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悪霊使い ‐乾電池泥棒と悪徳の霊‐

作者: 黒森りんご

<あらすじ>

年齢、25歳になる伊藤一郎は無職だった。

東京の大学を卒業後、就職活動を三年間続けていたにもかかわらず、採用は一度もなく、未だに定職に就くことができなかった。

そして、ある日、生活費となっていた親の仕送り10万円を、突然絶たれると、


「どうやって生活費を稼げばいいんだ?」


と苦悩する。

親に連絡を入れると「早く働いてください」だった。


「・・・無理だよ母ちゃん。俺の顔の凄さ、知ってるだろ」


伊藤一郎はヤクザみたいな悪人面をしている。

アルバイトに応募すれば100%不合格。

近所を歩けば子供たちに泣かれ、交番前を通れば職務質問されるほど。

そんな不幸のどん底にいる一郎は、まっとうに生きるのが苦しくなったのか、

とうとう犯罪に手を染めてしまう。


1:スーパーに入る。

2:乾電池を盗む。

3:ネットオークションで売る。

4:これを繰り返す。


盗品の転売屋だった。

軽犯罪である万引きで、生活費を稼ごうとしたのだ。


が、すぐに後悔する。


妙な幻覚を見るようになったからだ。


それは悪霊という、盗んだ乾電池の中に入っていた霊魂だった。


「な、なんだお前?」

「俺の名前はデビル。お前をもっと悪党にするために、地獄の底からやってきた悪霊だ」

「・・・悪霊? そんな非科学的な存在、実在するわけないだろ」


己の目と耳を疑う一郎。

幻覚だけではなく、幻聴まで聞こえる。

一郎は不安になった。

病気だったらどうしよう。


が、そんな不安を払拭する出来事が起こる。


憑依だ。


一郎がデビルの霊魂を飲み込むと、一郎は悪霊使いになり、ポルターガイスト現象を引き起こすことができる。


手始めに一郎は、パチンコ玉を浮かすことにした。


「うわ、すごい・・・念動力ってやつか。この能力を使えば俺、パチプロになれるぞっ! 生活費を稼げるぞっ!」

「ばーか。もっと罪深いことに使えよ。でないと取り憑く対象を他の奴に変えるぞ」

「わかったっ! お前の言うとおり、もっと悪党になろうっ! 定期的に悪事を働くっ! だからずっと俺のそばにいてくれっ!」

「じゃあ大悪党になるんだな?」

「ああっ! なるっ! 頑張るよっ! 今世紀最大の大悪党に俺はなるっ!」


こうして伊藤一郎は、生活費のために、デビルと悪魔契約を交わし、大悪党への道を歩むことに決めた。


はずだったが―――。


人並みの良心を持つ一郎にできる悪事といえば、パチンコの出玉を不正に入手するゴト行為くらいだった。

さらに近所の資産家の娘、高田里美の誘拐事件を解決するという善行を行ってしまい、デビルに嫌われてしまう。

そしてデビルがどこかへ消えると、何の能力も持たない、普通の人間に戻ってしまうのだった。




<本編>


タイトル「乾電池泥棒と悪霊」


四畳半のぼろアパート。

その中央に置いた、小さなちゃぶ台の上に、アルカリ乾電池が1000本ある。

俺はとうとうやっちまった。

この1000本のアルカリ乾電池は盗品だ。

周辺のスーパーやコンビニを巡って、店員の目を盗んで、万引きした商品だ。


今はこれらを売りさばくために、ネットオークションで出品手続きをとっている。


「えーっと、定価の半額を即決価格に設定して・・・」


カタカタカタとパソコンのキーボードで、文字を打ち込む。

本当はこんなことしたくない。

したくないのだが・・・、

生活費がないんだ、仕方がないじゃないか。


俺の年齢は25歳。

名前は伊藤一郎。

東京の大学を卒業して、そのまま就職浪人になって、はや三年。

貯金は底をつき、親からの仕送りは途絶え、

アルバイトをしようにもヤクザみたいな悪人面のせいで、合否連絡はいつも不合格。


犯罪に手を染めるしかなかった。


「・・・と、こんなもんでいいかな」


オークションの出品ページを作り終わった。

後は売れるのを待つだけなのだが―――。


「あ、もう売れた」


エボルタNEOの、単3形アルカリ乾電池20本パックが624円で売れた。

もう少し高めの即決価格でも売れたかもしれない。

ちょっと残念だった。


「まあいいか。さっそく梱包しよっと」


俺はいそいそと、リサイクル広場で拾ったダンボールを使って、梱包作業を始めた。

これで当面の生活費を賄えるだろう。

すべて落札されれば、3万円くらいになる。

その間にまたアルバイトの応募を頑張れば、生きる活路を見出せる。


俺は乾電池をダンボールで包んで、茶封筒に入れた。

あとは振込みを確認した後、相手先の住所と名前を書くだけだ。


「―――と、そうだ。落札メールを相手先に送らないといけないんだった」


俺は相手の住所と名前を聞くために、落札メールを作成しようと、再びパソコンの前に座った。


すると、


「あ~あ、とうとう売っちまったか」


「―――っ! 誰だっ!?」


俺は後ろを振り返った。

