ツーリングに行こう⑤
「こほん…大変お見苦しい姿を…お詫びいたします」
ナマグサ上司、ヌなんとかさんは真剣ですよ! という顔で語りだすがオレの視線が冷たかったのだろうか、急にしょぼんと目を伏せた。
隣に座っているナマグサ部下、ケイ=ララはしれっとしている。良い性格してんな。
「えと、メル様はですね、精霊様なんです」
「もう聞いた。本人も言ってるから、そうなんだろう。それで?」
「私が金星人だって言っても信じなかったのに、今度は疑わないんですか?」
「それについては悪かったと思ってる。けどな、オレはメルみたいなやつ今まで見たことがない。それにこいつはオレの命の恩人だ。メルが精霊だというなら、それを信じる。メルがお前らと金星に行くと言うなら、オレも行く。自分勝手で悪いが、オレは恩を返すまでメルの隣にいる。これは譲らない」
「ええ!? ガンちゃん? どしたの急に」
「メル、こいつらはお前を金星だかに連れて行きたいんだ。それが本当に別の星のことなのか、なんかの比喩なのかはわからんが、オレとお前を別々にしたいんだろう。メル。お前はオレと離れたいか?」
「う、ううん。離れたくないよ…でもね?」
「オレは離れたくない。右手がどうこうじゃない。オレが、お前と離れたくないんだ」
「ちょっと落ち着こう? ガンちゃん真面目なこと言ってるよ? お水飲む?」
日頃の行いのせいでウチの子がひどい。
せっかく固めたつもりの覚悟なのに、メルの別の意味で心配そうな目で砕けそう。
ええ、まあ。たまにはね、オレもちゃんとしないとね、色々あるんだよ。
「…覚悟されているんですか?」
「どういう覚悟かにもよるけどな。オレぁケイ=ララよりゃ弱いけどな、悪知恵で負けたことはねえんだよ」
自慢にならんけどね。
後先考えず、この場だけ切り抜けるという条件なら初見殺しの手がいくらか使える。
「ガンマさん、あなたは魔術師ではありませんが、私は使うことができます。指一本であなたの心臓を壊すことだってできます。そして、あなたはララより弱い。何より、私たちは六人です。それでも負けないと?」
ヌ=バローラは目を鋭くしてそう言った。
ケイ=ララは微動だにしない。右手からメルの不安そうな視線を感じた。
「魔術だろうが奇術だろうが、術と名が付くもんは所詮、人間が使うもんだ。どこの星でも、どこの世界でもそいつは変わらねえ。だったら、オレが必ず負けるとは思わねえ。なんなら試してみるか? きっとお嫁に行けなくなっちゃうぜ?」
もちろん強がりだ。
初見殺しと言っても、しくじればこっちが危うくなる。
正直なところ、ハッタリ七割、運が二割で、自信なんかほんの一割というありさま。
それがどうした。ビビってんじゃねえぞオレ。
思いつく限りの「それでも」をやって、やり尽くして、勝てなきゃ笑って死ぬだけだ。
「すごいですね。地球人も侮れません。ララ、どう思いますか?」
「…戦えば必ず私が勝ちます。ですが…女官長、あなたは無事では済まないかも、しれませんわ」
「どういうことです?」
「あなたとイチャイチャしてた時と、今の彼が同一人物とは思えないからですわ。私には、地球人ならまだ子供と言ってもいい年齢のガンマ様が、一度ならず死線を潜った壮年の男性に見えます」
「イチャイチャって…まだあなた…んんっ! それほど、ですか?」
「それほど、ですわね。ちなみに私は年上の渋くてお茶目な男性が好みですので、本来なら生えてない子供は対象外です。ですが、今のガンマ様ならアリですわね♡」
ケイ=ララは顔の横に両手でハートマークを作ってにっこり顔。
すでに条件をクリアしている年下の子を囲って、トロトロになるまで私色に染めて、思うさま自分好みに育てる。女のロマンあふれる優良物件ですね! と無駄に良い笑顔で拳を握る。
おまわりさんこいつです。
ヌなんとかさん、なんで天啓を受けたみたいな顔してんですか。
なるほどじゃなくて部下を止めてください。
あとお前ら、なんで生えてないの知ってんだ!?
