銀の弾丸①
長らくお待たせしました。
第三章です。
キャプテン・ノーフューチャー。
なんて残念な名前だろう。オレは玄関先に二つ並べた七輪の前でため息をついた。チリチリと音を立てる炭火の上には焼き網が乗っていて、ババアが塩で下ごしらえを済ませていたサバが旨そうな匂いを漂わせている。
今夜は人数が多いから、七輪も追加してる。そして、ローラとララが台所を使ってるからオレは玄関先でしゃがみこんでるわけだ。
それにしても…あの名前はどうにかならんものか。
いや、待て。べつの角度から考えてみよう。たとえば、キャプテン・フックはカギ爪の義手をつけた海賊だよな。だけど、英語の綴りが同じでもキャプテン・ホックだと…うん、女性下着に執着する変態っぽい。
オレが名乗ることになったのは、それより若干マシかもしれない。そうとも、登録上の名前なんだ。積極的に名乗らなければ済む話だ。
それでいいじゃあないか……いや、全然よくねえ。今回の件が片付いたら、申請書類の訂正方法を調べよう。そして、もっとマシな名前で登録しよう。
どんな名前にしたものかと思いつつ、いざ考えると、パッと思いつかねえなあ…山の向こうへ消え残る夕焼けを見つめていると、背中の方から声がした。
「けっこう慣れた感じねえ。君が料理するなんて意外だわ」
「なんだ、見物に来たのか? 美味いかどうかは保証しねえぞ」
「平気平気。煙を出しても良い環境で作ったごはんってだけで久しぶりだもん」
肩越しに振り返ると、サンダルをひっかけたシートン監査官は七輪の上でジュウジュウ音を立てる塩焼きとオレの手元を交互に眺めて嬉しそうだ。なるほど、確かに月面基地じゃ七輪使って魚を焼くわけにも行かねえよな。
「ここみたいな田舎って、あちこち飛び回る仕事してると…落ち着くっていうか、ホッとするわ」
「田舎の良さってやつだな…よし、もういいだろ。そこの皿とってくれ」
「そうだね。はい、お皿」
皿を受け取って塩焼きを乗せていると、監査官の着ているジャケットのポケットから呼び出し音が鳴った。
「なに? こんな時に呼び出しとか…気が利かないったら、もう。ちょっと船に行ってくるから!」
旨そうな匂いに後ろ髪をひかれつつ、庭先に停めた小型艇へ向かう後ろ姿を見送る。もうすぐメシだってのに、このタイミングの悪さ。なんとなくだけど、嫌な予感がする。胸騒ぎというより、もう少し具体的な何か。晴れているのに、風の中に雨を報せる湿気の匂いが急に混ざってきたような…そういう感じだ。
だから——
「エド、それ本当なの!? なんてこと!」
小型艇の開け放ったハッチから、悲鳴に近い監査官の声が飛び込んできても驚かなかった。
******
「月面基地からの連絡だと、三十分前に重武装していると思われる不審船が三隻。星間警察の呼びかけを無視して地球へ飛び去ったそうよ」
監査官は月面基地から、と言うが星間警察の中でオレたちを手助けしてくれる心当たりは二人しかいねえ。そのうち一人がここにいるから、残ってるのはエディ・ガーニー警部補だけだ。
そのエディがわざわざ連絡してきたってことは…ローラを狙う新手が来やがったってことだ。
「時間の猶予はどれっくらいだ?」
「地球軌道上の巡視船が間に合わない場合…たぶん、二時間くらい」
誰がとか、どうして、なんてまだるっこしい確認を省いて、一番知りたいことを聞く。二時間ならスクラップヤードの〈銀の弾丸〉号に戻る余裕はあるが、発進となれば…かなりギリギリだ。
「監査官、うまい焼き魚はまた今度だ。悪りぃが…ひとつ頼まれてくれ」
「わかってる。君の船まで乗せてってあげる…だけど私の船は武装してないから、その後の役には立てそうにないけど」
「恩に着るよ。だけど、乗せてもらうのはローラとララだけでいい。メル、港に戻るぞ!」
「ほれ、急ぐにゃメル」
「…うん」
メルはさっきまでババアに甘えてたんだろう。名残惜しそうにババアの鼻先に頬っぺたを擦りつけてから、差し出した手の上を跳ねてオレの右肩に乗った。
「わかりました。ララ、急ぎましょう」
ローラの言葉に頷き返したララがエプロンを解いて、二人は小走りに部屋を出た。
「監査官、オレたちは先行して船の準備を進める」
「…みんなでごはん食べたかった」
状況を理解してはいるが、メルは口をとがらせて不満顔だ。仕方ねえと思うけど、それを言ったところで何も始まらねえ。とにかく、今は港に戻って船を——戦闘艇〈銀の弾丸〉号を出さねえと。オレたちの非日常を終わらせねえと、おちおちメシも食えやしねえ。
「次があるさ。行くぞ、メル」
ヒゲハゲ軍団への連絡を監査官に頼んで、オレは港に向けてトライクを走らせる。東の空から双つ月が昇り始めていて、ヘッドライトに照らされた夜道はそこそこ明るい。
海賊船が三隻。前みたいにエーテルの消費を嫌って着陸船で乗り込んでくるなら、ババアたちクァールの加勢も期待できる。だけど今回はそのまま来る可能性がある。それはこっちが地上なのに、あっちは上空ってことだ。FPSゲームでガンシップから好き放題に撃ちまくるのは愉快だが、リアルで逆の立場になるのはゾッとする。
そして、仮に着陸船を降ろしてくるとしても……前みたいな船でも一隻に三〇人は乗ってるはずだ。それが三隻ってのは、最大人数なんか考えたくもない。ランチェスター先生に言われるまでもなく、人数の差ってのは手数の差だ。立ち回りを工夫するにしても限度ってもんがある。
だから下宿を出る時にメルに言った『次がある』って言葉をウソにしないためにも、連中を宇宙で…最悪でも空中で仕留めなきゃダメだ。それは理解してる。そんなのはわかってる。
わかっていても、戦うのは怖い。一度や二度の経験で鉄火場に慣れるほど、荒事向きの性格してねえんだ。
でも、考えろ。
オレが折れたら、どうなる?