背後から声が聞こえたのだ。

が、背後にはアルカリ乾電池が山のように積まれた、ちゃぶ台があるだけだった。

誰もいない。

しいて言えば、妙な黒い靄が、乾電池の山の上に浮いている。


「・・・俺の名前はデビル。聞こえるか、伊藤一郎?」

「っ! 黒い靄が喋ったっ!? んな馬鹿なっ!」

「よく乾電池を盗んだな。おめでとう。今日からお前は悪人だ。そして俺は、お前をもっと悪党にするために地獄の底からやってきた悪霊だ」

「・・・・・・」


俺は黒い靄を払うように、手をぶんぶんと大きく振った。

が、消えなかった。


「くっくっく。手遅れだ。お前は俺から逃れられない。お前は悪霊にとりつかれちまったんだよ」

「・・・馬鹿な。ありえない。悪霊? そんな非科学的な存在、実在するわけないだろ」


俺は現実主義者だ。

幽霊やお化けといった類の存在を、簡単には信じないタイプだ。

となると、己の目と耳を疑ってしまう。

この幻覚と幻聴はなんだろうか?

病気だろうか?

だとしたら最悪だ。

今の俺には、病院の診察料や治療費を払う余裕なんてない。

夢か幻であってくれ。


「信じろよ。俺は悪霊だ。お前は悪事を働いたから、悪霊に目をつけられたんだよ」


「・・・・・・」


怖い。

病気だとしても、少し、怖い。

俺は発狂しそうな気持ちを抑えて、考える。

どうしようか。

自力で治せるだろうか?

とりあえず、幻覚と幻聴が聞こえなくなるまで、部屋の中で、暴れてみよう。


「うわあああああああああああああああああっ!!!」


黒い靄を払おうと、ちゃぶ台をひっくり返す。

ガラガラガラ―――ッっと980個のアルカリ乾電池の山が崩れ落ちる。


「落ち着けよ」


「うるさいっ!!! 消えろっ! この部屋から出て行けっ!」


「くそ。仕方ない」


自称、悪霊と名乗る黒い靄は、さーっと乾電池の上から移動すると、布団の横に置いてある目覚まし時計の中に入り込んだ。

すると、


ジリリリリリ―――ッ!

と目覚まし時計が鳴った。


びっくりした俺は布団に飛びつき、目覚まし時計を止めようとするが、止まらない。


なんだこれは?


「俺の能力だ。心霊現象に疎いお前でも、ポルターガイストくらいは知ってるだろ?」

「あ、ああ。知ってる。誰もいないのに、物が動いたり、音が鳴ったりするやつだろ」

「そうだ。俺はそのポルターガイスト現象を引き起こすことができる。今は目覚ましのスイッチを押してるから、止めても音は止まない」

「・・・押してるのか? にわかに信じがたいな」


半信半疑の俺は、黒い靄、デビルを試すように、ポケットに手を突っ込んだ。


「じゃあ、これを動かしてみろよ」


俺はポケットに突っ込んだ手を出して、一つの銀色の玉を取り出す。

パチンコ玉だ。


「これを動かせたら悪霊の存在、信じてやるよ」


「・・・わかった。お望みどおり、動かしてやる」


デビルはそう言うと、黒い靄をビーム状に伸ばして、先端をパチンコ玉にくっつける。

そして念動力かなんだか知らないが、パチンコ玉を前後左右に動かした後、ぶうんっと上に持ち上げた。


「うわ、すごい・・・パチンコ玉が宙に浮いてる。この能力を使えばお前、パチプロになれるんじゃないか?」

「パチプロ? パチプロってなんだ?」

「パチンコのプロだよ。パチンコは銀玉を穴の中に入れると、たくさん銀玉が出てくる遊びだ。そして銀玉をお金に換金できるんだ」

「ふうん。それで?」

「俺と組もうっ! 一緒にパチンコで荒稼ぎしようっ! 生活費稼ごうっ!」

「やだ。俺は悪行を重ねて、悪魔になりたいんだ。だから悪逆非道な奴にとりつきたい」

「わかったっ! 定期的に悪事を働くっ! お前が望むだけの罪を犯そうっ! だからその力を俺に貸してくれっ!」

「じゃあ大悪党になるんだな?」

「ああっ! なるっ! 頑張るよっ! 今世紀最大の大悪党に俺はなるっ!」


「じゃあ悪魔契約だ。俺を飲め」


「ど、どうやって飲むんだ?」


「口を大きく開けるんだ。そして抵抗するな。心を入れ替えるように俺を受け入れるんだ」


「わかった」


俺は言われたとおり、口を大きく開けた。

するとオオオオオ・・・と不気味な音とともにデビルが口内に入ってくる。

黒い靄は口内から食道へ。

そして、すべて口内に入ると、俺はごくんと飲み込んだ。


「・・・こいつはすげえ」


不思議とパワーがみなぎってきた。

ヤクザみたいな顔が、さらに迫力のある面構えになる。

性格もドス黒く。

見れば下半身がみなぎっていた。


「ふう。なんだか良い気分だぜ。ちょっとしたハイってやつだ」


「そうだろそうだろ? 憑依ってやつだ。覚せい剤なんか目じゃないぜ。悪霊にとりつかれるって最高だろ?」


「ああ。認める。お前の存在。幽霊やポルターガイストのこともな」


「そうか。なら話は簡単だ。これからの一郎の義務は、一日一善・・・じゃなくて一日一悪。そして立派な大悪党になること。これを満たすのなら、俺はずっと一郎の胃袋にいてやる。いつでもポルターガイスト現象を引き起こさせてやる」


