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キャプテン・ノーフューチャー! 工具精霊とDIYで星の海へ!  作者: やまざき
第二章 バース・オブ・キャプテン・ノーフューチャー
37/51

双つ月の祝福③

 〈モンケン〉号に接舷した星間警察の宇宙船から、揃いの装甲宇宙服を着込んでライフルを持った十数人の警官が飛び出してくる。彼らはメルが固めた連中を縛り上げたは良いが、コンクリみたいに硬くなった泥に難儀しているようだ。

 えーと…お手数かけます。正直、そこまで考えてなかったわ。


《さて、ガンマ。君とお友達はこっちだ》


 どうしたもんか、と腕を組んだり腰に手を当てる警官を眺めていると、引きつった笑顔のエディに捕まった。他のムーンドッグはともかく、エアロックの扉はワン公がつかえて通れない事に、エディの形の良い額にぴくぴくと青筋が走る。


 結局、船尾側の貨物室に放り込まれたわけだが…その間、オレはなぜか脇に抱えられたままだった。解せぬ。


《君は目を離すとロクなことにならないから、しばらくこのままだ》


『ガンちゃん怒られたー♪』


《君もだ、お嬢ちゃん》


 やーい怒られたー…いやエディ待ってくれ、違うんだ。ちょっと説明が難しいが、とにかく違うから、そういう目で見ないでくれ。てか、どうしてこの船だけ離脱するんだ?


「ふぅ…なあガンマ。君ってやつは、いったいぜんたい何者なんだ? さっき連絡があったが、金星の大神官と、先々代の大神官が揃って基地に乗り込んできて…君を探せと大騒ぎらしい」


 気密が済んで、ヘルメットを取ったエディが手櫛で髪を整えながらため息混じりに愚痴をこぼす。

 誰それ。そんな偉そうな人に知り合いなんかいないぞ。


「分かってないようだから教えとこう。大神官は俗世と一線を引いちゃいるが、金星の王族や元老院議員に匹敵する政治的発言力を持つVIPで…当然、私たちも無視できない。それが二人も、君を名指しだ。君は自分がただの修理屋で、心当たりがないって言いたいだろうが…それは聞かないからな」


「そんな偉いやつ、オレが知るわけねえ…あ」


『もしかして…』


「ヌ=バローラ女史と、ジヌ=メーア女史だ。私は信徒ではないから猊下とは言わんが…やっぱり心当たりがあるんだな? まったく、君はどこでそんな大物と知り合ったんだ」


 マジかよ嘘だろ…確かにローラとババアは神殿の女官長って言ってたけど、星間警察に横車押せるような立場だとは思わなかった。だってローラにババアだぞ? そんなこと、思えるわけねえって。勘弁してくれよ、あいつら二人ともロクなもんじゃねえぞ。


「おいおい…勘弁してほしいのは私の方だよ。ともかく、基地司令から最優先で君を保護して基地まで送り届けるよう厳命されてるんだ。それでガンマ、こっちのお嬢ちゃんは?」


 待て、今それ聞いちゃマズくねえかエディ。ガーニー警部補としてそれ知っちゃうと…


『あたしメル! 精霊で、ガンちゃんの相棒だよ!』


 あー遅かった…エディ固まっちまった。ぴっと手を上げて元気にご挨拶したメルを凝視したまま、すげえ勢いで汗が出てる。


「あー…メルちゃん? ちょっと聞き取れなかったから、もう一度教えてくれるかな?」


『あたし、精霊なの。それで、ガンちゃんの右腕で、相棒なの』


「ガンマ」


「おう」


「…ガンマ?」


「おう?」


「説明してくれ。私にもわかるように、簡潔に、だ」


「いいけど、たぶんガーニー警部補には厄介ごとにしかならんと思うぜ?」


 それは聞いてから私が判断することだ、と若干顔を青くしたエディ。隠し事を抱えてるのもいい加減に面倒くせえので、オレの出自以外は全部喋ってやろうか。

 エディは信用できると思うし、今までの事のどれを隠して、どれは話しても良いのか判断させようというハラもある。なにせ、オレはこの世界の常識を良く知らない。その点で警察官という仕事柄、エディなら一般的な常識を持っているだろう。

 それに、万が一の場合でもローラやババアを通して秘密を守らせることもできる…悪いが、味方に引きずり込ませてもらうぞ。


 オレはメルとの出会いからここ半年間の生活とローラたちについて、さらにここまでの出来事を要約して聞かせた。アーバレストとスリングショットの属している「パシリ君」と、その黒幕が金星にいる高位神官であろうことも含めて、すべてだ。


