ドノヴァン一味との闘い④
通信機の向こうで、疫病神とハーフの守護天使は良いニュースと悪いニュースを抱えてオレの返事を待っている。この調子じゃ、良いニュースも当てにならねえな。
「悪い方から教えてくれ」
《おや。意外とペシミストなのかい?》
「野菜は嫌いだから先に食べるってだけさ」
《ははは、好き嫌いしないのは良いことだな。きっと大きくなるぞ。さて、本題だ。悪いニュースは、先ほど偵察に向かった連中がドノヴァン一味の増援を確認した》
「どのくらいだ?」
《小船が一隻と、着陸船が四隻。おそらく六十から七十人と推定している。軌道上に船籍不明の宇宙船はないから、これ以上増えることはないだろう》
「ドノヴァン一味ってのは、そんなに大所帯なのか?」
《ゴロツキの寄せ集めさ。おつむの方も、殴りっこで強いやつが威張る、原始人並みのそれだよ》
確かに頭の良い組織とは言えない。だけど、分かりやすい。食い詰め者を集めるにはベストだ。希少なムーンアイアン鉱山で、ゲンコツ振り回せば美味い汁にありつける。
集まってる連中はともかく、その仕組みを考えた奴は頭がいい。そして、恐らくはドノヴァン本人じゃあない。オレなら、ナンバーツーのポジションで親分を煽てて使うだろう。
《おやおや、君は少年冒険家じゃなくて少年探偵だったのか? ジュブナイル作家に紹介したいね…ご明察だ、ゴロツキは太陽系中に掃いて捨てるほどいる。そして、我々もナンバーツーの男こそ最重要だと考えてるよ》
「そいつの情報はあるのか?」
《スリングショット。そう名乗っていることだけ掴んでいるが、顔や人種、どういうコネクションを持っているのか…その他も不明だ》
スリングショット…パチンコのことだったか。Y字の形をした木の枝と、ゴム管で作って遊んだことがある。意外と威力があって、小石を撃つと缶ジュースのアルミ缶なんか貫通できるくらいだった。
「分からねえもんは仕方ねえさ。じゃあ、良いニュースを教えてくれ」
《ああ。敵も増えたが、味方も増えた。シートン監査官が基地中の尻を蹴り上げて、ローテーション用の船もクルーもかき集めちまった。おかげで後始末が酷いことになりそうだが、警備艇四隻と陸戦要員五十名を乗せる輸送艇三隻が準備待機に入ったよ》
思わず口笛を吹いてしまう。あの人のことだから、きっと鬼の形相で走り回ったのだろう。月面基地での出逢いは…諦めた方がいいな。
《それで、ガンマ。そっちの戦力を教えてくれ。どう動くつもりかも知りたい》
「もちろんだ。オレとムーンドッグの戦士が七頭、数が少ないのは…勘弁してほしい。こっちも精一杯なんだ」
《だから私たちを巻き込んだのだろう? それは構わんさ。それより、監査官を味方につけた魔法を教えてほしいね。彼女ときたら、戻ってくるなり私のオフィスで演説までぶち上げたぞ。彼女に言わせれば、君はジャングル・ブックの主人公さ!》
誰がムーンドッグに育てられたんだ、誰が。そりゃ脚色過剰ってもんだろうに…
「監査官はあれで、けっこう情に篤い人ってことさ。別に何かしたわけじゃない。それより、本題に戻そう。オレたちはエディたちが仕掛けた直後の混乱に乗じて、ドノヴァンとスリングショットを仕留めるつもりだ」
《いいだろう。少数で動く以上、他の選択はないからな。だが、そう都合よく行くかな?》
「ドノヴァンとスリングショットが普段どこにいるか、なんて情報は持ってない。だけど、あんたたちが仕掛けて来たら…砲撃ショーの特等席で居場所は確定さ」
《海賊船〈モンケン〉号、か。発進前に強襲できれば、なるほど…ガンマ、君はどこでそんな戦術論を学んだんだ?》
「そんな学はねえよ。その場しのぎと現物合わせの天才ってだけの修理屋だよ」
《はっははは! 大した修理屋もいたもんだ、あと五年経ったらスカウトに行くよ。でなきゃ、君はドノヴァンあたりをアゴで使うような、とんでもない大悪党になっちまいそうだからな!》
「勘弁してくれ、オレは修理屋が気に入ってんだ。警察も悪党も趣味じゃねえよ」
なんともまあ、皮肉まじりのジョークまで嫌味のない人だ。シートン監査官も見る目がない、こんな良い男なんかめったにいるもんじゃないぜ。
《まあ、就職相談は次の機会だ。我々はあと四時間で出動する。それまでに君らも頼む…幸運を、ガンマ》
「ありがとう。幸運を、エディ。交信終了」
ランプの消えた通信機を持って、エディとの会話を反芻する。スリングショットという名前が、妙に引っかかる。それなりに威力があるとはいえ、パチンコなんて名前をわざわざ名乗るもんなのか?