「・・・ありがてえ。そんな簡単なことでいいのかよ」


俺はくっくっくっと不気味に笑った。

今日で三年間の無職生活ともおさらばだ。


悪霊使い。


俺の職業がついに決まったのだ。

デビルの能力を借りて、悪行の限りを尽くす。


「うぷ・・・」


「契約は完了だ。そろそろ外に出るぞ」


デビルは俺の決意に満足したのか、しばらくして、俺の胃袋から出た。

そして黒い靄の、尻尾のような部分を少しだけ、俺の首に巻きつける。

マフラーみたいな感じだ。

ほどよくまとわりついている。

心地よい。


「・・・よし。さっそく一日一悪を試してみるか」


俺は外出の準備をしようと、身だしなみのチェックをした。

鏡を見ると、顔つきが元に戻っている。

気分もだ。

デビルが胃袋から出ると、性格が元に戻るのか、ハイな気分は終わった。


「・・・まあいいか。パチンコ屋だ。とりあえず、生活費を稼ごう」


そう呟きながら俺は、アパートの外に出た。

ドキドキしながら数分ほど歩く。

なにせ初めてのゴト行為(悪行)だ。

ポルターガイスト現象で、パチンコ玉を操作して、不正に出玉を入手する。

上手くいけばいいが、


「―――と、ここか」


俺は新台入替の、のぼりがある建物の前で立ち止まった。

目当てのパチンコ屋だ。

平静を装いながら、店内に入る。


「えーっと、羽根物の台はどこかなっと・・・お、あった」


俺は一台の羽根物の前に座った。

機種名はルルルのルルーシュだ。

Vの穴に入賞すれば、2R~16Rの出玉をゲットできるスペックだ。

俺はドキドキしながら、サンドに千円札を投入する。

貸玉ボタンを押して、125玉を借りる。

これで上皿の準備が整った。

後は銀玉を打ち出すだけだ。


「よし。じゃあデビル。ポルターガイスト現象でパチンコ玉を動かしてくれ」

「ん? 俺に頼まなくても、一郎は契約したんだ。自分の意思で動かせるぞ」

「そうなのか? どうやって動かすんだ?」

「念じるんだ。玉を見るだけでいい。それだけで自由自在に動かせる」

「・・・わかった。試してみよう」


俺はデビルの言うとおり、上皿の銀玉を見た。

パチンコ台の盤面の中に入るように念じる。

すると、ズズズズズっと黒い靄が、口から出てきた。

デビルの分身だろうか? 首に巻きついている黒い靄とは別の靄だ。


「・・・・・・」


俺は口から出てきた黒い靄を、ビーム状に伸ばして、先端を上皿の銀玉にくっつけた。

そして動かす。

上皿から盤面の中に入り、天釘付近でぴたっと止まるように念じる。


「・・・おお、できた。すごい。後は羽根を開かせるだけか」


俺はハンドルを握って、右に捻った。

適当に数十発打ち出す。

そして羽根を開かせるスタートチャッカーに銀玉が入ると、


「今だっ!」


俺は天釘付近に待機させていた銀玉を、開いた羽根の奥に入れた。

後はV入賞口まで移動させるだけだ。

だけなのだが・・・。


「・・・結構疲れるな、これ」

「まあ、うん。ポルターガイスト現象って念動力みたいなもんだから、かなり霊的エネルギーを使うぞ」


俺は額から、大量に汗を垂れ流していた。

これが霊的エネルギーの消費というやつだろうか。

身体からパワーが抜けていく。


「―――くっ!」


エネルギーが切れる前に、銀玉をV入賞口に入れなければ・・・っ!


