双つ月の祝福②
[もう、そんなに怒らないでよ。器ちっちゃいわねぇ…]
このアマ、まだ反省してねえな。手のひらサイズの隕石ならともかく、アンタら月だろ。ホイホイ割れたり軌道変えたりされるとシャレにならねえっつーの。メル、お前からもビシっと言え。
「おねえちゃん。よくわかんないけど、ダメなんだよ? だから、こっそりしよう?」
[[はぁーい♡ こっそりするわね]]
いいのか、それで。衛星サイズの存在が、どうこっそりするんだ。月蝕にでも紛れるのか? いや、それじゃ「蝕」を起こす主体の月が消えるから、そもそも月蝕が起こらねえよな…って、なんでオレが考えにゃならんのだ。
[そこは一緒に考えてよ。ヒトでしょ? そういうの得意な子じゃない。ほら、なんか抜け道とか裏技とか、あなたたち好きなんでしょう?]
[そうね、さすがお姉様。この前ヒトに相談したときも、良い考えを教えてもらったもの]
ちなみに、この前って…千年くらい前に髪のお手入れ方法を? そっかあ…トリートメントって大事ですよね…いやあ、色々とスケールが天文学的な方々だ。人間の一生なんか、言葉通りの意味で「瞬きする間」に経ってしまうんだろうねえ。
そのスケールの大きさで、その問題の解決策はオレの生涯が終わるまで待ってほしいんですがどうですか? ダメですかそうですか。
[つまんない時間は寝てればすぐだけど、楽しい事は待てないのよ? 新しい妹が生まれて、こんな可愛いまま私たちのところまで来るなんて…本当に久しぶりなんだから!]
「可愛くない妹もいたのか?」
[可愛くないのばっかりだわ! 自分の子もいないくせに、よその子誑しこんだり! 神様気取りで他星のお庭を荒らしたり…ちょっと力つけると「何にでもなれる私は神にさえなれる!」とか思っちゃうのよね。夢見すぎよ、まったく]
精霊も中二病ってあるのか…できれば知りたくなかったなあ。
人間からしてみれば、惑星霊って神様レベルだと思うんだけどな。上には上がいるのか? …知っても仕方ない話か。そんなことより、もっと身近で切迫した話をしたい。
[まあ、何かしら? わたしたちに答えられる事なら良いけれど]
「まず、オレたちは今どういう状態なんだ? すっかり和やかにダベっちゃってるけど、オレは死にかけてるはずなんだが」
[なぁんだ、そんなこと? もっと楽しいこと聞きなさいよー]
[でもお姉様、ガンちゃんには大事なことですよ? ちゃんと言ってあげないと]
[んー、それもそうね。イワマとか可愛くないから、私もガンちゃんって呼ぶわね。さて、あんたの状態だけど、私が停めたのよ。この周辺ごとね]
はい? 停めたァ?
[ええ。ちょっとしたご褒美をあげようと思ってたのに、死にかけてるんだもの。さすがの私も慌てたわよ]
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 死にかけてたのは自覚してたけど…どうやって!?」
[あんたと、周りの全部をカチって停めて。ほら、あんたもみんなも、子供たちって小さい粒でできてるじゃない。それを停めれば死んだりしないわ]
[お姉様、慌ててたから変な声出して停めたのよ? うにゃあ! って。うふふふ]
いやいやいや、そこ拾うのかよ。うにゃあは面白いけど、小さい粒って…それ原子とか分子とか、そういうやつか? だとしたら、そりゃ死んだりしねえだろうが…生きてもいねえんじゃ?
[大丈夫よ、戻せば元通りなんだから。変なところ気にする子ねえ…ご褒美の方を気にしてほしいわ]
「ごほうびって、どうして? あたしたち何もしてないよ?」
メルの言う通りだ。星霊の姉ちゃんがメルに会えて喜ぶのは分かるが、それで褒美という話にはならないだろう。他にオレたち、なんかしたか?
