役目を終え、小さな光となって後任の神様に迷い人として案内される。
行き先を聞かれた神様は、こう言った。
「乙女ゲームに悪役令嬢がいると思いこんでいるあの女の子のところに行きたい」
「え? そんな子なんていくらでもいるんだけど」
「え?」
「まあわかってるよ。あなたの運命の子だよね。ここで願ったことは叶わないといけない縛りがあるから、あの子の願いがあなたを縛ってこんなことになってるんだけど。ま、いい具合に調整して時間も遡って送っとくから、あの子の願いもあなたの願いも叶うよ」
自分より有能な後輩の頼もしさに感謝しながら、元神様は光に包まれた。
きっと幸せだろう。絶対に幸せになる女の子を見ることができるのなら。
そう思った元神様はやっぱり知らない。
もっともっと幸せになれてしまう、そんな未来があることを。
めでたし。