「け、警報音は鳴らないな。磁石じゃないから当然か」


俺は念動力で、銀玉をノーマルルートに通した。

そしてV入賞口まで運び、Vの穴に入るのを確認した後、すっと黒い靄を切り離す。

すると、


「大当たり~~~っ!」


歓喜の瞬間がやってきた。

成功だ。

俺は生まれて初めての悪行、ゴト行為(窃盗罪)を成功させた。

選択されたラウンドは8Rだ。


「ど、どうだデビル。一日一悪、これで満足か?」

「・・・・・・」

「デビル、なんか言えよ」

「腹減った。チーズインハンバーグ、食べてえ」

「え?」

「念動力を使って、霊的エネルギーを著しく消費したんだ。俺の一部が一郎の胃袋に入ってるんだが、そいつが悲鳴を上げてる。腹減ったってな」

「飯を食えばいいんだな。わかった。大当たりラウンドを消化したらガストに行こう」


俺は大当たりラウンドを消化すると、店員を呼んだ。

ご飯休憩の45分間の札を、上皿に置いてもらう。


そしてデビルの要望通り、チーズインハンバーグがあるガストまで走った。

一応、近所にガストはある。

あるが、45分間だ。

早くガストに入って、メニューを注文し、完食しなければならない。

俺は猛ダッシュでガストに入った。


「いらっしゃいませー。お一人様でしょうか?」

「はいっ! 一人ですっ!」

「カウンター席、テーブル席、どちらをご希望でしょうか?」

「カウンター席でっ! そしてチーズインハンバーグを大至急っ!」

「か、かしこまりましたー」


俺は店員に案内されて、カウンター席に座った。


「・・・疲れた。精神的にも肉体的にもへとへとだ」


「俺も疲れた。胃袋の中の俺が死にそうだ」


「なあデビル、なんで俺にとりついたんだ?」

「近かったから。一郎にとりつく前は、あの乾電池にとりついてた」

「人間以外にもとりつけるのか?」

「うん。幽霊は電気系のエネルギーを糧にすることで、現存してるんだ。だから電化製品なら何でもとりつける」

「なるほどなあ」

「・・・でも一番良いエネルギーは人間だ。特に人間の脳がいい。人間の脳の神経細胞は、常に電気信号を発してるからな。居心地がいい」

「・・・・・・」

「さらに欲を言えば、悪人の脳だ。こうやってとりついて、能力を与える代わりに、分身を鍛えてもらう。筋肉と一緒でさ、使えば使うほど霊的エネルギーは強くなるんだ。そうして鍛えた分身と、本体の俺が融合して、強大な悪霊になり、いずれは悪魔になるって寸法さ」

「なるほど。だから俺に、一日一悪を義務付けたんだな」

「うん。そういうことだ」

「でもさ、霊的エネルギーを鍛えるなら、悪行に限らず、善行でもいいんじゃないか?」

「あー・・・いや、それだと俺の霊魂が清められて、靄も白くなるから、凄い嫌な気分になる」

「そうか? 善行をすると良い気分になると思うんだが・・・」


「お待たせしましたー。ご注文のチーズインハンバーグになりまーす」

「・・・どうも」


カウンターテーブルに、チーズインハンバーグのプレートを置かれる。

俺とデビルは、チーズインハンバーグがくるまで雑談していた。

傍から見たら、独り言をしている変な奴だろう。

だが大丈夫だ。

悪霊使いになった俺は、そんな細かいこと、気にしない。


待望の食事だ。

霊的エネルギーを消費したから、身体が求めているのだろう。

空腹状態ではないが、不思議と胃袋がエネルギー(カロリー)を求めている。

俺はナイフとフォークを持って、チーズインハンバーグを一口サイズに切り、口に運んだ。


「・・・うん。美味いっ! やっぱガストのチーズインハンバーグは最高だっ!」

「そうか。それはよかったな」


俺は喜ぶデビルとは対照的に、これといった感動もなく、黙々と食べた。

そして5分ほどで完食すると、パチンコ屋に戻るため、急いでガストを出る。

俺は悪霊使いだ。

ポルターガイスト現象で、できるだけ多くの生活費を稼ぎたい。

なのでパチンコ屋の閉店時間である、午後23時まで羽根物で粘るつもりだ。


「・・・ん? なんだ?」


しばらく夕暮れの歩道を歩いていると、ふと視界に黒いワゴン車が入った。

路上駐車だろう。

中には二人の男がいる。

一人は運転席。もう一人は背後の助手席だ。

怪しい奴らだ。

突然の直感だ。

おかしい。

いや、連中がおかしいのではなく、おかしいのは俺の方だ。

男たちはただ、午後6時に車を停めているだけなのに、怪しいと思うのは何故だろうか。

それに運転席にいる男ならまだしも、何故その背後の助手席にいる奴の性別がわかるのだろうか。


「・・・なんだ、この感覚は」


ぼーっと黒いワゴン車を見ていると、

デビルが話しかけてきた。


「俺が伝えてるんだ。連中、犯罪者だぜ」

「犯罪者? なんでわかるんだ?」

「一郎の首から離れて、あいつらの鼻の穴に入ったんだ。んで嗅覚経路から脳に侵入して、思考を読み取って、一郎の胃袋にいる分身に伝えた」

「そんなことできるのかよ・・・で、何を考えてたんだ?」

「誘拐だ。車のトランクの中に、縄で縛られた女がいる。かなり美人だった」

「マジかよっ! とんでもない現場に遭遇したじゃないかっ!」


突然の出来事に、俺はつい大声を出してしまった。


「ばーか。静かにしろ」


デビルは黒い靄で、俺の口を塞ぐ。

どうするべきか。

普通なら警察に通報するべきだろう。

だが、何の証拠もなしに動いてくれるだろうか?

