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キャプテン・ノーフューチャー! 工具精霊とDIYで星の海へ!  作者: やまざき
第一章 修理屋のガンマ
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修理屋のガンマ②

 死んだな、と思った後の記憶はまだらになっていて、それ以前の仕事や家族なんかのこともよく思い出せない。

 覚えているのは自分の名前と、アラフォーのおっさんでバイクや機械いじりが趣味だったこと以外、マンガとかゲームなんかのことばかり。

 それはそれでオレの中では価値のあることだけど、もし恋人とか嫁さんがいたら悲しんでいるかもしれない。

 もっとも、指輪とかメモリアル的なブツは一切身に着けていなかったので多分に願望が含まれている。

 やだオレってばモテ要素なさすぎ。


 いかん、仕事仕事。

 この世界の真っ当で可愛い機械は蒸気機関と、ごく初歩の内燃機関が主流らしい。

 真っ当ではなく可愛くない機械は、エーテル炉に代表されるような魔法工学によって作られたアヤシイ不思議機関だ。

 可愛い方は工作精度の差こそあれど動作の理屈は同じなので馴染み深い部品も多く、すんなり理解できた。

 しかし、もう片方は、なんというか、控えめに表現しても寝言のような理屈を、大げさで適当な中二設定にしてみました的な胡散臭いもので信じられない。


『ガンちゃーん、こっちはいつでもいいよー!』


「あいよー」


 元の世界の常識とは違う何かがここにはあって、エーテル炉はしっかりと生活に役立てられている。

 けれどオレは信じてないせいか、子供でも最低限の起動くらいできるらしいエーテル炉を手順通り操作してもウンともスンとも言わない。

 実用化されている技術には敬意を払うべきだ。

 たとえ世界が違っていても開発者や技術者は、良いものを世に出そうと努力している。

 信じられないのも、動かせないのもオレに問題があるのだろう。

 他にどんなものが魔法工学とやらで作られているのか分からないが、魔法ってやつを間近に見ることができたら、信じられるのかもしれないなあ。


 さて。補機とは、機関車の潤滑油を循環させる補助エンジンのことだ。

 馬鹿でかい蒸気機関は車軸の摩擦抵抗も相当で、運転中は常に潤滑油を循環させて摩擦熱を冷却すると同時に抵抗も減らす。

 そうしないと車軸が過熱でゆがんだり、配管の内で油が沸騰して管が破裂して、自然発火で燃えたりする。

 最悪の場合は異常に過熱されたボイラーが蒸気圧の限界を超えて爆発し、周囲もろとも吹き飛ぶこともあるそうだ。

 カムイ運輸の社長はそれで負傷し、両手合わせて指が六本しかない。

 十本なんて多すぎる、これくらいで丁度いいんだとゲラゲラ笑い飛ばす社長の呆れた肝の据わり方に、ちょっと憧れる。


 今回は主機であるボイラーは動かしていないが、修理項目のひとつである潤滑油の配管が正常動作しているか、そして蒸気ピストンが格納されているシリンダーが気密の規定値をクリアできているかを確認するのだ。

 馴染み深い普通のエンジンである補機を始動するためには、元の世界ならセルモーターでキュルルっとやれば済むところだが、こっちではエナーシャというクランク型の道具でフライホイールを回してやらなきゃいけないのが不便だ。


 こっち世界に来た時に、オレの身体はセクシーな中年から十代前半のガキに戻ってしまった。

 チビでやせっぽちの貧弱なボウヤである。

 息を止めて、歯を食いしばって、体重も乗せまくって、やっとエナーシャが回る。

 フライホイールは最初、低音で唸って回転数が上がるにつれてサイレンのように鳴りだす。

 その音で補機の始動に十分な回転数か判断できるという寸法だ。息が続かなくなる手前でいい具合の音になったので、大きく深呼吸して注意喚起のかけ声を上げる。


「コンターク!!」


 作業場には自分とメルしかいないが、なんというか、この掛け声が妙に気に入っている。

 クラッチレバーを引くとフライホイールと補機が接続され、その力でピストンが動き出し、エンジンがバスバスと黒煙を上げながら動き出した。

 あんまり整備してないらしい。

 補機に接続された潤滑油の循環ポンプを動かし、煤で汚れた油圧計を拭いてとガラス缶を注視。じわじわと油が動き出し、メーターの針が規定の数値であるのを確認してメルを呼ぶ。