海賊相手に白旗振ったら、他のみんなはどうなる?
まず、ローラは殺される。ララだって殺されちまう。下宿のババアたちも無事じゃすまないだろう。他にも、この辺に暮らしてるオレの知ってる連中が…親方もヒゲハゲ軍団も、商店街のみんなだって無事に済むとは思えねえ。
たった半年だけど、ここはオレとメルの居場所だ。海賊にも話せばワケありの奴だっているだろう。気のいい奴だっているだろう。だけど、だからといって友達を殺されたり居場所を荒らされて良いはずがねえ。
そうだとも。
だから決めたんじゃねえか。悪党にブチ込む〈銀の弾丸〉になるんだ。自分が正義だと言えるほど思い上がっちゃいねえが、少なくとも今は弱気と迷いは出しちゃダメだ…!
******
元の世界なら間違いなく免許取り消しになる速度で港のスクラップヤードに滑り込む。トライクを〈銀の弾丸〉号に横づけして一段飛ばしでタラップを上がるオレに、クリップボード片手のハカセが駆け寄ってきた。
「ガンマ、襲撃の話は無線で聞きました! 明日の出発に備えて準備を進めてましたけど、まだ不十分な箇所が——」
「聞いてるなら話が早い、いまは飛んで撃てればそれでいい!」
「そっちの方は問題ありません。ですが…いいんですか?」
「良くねえけど、他に手がねえだろ? 星間警察に通報しても、間に合うかどうか分からねえ。逃げるにしても相手は空飛んでやがるんだ。それとも、ここには対空装備があったりするのか?」
「残念ながら使えそうなブツはありません。試作品はテスト後に、規定通り爆破解体してますからねえ」
こいつらが頻繁に何かを爆発させてるのは、そういう理由だったのか。九割くらい無法者だと思ってたヒゲハゲ軍団に規定があった事の方が驚きだ。
「つまるところ、やっぱり船を出さないとダメってことだ。そうだろ?」
「…やれやれ、了解です。機体は倉庫の前まで引っぱりますから、自力で出ようとしないでくださいよ? エンジン吹かされたら壁と屋根が飛びます」
ハカセはそう言って足早に出て行き、オレとメルは操縦室のシートに滑り込んだ。セダンタイプの乗用車より若干広い程度のスペースに計器とランプ、それとスイッチがみっしり配されたパネルが並んでいる。
四つのシートが二列に設置され、前席右側がオレの操縦手シート。その隣がメル専用にカバーを乗せた航法手シートだ。
レース車両みたいな両肩と腰、股の間で固定する五点式のシートベルトを装着。無線のスピーカーとマイクが内蔵されたヘッドセットを首に引っかけて、制御盤にある黄色のカバーを跳ね上げて〈銀の弾丸〉号の主電源スイッチを入れる。
「コントロール、こちらガンマ。イニシャルチェックを開始する。船内気圧、酸素濃度正常。環境制御系に問題なし。重力等化装置、正常。発電機とバッテリー蓄電量も正常値だ」
《コントロール了解、引き続き飛行前チェックを開始してください。推進系、エンジン始動どうぞ》
「了解。外部電源から補機を起動する」
ラグビーボールみたいな紡錘形の〈銀の弾丸〉号の船尾には、長く伸びた円錐形の尻尾がある。これがエンジンになっていて、四分割された先端から一から四まで番号が振られている。
操縦席のスイッチを入れ、補機が一番エンジンをゆっくり回していく。メーターの針がじわりと動いて、回転数が規定値に到達した。
「一番、コンターク!」
《コントロールより、一番エンジン始動確認。精霊石によるエーテル・マナ変換効率に異常なし。続いて制御系チェック、どうぞ》
「了解。メインエンジン一番をアイドリング状態でホールド。冷却装置の動作正常。続いてスラスタを一番から十六番まで、最小出力で噴射する。着陸脚のロック確認。コントロール、機体周辺の安全確認頼む」
《こちらコントロール。最小出力なら扇風機みたいなもんですから、そのままどうぞ》
「り、了解…いいのかよ」
かなりの突貫だったが、合格点をもらえるまで何度も繰り返し覚えた宇宙船の発進手順。機体構造を理解するのと並行して、操作盤のスイッチ位置を身体で覚えさせられた。マジで夢に見るほど叩きこまれて、最初は絶対ムリだと思ってた山盛りのスイッチとボタンも今じゃ迷いなく操作できる。
「スラスタ動作正常。次、操縦系。主系統、サブ一番、サブ二番切り替え…正常。推進系、操縦系とも問題なし」
《コントロール了解。引き続き通信系、航法系のチェックを》