[うふふふっ…お姉様、本当にいい子ですね。私もご一緒したくなりました]
[メル、ガンちゃん。私ね、すごく嬉しかったのよ? 二人が私の子を助けてくれて、本当に嬉しかったの。ムーンドッグ、もうダメかなって思ってたのよ]
ムーンドッグ? それと星霊に何の関係が…ああ、そうか。地球の生物が【地球の惑星霊】の子であるように、メルの姉ちゃんはワン公たちの創造主ってことか。でも、それならどうして守ってやらねえんだ? 心配してたんだろうに。
[それはね…あの子たちの選択に、私たちは出しゃばっちゃいけないの。だいぶ昔だけど、ご近所さんがね、子供が可愛いって世話焼きすぎてね…ワガママに育って言う事聞かなくなっちゃったんですって」
[ああ、金星さんとこの! あの子たちってば、選ばれし種族だとか言って感じ悪かったわぁ…]
[そうそう、それで金星さんキレちゃって、もう大噴火! 結局、その子たちは最後まで謝らなかったから絶滅したんですって]
惑星霊がキレるとそうなるのか…その大噴火って、比喩じゃなく絶対マジなやつだ。そして、オカルト話でよくある「滅亡した先史文明」って、それ原因だったりする…んだろうなあ。
[だからね、ムーンドッグがよその子にいじめられても助けちゃいけないの。私の子が弱くて、よその子が強いのは悲しいけどね。だから、ガンちゃんが助けてくれたのが嬉しいのよ]
「星霊は自然淘汰に干渉しない、ってことなのか?」
[そう。子供たちを産むのは私だけど、未来はあの子が自分で決めなきゃいけない。いくら可愛くて、助けてあげたくても、いつか旅立って行くのだから。あなたたちも、あなたのいた世界でも、そうでしょう?]
「……ああ、そうだ。オレのいた世界の人類は、身内のケンカと空を飛ぶことをやめられない連中だったよ」
どうして人間は空を飛びたいと願ったのか、なぜ人類は焦がれるほど宇宙に惹かれ続けるのか、何度か考えたことがあった。その時に答えは出なかったけど、いまは分かる。
もっと速く、もっと遠く、もっと高く、と追い立てられるように開発を続けるのは、人類が巣立ちを迎える日のために違いない。
[あらあら、ずいぶん腕白なのねえ。でも、少しくらいヤンチャな子の方が可愛いものね。ガンちゃんみたいな子なら、私も欲しいわ]
オレを人類の標準モデルにすると、色々不都合がありそうなので勘弁してほしい。あとメル、お前の姉ちゃんがワン公どもを助けなかったのは、意地悪じゃねえよ。だから、べそかいて怒るなって。
[メルには、ちょっと難しかったかな。ごめんね?]
「あとで説明するさ。な? 姉ちゃんたちだって助けたいの我慢してたんだ、今はそれだけでもわかってやれよ」
「うん…あとで教えてね? きっとだよ? ぐす…ごめんね、おねえちゃん」
[くっ…可愛い…っ! ああっ…妹愛が地殻を砕いてしまいそう…! ひっひっふー…ひっひっふー…]
[ガンちゃん…こんな可愛いまま連れてきて、グッショブですよ! お姉様、ご褒美ちょっと良いやつにしましょう!」
いや、褒美はともかく姉ちゃん止めろ。その呼吸法だと落ち着くより先に、なんか出るから。
[じゃあ、何か上手い方法を考えなさい! 私たちがメルをぎゅーってできて、みんなが困らないやつを! 長くは待ってあげませんからね。でも、今はあなたたちも暇じゃないでしょうし…名残惜しいけれど、ここまでにしましょうか]
[そうですね、お姉様。今度はわたしのところにも来てね、メル。お姉ちゃん待ってるから]
「うーん…考えちゃみるが、あんまり期待しないでくれよ?」
「ガンちゃん、あたしもおねえちゃんたちに会いたいよ…ダメ?」
あーいかん。その上目遣いはダメだ。勘弁してくれ、なんとかしたくなっちまう…ああ、もうわかったよ。うーとか言うなって、何か考えるからさ。
[それでこそ私の妹の男よ。甲斐性みせてごらんなさいな?]
[ええ、期待してますよガンちゃん?]
[じゃあ、ご褒美あげましょうね。これから、あなたを元に戻すわ]
[ご褒美の中身は、目が覚めた時のお楽しみ。気に入ってくれたら嬉しいわ]
[またね、メル。お姉ちゃんたち、あなたが大好きよ]
[いつでも来てね。ガンちゃんと仲良くね]
ここに来た…呼ばれた時とは違う、眠気の落下感とは違う浮遊感に軽いめまいを覚える。目の前が白い光に覆われて何も見えなくなる寸前、そっくりな双子の女性が手を振る姿が見えた。
腰まで伸びた銀糸の髪。メルと同じ赤い目には、優しい色が宿っている。
妹をよろしくね。
その声は聞こえなかったけれど、唇は確かにそう言っていた。なあ、メル。お前の姉ちゃん、いい人で良かったな。褒美がどうとか別にいいから、もういっぺんお前を姉ちゃんたちに会わせてやりたくなったよ。
肩に乗ったメルは、オレの髪に顔を突っ込んでぐすぐすやっている。きっと初めて会った姉ちゃんたちと別れて、寂しくなったのだろう。おい泣くなって。約束するから、な?