かといって、二人組の男を捕らえられるほど、腕っ節に覚えがあるわけでもない。


「あ」


少し思い悩んでいると、黒いワゴン車が動き出した。

すーっと前の道を進んでいく。


「ど、どうする? 何もできなかったぞ」

「俺はナンバーを覚えてるけど」

「そうかっ! でかしたっ! 車のナンバーさえわかれば後は警察が何とかしてくれるっ!」

「・・・・・・嫌だなあ」

「え?」

「教えたくないなあ。だって俺は、一郎を大悪党にするためにとりついてるんだぞ。なんで人助けに協力しなくちゃいけないんだ?」

「・・・言われてみればそうだ」


本当だ。

なんで俺、警察に通報して、犯罪者を捕まえる手助けをしようとしてるんだろ。

俺は乾電池泥棒をした悪党だ。

断じて、善人なんかじゃない。


「・・・そうだ。美人だからだ。誘拐された女の人が、美人だから助けるんだ」

「ん? 美人だと助けるのか?」

「当然だ。助けた後、お礼を言われるだろう。そしたら縁が生まれる。上手くいけば彼氏彼女の関係になれるかもしれない」

「私利私欲か。自分のためか。なら教えてあげてもいいぞ」

「よし。早く教えてくれ」

「品川ナンバーの400あ10-21だ。そして男の住所が目黒区××だ」

「じゅ、住所まで知ってるのか?」

「ああ。思考を読み取った時、ついでに脳の記憶領域に入り込んで、個人情報を探った。名前は細川徹だ」

「・・・マジか。すごいな悪霊って」


俺はデビルの能力に感嘆した。

いや、悪霊使いなら、簡単なことかもしれない。

今の俺は、普通の人間とはちがうのだ。

他人の思考を読み取るくらい、チョロイもんだ。

他にも、二人組の男たちを、念動力で倒すとか、そんな芸当もできるかもしれない。

なら―――。

犯人の住所と名前を知ってるなら、警察に通報するよりも、自分の手で捕まえた方が得策かもしれない。

警察に通報する場合、目撃証言を信じない可能性がある。


「・・・決めた。自分の手で助けよう」

「女の個人情報はどうする?」

「教えてくれ。ってか、女の人の脳にも入ったのか?」

「うん。なんとなく。悪人じゃなかったから、居心地悪くてすぐに出たけど」

「そうか。ありがとうな。で、住所はどこなんだ?」

「目黒区△△。名前は高田里美」

「ああ・・・高田さんの家か。知ってる。近所でも有名な企業家で資産家だ。そうか、そこのお嬢さんがとうとう誘拐されてしまったのか」

「なんだ一郎も知ってたのか。総資産135億の一人娘の家だってこと」

「・・・いや、資産額までは知らなかったけど」


俺は資産額を聞いて、少し固まった。

135億。

とんでもない金額だ。

誘拐した奴の気持ちが、ちょっとわかる。


「・・・・・・」

「どうした一郎、なにか悪いこと考えてないか?」

「いや、そんなことはない。そんなことは・・・」

「ちょっと口を開けろよ。思考読み取る」

「やめろよ。普通に人助けだ。ただちょっと謝礼を貰えるかもと思った」

「謝礼? 誰から貰うんだ? 警察からか?」

「高田さんの両親からだ。娘さんを無事に救出できたら、お金くれるんじゃないかなって」

「まあ、うん。くれると思う」

「いくらくれると思う?」

「う~ん。たぶん数百万」

「だろ? すごくないか? パチンコしてる場合じゃないぞ」


俺は口端をつりあげて、にやりと笑った。

目指すは目黒区△△だ。

高田里美の身の安全を考えれば、今すぐ目黒区××に行くべきだろう。

だが俺は、無償で人助けをする、正義のヒーローなんかじゃない。

悪霊使いだ。

人助けをするには、見返りが必要だ。

まずは高田家に行き、救出依頼を受け、成功報酬を決めた方がいい。


というわけで俺は、目黒区△△まで猛ダッシュで移動した。


「―――ここか」


豪邸、高田家に到着した。

さすが総資産135億のお金持ちといったところか。

プール付きの庭。

車庫には高級外車が三台もある。


庶民が気軽に訪問してもいいのだろうか。

いや、娘さんのピンチを救うためなら構わないだろう。

俺は少し気後れしながらも、インターホンを押した。


ピンポーン。


「・・・誰かね?」


「あのー、夜分遅く失礼します。高田さん家のお宅でしょうか?」

「そうだが? 用件はなんだね」

「娘さんのことで少々」

「――っ! 犯人たちの仲間かっ!?」

「あ、もう連絡があったんだ」

「答えろっ! 娘は、娘は無事なんだなっ!」

「まあまあ落ち着いてくださいよ。とりあえず僕は犯人の仲間じゃありません。ただの目撃者です」

「目撃者?」

「はい。実は偶然見たんです。娘さんを乗せた、誘拐犯の車を」

「・・・・・・」


しばらく沈黙が続くと、

玄関が開く。

そして奥から恰幅のよい壮年の男が現れた。


「本当に見たのだろうな?」


俺は豪邸の中にお邪魔した。


「いやあ、凄いお部屋ですね。僕が住んでるアパートよりも広いですよ」


案内されたのは10畳ほどの客間だった。

テーブルには紅茶が用意されている。

美味しい。

たぶん高級茶葉なのだろう。

銘柄はわからないが、フルーティーで美味しい。


俺の胃袋の中にいる、デビルの分身も喜んでいる。


「おかわりほしいなあ・・・」

「一杯で十分だろう。さあ早く用件を言え。この誘拐犯め」

「いや、僕は仲間じゃありません。善良な市民です」

「なら何故、誘拐されたのが、私の娘だと知っている?」

「・・・だって有名じゃないですか。高田さんの娘さん、美人ですし」

「ふん。そういうことにしておこうか」


高田さん、いや、高田邦彦はソファーに座りながら、俺をじっと睨んだ。


「それで、犯人の車はどんな車だ?」


「黒いワゴン車で、ナンバーは品川400あ10-21です。警察に伝えるよりも、まずはご主人に話した方が安全なんじゃないかと思いまして」

「・・・・・・」

「犯人に、警察へ通報したら、~する、とか、あるんじゃないですか?」

「・・・ああ。その通りだ。もし警察に通報したら、娘の命はないと言われてしまった」

「やはりですか。なら救助するのは難しいですね」

「ああ。犯人の言いなりだ。おそらく身代金を要求されるのだろう。それで娘の命が助かればいいが、身代金を払っても娘が帰ってこない可能性もある。私はそれが恐ろしい。妻もだ」