「りょうかい! 通信を有線から無線に切り替え。はかせ、聞こえる?」
《聞こえますよ。チェックを続けましょう》
「はーい。RSは5-5、無線正常っと。航法は…高度ゼロ設定、現在緯度と経度…よし。現在時刻、午後七時四十五分。お天気と風向きの情報ください!」
《こちらコントロール。天候はおおむね晴れ。風向は南南東、風力は四》
「南南東の風力が四、と。それで、太陽は…沈んでるから確認は省略します! …で、いいんだよね?」
メルも何も知らない、まったくのゼロから必死に勉強して知識を身に着けてくれた。オレが別の訓練受けたりしてる間も、ずっとハカセの講義漬けで頑張ってたもんな。多少危なっかしいところがあっても大丈夫だ。
《コントロール了解。大丈夫です、もっと自信もっていいんですよメル。どうしても難しかったら、あなたが制御してしまえばいいんです。そうそう、軽く食べられるものを後ろの機関士席に置いときましたよ。では、火器管制チェックどうぞ》
「やったあ! はかせありがと!」
そう。メルが〈銀の弾丸〉号の制御を握ってしまえば、真っすぐ飛ぶだけなら問題ない。ただ、戦闘機動だの火器管制だのは手が回らないから無理だけど。
「了解。マスターアーム、オン。船首熱線砲、一番から四番まで正常。主砲、穿光砲の弾体装填も確認。〈銀の弾丸〉号、全機能正常」
《コントロール了解。ギリギリですが、四人分の食料と水の積み込みも完了しました。それと、良いタンミングで金星の方々も到着したようですよ》
ヘッドセットから聞こえた無線と、タラップを駆け上がる二人分の足音はほぼ同時だ。
「お待たせしました!」
「ちょうど出発準備が整ったとこだ。すぐ出るから、後ろの席に座ってベルト締めといてくれ」
緊張し過ぎるな、ここまでは訓練と同じだ。何度も繰り返したじゃないか。
でも、ここからは初めてだ。自分だけじゃなく、他人の命乗せて飛ぶんだぞ。
やたら高速で自問自答する自分と、それを見ている自分が頭の中にいる。
「エアロック、閉鎖確認。コントロール、タラップ撤去願う」
《コントロール了解》
「メル。海賊…いや、敵の現在位置は出せるか?」
「ほいほい。占象儀で…っと、うーん…たぶん…これ、かなあ?」
占象儀ってのは、要するにレーダーのことだ。エーテルなら底なしに出せるくせに魔法がちっとも使えないオレには扱えないが、アクティブ・パッシブ両方の機能の他に生物や周囲のエーテル濃度なんかも測定して液晶っぽいガラス板に投影してくれる。
ハカセの話だと高性能なレーダーらしいが、それでも敵の位置は不鮮明らしい。まだ地球軌道まで距離があるのか?
「メルちゃん、私に操作させてください。あと、ガンマさんは一度エーテルの放出を止めてらえますか?」
真後ろの砲手席に座ったローラが声を上げ、何やら占象儀の操作を始める。オレが言われるまま船へのエーテル供給を止めると、不鮮明だった敵の位置が急にはっきりと投影された。
「こりゃあ...ローラ、何が悪かったんだ?」
「占象儀は電波を使いませんから、惑星表面でも地平線の向こうまで探査できます。だけど、周囲のエーテル濃度にかなり影響を受けるんです。さっきの状態だと…昼間に星を探そうとするような感じですね」
ああ、なるほど…オレが電波障害の発生源ってことか...
「まだ地球の衛星軌道まで来てないようですね。エリカに星間警察の警備艇を呼んでもらえないか頼んでみましたが、間に合うかどうか難しいようです」
「警察にローラたちの身分を開示しねえ状態じゃあ、向こうも対応に限度があるんだろう。世知辛いけど、組織ってのは多かれ少なかれそういうもんだ。こうやって情報くれるだけ有難いと思わなくちゃな……コントロール、聞いての通り敵の位置を確認した。〈銀の弾丸〉号はこれを突破し、金星へ向かう!」
《コントロール了解。ここに被害がなさそうでひと安心です。グッドラック、ガンマ》
なんとも心温まる本音をありがとよ!
一ヶ月あれこれと頑張ってみましたが、一度書いたものを書き直すって
えらく難しい上にモチベーションを維持するのも大変なものですねえ...
というわけで、いっぺん最後まで書いてから修正する所存。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。