『…うん』
浮遊感が消えて、停められていた全てが動き出してオレは姉ちゃんたちの「ご褒美」の意味を理解した。苦しくないのだ。
人間は真空に耐えられない。それ以前に、急激な気圧変化ですら命取りになる弱い生き物だ。だから、宇宙服を着ずに星の海へ漕ぎ出すことはできない。
ついさっきまで、オレもそうだった。目玉と舌の水分が気圧低下による沸点低下で沸き立つのを感じながら意識を失う。そして肺の空気が口と鼻から飛び出し、血に溶けた気体が泡となって血管を破裂させ、全ての体液が沸騰しながら凍って死ぬ。
そういう経過でオレも死ぬはずだった。
「…なかなか、とんでもないご褒美をもらったもんだ」
クァールという種族のババアがそうであるように、オレも耐性を与えられたらしい。それが特別なものなのか、いつか人類も進化によってそのようになる、未来の先渡しなのかは分からない。
『ガンちゃん、平気…なの?』
「ああ。苦しくないし、普通に動ける。ちょっと気味が悪いくらいだ…それよりメル、お前…さっきと大きさ変わってないぞ。でかくなったままだ」
《ガンマお前、何をしている! 顔を覆わないと死んでしまうのだろう!?》
割れたヘルメットが視界の邪魔で、脱いで放り投げるとワン公が泡食って飛び込んでくる。待て待て。顔を覆うんじゃなくてヘルメットで…いや、だから尻尾で顔を覆わなくてもいいんだ。これはこれで気持ちいいが、お前の図体で乗られると…話を聞けェ!
《死ぬな、死ぬな友よ! 俺が借りを返す前に、勝手に死ぬなど許さんぞ!》
もがーっ! 呼吸の前に、お前に潰されて死ぬ! 自分の大きさ分かってねえだろ!? てかワン公てめえ、いつから牛みてえな図体に育ちやがった!
《おい、蹴飛ばすな! 死にたいのか!?》
「やかましいっ! よくわからんが大丈夫だから落ち着きやがれ! お前に殺されるっつーの! 自分のデカさ分かってんのかよお前!?」
《何を言っている…? む、ガンマお前…縮んだか?》
やっとの思いでワン公の尻尾から逃れて、ぜえぜえと喉が鳴る。はて、オレは何を呼吸しているんだろう。生物学的に人間やめちゃったのかもしれねえんだけど、それは後で考えよう。こいつが突然でかくなってるのも…たぶん、姉ちゃんたちの仕業だ。
とにかく、今しなくちゃならねえことは考えることじゃない。いつまでも〈モンケン〉号に残るのは得策じゃねえ…だが星間警察へ、今回の捕り物にムーンドッグが協力したって実績を残しておくべきだ。少しでもこいつらが平和に暮らすプラス材料を確保しておきたい。たとえば…警察犬とか、そういう共存だって考えようによっちゃアリだろう。
そうなると…スリングショットから何か手掛かりになるような物を探して、事が収まるまでここを確保しておくのが良いのか? ムーンドッグの戦士がどれほど優秀かアピールできそうな気もする。
「お前がデカくなってんだけど、それは後だ。おい、他の戦士たちは動けるのか?」
《みな軽い手傷です、ガンマ殿。ヨロイとやらのお陰ですな》
「よし、ちょっと相談があるんだ…」
オレは人間から見たときのムーンドッグの価値を高めて、相互に利用し合う共存の考えを説明した。首長さんに話してもすぐに答えが出る問題じゃねえが、少なくともマイナスになることは無いと思う。
《なるほど…少しとはいえ人間に守られる、というのは戦士としては少しばかり気に入らんが…同胞が安らかに暮らせるのであれば是非もない。我に異存なし、皆はどうだ?》
《そうですな…すぐに答えが出せるものではありますまいが、今の苦境を抜けられるなら喜んで従いましょう》
《戦士として無念はあります。しかし、異存ありませぬ。戦士は同胞の牙なれば、子らが健やかに生きられる道こそが正しいと信じます》
無法者に追い詰められた悔しさも、戦士の矜持もあるんだろう。オレの思い付きに過ぎないことだけど、少しでも良い未来を得られる道を残してやりたい。
