ドノヴァン一味との闘い⑤
星間警察の出発に先立つこと二時間、オレたちは偵察した時と同じ鉱山クレーターの外縁に到着した。
ここが洞窟からの最短距離だ。内通者がいれば、海賊船の大砲はここに狙いをつけている。なので、やさしくて親切なオレとしては連中の期待に応えるのだ。
「それじゃ、メル先生の力作を拝見しようか」
『はーい。じゃじゃーん!』
おお、なかなか…いや、こいつは傑作だ。メルは彫刻の才能あるな。そこらの岩で掘ったとは思えない、等身大のオレとムーンドッグ七頭。実に生き生きと作られている。
「しかし…ちょっと気合入れ過ぎじゃねえか? 壊されちまうんだぞ」
『そしたら、また作ればいいもん。今度はぱぱーって作れるよ』
そうなの? デコイ作り放題なのか…それはそれで、なかなか。ムーンドッグは元々砂色の毛だし、ちょっと離れると本物にしか見えない。
オレの方も、宇宙服を砂で汚してるからパッと見では本物みたいにリアルだ。
「じゃあ、オレを二つとワン公を一つ作ってキープしておいてくれ。使えそうだ」
『うん。ポーズはどうするの?』
「お任せで。それじゃあ、囮も置いたし場所を変えよう」
《わかった。しかし、人間は面倒なことを考えるものだな…》
面倒でも、手間をかけた分で安全と勝利が買えるなら安いってもんだ。徹底的にやるってのは、味方に損害を出さずに敵だけブッ潰すって事だ。
世の中が都合良く行かないなんて、百も承知。それなら、都合まで捻じ曲げてやる。
内通者がいたとしたら、頭を抱える事だろう。こっちは二時間かけてデコイを仕掛け放題だ。全部吹き飛ばしてくれると、エディたちに向かう砲の数が減って助かるね。
もっとも、デコイが一発でも撃たれたら、それを合図に突撃するつもりだけどな。大砲なんて、面で攻撃する兵器だ。点と線で移動する小さな目標に当たるわけがない。
手当たり次第に嫌がらせのデコイを仕掛けつつ、オレたちは予定地点まで移動した。そこは、鉱山入り口の裏になる場所で、襲撃には最も向かない所になる。
入口の反対に突っ込んでも、山を迂回する必要があるからだ。
《ここから攻め込んでも、遠回りじゃないか?》
うん。そう思うよな、だけどオレたちの目標はなんだ? ゴロツキ相手に大暴れすることじゃあない。敵の首長、ドノヴァンとスリングショットを仕留めることだ。
《そのためには、宇宙船とやらに近付く必要があるんだろう? やはり遠回りじゃないか》
お前らムーンドッグは、地面の上を走ることにかけちゃ人間なんか目じゃないくらい速い。でもな、相手が飛んでたら手出しできねえだろ。
それにゴロツキなんか相手する必要ねえよ。どうしてオレたちが馬鹿に付き合ってやらなきゃいけねえんだ?
