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キャプテン・ノーフューチャー! 工具精霊とDIYで星の海へ!  作者: やまざき
第二章 バース・オブ・キャプテン・ノーフューチャー
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双つ月の祝福④

 永遠とも思える罵倒と暴行の時間が終わり、シートン監査官()から立つことのお許しを頂いた。なお、発言の際は「申し訳ありませんシートン監査官様」または「お許しくださいシートン監査官様」とつけないと新品の尻穴を増やしていただけるようです。

 …あの靴、普通のローファーなのに安全靴みてえな鉄芯でも入ってんじゃねえのか。オレはまだ処刑されてねえけど、エディは内股になってつま先立ちになってるしワン公どもも尻尾を股に挟んで怯えまくってやがる。


 貨物室のハッチを開けると星間警察の月面基地は実動部隊がほぼ出払っていた。オレたちが乗って帰投し宇宙船を除いて、野球場が軽く四つは入りそうな格納庫はがらんとしている。すでに与圧されている格納庫は、天井のダクトから空調が低く唸る音しかしない。


 その中を、監査官様の靴音だけがカツカツと響くのだ。もちろんオレたちは彼女の繊細にして敏感な逆鱗に触れるような真似をせず、靴音などを立てずに従うのみである。君子危うきに近寄らず、と言うが近寄らずに済ませられる自由を与えられない身としては、これが最大の自己防衛だ。呼吸すら慎重にならざるを得ない。


「…基地司令のオフィスはこっちよ」


「お許しくださいシートン監査官様。承知いたしました」


「ムーンドッグのあなたたちは、ここで待ってて」


《申し訳ありませんシートン監査官様。かしこまりました》


 おかしい。オレたちはご指示頂いた通りにしているのに、監査官様のご機嫌は急激に悪化しているようにしか見えない。むしろ口から瘴気でも吐き出しているように見える。グレーの床を進む足取りも少しずつ重くなって、とうとう止まってしまった。


「ガンマ君、メルちゃん」


「申し訳ありませんシートン監査官様、なんでしょうか?」


『なあに?』


「…もう、普通に喋っていいわ」


「…助かるよ」


「大丈夫だったの? ケガしてない?」


 ケガなら〈モンケン〉号の上より、その後の方が多いです。主に打撲と噛み傷が。


「ジヌ=メーア様とヌ=バローラ様たちがご心配されてた通り、どこに行っても無茶ばかりするのね、あなた」


『ガンちゃんはねー…そういう悪い癖があるよねー…』


「したくてやってる訳じゃねえんだけどな…仕方なく、だよ。ひょろチビだからな、タフガイにゃなれねえが…まあ、なんとか無事さ」


「そう、良かったわ」


 不機嫌そうな顔のシートン監査官は突然にっこりと嬉しそうに微笑み、背中で隠していた「司令官オフィス」と書かれたドアの開閉スイッチを押す。


「お待たせしました。罪人を連行しましたので、どうか存分にお仕置きをお願いします。本人から無事だと証言を得ておりますので、存ッ分に! キッツイやつを! お願いしますねッ!」


 こいつ、売りやがった…ドアの向こうには、殺し屋みてえに酷薄な笑みが三つ並んでいた。

 メル、助けてくれ。今こそお前の助けが必要なんだ。お願い。メルちゃんオレ殺されちゃう。これ以上ボコられたら本気で死んじゃうよ!?


「うふふふふふ。大丈夫ですよガンマさん…死にかけたら治してあげますから♡ 死にかけるまで治してあげませんけど♡」


 ローラさん、どうして目ん玉カッ開いたままなんですか。まばたきしよう? ね?


「にゃあ。散々苦労して着陸船を修理して迎えに行ってみれば、犬っころと遊んで厄介事に首突っ込んで…どうしてじっとしていられにゃいんだろうにゃあ…血の気が多すぎるのかにゃあ…?」


 ババア、これには深い訳があるんだ。それにいつ助けに来てもらえるのか分からなかったし、決して物見遊山でウロついた訳じゃないんだ!


