ドノヴァン一味との闘い⑦
ドノヴァンと相対してみると…でかい。オレがチビなのを差し引いても、身長が二メートル以上なのは確実だ。横幅は電柱みたいな両腕を広げたら四メートルはあるだろう。身体の厚みに至っては…比べる気にもならない。
《なんだァ、こんなチビに手こずってんのかァ? お前、言うほど大したことねぇなァスリリングぅ》
パワーの塊じみた上半身に比べて、オレと大差ないように見える下半身という体型もさることながら、知性のなさが造形にまで影響しているような顔。一応でも普通に言葉を話せていることが、奇跡にすら思えてくる。
《せ、拙者の戦術に間違いはナかった! コの小僧が、怪しげナ技を使ったカら…》
《またズルくラクして勝とうってしたんだろォ? 馬ァ鹿め。こんな犬とガキなんかなァ…ぶん殴れば、潰れるんだァ!》
ドノヴァンはブドウの房みたいに鎖でぶら下げた鉄球の一つを無造作に引きちぎると、ハナクソでも飛ばすように投げつける。
だが、人を馬鹿にした投げ方とは裏腹に、その鉄球は剛速でオレの頭を正確に狙っていた。じっくり見てた分、首を傾けるだけで躱せたが…なんだありゃ。ボーリングの玉くらいデカいじゃねえか。
あんなの喰らったら、骨がパズルみたいにバラバラになっちまう。まともに相手してられるかよ、こんなバケモノ。
『ガンちゃん、どうするの?』
「腕のケガが痛てえし、また敵の増援が来ると面倒だ。それに、スリングショットは絶対に何か余計なマネしてくるぞ。だから、ドノヴァンを速攻で仕留める。ワン公、お前らでギシギシ声の奴を仕留められるか?」
《よかろう。戦士たちよ、聞いた通りだ!》
もう一度槍の石突を甲板に突き刺して、オレはドノヴァンを睨みつける。
「やいやいやい! 音に聞こえたドノヴァン一味のボスともあろう男が、飛び道具に頼るたァ情けねえ! ガキ相手に一騎打ちも受けられねえか、腰抜けがァ!」
《なァにぃィ? ガキぃ、てめえ俺様を馬鹿にしてるなァ? 許さねえぞォ!》
「馬鹿に馬鹿っつって何が悪りィんだよ、バーカ! そのハナクソみてえな玉っコロがなけりゃ、ゲンコツも握れねえんだろ!? 悔しかったら素手でかかってこいや!」
こんな見え見えの挑発に、と自分でも思うが…こいつ、地団太を踏んでやがる。すげえな、本当にそんな真似するヤツ初めて見たぞ。まったくエディの言う通り、ゲンコツ振り回して威張る原始人の王様だ。
《やってやるぞチビぃ! 玉がなくっても俺様が一番強いんだァ!》
鉄球の山を放り投げたドノヴァンは、オレの胴より太い両腕を甲板に叩きつけて飛び上がる。その腕力はすさまじく、甲板が拳の形に陥没するほどだ。
だが、まあ…それだけだ。軽く煽っただけで武器を捨てちまうわ、自分から攻撃範囲外に出ちまうわ…こりゃ思ったより早く終わるな。
あのジャンプする速度、重力等化装置を無重力に近いモードにしてやがる。オレの真上で通常重力に切り替えて、加速しながら殴りたいんだろう。
「メル。宇宙服のベルトだけを狙えるか?」
『もちろん!』
「じゃあ、頼む。重力等化装置のスイッチを切れないようにぶっ壊せ」
メルが銀のラインを曳いて、誘導ミサイルみたいに飛んでった。後でエディに〈モンケン〉号の真上でドノヴァンがフワフワ浮いてるから好きにしろ、って教えてやろうか。音もなく上昇していく巨体を見上げていると、くすくす笑いながら相棒が戻ってくる。
『壊してきたよー。あのままだと、ずっと上がって行っちゃうよ?』
「お疲れさん、電池かコイルのどっちかが切れたら落ちるさ。その前に星間警察が捕まえるだろうけど、どっちがマシかね?」
『あははっ♪ 今回は作戦通り?』
「んなワケねえよ。予想の数倍バカだったから、仕込みが無駄になっちまった。ワイヤーで縛り上げるか、ゴリラの輪切りにする気だった…あ、そこの鉄球の山は貰っとこうか」