地上の馬鹿は星間警察に任せて、こっちは全員出し抜く。そのためには、鉱山のてっぺんから跳んで、直接〈モンケン〉号に殴りこむのが手っ取り早い。
《正気か!? あんな高いところから跳べば死ぬぞ!》
「平気さ。オレは空のてっぺんから落ちたぞ?」
《…また重力なんとか、というやつか》
「そゆこと。手持ちの道具は何でも使う。そこになければ…」
『あたしが作る! ね?』
イエーイ、とハイタッチするオレたちをワン公は呆れて、他の戦士はポカンとした表情で見る。
《お前のやることにも、いい加減慣れたわ。次から次へと、よくもそんなに魔法を思いつくものだ》
「魔法じゃねえよ。あれこそイカサマで、オレの小細工なんか可愛いもんだ」
《どうだかな…お前なら、魔法でも出し抜きそうなものだ》
魔法ってやつはオレの鬼門だ。知らないから、何でもアリとしか思えねえ。人間が使う技術である以上、仕組みがわかれば対抗策も思いつくだろうが…そんな面倒なことになる日が来ないよう願うばかりだ。
さて、ぼちぼち星間警察御一行様のお出ましだ。
月面基地の方角を仰ぎ見ると、昼間なのに真っ黒な空だ。地球では絶対に見られない光景に、思わずため息が漏れる。風もなく、雲も星も月もない。こんな空を見上げる日がオレの人生にあるなんて、考えもしなかった。
「冒険は好きか、か…」
冒険話ってのは、どうにもワクワクする。ガキの頃から、そういうテレビ番組が大好きだった。正直、大人になっても寝床で想像することを止められなかった。海の底で、密林の奥深くで、凍てつく氷原で、神秘の古代遺跡で、瓦礫と化した街で、オレは冒険を夢見ていた。
でも、さすがに宇宙海賊だとか、宇宙生物と一緒に異星人の無法者と戦うなんてのは…想像もしなかったな。エディじゃねえが、冒険野郎が嫌いな男なんかいねえよ。そんなの、誰だって好きに決まってる。
『ガンちゃん、あれ見て! そうじゃない?』
メルの声で現実に戻った。体を起こしてムーンドッグたちの鼻先が指す方に目を向けると、真っ黒な空に四隻の宇宙船が先行し、後ろに三隻の小型艇が続いている。
遠目でも見える、星間警察の黄色い星。約束通り、エディは来てくれた。
そして、予想通りにオレたちが最初に隠れていたクレーター外縁の岩が…オレンジの火球に包まれて吹き飛んだ。やっぱり内通者が仕込まれていたか。でもな、スリングショットさんよ…この知恵比べはオレの勝ちだ。
「さあ、ゴングが鳴ったぞ! まずは鉱山のてっぺんまで…行くぞ!」
無言で頷いたムーンドッグは切り立った崖をものともせず、転げ落ちるように駆け降りていく。ワン公の背中にしがみついたオレにしてみると、安全性を頭から無視した絶叫マシーンだ!
漏れそうな悲鳴を噛み殺して耐えるオレと真逆に、きゃあきゃあ楽しそうなメルが憎たらしい。
「大盾、出せ!」
『はいなっ!』
メルが放り投げるように出した大盾を掴み、落ちる前に重力等化装置のスイッチを入れる。崖を駆け降りた速度を殺さないように、そのまま構えてムーンドッグたちに大声で叫ぶ。
「盾の陰に入れ! 前はオレが見てるから、何も考えずに続け!」
《おう! 任せますぞ!》
オレたちは遮るものが何もない、月の砂漠を弾丸のように突っ走る。目指す鉱山まで、半分ほど進んだところだろうか。
ワン公に細かく指示を出し、進行方向を微調整しつつ進んでいるとクレーターの外縁から星間警察の宇宙船が姿を見せた。
《ドノヴァン一味に告ぐ! こちらは星間警察、ガーニー警部補だ! ムーンアイアン違法採掘、ならびに公務執行妨害、その他の容疑で、全員拘束する! 抵抗は、これを実力で排除する。全砲門、撃ち方用ォー意! ファイア!!》
おお、エディ! 陣頭指揮とかカッコいいじゃねえか!