 メルも会話に参加したので、それなりに長い話になった。その辺の箱に座って聞き終えたエディは首と肩をぐったりと下げる。なんか十二ラウンド延々と殴られ続けたボクサーみてえだな。


「…聞かなければ良かった、と心から思うよ」


「だから言ったろ、厄介ごとだって」


『そうなの?』


「そうとも。控えめに言って…私には君たちがどうして平然としているのか理解できない」


「控えめでそれかよ…これでも苦労してんだぜ。少しは労わりの言葉があってもいいんじゃねえのか?」


 眉間に寄った深いしわを揉みながら、エディは深く深くため息をつく。いまの姿を「苦悩」というタイトルの像にしたら、なんかの賞がもらえそうだ。


「事故で右腕と記憶を失った少年が偶然出会った精霊を身に宿して、宇宙海賊と死闘を演じ、ムーンドッグの窮地を救って月の星霊から祝福を受ける…おとぎ話でも盛りすぎだと思わないか?」


「まあ、確かに。そう言われてみりゃ山盛りだな」


「だろう? 私が夢見る少年だったとしても、とても君のようになりたいと願ったりしないよ」


「そこはオレもそう思う」


「それなのに、君はそうやって平然としている。それどころか、魚釣りや機械いじりなんて趣味まで楽しんでる…どうかしてるとしか思えない」


「おう待てやコラ。好き放題言ってくれるじゃねえか、ちょっとは遠慮しろ」


「イカれてるとか、頭のネジが数ダース抜けてると素直に言わないだけ遠慮してる」


 ほほう? そいつはずいぶんと愉快な遠慮もあったもんだ。おいメル槍出せ。いっぺん「お話し」する必要があるよな。


『だーめ! エディさんマジメな人なんだから、ガンちゃんと一緒にしちゃ可哀そうだよ!』


「メルちゃん…君はいい子だ…!」


『えへへ…』


 …親切心で止めてやったのに説明しろって言ったくせに、なんでオレ二人からディスられてんの? ちょっと意味が解らない。


「意味が解らないのは私の方だ…しかし、これはどうしたものかな。私個人はともかく、君の…君たちの存在は…なんというか、ああ、もういい! ガンマ、メルちゃん。君たちは色々な意味で良くも悪くも異常だ」


「んなこと、とっくに分かってるよ。だからあんたにも隠してたんじゃねえか」 


「君たちの存在が広く知れ渡ると、間違いなく他からも狙われる。それが私たち星間警察のような公的機関でも、地球連邦政府でも、他惑星の王国でも宇宙海賊でも、どこでもだ。君たちの持つ特殊性は利用価値が高過ぎて、紛争の火種にだってなりかねない」


「そこまで大したもんなのか?」


「はあ…知らぬは本人ばかり、とは言うが…ガンマ。悪だくみする時の頭の回転を、すこしでも使ってくれよ。メルちゃんは精霊なんだろう? あまり歴史に詳しいわけじゃないが、私の知る限り前世紀から今まで精霊の存在は確認されていない。数百年ぶりに生まれた精霊、と言っても過言じゃないだろう」


『へえ…だからおねえちゃん、喜んでくれたのかなあ…』


 口に指をあてたメルが見当違いの感想を漏らす。エディはオレたちがどれだけ危険な立場なのかを延々と語るが、正直そんなことならローラたちと出会う前から考えてた。だから生活するうえで避けられない少数にしか、メルのことを知らせなかったんだ。


 メルとオレの日常を守る。アーバレストとスリングショットが属している組織だろうと、その黒幕が誰だろうと知ったことか。そのためにオレは非日常に飛び込んだんだ。ついでの回り道もあったが、ここは外さねえ。


 だからエディに聞きたいのは、これ以上余計なトラブルを招かないようにする方法と、誰なら味方になってくれるかを教えてほしい。孤立するんじゃなく、多少の協力と引き換えにオレたちを放っといてくれる「あしながおじさん」のアテはねえもんか。


「…難しい、と言わざるを得ない。ガンマの話を信じるなら、大神官ヌ=バローラ女史を暗殺してでも金星の黒幕は君たちを欲しがっている。そいつの政治的影響力次第だが、元老院議員あたりを抱き込んで地球連邦政府に要求を出すことも…可能だろう」


「まあ、そんなに期待しちゃいなかったから気にしねえでくれ。やっぱりそういうもんだよな、世の中そう都合良くいかねえもんだ」


 一発で何もかも解決できる、銀の弾丸は存在しない。悔しいが、それが現実だ。だが、現実がそうだからって泣き寝入りはできねえ。オレの全部を使っても足りねえなら、それを埋める何かを作る。それでもダメなら…手段を選べねえなら、そういうことだって。