なぜそれを、と思わず声を出してしまった。
メルとオレのこれからを判断する大事な話の途中なのは重々承知しているが、これはオレの尊厳にも関わる非常にセンシティブなプライバシー情報である。
それが漏洩している可能性がある以上、問わねばならない。
場合によっては、不本意だが口を封じることも辞さない。
「メル様から伺いました♡」
「その、赤毛って珍しいから…他のところも赤いのかなーって…はい…」
「いつ!?」
「ガンちゃん寝てる間に、ね…その、ローラちゃんとララちゃんがガンちゃんのこと知りたいって…真面目な話だから、ちゃんと答えないとガンちゃんが困るって…」
ああメル。メルよ。ちいさなオレの相棒よ。
無邪気で疑うことを知らない無垢な精霊よ。
いつだってお前に助けられてきた。その恩に報いるためなら、何だってしてやる。
けれどメルよ。お馬鹿なメルよ。
ほんの少しでいいから、オレにも少しくらい羞恥心があるということを分かっておくれ…!
「ガンマ様がこれまでメル様にどう接してきたのか、を把握する質問の一環ですの。想定外の興味深い情報が得られたことは否定いたしませんけど♡」
ケイ=ララはすごくいい笑顔。
ヌなんとかさんは頬を赤らめながらフンスと鼻息荒く頷いている。
なんだこの弱みを握られた気分は。泣きたい。
「こほん。その話はいったん置きまして、ガンマさん。あなたのメル様への接し方は、問題ないとは申せませんが状況を鑑みると大筋において妥当であり、最低限の配慮があり、愛情を注いでいる、と判断できます」
「なんか歯にモノが詰まったような言い方だな。はっきり言ってくれ」
「つまり、メル様を凶器にしたり、無理やりエッチな欲望の道具にしてないのは好印象ですよってことですわ。女官長は立場がありますので、こういう言い方になっちゃうんですの」
「そりゃどうも」
メルのことだから、オレが寝てる間に半年間を聞かれたまま隠さず話したのだろう。
ガールズトークしてたのかと思ったが、しっかり情報を抜かれていたんだ。
「でも、たまにはちゃんと抜かないと身体に悪いですよ? よかったら搾りましょうか?」
なにを搾るんだなにを。メルの教育に悪いから、そのアヤシイ手つきやめれ。
「これは失礼を。神殿は女性ばかりですので、どうしてもノリが殿方の理想と離れがちなんですの。女性に夢見すぎというか…」
女子校みたいなもんか。そういうのって変わらないんだなあ。
やっぱり男女は互いに勝手な理想を作って、それを相手の意志と関係なく投影して、勝手に幻滅するんだなあ。
「元の世界でもそういうことあるんですねぇ。面白いというべきか、異世界でもそんなものかと呆れたものか悩ましいところですね」
身に覚えがある事とは言え、思わず遠い目をしてしまったがヌなんとかさん、いやヌ=バローラの言葉で我に返る。
いまなんて言った?
「【元の世界】と申しましたよ、ガンマさん。メル様から伺ったのではありませんので、ご安心ください。ふたつの推察と、ひとつの事実からガンマ様が異世界人であると考えました」
「カマかけた訳じゃないんだな。その推察というやつを聞かせてほしいね」
「はい。私どもの神殿は俗世の民の心の平穏を維持する務めとは別に、不定期にこの世に生まれてくる精霊様を悪心を持つものから保護し、成長した精霊様が星の海へ旅立つために必要なすべてを行う務めがございます」
「メルが、その精霊だっていうのはオレも概ね分かってきた。だが、そもそも精霊ってのは何なんだ?」
ヌ=バローラはふわりと微笑んで、指を一本立てた。
「それが推察の一つ目です。メル様が精霊であるということは何となく知っていても、それをなぜ隠す必要があるのか、意味を知らない。または知らされていない。ちょっとだけ話が逸れますが、ガンマさんはエーテルについてどこまでご存知ですか?」
エーテルについては、ヒゲハゲ軍団のハカセや親方に色々教わった。
引力や空気の対流などに影響されるので質量があると考えられているが、これまで考案された方法では測定できなかったとか、他の物質の化学変化に影響しないとか、いくつかの条件が整った場合、非常に長い年月をかけて精霊石として結晶化するとか。
「物質としての特徴は仰る通りです。ですが、私たち魔術師にとってエーテルの最大の特徴は知性を持つもの発する意志を伝達する、という部分です。これは害意や親愛、喜怒哀楽といった感情だけではなく、正しい方法で集めて…意志を載せると…」
立てたままの指先から、ライターのように火が点いた。
あれが魔法か。初めて見た。
「今のは私の意志だけで、けっこう頑張って周囲のエーテルを集めた魔術です。これを砂粒ほどの精霊石を使って行うと、軽く集めただけで…この松の木が燃え尽きますね。ガンマさんがご存知のエーテル炉とは、熱を発生させる魔術の仕組みを転用したものです」
昨日修理した装甲機関車にも、エーテル炉が使われていた。
あれはそう言う仕組みで動作するものだったのか…ん? ちょっと待て、待ってくれ。
精霊石というのはメルが精霊だという事と、どんな関係があるんだ?