「なるほど・・・二階で寝込んでいる奥さんも、ですか」

「なぜわかる?」

「会社経営者と結婚して、楽ができて幸せって、普段から思ってますね」

「何を言っている?」

「対するご主人は、老いた奥さんに興味がなく、会社の秘書の方と不倫中」

「どうした? 追い出されたいのか?」

「・・・僕、実は超能力者なんです。他人の思考を読むことができる。この能力で誘拐事件のことも察知しました」

「本当か? 本当にそんな能力が実在するのか? あるのなら誘拐犯の仲間ではないと、信じてやってもいいが」


「わかりました。お見せしましょう」


俺は得意げに、ポケットから銀玉を取り出した。

テーブルの上に置いて、コロコロと前後左右に転がす。

最後に数センチ、空中に浮かせた。


「・・・サイコキネシス、というやつか? マジックじゃないだろうな? もっと浮かせてみろ」

「いや、これ以上はちょっと」

「ふ~む。にわかに信じがたいが、嘘とも思えんな・・・」


高田邦彦は微妙な表情で、銀玉の周囲を手で払った。

磁石か何かで浮かせてないか、チェックしているようだ。


「・・・わかった。とりあえず信じよう。君の超能力は本物だと」

「ありがとうございます」


本当は悪霊使いなのだが、超能力者でも大差ないだろう。

俺は、さあ本題に入ろうと意気込んだ。


「そこで物は相談なのですが、よろしければ僕が、娘さんをお救いいたしましょうか?」

「っ! できるのかっ!?」

「ええ。警察関係者ではなく、ごく普通の一般人として犯人と接触してみます。そしてこの超能力で捕まえましょう」

「う~む。不安だ。失敗すれば娘の命が・・・」

「デビル」

「ん。わかった」


俺は首に巻きついているデビルの本体に、高田邦彦の鼻の穴に入るように伝えた。

そして嗅覚経路から脳に侵入すると、


「・・・な、なんだ。身体が動かん」

「金縛りです。今、俺の超能力で高田さんは、首から下をコントロールされています」

「な、なんだと? そんな馬鹿なことが、できるわけが・・・」


ほじほじほじ。


高田邦彦は驚愕の表情をしながら、鼻をほじりだした。

そうしてくれと、デビルの本体に伝えてるのだ。


「どうですか? 他人に身体を操られる感覚は?」

「わ、わわ、わかったっ! 信じようっ! 君は本物だっ! 君なら無事、娘を救出してくれるだろうっ!」

「そうですか。では見事、娘さんを救出した暁には、成功報酬として300万円ください」

「いいだろうっ! 払うっ! 払うから早く、私の鼻から指を出してくれっ! 鼻血が出るっ!」

「OK。デビル、戻ってこい」

「んー」


高田邦彦の鼻の穴からデビルが戻ってくる。

そして俺の首に巻きつく。

口契約だが、大丈夫だろう。

超能力(悪霊使い)の恐ろしさを知った高田さんのことだ。

娘さんを救出したら、ちゃんと300万を支払うはずだ。


「じゃあ今夜中に解決してあげますよ。高田さんは寝ながら待っててください」

「わ、わかった」


そう言って俺は高田家を出た。

次は犯人の家だ。

誘拐犯、細川徹の住所、目黒区××に行く。


そんなに遠くはない。

高田家の富裕さを知ることができる者の犯行だ。

猛ダッシュして、数分で到着できる。

しばらくして、五階建ての30戸のマンションが見えた。


「ここか・・・いる。いるな。気配を感じる。三人だ」


俺はデビルの分身を使役して、部屋の中にいる人間を把握する。

黒いワゴン車に乗っていた男二人と、高田里美だ。

男の一人は細川徹だが、もう一人は誰だろうか。


「・・・弟か? 名前は細川光か。年齢は、ん・・・?」


俺は霊視能力で、デビルの分身が見ている光景を目の当たりにした。

弟の細川光が、携帯電話を片手に、誰かと連絡を取っている。

相手は高田邦彦だ。


「3億だ。たった3億でいい。あんたならすぐに用意できるはずだ」

「・・・・・・」

「こちらが指定する銀行口座に振り込め。今夜中にだ。無事に全額引き出すことができたら、娘を解放する。わかったな?」

「・・・ああ。わかった。用意しよう。だから娘の命だけは―――」


プツン。

通話はここで切れてしまった。

大丈夫だろうか。

いや、娘さんの命はまだ無事だから安心なのだが、高田邦彦が犯人の言うとおり、3億円を振り込んだりしないか、心配だ。

3億円。

こちらの成功報酬、300万の百倍の金額だ。


「・・・世紀の大悪党に、俺はなる、か。もし俺が誘拐犯の仲間に加わって、この誘拐事件を成功させたら、一生、楽が、できる、な」


どくん。


邪悪な妄想をしたからか、胃袋の中にいるデビルの分身が、少し、大きくなった気がする。


気持ち悪い。

苦しい。

吐き出したい。


そう思った俺なのだが、何故か、身体を思うように動かせない。


見れば、首に巻きついている本体のデビルが、嗅覚経路から脳に侵入していた。


勝手に身体を乗っ取っている。

勝手に胃袋の分身を使役して、マンションのドアの鍵を開けている。

勝手に勢いよく、ドアを開けている。


そして、


「俺も、俺も仲間に入れろ―――っ!」

「なっ! 誰だてめえっ!?」


俺に、とんでもないセリフを叫ばせると、スーっと体外に出ていった。

元通り、首に巻きついて、ケケケと笑う。

デビルは、一体、何を考えているのだろうか?