『はーい。流動音かくにーん。補修部分のオイル漏れなーし! 配管異常なーし!』


 頭に届いたメルの報告に頷いて、次のは蒸気シリンダーの気密チェックだ。

 シリンダーの前後運動を回転運動に変換する起動輪は、他の動輪と連動させるコンロッドを外してフリーにしている。

 抵抗が少ないので補機からの潤滑油が回れば、滑車を二つ噛ませる程度でチェックに必要な半回転くらいは力技で動かすことができるはず。


 天井まで十五メートルはある作業場の梁に吊るしたホイストクレーンのフックと、機関車の排障器にでかいカラビナ滑車をつなぐ。

 起動輪の穴に、握りこぶし二つより大きなU字型のシャックルを使って鎖を取り付けて準備完了だ。


「エーテル炉を動かせたら、こんな苦労しなくて済むんだけどなあ」


 なかなか重たい鎖を肩に担いで、機関車側面のキャットウォークまでよじ登れば愚痴の一つも出るというものだ。

 ホイストのフック、カラビナ滑車、起動輪まで渡した鎖のたるみを取って一応の安全確認。床まで二メートルほどだから落ちてもたぶん平気。

 コンプライアンスという概念のないこの職場では「安全確認」なんてこんなもんである。


「ぜんぜん良くないが、よし! うりゃっ!」


 両手で鎖を握って飛び降りると、重い抵抗がある。

 オレの体は時計の長針みたいにのんびりと半回転する起動輪に支えられて降りていく。


「メル、圧はー!?」


『えーっとねー、青い印のところ! 真ん中!』


 ボイラーを温めていない状態で、これだけの気密が出ているなら余裕で規定値に収まっているだろう。


「おっしゃ! カンペキ! お仕事終わり! いやあオレって天才メカニックじゃね?」


『お疲れガンちゃん。でもこのまえ、残業するやつは無能だとか言ってたよねー?』


 自分の右手から皮肉られた。

 うん、確かに、間違いなくメルと出会えたのは色んな意味で幸運だ。

 もし出会えていなければ事故の時にヒゲハゲ軍団に助けられたとしても、無一文で行く先が無い上に利き腕を失くしたガキだ。

 一か月も生きられず、バラト川の下流に広がる貧民窟で死ぬか殺されていただろう。


 彼女は命の恩人だ。それは十二分に理解しているつもりだし、感謝もしている。

 だが、この胸に空けられた隙間風が、デリケートなマイハートがささやかな報復を求めちゃうのだ。You,やっちゃいなよ、と。


 メルはエンジンルームからスルスルと銀のラインを辿ってこちらに戻ってくる。

 このラインは呆れるほど丈夫なのに、敏感な触覚もあるらしい。

 曰く、肌で触れているのと同じなんだとか。

 ならば人差し指の腹で、巻き取られていくラインにすーっと触れるか触れないかのフェザータッチ。


 直後、エンジンルームの方から『ひにゃああああああ! ゾワっとしたゾワッとしたあああああ!』という悲鳴に続いて転げまわる音が響く。


 良し。左の拳をグッと握る。いいリアクションするなあ。


「せっかくマジメに手伝ってあげてんのに、くすぐるとかサイテー!」


「…大変申し訳ありません」


「そういうケジメのないところがガンちゃんのダメなところだと思う!」


「仰る通りだと痛感し、恥じ入る次第でございます」


 オレは作業場の冷たく硬いコンクリ床に正座して説教されている。


 目の前には人形サイズだが眼光鋭く仁王立ちしているメル。

 肩にゴムハンマーを担いでオレの周囲をぐるぐる回っている。

 自分の右手に叱られる、と他人に言うと正気を疑われそうだなあ。

 そんな事を考えていると、ゴムハンマーで殴られた。


「反省が足りない!」


「ほんとすんません」