《警備艇は鉱山を中心に時計回りに旋回しつつ、任意に銃砲撃を継続! ゴロツキどもを一人たりとも逃がすな! 陸戦隊諸君は別命あるまでサーカスを見物しながら待機してくれたまえ。そらそら、ピエロが踊らないと盛り上がらんぞ!?》
おお…エディ、相当頭に来てたんだな…ブチ切れてんじゃねえか。
星間警察の奇襲はドノヴァン一味の機先を制して離さない。ぐるぐると鉱山上空を旋回する四隻の警備艇から間断なく砲火を浴びせて、敵に立て直す余裕を与えないつもりだ。
オレたちが鉱山のてっぺんに駆け上がり、目標の海賊船〈モンケン〉号の姿を確認したときには鉱山の入り口は岩で塞がれていた。
鉱山の中にいる連中はもちろんのこと、外に出ていたゴロツキも逃げ場を失って右往左往している。
《これはすごい…! このままでも勝てるのではないか?》
ムーンドッグの一頭がそんなことを呟いたとき、通信機が呼び出し音を鳴らした。
《ガンマ、見てくれたかい?》
「お見事、と言わせてくれ。すげえよエディ。これで負けはなくなった!」
《どういたしまして。連中の下品なジョークに付き合うのはウンザリだったのさ》
「あんたも相当キレてたじゃねえか。サーカス扱いされちゃたまらねえだろうに」
《はっははは! そろそろ行くんだろう? 幸運を! 交信終了》
そう、これでムーンドッグと星間警察の負けはなくなった。ドノヴァン一味は壊滅するだろう。そして、ここからオレたちが勝ちに行く。
「さあ、野郎ども。お楽しみはこれからだ! 続けーッ!」
《言われるまでもない! 行くぞ戦士たちよ!》
ムーンドッグたちの強烈な思念波に乗せた雄叫びが、無音の砲火がまたたく月面に轟く! シェイクスピアでも、こんな場面は想像できないだろう。オレたちは砂煙を蹴立てて岩山を駆け下り、一直線に宙を翔ける。目指すは海賊船〈モンケン〉号だ!
〈モンケン〉号は上から見ると、全体は荷台がついた平ボディのトラックといった感じだ。大きさは…荷台というか甲板の縁にずらりと並んだコンテナから察するに、全長百メートルほどだろうか。軌道上で殴り込んだ海賊船より、二回りほど大きく見える。
居住区画や操縦室は、トラックのキャビンにあたる部分にあるのだろう。そして例のトゲつき鉄球…魔法を打ち消す希少金属、ムーンアイアンで作られたロマン武器は、甲板の最後尾に設置されたクレーンアームの先端に吊るされていた。
「よし、まだ誰もいねえぞ。エディの攻撃で連中パニくってやがるんだ! メル、オレたちでトゲつき鉄球からブッ壊すぞ! お前らは目についた奴を片っ端からやっつけろ! 船が動き出したら、無理しねえで飛び降りろ、いいな!?」
《ギギ…そレは困りますナぁ?》
ヘルメットの無線機から、耳障りな掠れた声がした。誰が、どこからと目を走らせても声の主が見えるはずもない。
《拙者の仕込ミを見抜くまデは上々。久しク無かった智慧者かと思いまシたが、こんナ浅知恵では興醒めといウもの。マさに、飛んで火に入る夏のボーナス》
嘲るような声と同時に、眼下の〈モンケン〉号の甲板に置かれたコンテナが開いて、中からボウガンを構えた大勢の無法者が姿を現した。
《大手が陽動、搦メ手が本命。ソの狙いは、首狩りト相場が決まっておりますナ…それ、撃テ》
一斉に撃たれたボウガンの矢じりが鈍く輝いてオレの視界に飛び込む。待ち伏せ、という言葉を思い浮かべるより早く…腕と腹に殴られたような衝撃が走った。
新年あけましておめでとうございます。
エピソード完結を果たせぬまま帰省して風呂に入ったら、なんかスゲエ肩凝りになりました。
首が痛くて、枕がないと仰向けに寝られないの。
知人のマッサージ師に「書いてる時の姿勢が悪いから、自分で気づいてなかった痛みが出たんだ」と言われ…なかなか散々な目に。
帰路に寄ったスーパー銭湯でおじいちゃんたちと電気風呂に浸かりながら、もう若くないのさと自嘲すること二時間。
けっこうマシになったものの、まだ首が痛い。今年は健康と健全をスローガンにしよう。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。