「すまない。大人ぶって忠告しても、私は君に気休め一つ言ってやれない」


「エディ、オレは気休めなんか言わないあんたが気に入ってるんだけどな」


「はは、かなわないな…解決策を見つけられない、情けない大人だよ私は。とても君みたいになれそうにない。だが、君たちの力になりたいとは思ってる」


「そりゃ嬉しいが…なぜだ? あんたに得になる話じゃねえだろう。ここまで話しといてなんだが、今なら聞かなかったことにできるんだぜ?」


 本心半分、挑発半分で投げたセリフに、弱気に沈んでいたエディの茶色の目は挑戦的な光を取り戻す。


「よし、たまには君に合わせて喋ってやる。ナメてんじゃあないぞ、ガンマ。私は星間警察の一員であり大人である以前に、男だ! お前の、そのバカみたいな…いや、バカそのものの無茶苦茶さが心底気に入っちまったんだ。冒険野郎が嫌いな男なんざ、タマをどっかに落とした奴だ! どうだ、これ以上の理由が必要か!?」


 ずい、と顔を寄せたエディは人差し指をオレに突きつけてがなり立て、どうだと言わんばかりに仁王立ちだ。これまで紳士然とした態度を崩さなかったエディのキレっぷりにメルは目を丸くし、ずっと静観していたワン公たちはニヤニヤと楽し気だ。


《あの人間、こっち側に来たようだな》 


《馬鹿は感染(うつ)る。そういうものだ》


《ふふ、ならば我らも馬鹿ということか。なるほど、それは納得だ》


 おい、なんか失礼なこと言ってねえか。


『みんなバカなの?』


 待てメル、それは違うぞ。月面バカコンテストがあったら、オレは予選落ちだがこいつらはシード枠のファイナリストだ。エディなんか太陽系大会でも上位入賞間違いなしだぞ。


《やかましい。お前にだけは言われたくないぞバカ》


「まったくだ。お前なんか銀河系バカ王者だ」


「なんだとコラァ! 揃いも揃ってバカにバカっつって何が悪りぃんだよバカどもが!」


 その後、オレたちは月面基地に到着したことさえ気付かないほど互いをバカ呼ばわりし合って、貨物室の荷物を盛大にひっくり返して殴ったり蹴ったり齧ったりして、全員メルのハリセンで叩かれた。

 そしてボコボコに顔を腫らしたオレたちは、メル先生の「よい子の道徳教室」を正座で受講する羽目になった。はい先生、オレもう受講済みなんで退出していいですか? いえ、すみません再受講します。させていただきます。


 まぶたが両方とも腫れて、目がろくに開かないので表情までは見えんが、エディとワン公どもに鼻で笑われた。うわあ…すんげえムカつく。ラウンドツーのゴングってことでいいよなコレ。


 一子相伝R指定の殺人技四十八手を見せてやろうと腰を浮かせると、もはや警察のお世話になる方にしか見えないエディもデコボコになった顔に満面の笑みをニヤァと浮かべて応じる。


 メルは気付かないが濃密な殺意が空間を歪め、オレたちは恋人同士よりも熱い視線を絡めあう。


(シャ)ァァ…」


()ァァ…」


「ガーニー警部補、こちらですか…って…なに、してんですか?」


 絡み合う視線が臨界に達しようとしたその時、がちゃりと船内に続くドアが開いて…シートン監査官が顔をのぞかせた。

 きっとドノヴァン一味への奇襲作戦を調整するために、基地中を走り回って誰彼構わず怒鳴り散らしたのだろう。実動部隊が進発した後も、後始末に奔走していたのだろう。ただでさえキツめの目を充血で赤く染め、クマがそれを一層凶悪に際立たせている。掻き毟ったのか手櫛を入れる暇さえなかったのか、ショートに整えた髪は乱れまくりだ。


 そんな彼女は、貨物室の惨状とオレたちを一瞥して全てを悟ったらしい。潤いが消え失せてカサついた唇を痙攣するように震わせ、かろうじて笑みとわかる凄惨な表情を浮かべる。


「たのしそうですねぇ…なに、してるんですかぁぁ…?」


「「ち、違うんだ監査官!!」」


 オレたちは完璧なユニゾンで悲鳴を上げ、許しを請う。

 これは…生きて帰れないかもしれない。土下座した後頭部を踏まれながら、そう思った。


おお…エディ、あなたまで感染してしまうとは…


***ここから引用のご紹介***

クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より

重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より

ムーンドッグ…同上

ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより

シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより


素晴らしい作品に敬意をこめて。

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