「みんな、ありがとう。それじゃあ、ひとつ痛快な提案があるんだ」
《よし、乗ろう。どうしたらいい?》
『まだガンちゃん何も言ってないよ?』
《ははは、ガンマの顔を見れば分かる! どうせロクでもなくて、愉快なことに違いない!》
《ですな! 何やら手ひどい悪戯を思いついたようで!》
《短い間ですが、お人柄は理解しましたぞ》
やや誤解されている気もするが、乗ってくれるなら…まあ、いいか。簡単な話だ、オレが〈モンケン〉号の操縦室をブッ壊して合図したら、ムーンドッグたちがありったけの声で勝どきを上げる。それだけだ。
まだ降伏していない無法者も星間警察も、それでオレたちが連中の切り札を制圧したことを知るだろう。きっと効果があるはずだ。
「じゃあ、頼む!」
甲板にムーンドッグたちを残し、開いたままの扉から〈モンケン〉号の船室に入ったオレは、無人の船内を走り抜けて操縦室に向かう。異星人のピンナップガール(たぶん)が貼られた廊下、触ったら病気になりそうな緑と紫の染みがつきまくったシーツがぶら下がる船室を横目に奥に進むと…お目当ての操縦室に着いた。
『ここ?』
「ああ、そんで…あった。ヘッドセットがあるから、これが通信機だろ。使い方は…ああ、やっぱり簡単だ。ドノヴァンでも使えるくらいだもんな」
『ガンちゃん、すっごい悪い顔してるよ?』
ふっふっふ、その通りだ。一生の中で、こういうセリフを堂々と言える機会なんてそうはない。意味があるのか分らんが、胸いっぱいに息を吸ってマイクに大声で怒鳴りつけてやる。この瞬間だけは英雄気取りでやってやろうじゃねえか!
《ドノヴァン一味に告げる! お前らのボスはオレが倒した!! 〈モンケン〉号もオレたちが占拠したぞ! てめえらの負けだ、観念しやがれェ!!》
《《ウオオオオオオオーーン!!!》》
すべての周波数帯でオレの啖呵が送信され、ムーンドッグたちが渾身の思念波で遠吠えを上げる。その強さは、何枚も壁を挟んでいるオレの肌にさえビリビリ刺さるほどだ。
操縦室の窓から見ると、それまで派手にドンパチしていた無法者と星間警察の動きがぴたりと止まる。
《諸君、聞いての通りだ! ドノヴァンは倒れた、陸戦隊は一気に押せ! 本船は〈モンケン〉号に強行接舷、他は陸戦隊の火力支援を継続だ! この機を逃さず叩き潰せーっ!》
ナイスなタイミングでエディが無線で吼える。もう流れは警察側に傾いて、よほどヘマをしない限りもう大丈夫だろう。甲板には油断なく警戒しているムーンドッグの戦士もいる。いまのうちに、とスリングショットの持ち物を漁っていると、船腹の黄色い星マークを見せつけながら星間警察の宇宙船が近付いてきた。
《やあ、ガンマ。それとも、若き英雄と呼んだ方がいいかな?》
腰につけた通信機のランプが光って、宇宙船の窓から見えるエディがラフな敬礼を送ってよこすのが見える。
「よしてくれ恥ずかしい。修理屋って言っただろ」
《やれやれ…まったく君ときたら、何の修理なんだか。まあ積もる話は後にするとしても、二つほど気になるんだが、いいかな?》
「なんだ?」
《君の肩に乗ってる小さなレディを紹介してくれないか?》
『あっ』
メルが「忘れてた」とばかりに肩の上で固まった。オレも忘れてたけど、メルちゃんなにしてんの!?
《それと、ヘルメットはどうしたんだい?》
「あっ」
やべえ、素で忘れてた。痛てえ! どうして叩くんだよメル、お前だって忘れてたじゃねえか! いや、待て。いまそれを話してもどうにもならん。バッチリ見られちまった。
あー、エディのあの顔…にっこりしてるけど、たぶん怒ってるぞ。
なんて説明すりゃいいんだ、こんなの。
さて、月面の冒険もそろそろ終盤です。
これから楽しい事情聴取ですね。
次回の更新をお楽しみにー。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。