オレがその疑問について気付いたと見たのか、ヌ=バロールはくすくす笑って言葉を続ける。
「顔に出やすい方ですね、ガンマさん。精霊とは、大きく結晶した精霊石に、私たちのような意志が芽生え、知性を持つに至った存在です」
砂粒ほどの大きさで、あんなに大きな機関車の動力源となり得る精霊石が……オレの右手のサイズになっている。
仮に精霊石がダイヤモンドだとしたら、メルはおおよそ二万カラットのダイヤということか。
一カラットダイヤは安くても六十万円だった。単純に二万倍して、百二十億円か。
とんでもない話だ。
だが、それはメルの価値を金で計ったときのことでオレの相棒の価値ではない。
命の恩人の価値は、そんな端下金と比べられるものじゃあない。
「話を続けてくれ」
「はい。精霊は不定期に、私たちには解らない法則性があるのかもしれませんが、この世界に生まれてきます。神殿の古文書には、母から子が生まれるように地から産み落とされるとあります。生まれた精霊は遠く長い旅を経て様々なことを学び、いつか星になると伝えられています」
「…あたし、覚えてる。遠く高く、はるかな果てを見てきなさいって、お母様が言ってた。地面のずっと深いところから…お母様は言ってたよ」
星が子を産む。ガイア仮説を提唱したラブロックが聞いたらなんて思うだろう。
「古文書の内容は真実だった、ということですね。正直な話、島流しにされたと思ってましたが…あら失言」
そこ、ぶっちゃけんな。てへぺろとかすんなケイ=ララ。
「ともかくですね、メル様はいつか星になるお方なんです」
「そんで、目玉が飛び出るほどのお宝で、魔術師が悪用したら災害規模の破壊を何度でも引き起こせる危険物だ、と。なるほどね」
スケールが大きすぎて実感が湧かない。
ふと見ればメルは話が長くて退屈になったのか、芝の中に生えているクローバーらあさって四つ葉を探しはじめている。
子供か。いや、子供か。
まあとにかく、オレの右手は元の世界でいう核兵器と同じか、それ以上の破壊力を秘めているらしい。
ヒゲハゲ将軍がメルを他人の目にさらさないよう言っていたのは、そういう理由だったのだろう。
「ええ。ガンマさんにどう伝えていたのかは存じませんが、そういうことです。そして、二つ目の推察ですが、ガンマさんって見た目通りの中身じゃないんですよね。たぶん、十四か十五歳くらいなのに、考え方も行動も、良くも悪くもおじさんっぽいです。生えてませんけど」
なにそれ。確かに中身はおっさんだけどさ。
「そうですね。どういう思想かは分かりませんが、かなり体系だった高等教育を受けた様子がありますわ。また、少なくとも十年より長い期間の身体訓練も受けている動き方をしてらっしいます。そんな教育を子供に施せるのは、よほど裕福な家の子弟か王族くらいでしょうけれど…失礼ながら、ガンマ様はお坊ちゃんにも、王子様にも見えませんわね。生えてませんし♡」
そこ重要なのか。さらっと失礼だなケイ=ララ。
「すみません。反応が面白いので…つい。最後はひとつの事実についてです。その前にひとつ、確認です。これはご自身で分かっていないかもしれませんが、ガンマ様ってエーテルを使う道具、使えませんよね…うふふ。顔に書いてありますから、わかりますよ」
ヌ=バローラは空気を撫でるように手をかざし、息を吸う。
「この世界の、いいえ、この地球に暮らす地球人は空気の中に含まれているエーテルを呼吸によって取り込み、吐き出しています。よって差し引きはゼロ。魔術師としての適性がある者はエーテルを吸って、ある程度身体に貯めることができますが私たち金星人に比べると僅かなものです」
ふむ。
「そして、魔術師として訓練を積んだ者はエーテルの濃さに敏感なんですね」
ふむ? 魔術の才能がないのは残念だが仕方ないとして、大半の地球人がエーテル濃度ゼロなら、ヌ=バローラにとってオレは普通の地球人として認識されるのではないか?