「まあまあ、お二方。言いたいことも聞きたいことも、まずは血祭りに上げてからにいたしましょう?」


 まてまてまて、ララお前も物騒なこと言うなって。わりと元気なのは認めるけど! そうだ、何でもしてくれるって言ったよなララ!? オレを助けてくれ! お前らじわじわ距離を詰めてくるなよ、怖いから!


『えーっと、ガンちゃん?』


「な、なんだメル? 助けてくれるのか!? 急いでくれ!」


『あのね、あたしもちょっぴりだけ怒ってるの。だから、諦めて?』


 にへら、とこれまで見たこともない黒い笑顔。ブルータス(メル)、お前もか。



 ひとことで言うと、ひどい目に遭った。ふたこと目をつけ足すなら、走馬灯ってやつを見た。あれって、これまでの人生で良かった事だけ見えるんだな。さっきまで受けていたリンチに比べりゃ、どんな思い出もあれよりマシという意味だが。


 そして、現在進行形でひどい扱いを受けている。よくマンガで見かける、縄でぐるぐる巻きのミノムシにされるってのがあるが…あれを現実のものとして体験するとは夢にも思わなかった。首から上だけしか動かせる部分がねえ。


「逆さに吊るさにゃいだけ有難く思うにゃ」


「地球に戻るまで、そのままでいてもらいますわ。女官長、口車に乗せられて同情してはダメですからね?」


「わかってます。ガンマさん、大人しくしてないとぉ…もっと痛くされますからね? ぷふふっ…マンガみたい…!」


 何度目かわからなくなったローラの治癒魔法を受け、身体の傷は完治するがオレの傷つきやすいガラスのハートはボロボロだ。かなり頑張ってワン公たちの危機を乗り越え、新しい情報を確保したというのに、この仕打ちはあんまりだ。

 そして、ララはこのミノムシのままオレを地球まで戻すという。それはつまり、またオレは宇宙から見る地球という胸を打つ光景を見られねえという事だ。なんたる無慈悲。なんたる無情。


 遊びに来たんじゃねえのは重々分かっている。だが、忙中閑ありとも言うじゃねえか。後生だから、オレにもアポロの英雄たちと同じ光景を見せてくれ! お願いだーっ!


「うるさいにゃエビフライ。家まで箱に詰めて運ばれたいのかにゃ?」


 オレは密航者か!? もう大人しくするから、ミノムシでもエビフライでもいいからぁ!


「うーん…さすがに可哀そうな気がしてきますけど…ララ?」


「だめです。今回ばかりは私もジヌ=メーア様も許してあげません。目隠しと猿ぐつわしないだけマシだと思ってくださいな。当初のプランでは素直な良い子になるまで調教、も視野に入ってましたのよ?」


「それは…悪質な洗脳というのでは…」


「さすがに合法とは言えませんわね。星間警察の基地内ですし、ガンマ様の嬌声を響かせるわけにも行きませんから配慮しましたの」


 しれっと違法行為に手を染めるって言ったぞこいつ。オレに何をする気だったんだ。思わず漏れた疑問に、ララは薄く笑って知らない方が身のためだと言う。こわい。恐怖は無知から来るのだ、という格言の意味を理解した気がする。


『でもガンちゃん、知っちゃった方がこわいってこともあるんじゃないの?』


 なんだその素朴な真理は。ラヴクラフトの宇宙的恐怖(コズミックホラー)か。未知も既知も恐怖でしかないのなら、少なくとも今は愚者の雄弁より賢者の沈黙を是とすべきである。お口にチャック。それが被害を最小化する冴えたやり方なのだ。


「では監査官、エゲリア神殿は月面基地と司令殿、そして貴官らのご協力に感謝いたします。事が非公式なので正式な書状はお出しできませんが、別の形で報いる所存ですわ」


「エゲリア神殿の皆様のご厚情、星間警察月面基地一同に成り代わりましてお礼申し上げます。しかしながら、行方不明者の捜索と救助は私どもの職務です。お言葉以上の気遣いは、どうかご無用にお願いいたします」


