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キャプテン・ノーフューチャー! 工具精霊とDIYで星の海へ!  作者: やまざき
第一章 修理屋のガンマ
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ツーリングに行こう②

 もぅマヂ無理……

 オレの頬に感じるのは、暖かいそよ風だ。

 オレの目に映るのは、そよ風に揺れる松の木漏れ日だ。

 それが幻想的に七色の光に輝くのは、オレが涙目になっているからだ。

 どうしてそうなっているか? メルに触られそうになって、慌てて自分の本能を鉄の弁当箱で殴りつけたからだよ! 思いっきりな!


「バカバカバカ! もう、もう、バカーっ! せっかく…もう、ガンちゃんなんか大っ嫌い!」


 今まで見たことがないほど顔を赤く染めたメルに怒鳴られた。

 「大っ嫌い」という部分で、ムチみたいに(オレの)右手を振り上げて、めちゃくちゃいい音のビンタというおまけつきだ。

 自分の手で殴られて目から火花が出る、という稀有な体験は…できれば一生経験したくなかった。


 痛い。

 胸というか心が痛い。

 頬っぺたも痛い。ひっくり返って強打した後頭部も痛い。

 ぶん殴られて萎んだ部分も痛い。


 あーもーどこか遠くに逃げたい。夜行列車に乗って日本海とかそういう気分だ。

 いっそ灰になれたなら、この風に吹かれてこの世の果てまで逃げられるのだろうか。

 いっそ開き直れたなら、この言葉にできないモヤっとした気分を拭えるのだろうか? 

 むむ。開き直る?

 それはアレか?

 メルにお願いしちゃうのか?

 カクカクさせながら、辛抱堪らんのよ、とねだるのか?

 ふざけんなド畜生。そんなの、想像でだってお断りだ。

 メルはそういうのじゃない。そんなのじゃないんだ。


 それにだな、冷静になれよオレ。

 メルは相棒だ。相棒なんだよ。いいか? よーく考えろよオレ。

 【右手が相棒】というのと【右手が恋人】とか【右手が嫁】というのとでは、天地の差があるんだ。

 この巨大な差を理解できないオレじゃないだろう?

 これはある意味で生きるか(社会的に)死ぬかの瀬戸際なんだ。

 いくら飢えていても、いくら渇いていても、決して、絶対に、手を伸ばしてはならんのだ。

 たとえ他人の嫁に手を出したとしても、これだけは!


 ハードボイルドとは、やせ我慢のこと。

 ここでその言葉を思い出してしまうと、男の生き方の手本と憧れたヒーローたちが全員揃って苦虫を噛み潰した顔をする。

 すまん、ボギー。フィル、勘弁してくれ。

 ゴリさん…文太兄ィ…すんません…


 目を閉じて痛みがほどけていくのを待ちながら、メルのことを思う。

 ビンタの後は右手に戻って黙り込んでしまったが、どうもブツブツ言っている気配がする。

 離れていても、銀色のラインがつながっていればメルの声は頭の中に聞こえる。あいつが腕の中にいても同じだ。

 それなら、と耳を澄ますようにメルに意識を向けると、小さな声が聞こえる。


『ほんとにもう、ガンちゃんはもう! ごはん屋さんの奥さんとか若旦那さんとこの女の人とかエッチな目で見てるくせに! お尻ばっかりジロジロジロジロ見て!』


 あ、これアカンやつ。聞いちゃダメなやつ。目を閉じているせいか、三角座りしたメルがクッション抱えて歯ぎしりしている姿まで見える気がする。そして尻好きってバレてる。小さくても、精霊でも女なのかなあ。どうしたもんかなあ。


 これ以上覗くのは本当に許してもらえない気がするので、目を開けて他の事を考えよう。

 おそらく、メルは大家のババアに何か吹き込まれたに違いない。

 仮に、仮にだ。オレが夜中に湿度高めのそういう夢に悶えていたとしても、それがメルにとって「してあげる」対象として理解するためには、男子のそういう状態に関する知識を教えた者がいるのだ。


 決定的な証言として、メルが言ったじゃないか。

 大家さんに相談した、と。

 あのババア…幼気な少女と思春期の男子を弄びやがって…覚えてろよ。

 帰ったらマタタビ粉末で足腰立たなくしてから尻尾の付け根をペシペシ叩いて悶絶させてやる。


 ここか! (ペシっ)ここがええんか!? (ペシペシっ)このメス猫めっ! (ペシペシペシっ)どこがいいのか言ってみろっ! フゥーハハハァー! 