同じ武器の名を使うなら、もっと強そうな…と、そこまで考えて思い当たる奴がいた。
アーバレスト。
拳法使いの大男。
スリングショットはドノヴァンを操っている、黒幕のナンバーツー。
こいつは…あいつと同じ匂いがしないか?
もし、それが当たりなら…月で遭難した甲斐もあるってもんだ。ムーンドッグだけの話じゃねえぞ。スリングショットはオレの獲物かもしれない。
星間警察の襲撃から〈モンケン〉号の離陸まで、という普通なら不可能な時間制限はあるけど、ムーンドッグのスピードならチャンスは十分。
エディたちが襲撃するまで、あと四時間。鉱山のクレーター外縁は二十キロほどの距離で、三十分くらいで到着できるから一時間前に出発で丁度…いや、外縁で隠れるのはダメだ。
二の矢をかけられない、一発勝負の作戦なんだ。必ず当てるために、不安要素はできるだけ取り除こう…ワン公は上空からの監視があるような事を言っていた。
エディの話では、月軌道上に不審な宇宙船はいないという。なら、不審じゃない宇宙船はどうなんだ?
シートン監査官には、この洞窟の場所を知られている。そして、鉱山はクレーターの中心にある。
それなら、誰だって「どこから攻めても距離は同じ」だと考える。
それなら、誰だって「洞窟とクレーター外縁の最短距離」にオレたちが隠れると考える。
それなら、もし星間警察に敵の内通者がいれば…隠れ場所はバレている。
不愉快な予想だ。エディやシートン監査官には言えない。
まったく酷い話だ。助けてくれる人まで疑うなんて、クズだ。だけど、内通者ってのは組織の規模がでかくなれば、必ず出る。
オレに考えつくものは、他の誰かだって必ず考える。のこのこ砲撃地点に出向いて大砲の的になるなんて、まっぴらだ。
《ガンマ、どうした?》
ワン公が通信機を握って座り込んだまま動かないオレを心配したのか、鼻先で胸を小突く。
「ちょっと考えてた。でも、もう大丈夫だ」
『たまにこうなるの。おなか痛いとかじゃないから大丈夫だよ。それで、どうするのガンちゃん?』
「徹底的に、と言っただろ? 全員出し抜く。ドノヴァン一味も、星間警察も、その内通者も、全部だ。だから、まあ…みんなで昼寝しようか」
《おい、どういうことだ? どうして寝る必要がある?》
「考えがハズレてたら、すげえ間抜けだから秘密。とにかく二時間寝ろ…おやすみー」
『…ねえ、あたしにも秘密?』
そんな顔すんなって…意地悪で秘密にしたワケじゃねえったら。
しかたねえな…メルだけだぞ?
『わーい♪』
脳内会話で考えの全部を教えて、ついでに少しばかり頼みごとをしてオレは目をつぶった。そういや、下宿から着陸船で出てからこっち…ろくに休んでない。
メシも少しで…まったく、ガキの体力じゃもたねえよ。
目を覚ますと、二時間経っていた。
オレはワン公と戦士たちを集め、メルと手分けして鎧を着せていく。大盾はでかいので隠れ場所に到着するまで使わない。
鎧の準備が済んだら、せっかく洗ってもらったのに申し訳ないが宇宙服を汚す。
ヘルメットの上に被っていたリュックの切れ端は捨てられちまったから、ダクトテープで目の部分以外を覆っておくことにした。
『うわ…すごくあやしい…』
《何のためにそんな真似をするんだ?》
「ヘルメットのガラスが光ったら、敵に見られるかもしれねえだろ。少しでも可能性を潰すのがひとつ、ふたつめはオレの髪と目は敵に知られている可能性があるから、だ」
《ふーむ…お前は変な人間だからな、そういうこともあるんだろう》
「嫌な納得の仕方するなあ…まあいい。メル、頼んでおいたことは?」
『散弾四十発分になったかな。ひとつだけ空気のボンベ残したのはどうして?』
「予備と奥の手。じゃあ、行こうか」
《行かれますか、ガンマ殿。この老いぼれも共に行きたいところですが…面目ない》
「首長さんはここを守るって大事な仕事を任せてんだ。ちびっ子どもを頼むよ」
《そうですぞ首長。我らの戻る場所を、どうかお願いします…乗れ、ガンマ!》
ワン公に飛び乗って、薄暗い洞窟から光の差す方へまっすぐ加速していく。
子犬どもと門番が《武運を!》と遠吠えを上げる。
なかなか絵になる出撃じゃねえか。こんなことされちゃ、負けられねえな!
ちょっと短いですけど、キリがいいので。
次回、やっと活劇シーンです。
年内のエピソード終了は…難しいか?
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。