そう考えると、彼女はおかしくてたまらないといった風だ。
「やっぱりわかりやすい。逆なんですよ、ガンマさん。魔術師にとって、あなたはエーテルの塊なんです。それこそ、半分くらい精霊石みたいですよ? あなたの一部を取り込んだり、深く接触できたら私たちが準備にひと月かける儀式魔術のひとつふたつは楽勝ですね」
「エーテルの濃さを水の量だとしたら、地球人がひとしずくの水で、私たちはコップの水と言ったところでしょう。ガンマ様は…そうですわねえ…」
「ちょっとした池とか、そんなところですね。おかげで、ちょっぴり苦労するだけでここまで来れました。きっとガンマさんのいた世界は、エーテルの海に沈んでいるようなところだったんでしょうね。じゃあなんでオレは魔術を使えないんだーって顔してますけど、当たってますか?」
くすくす笑うヌなんとかさん。なんかもうオレ話す必要なくないか?
「なんででしょうね? エーテルを貯められる量が多いほど、魔術の適性があるというのが私たちの定説なんですけど、ガンマさんって貯めるだけで出してないんです。たぶん今だって吐いた息を調べたらエーテルが含まれていないと思いますよ」
充電するだけで放電できないバッテリーかオレは。機械いじりが趣味の人間として言わせてもらえば、それは故障してるバッテリーというんだ。
いや、待て。
過充電されたバッテリーは膨らんで、そのうち破裂する。
ほどほどに放電しないと…オレの場合はエーテルを消費しないと、破裂する…?
でも、それならどうやって消費するんだ? 魔術が使えないのに、どうしたらいいんだ?
「だから言ったんですのよ。ちゃんと抜かないと身体に悪いですよーって。今からでも搾ります?」
それなんてエロゲ?
提示されたのは、あまりにもあまりなソリューションである。
心のどこかでストンと腹落ちするところが悔しい。
ケイ=ララは、十人が十人とも美人だと認めるだろう。スタイルも悪くないどころか、すごくいい。
そんな美人に搾られるというのは、ある層には非常に刺さるのであろう。
でもなんかこわい。
目が、アレだ。女豹のようだ。やたら滑らかに上下する手つきもこわい。
抜く…そうだ。
夢だと思い込もうと努力して忘れていたけど、昨日ババアに家賃で血を取られたぞ。
あれはどうなんだ?