 よし、カンペキな復讐だ。市場にマタタビ売ってたら買い占めてやろう。


 くく、と悪い笑みが漏れる。

 あのババアには、けしからん尻には仕置きが必要だ。

 世の中に正と邪があるなら、これは邪である。分かっているのだ、そんなものは。

 オレもメルも、ババアにからかわれいるだけなのだ。

 だが、やられっ放しで良いという事ではない。古代ハンムラビ王の定め給うた法の精神に則って、正々堂々と…いや姑息に一服、いやいやガッツリ盛ってから仕返しをするぞ。


「メル…そのままでいいから、聞いてほしいことがあるんだ」


『…いまはガンちゃんに顔見られたくないんだけどな…』


「うん。だから、そのまま聞いてくれるだけでいい」


 メルがしようとしたことについて、ババアの差し金であったことを確認。

 オレたちの即決裁判でババアは有罪。満場一致である。

 ここまでは既定路線だが、問題は量刑だ。アイデアがあってもメルの同意が得られないと協力してもらえないので実行が困難になる。


「なるほど…やろう、ガンちゃん。あたし何でもお手伝い、するよ…!」


 計画を打ち明けると、引き籠っていた右手から悪役みたいなポーズで、これまで見たこともないほど暗くギラついた目をしたメルが出てきた。

 ズゴゴゴゴ…という書き文字が似合いそうな雰囲気だ。

 どうやらメルもババアに一矢報いてやりたい気持ちがあったらしい。

 オレの左の小指とメルの左腕がガッシリ組まれ、ここに最強タッグが結成された。

 ククク…やるぞ、やってやるぞメル!


「やろうガンちゃん…ふふふっ悪い顔してるよ…?」


 そういうメルも悪い顔だ。

 いいんだよ。悪に対するには善というルールはないのだ。それ以上の悪で立ち向かう。

 オレの左手とメルの両手が、めらめらと燃え盛る火のようにワキワキ動く。

 腹の底を昏い歓喜の炎に炙られて、オレたちは笑う。


「ふふふ…ははは…はーっはっはっはーッ!」


「うふふ…あはは…あははははははははは!」


 いまやオレたちはボニーとクライドである。北斗と南である。貫一とお宮…は違うか。

 とにかくなんか変な方向に盛り上がっていた。

 まだ何もしていないのに、成功を確信して心地よい達成感に包まれてマタタビの入手方法を考えたり、どうやって気付かれずに仕込むかなどをゴロゴロしながら話し合った。メルもノリノリで意見を出し、計画の詳細は実にスムーズに決められていく。