槍の石突を甲板に突き刺して、そこを起点に海賊船で使った首切りワイヤーを伸ばす。そしてドノヴァンを煽って接近戦を挑み、回避に徹して気付かれないうちにワイヤーを絡めて仕留める、という作戦だったが…あいつにゃネズミ捕りの罠でも上等すぎたらしい。
さて、昇天ゴリラは放置してワン公たちの手伝いに行こう。凍り付いて身動きできない無法者たちはオレを悪魔か何かと思い込んだのか、近寄っただけで怯えた声を上げる。
ありゃオレがどうこうじゃなくて、馬鹿が自爆しただけだ。それを瞬殺したように見えたんなら、お前らも似たようなもんだな。怖がられた方が都合いいから教えたりしねえけど。
「よう、ドノヴァン親分は仕留めたぞ。そっちは…ちと手こずってるか?」
《すまん。あ奴、見えない壁を作って…我らの牙が通らぬ》
負傷しているとはいえ、七体のムーンドッグに間断なく襲われて無事とかマジか。ワン公が鼻先で指す方を見ると、〈モンケン〉号の外壁を背に半包囲されているトカゲ人間の姿があった。頭はイグアナっぽくて、両手はそれぞれマニ車みたいな短杖を回している。宇宙服を着ず、妙に間延びした胴に着けているのは、厚手の生地で作られた貫頭衣だ。
スリリング、と呼ばれたトカゲ男…こいつがスリングショットだろう。見えない壁とワン公が表現したものは、たぶん魔法だ。宇宙船の外壁にも使われる魔法障壁を使っているのだろう。恐らく…マニ車っぽい短杖の周囲に、陽炎みたいに揺らめいてるのがエーテルか。
《ギッギギッ! 畜生の汚らワしい牙がコの身に通るモのか! 牡丹灯籠のOh,NO! とはこのこトよ…すぐに親分がガキを仕留めて、貴様らも月面土産に加工されるのだ!》
スリングショットは減らず口を叩けるほどに元気で、傷らしいものは見当たらない。そしてワン公の言う通り、奴の身体に牙を突き立てようとしたムーンドッグの戦士は飛び掛かった勢いを急激に殺されて、最後は弾かれている。
なるほど、海賊船と同じように破城槌みたいな質量と勢いがなければ、突破するのは至難だろう。それならそれで、まずは魔法のカラクリを暴くまでだ。
「よう、トカゲ野郎。お前の親分なら、もういねえぞ?」
足元に転がってたなんかの破片を蹴り飛ばして、スリングショットに声をかけた。適当に蹴った破片はヤツの約五十センチ右に逸れて、壁にぶつかる。
《ナにぃ…!? う、嘘だ! お前みタいなガキ相手に》
「ほら、上見ろよ! 親分はお前を見捨ててトンズラしちまった」
こいつの言語センスはともかく、オレの行動を読んで上をいかれた相手だ。言葉をかぶせて畳みかけ、考える時間を与えちゃダメだ。
蹴飛ばした破片とムーンドッグの攻撃が弾かれる様子から見て、魔法障壁の効果範囲はあいつの体表面から十センチってところか。攻撃を弾く時に、マニ車の周りから出てる陽炎が広がっているようにも見える。
「な? お前、捨てられちまったよ。あんなサルに義理立てする意味あんの? ちょいとばかり、お話してくれりゃあ、悪いようにはしないぜ?」
《何だト…?》
「あんた、スリリングとか呼ばれてたけどさァ…本当はスリングショットだろ。オレな、この仕事終わったら…アーバレストの旦那の下で働くことになったんで挨拶に寄らせてもらったぜ」
さて、どう答える? カマに引っかかればベスト。そうでなくとも、魔法の維持から少しでも意識を逸らせれば良い。何もなしなら、関係ないってことで話は終わりだ。
《ギギッ! アの偏屈者が、ガキを飼うトはお笑いダ! 腹が躍る!》
当たりだ。
「あんたココで相当派手にやってるけど、いくら使い捨てでもボス役がアレじゃ使いようがねえだろう? なんだってあんなの持ち上げてんだ。上の方からウチの旦那に、近所だから調べてこいって連絡あってよ…人使い荒いぜまったく」
《ドノヴァンはあレでもここラじゃマシな方だ! その説明はスでにしてイる! おい、いい加減コの畜生どもを止メろ! 弱肉定食!》