 なんか唐突に小芝居が始まったぞ。アレか。とりあえず体面を繕ってみました的なやつか。まあ、個人レベルではいいとしてもシートン監査官は星間警察の職員、ローラとララ神殿の神官という別の組織に属する人間だ。通しておくべきスジもあるか。

 ララは優雅と形容しても良い仕草で、胸の銀環に手を添える神官風の礼。シートン監査官は折り目正しく海軍式の脇を締めた敬礼だ。


「では、個人として貴女に感謝の気持ちを贈りたいと思いますが、受けていただけますか?」


「重ねてのお言葉、感に堪えません。お気持ちだけで十分です、と言いたいところですが…」


「何かご希望が?」


「はい。詳細は後ほどお渡しいたしますが、お力添えいただきたい事がございます」


 そう前置きして、監査官はオレと一緒に訪れたムーンドッグの窮状を説明する。彼らを保護区なり、保護指定動物なりにしたいという意向に神殿からの賛同を取り付けたいらしい。それなら、オレも言いたいことがある。


「ララ、オレからもお願いだ。ワン公たちを助けてやりてえ。でも監査官、あいつらを保護するってのじゃなく警察犬として星間警察に導入するとか、そういう道じゃダメなのか? 種族として生きながらえるだけが保護じゃねえと思うんだ。あいつらには、あいつらの文化と誇りがある。そこも含めて、器量を見せてやってほしい」


 我ながら好き勝手な理想論だ。だけど、いま一番あいつらの気持ちに近い人間はオレなんだ。動物園みてえに檻の中で守られるのは、ムーンドッグから誇りを奪う行為なんじゃねえのか。それは命を奪うよりも、ある意味では残酷なんじゃねえのか。


「はぁ…ガンマ君…それだと保護計画の上申書、まるっと作り直しになるわよ…私の睡眠時間と肌荒れの代償は高くつくけど、払えるのかしら?」


「金はねえから、身体で払う」


「あら大胆。ガンマ君の嬌声ってのは興味あるけど、年下は趣味じゃないの」


「まあ、いいお友達になれそうですわね」


「オレじゃねえよ! ララもその手つき止めろ! ワン公でも、他のムーンドッグの戦士でも、好きなやつを好きなだけ撫で回していい。それでどうだ? 特にワン公なんか、すげえでかくなってるからな。撫で応え十分だろ」


「…とても興味深い提案ですね。上申書はその方向で修正しましょう」


 監査官のアンダーフレームのメガネが不穏に光る。両手の指を別の生き物のようにウネウネと躍らせて、彼女はうふふふふと笑いを漏らしながら部屋を出て行った。ああ、早まったかもしれない。だが、まあ…戦士は同胞の牙らしいので、それがムーンドッグ全体の幸せのためなら連中も本懐であろう。

 戦士の誇りとオスの矜持を天秤にかけて、前者の重さが勝れば耐えられる。たぶん。オレにできることは、もはや彼らの魂の平穏を祈ることだけである。縛られてるし。


「犬っころ相手にご苦労にゃことにゃ。ガンマ、気は済んだにゃ? ぼちぼち帰るにゃ」


 ババアはそう言うと、オレを縛り上げたロープの端を持って引きずる。まるで西部劇の悪役だ。せめて抱えて欲しいところだが、それだと捕獲されたアザラシだ。縄を解いてもらうという選択肢を与えられていない以上、どちらにしても非情に屈辱的な移動になるのだ。