 二人で寝転んで地面に略図を描き、あーでもないこーでもないと話を詰めていく中で不意にメルと目が合った。


「ガンちゃん、ごめんね?」


「オレもごめんな、メル。仲直りだ」


「そうだね、仲直りだね♪」


 ぱっとメルが笑い、オレの痛みはきれいにほどけた。

 ありがとうな。胸の中に、柔らかくて温かいものが広がる気分だ。


「ずいぶんと可愛らしい精霊様ですね」


 そこへ、突然に声をかけられた。硬く冷えた口調で、どこか嘲るような女の声だ。

 次の瞬間、オレの身体は自分でも驚くほど素早く跳ね起きて、声のした方向から距離を取って身構えていた。


「なんだ、あんた」


 声はオレたちが座っていた松の後ろからしていた。

 左半身に構えて右手を身体に隠すと、木の陰から緑がかった長い金髪と、同じ色をした目の女が顔をのぞかせた。

 キトンとかいうギリシャ神話みたいな服に、細かい装飾が施された金糸の帯。

 青白くさえある細い腕は金と紫の細い輪で飾られ、胸元には磨かれた銀の環が発光しているように揺れている。


 その女は、敵意はないと言いたげに両手を胸の位置まで上げ、首をかしげて困ったように微笑んで見せる。

 髪がひとすじサラリと流れ、笹の葉のような耳が見えた。


「驚かせてしまったのなら、申し訳ありません。そしてご気分を悪くされたのなら、そちらもお詫びいたします」


 なんだこいつ。メルの事を知っているのか。

 どうして知っているのか興味があるが、警戒心がそれを上回っている。

 ゆっくりと一歩、二歩と近づいてくる女に対して、オレは身体の後ろに隠した右手で拳を握って引き絞る。


『ガンちゃん…』


 メルの不安げな声が頭の中に聞こえる。

 心配すんなと返し、オレの目は女の観察を続ける。

 右足は足首を動かさずに靴底で地面を踏み固め、突くにせよ逃げるにせよ対応できるように準備する。


「そこで止まれ。それ以上近寄るな…もういっぺん聞くぞ。なんだ、あんた」


 女はやや悲しそうにその場で止まり、右手を自分の胸に飾った銀の環、左手をこちらに向けるという芝居がかった仕草で言った。


「お判りいただけないとは残念です。私は【守り人】です。金星からの使者と申し上げればお判りいただけましょう?」


「帰れ。電波系とか不思議ちゃんは面倒くさいから守備範囲外だ」


「は…い?」


「前世とか転生戦士とか、オカルト雑誌の文通欄みてーな寝言はよそでやれって言ってんの。分かる? てか、わかれ。そして帰れ」


「え…その…え? あの、私…わかってますか?」


 女は印籠を出したのに、ガン無視されて立場がなくなった副将軍様と言った顔だが、オレに付き合ってやる義理は無い。


「知らねえし、知りたくもねえな。大体なんだよ【守り人】って。騙るにしても捻りが足りねえしセンスもねえ。それでよくドヤ顔張り付けて他人様の前にツラぁ出せたもんだなオイ。オレなら恥ずかしくて外に出られねえよ」


「や、だから、ですね?」


「そもそもな、金星に生物がいるってのか? 常識わかってるか? 頭だいじょうぶか? 太陽系のハビタブルゾーンって知ってんのかオォ? 火星人はタコなのかァ? バカなのかァァ? 死ぬのかァァァ!?」


「えと…わ、私は…わたしはぁ…」


「アァ!? 聞こえねえぞコラァ!」


「もり…ひっ…ひっく…」


「もりィ!? ここが蕎麦屋だと思ってんのかコラァ!」


 逃げるタイミングを奪うためにオラついてみたが、この女…いや、この子は予想以上のビビリだ。

 すっかり呑まれて顔色を失い、半ベソかいて座り込んでしまった。

 いかん、なんかイジメてしまった気がする。

 メルも途中からオレより彼女の方を心配しだしている。


「あー…その、なんか、ごめん」


 登場した時の余裕が完全に消え失せた自称・金星人。

 詫びの言葉で最後の堤防が決壊したのか、ぺたんと座り込んだ姿勢のまま、うえええええんとガン泣きする。


「えええええん! ひどいいいい! わたっ…わたしだってええええっゲホッ!」


「うんうん、そうだな、ごめんな。オレが悪かった。友達が欲しかったんだよな?」


 ぴたりと泣き止んだ女は、涙目のまま鼻をすすりながらオレの顔をまじまじと見つめる。

 友達のいない可哀そうな子が、オレも少女人形と漫才をするようなやつだと思ったんだろう。

 友達のいない者同士、きっと互いの痛みを理解しあって仲良くなれる。自分の方が年上なんだから、相手に合わせてあげなきゃ。

 そう思って、なけなしの勇気をふり絞ったに違いない。ここは精神年齢アラフォーの大人であるオレの方から、この子に歩み寄ってやるのが道徳的に正しい。


「う…っ」


 目にふたたび涙が溜まる。

 気の毒な子に可哀そうなことをしてしまった。罪滅ぼしに、この場だけでも仲良くしてやろう。

 いまのオレは菩薩の心だ。

 友達のいない可哀そうな女の子に、ひと時の優しい思い出を作ってあげよう。

 この子の設定に一日中付き合う気はないが、世は情けなのだ。一緒にソフトクリームを食うくらいの時間は相手してやろう。


「うわああああん! 可哀そうな子だって思ってるーっ!」


 菩薩終了。

 お前に食わせるソフトクリームねえから!


「ンだテメェ!? 事実だろうがよ!」


「そんなんじゃないもん! 本当だもん!!」


「下手に出りゃチョーシコキャガッテメッスッゾオラー!?」


「ああもぅ…ガンちゃん女の子泣かしちゃダメでしょ!」


 思わずブチ切れてしまったが、後頭部にスパァンという破裂音と衝撃が走って正気に戻る。

 振り向くとメルがハリセンを片手に目頭を揉んでいた。どこでその知識を仕入れたのか。


「はいはいよしよし…怖かったねー、もう大丈夫だよー」


「ぐすっ…怖かったぁぁ!」


「大丈夫だよー。もう怖くないからねー、よしよし…」


 メルは子供をあやすように自称・金星人の背中をポンポンしたり頭を撫でたりしている。

 出てきちゃマズいだろうに、という不満が顔に出ていたのだろうか。

 じろりとオレを見て、判決を言い渡す裁判官みたいな口調でメルが言った。


「ミントソフト二つ! それとお水!」


「アッハイ」


「ダッシュで!」


 ついさっき、メルと仲直りできたばかりだ。

 いま逆らったら、一生許してもらえない気がする。

 謎の確信に尻を蹴り飛ばされ、オレはソフトクリーム屋まで転がるように走った。


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