犯人を捕まえる算段なしで、勝手に細川家に上がらせるなんて。

高田里美に何かあったらどうする気なんだろうか。

本気で叱ろう。


「おいっ! 何をさせるんだデビルっ! 何の準備もなく部屋に入っちゃ駄目だろっ! ってか仲間に入れろってなんだっ!?」

「さっき一郎、誘拐犯の仲間に加わりたいって、思ったじゃん? だから手伝った」

「・・・一瞬の気の迷いだっ! 誘拐罪は勘弁だっ!」

「えー。せっかく大悪党になるチャンスなのにー」


「・・・なんだこいつ? 急に一人で会話し始めたぞ。頭おかしい奴か?」


「いや、正常だ。俺の名前は伊藤一郎。ご近所さんだ。もしかしたら知ってるんじゃないか?」

「・・・そういえば、見たことあるな。近所のパチンコ屋で見かけたことがある」

「そうだ。パチプロの伊藤一郎だ。そして超能力者の伊藤一郎でもある。とりあえず、これを見ろ」


俺はポケットから銀玉を取り出した。

手のひらに乗せて、少し浮かせる。


ふわふわふわ、と浮かぶ銀玉を見て、細川光は目を丸くした。


「な、なにしてるんだ? マジックか? なんで浮いてるんだ?」


「マジックじゃない。超能力だ。凄いだろ? これで羽根物のV入賞を狙えるんだ。金なんて簡単に稼げちまう」

「・・・・・・」

「金なんて簡単に稼げるんもんだ。だから案外、つまらないものさ。人生を棒に振ってまで得るもんじゃない。誘拐なんてやめとけよ」

「っ! なぜそのことを知っているっ!?」


細川光は叫びながら、ポケットに手を突っ込んだ。

そしてポケットから光り物を出す。


「・・・折りたたみナイフ、か?」


俺は少し、硬直した。

細川光は、スチャと刀身を出して、身構えている。

凶器だ。

初めてのピンチだ。

超能力があれば無敵だと思っていたが、いざ刃物を向けられると後ずさりしてしまう。

防ぐ対策はあるんだろうか。


「・・・いや、金縛りさせればいいか。さっき高田さんにしたもんな。おいデビル」

「なに?」

「あいつの脳に侵入してくれ。そして首から下を硬直させてくれ」

「やだ」

「え? どうしてだ?」

「見たい。一郎と細川が殺し合うところ、見たい」

「―――なにを言って、くっ!」


デビルと会話しながら、俺は横に飛んだ。

飛ばなければ、細川光のナイフが刺さっていた。


「おらあっ! 警察にチクってねえだろうなっ! てめえ、なんとか言えよっ!」


「頼むデビル、協力を―――」

「ぶ~、ぶっぶ~、ぶ~ぶ~」


デビルは口を尖らせて、不貞腐れた。

なにがなんでも手伝わないようだ。

どうするべきか。

胃袋に宿るデビルの分身では、霊的エネルギーが足りないせいか、ナイフを操ることができない。

本体のデビルの協力が不可欠だ。

俺はどう説得しようか、ナイフを避けながら、考えていると、


「光どうした? 身代金の連絡は終わったのか?」


兄の細川徹が、玄関先にやってきた。

二対一だ。

ますます不利になる。

こうなったら―――――。


「・・・わかった。誘拐罪を犯そう。高田里美を救助せず、このまま誘拐を続けて身代金を得よう」

「ふーん。それで?」

「身代金の3億を独り占めしたい。だからこいつらを倒そうぜ」

「本当か? 本当に誘拐犯になるんだな?」

「ああ。本当だ。俺は世紀の大悪党になるんだ。誘拐罪くらい犯せなくてどうするっ!」

「・・・・・・」

「だから俺に力を貸してくれ。頼む」

「・・・よし。わかった任せろ」


俺は悪魔の取引をした。

本体のデビルが、黒い靄のすべてが、俺の口内に入る。


憑依だ。


俺は、ごくん、とデビルの霊魂を飲み込んだ。

胃袋にいる分身と本体のデビルが融合する。


得体の知れない力が湧き上がってくる。


「・・・これだ。この力だ」


デビルの霊魂、霊的エネルギーが体内に充満しているからか、頭髪が静電気で逆立つように、ボワッと広がった。

下半身もみなぎってくる。

これだけの霊力があれば、強力な念動力を使えるだろう。