 そしてオレの大事な相棒といえば、縛り上げられた腹の上にまたがってバナナボートよろしくお楽しみ中ときてやがる。


「地球に戻るまでの辛抱ですから、よーく反省してくださいね」


「そうですわね。しっかり、たっぷりと反省していただきますわ」


 引きずられるオレの横を歩きながら、にっこり笑って酷い事を言う金星人。愚か者どもめ。お前ら、オレがどういう状態なのかわかってねえだろ。


 ローラは白のレース…前のとデザインが違う。ララは…ちょっとそれ大丈夫なのか? まるっきりヒモじゃねえか。はみ出たり食いこんだりしねえのか? クール系痴女か…けしからん…これは実にけしからん。


 けしからんので思わず凝視してしまうわけだが、それだと気付かれる恐れがある。なんせ女性はそう言う視線に敏感なのだ。だったら隠せと思うのだが、それはそれで面白くないのかもしれない。

 特にララは副官兼護衛だし、ガチガチに固めるより優美さと戦闘時の動きやすさを重視しているのだろうか。武人として常在煽情…いや戦場とは見上げた覚悟。その心意気に打たれて、感じやすい思春期が思わず充血してしまう。


 だが、そこでオレは違和感に気付いた。具体的には思春期のポジションである。誰しも、その部分には自分なりの快適なポジションというものがある。収まりがいいとか、そうでなくちゃ気持ち悪いとか、それぞれの理由でその都度適切に調整されるものだ。


 それが、縛り上げられてることによって非常に…その、不快な位置になっている。このまま血液が充填されると、不快を通り越して余裕で苦痛にまで到達しうる状況だ。ていうか、とっくに痛い。


 心臓がもう一つ増えたかのように、脈打つたびにそこへ激痛が走る。甘さなど欠片もなく、センシティブな部位は膨らむというより腫れているようだ。それなのに、オレの目はララのけしからんパンツに釘付けである。


「くすくす…そんなに熱く見つめられると火照ってしまいそう。【目の誘い】はご堪能いただけまして? お仕置きですから、たっぷり反省してくださいましね♡」


 こいつ、全部わざとか!

 男のリビドーを悪用した、人類史上最悪の詐術【目の誘い】ッ! なんという応用範囲の広さだろう。悪辣という言葉が、これより似合うものはあるまい。そして、ババア以上に効果的に使いこなしているとしか思えないッ!


「クァールは基本的に価値観が違いますからね。その点は同じヒト種として…女として殿方の好みは存じておりますの。ほんの嗜み程度ですが♡」


 嘘つけお前、海千山千の貫禄だぞそれ! やめろ、得物の先っちょで突っつくな! 軽くでも折れそうに痛てえんだよ! 拷問かこれは!


「まあ、人聞きの悪い。これは合法ですわ。きかん坊のいたずらっ子を連れ帰るために、仕方なく縛り上げているだけですもの。たまたま、そのときに都合の悪い位置になってしまって、たまたま、下着を見られてしまっただけですわ」


 むしろ見られた被害者ですわ、と続けるララ。その「たまたま」のイントネーションに悪意を感じるのはオレだけか?


「下着? 何の話ですかララ…あ」


 白パンツさん…いや、ローラは知らなかったっつーか素で見せてたのか。それはそれで警戒心がなさすぎるというか、おじさん心配になるぞ? などと事後に風俗嬢へ説教する手合いのような感想を抱いてしまう。行ったことないけど。


「ガンマさん…ずっと見てましたね…? 最ッ低ーっ!!」


 羞恥と怒りに歪んで般若っぽい顔になったローラに、側頭部をサッカーボールみてえに蹴られて…オレは意識を刈り飛ばされた。

 視界いっぱいに迫るローラのつま先、というのが初めての宇宙で最後の光景か。オレは、そこまでされるほど悪いことをしたのだろうか。首まですっ飛ばされると困るなあ。


月面での冒険はこれにて終了。

久しぶりにエッチくさいの書いた気がする。

やっぱり多少はこういうのがないといかん。

次回から新しいエピソードが始まりますので、お楽しみにー。


***ここから引用のご紹介***

クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より

重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より

ムーンドッグ…同上

ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより

シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより


素晴らしい作品に敬意をこめて。

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