「さて、どうするかね…人目につかねえように接触しようとしたら、あんたオレたちにボウガンぶっ放すしよォ…新人イジメにしても、ちょいと遊びが過ぎるぜ。なんなら、オレがここの仕事を引き継いだっていいんだ」
《そレはお前が事前に連絡しナかったセいだろウ! ホウレンソウは基本だゾ! こレだから最近の若い奴ラは…いイからムーンドッグを止めロ、魔力が持たん!》
ああ、まあ…いつの時代も、下の世代は礼儀知らずで常識が無いと思われるもんだよな。そこは異世界の宇宙人でも変わらんのか。おかしな真理を見つけちまった気分だ。
それはともかく、ぼちぼちお話してもらおうか。
「連絡なんかしたら、どっから漏れるか分かったもんじゃねえだろ。オレが符丁使ってやったのに、あんたゴロツキの後ろに隠れっぱなしで見てなかったじゃねえか!」
《そ、それは…》
「あ、マズい。やべえな…オレ、あんたが関係者だと思って旦那とか符丁の事ベラベラ喋っちまったけど、その証拠ってねえんだよな…悪りい。星間警察の攻撃に巻き込まれたってことで、死んでくれるか? 相棒、ムーンアイアンの散弾用意してくれ」
『はーい♪ いつもより多めにご用意、だよ!』
《やめろ、証拠ならある! なんて物騒なガキだ…撃つなよ!? 火器厳禁!》
「よし、ワン公。いったん抑えろ…ちょっとでも怪しい真似してみろ、楽に死ねると思うなよ?」
ムーンドッグの攻撃が止んで、強張っていたスリングショットのイグアナ顔が緩む。手に持っていたマニ車も回転を止めると、陽炎が消えた。そういう仕掛けか。
そして、奴は貫頭衣の内側に片手を入れると、何かを取り出そうとする。
ああ、この野郎。なかなか愉快な目をしてやがる。トカゲ顔だから地球人のオレに分からねえと思ったのか。不本意ながら、オレとお前は似たもの同士なんだよ。
その妙に間延びした胴と、貫頭衣の下に隠した奥の手も、よーく分かる。
脳内スイッチ・オン。メル、あいつの頭狙って撃て。
手で銃を撃つより速く、メルがムーンアイアンの散弾をスリングショットの顔めがけて連射する。弾丸は奴の首から上を吹き飛ばすが、同時に貫頭衣の中からオレンジ色の光条が二筋走った。
野郎、やっぱりだ。トカゲ型だからかとも思ったが、腕が四本ありやがった。ドノヴァンみてえな変態骨格じゃねえかぎり、生き物ってのはバランス取れた形になるもんだ。やたら間延びした胴に、隠しものにピッタリな貫頭衣。オレなら、絶対にやる。
『どうして分かったの…って、ガンちゃん!』
《ガンマ、お前大丈夫なのか?》
「ふっふっふ。オレくらいになると、トカゲの浅知恵なんざお見通しよ」
メルとワン公が慌てた顔でオレを見る。もう奴は倒したんだから、あとは持ち物と〈モンケン〉号の船室漁って役立ちそうな情報を探そう…って、なんだこれ。めまいがするぞ。
『ガンちゃん、しっかりして!』
いや、左腕以外どこもケガしてないぞ。出血だって、そんなに無いはずだ。なのに、どうして視界にヒビが入ってんだ…待て、ヒビだと?
聞いたことあるぞ。真空にさらされた人体は目玉と口の中の水分が沸騰して、十秒で意識を失うとか…おおおお、目玉と舌が炭酸みてえにシュワーってする!?
「めりゅ! ひぇるめっほわれは!?」
『スイカみたいに割れちゃってるよ!』
「あはらひい、ひぇるめっほお!」
口の中がカラカラに乾いて、舌が縮んだように動かない。目は涙がボコボコ沸騰して、鍋の蓋みてえに瞼が暴れやがる!
はふひぇへ、めりゅ!
えらい引きですが、ドノヴァン一味編はここでエピソード終了です。
次回から新エピソードになります。
蛇足ながら真空にさらされた人体についての記述ですが、こういう状態になるそうです。
1965年にジョンソン宇宙センターで発生した実験中の事故で技術者が真空に曝露され、
「気を失う前に、舌の唾液が泡になって蒸発した」と語ったとのこと。
リアルこわい。フィクションよりずっとこわい。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。