俺は右手を広げて、細川光が握るナイフに向けた。

そして念じる。

手の平から黒い光線を飛ばし、ナイフの先端に当てる。

次に右腕を挙げると、ナイフは黒い光線に引き上げられるように、天井に突き刺さった。


「な、なんだこれ・・・」


細川兄弟は驚愕の表情で、呆然と立ち尽くしていた。

当然だ。超常現象を目の当たりにしているのだから。

さらに俺は、黒い光線を二つに分断し、細川兄弟の口内に入れる。

金縛りの術だ。


「か、身体が動かない・・・っ!」

「大人しくお縄についてもらおうか」


俺は硬直した細川兄弟の身体を縛るため、部屋の奥に入り、タンスから縄を取った。

二人を操っている間に、縄で身体を拘束する。


「ふう。こんなもんか」


俺は安堵の息を吐くと、同時に胃袋からデビルの霊魂を吐いた。

そして再び部屋の奥に入り、別の縄で縛られた高田里美を見る。

結構な美人さんだ。

だが怯えた表情でこちらを見ている。


「・・・・・・」

「さあ一郎。約束だ。高田里美を人質に取って、身代金の3億を要求するんだ」


デビルは悪魔の選択を突きつけてきた。


「一郎、早く決断しろ。要求するのか、しないのか」


選択肢:要求する。

    要求しない。


「・・・考えるまでもない俺は―――」


要求しない。

俺は高田里美の身体を縛るロープを、分身の霊的エネルギーで切った。


「け。やっぱり嘘か。見損なったぜ一郎」

「・・・俺は乾電池泥棒やゴト行為くらいならするが、それは生きるため、生活費のためだ。俺には人並みの良心がある。3億欲しさに誘拐なんてごめんだぜ」

「ふんっ! じゃあもう二度と協力しないっ!」


怒ったデビルは、俺の首に巻きついていた、黒い靄を解いた。

そして、スーッとマンションの外に消えていく。

どこに行くのだろうか?

俺は気に留めながら、高田里美を介抱する。


「・・・大丈夫ですか? 高田さん」

「あ、は、はい。大丈夫ですが、貴方は一体?」

「高田邦彦さんから、貴女の救出依頼を受けた超能力者です。貴女を助けにきました」

「―――っ! そうだったんですかっ! 良かったっ! 顔が怖いから、てっきりあの二人の仲間かとっ!」

「・・・・・・顔のことはいいです。さあ、早く自宅に帰りましょう」

「はいっ!」


こうして俺は、無事に高田里美を救助し、高田家に戻った。


そして翌日。


成功報酬の300万を受け取ろうと自宅にお邪魔すると、


「え? 俺を雇いたい?」


高田邦彦は、俺が無職であることを知ると、自分の会社に就職しないかと誘ってきた。

さらに娘さんとの縁談も勧めてくる。

超能力者の子供がほしい、とのことだ。


「あ、ありがとうございますっ! 頑張って働かせていただきますっ! 娘さんともお付き合いさせていただきますっ!」


俺は殊勝な態度で受け入れた。

職業を、悪霊使いからサラリーマンに変更する。

理由は、デビルのやつが消えたままだからだ。

今の俺は一般人。

善行を働いた一郎なんて嫌いだと、分身のデビルまで消えてしまった。

だから何の能力も使えない。

そんな普通の状態になると、やっぱり思ってしまう。

昨日の出来事はすべて、幻だったんじゃないかと。


乾電池を万引きし、罪悪感に苛まれたせいで、おかしな幻覚を見ていた。

うつ病とか統合失調症とか、そういった類の精神病だったのかもしれない。

なんて考えてしまう。


「―――真面目に生きよう。大悪党なんて、俺には向いてなさそうだ」


俺は大悪党ではなく、堅気の道を歩むことにした。

これでいい。

定職に就けたし、彼女もできた。


ただ少し、残念に思う。

もし幻でないのなら、デビルという悪霊が本当にいたのなら、

あの時、あの悪魔の選択を誤っていれば、俺はまだ、悪霊使いを続けていられたのだろうか? と。




完結。

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