「血ですか? 血液にもエーテルは含まれますわね。定期的に瀉血するのは効果的だと思いますわ。個人的には面白くありませんけど」
「それなら、下宿屋の化け猫ババアに月イチで血を吸われてるから大丈夫なんだよな?」
「化け猫?」
「オレよりでかくて、二股尻尾の化け猫だ。オレの住んでる下宿屋の大家なんだ」
「喋るんですか? その化け猫。なんとかだにゃ、みたいに」
「うん。いまのはちょっと可愛かった」
「感想はいいですよ…もう。毛色は? 背中が茶の縞で、お腹が白ですか?」
「うん。サバトラだな」
「…女官長」
「ええ…たぶん、間違いありません。ガンマさんは、その猫に血を与えている。そうですね?」
オレが頷くと二人は深く長いため息をついて、頭を抱える。
「「まさか、こんなところで…」」
どうやらババアの事を知っているようだぞ。
それも、あまり良くない方向らしい。
帰ったらお仕置きするつもりだが、こっちに来て住む場所がないオレに寝床を提供してくれている恩人なので、一応は味方をしたいところだ。
「そいつ…いいえ、その方はですね、化け猫ではなくクァールという種族です。幼体は確かに地球の猫そっくりですが、成体は私たちより大きくなります。声帯の形状が原因で、多少舌足らずな発声になりますが言葉を話しますし、魔術にも優れた適性を有しています」
クァール。なんだかババアのあくびの音みたいな名前だ。
「クァールは単独で暮らすことを好む敏捷な捕食者です。爪と牙は硬化術が付与された装甲も易々と裂く鋭さで、怒れるクァールを倒すためには重装兵の決死隊が最低でも二十人は必要だと聞きます」
道理でよく切れると思ったわ。
そんでババア、オレがそういう体質だと知ってやがったな。
だから濃いとか言ってたんだろう。食えねえババアだ。食わねえけど。
「そんで、ローラにとってババアはそれだけじゃないんだろう?」
「はい…ババア、いえ、その方はですね、神殿で大暴れして出奔した…先々代の女官長じゃないかと…」
「先代のヌ=イシュからは『見つけた者はとっ捕まえて顔じゅうのヒゲを引き抜いて連行しろ』という命令が出てますわね。無期限、最優先で」
「こんな少人数では普通のクァールに挑むだけでも自殺行為です。まして、先々代と言えば…」
「海賊狩りがご趣味だそうですわね。なんでも、悪人は遠慮なく狩れるから気分も財布もホクホクだそうで。神殿から逃げ出した後は、しばらく金星の航路周辺から海賊が消えた、とも」
「ララ、勝てると思…えませんよねえ…」
勝てない戦はしない主義です、とケイ=ララ。
ババアすごいのね。
ともあれ話が進まないので、ババアについては聞かなかったことにしてはどうかと言ってみたが、そうも行かないらしい。
「先々代のことはそうするとしても、そうなるとガンマさんのことも出ちゃうんですよ。精霊様と、半分がた精霊石みたいなエーテル量の子供なんてみんな放っておきませんよ? プリンに集るアリみたいに、うじゃうじゃ軍隊とか海賊が寄ってきますよ?」
嫌そうな顔を作ってうじゃうじゃーと両手を変な具合にくねらせる。
だから金星に一緒に行こうとヌ=バローラは諭すように言った。
メルとオレにとって、それは有難いことなんだろう。
だけど、今の生活を手放すことになる。とても今すぐ決められる話じゃない。
しばらく考える時間が欲しい。
そう話すと、では三日後に下宿屋まで来てくれるという。
ローラに下宿屋の住所を教え、オレとメルはババアへの土産とマタタビを買ってからマオーイから帰ることにした。
金星の連中は武装キャラバンの同行者として馬車での移動らしい。
「では、三日後に伺いますね。ガンマさんに星の導きがありますように」
「星の導きがありますように」
別れ際、二人はそう言って小さく手を振った。
金星の神官ってのは、そういう挨拶をするのかと妙に感心。
そうだな、挨拶は大事だ。古事記にも書いてある。
「今日はありがとな。ローラ、ケイ=ララ、そっちにも星の導きがありますように。じゃあな!」
「またねー」
すっかり日が傾いてしまったマオーイから出発し、来た道をのんびり戻る。
えらく濃いツーリングになったものだ。
「ねえガンちゃん」
「んー?」
「ソフトクリームおいしかったね」
「そっか。オレ食ってないけど」
「ローラちゃんとお話して、楽しかった?」
「どうかな…どうなんだろうな」
しばらく会話が途切れて、エンジンの音だけになる。
「ねえガンちゃん」
「んー?」
「あたしのこと、怒ってる?」
「怒られるようなことしたのか?」
「…ううん。してないと思う。けど、その…」
「なあメル」
「…なに?」
「隣にいてくれよ」
「…いいの?」
「頼むよ。ダメか?」
「ううん。いいよ…もう、ガンちゃんは仕方ないからね!」
仕方ないからでいいよ。一人で抱え込むには、こいつはちょっとばかり重いんだ。
「ありがとな、相棒」