「帰りに梅シソつくね三本!」


「…ちょっと金欠なんでそれは…」


「三本ったら三本!!」


「かしこまりました…」


 食い意地の張った右手に屈した。


 ご機嫌斜めのメルをなだめ、スパナやプライヤーなどの工具と余った配管資材を片づける。

 仕事はここまで。

 明日のツーリング前に愛車の手入れをしなければ。

 工具棚から油汚れがまだらに染みた木箱を担ぎあげて、作業場の隅を眺める。

 そこには月明りに照らされた愛車がボロい毛布を継ぎ合わせたシートをかぶって、じっとオレを待っている。

 よう、今日こそ動かしてやるぞ。


「ランプ取ってきたよー。で、これエーテル使わないのに本当に動くの?」


 灯油ランプをぶらさげてメルが戻ってきた。

 銀のラインを支柱に見立てると、アンティークの工芸品のようだ。艶めいて美しい少女の人形が両手でランプを提げている、なんて姿からは「長い経験を持った一流の職人が、丹精込めて磨き上げた逸品」という謳い文句まで想像できる。

 もっとも目の前にいるメルは色気など微塵もないドカヘルに油まみれのタンクトップ、ニッカボッカというお姿。ランプも実用一点張りで飾り気なし。


「動くさ。てかエーテル炉なんか動かせないよ?」


「ふーん。お腹すいたから、はやくしてよねー」


 興味なさげなメルを放置して、シートを剥ぐと前輪が自動車のように二つ、後輪が一つの小型車両が姿を現す。

 いわゆるリバーストライクに近い形状だ。

 元はバイクだったが、事故で前輪の周辺が修理できないほど壊れてしまったので、記憶の中にあるメッサーシュミット・Kr200っぽく作った。


 無念の一言に尽きてしまうが、この世界ではメーカーの正規部品は何一つ手に入らない。

 ネジ一本も、ゴムホースさえも手に入れることができない。

 ついでに自由になる金もないのでヒゲハゲ軍団の将軍にゴマをすったり、ジャンク屋の趣味に付き合ったりして、主に舌先三寸で必要な部品を巻き上げて改造することにした。


 そうしようと思ったのは、郷愁もあるがメルの能力を知った事も大きい。

 オレの記憶にある道具の形、機能を完全に再現してくれるのだ。

 刃物やペンチは言うに及ばず、電動工具でも溶接機でも再現して自分の一部のように使いこなすことができる。

 鉄を取り込んでもらえば、それを材料にボルトやナット、リベットなんかも作れる。

 メルはオレみたいな人間には夢のような存在だ。

 月が二つもある世界に転げ落ちてしまったのに、のほほんと機械いじりを楽しんでしまうような馬鹿には、本当に有難い相棒なのだ。


 腹が減った、もう我慢できないとぶうぶう文句を垂れる右手を宥めすかして、冗談と口車で誤魔化すこと三時間。

 愛車の整備は、ようやく終わりが見えた。

 機械は部品の動きが目で見えるから分かりやすくて大好きだが、電気は目に見えないので苦手だ。

 そんなオレにとって、バイクの電装部品は壊れてしまうと修理でない大事な部品なのである。

 気持ち丁寧に木箱から取り出し、苦労して作った配線の接続カプラーにつなぐ。

 ヤカンみたいな形のガソリン携行缶からタンクに燃料を少しだけ入れ、コックを開けてキャブレータに燃料を流す。

 エンジンの点火スイッチを始動位置に入れる。ベークライトの箱バッテリーから流れた電気がタコメーターのランプを光らせた。

 懐かしい排気デバイスのサーボ駆動音を聞いて涙が出そうだ。


 ああ、愛しいエンジン。オレのエンジン。

 ヤマハR1-Zの並列二気筒ツーストローク水冷250ccエンジンよ!

 いい子だなあ、さあ目を覚まして声を聴かせておくれ! 


「ガンちゃんキモい…その慈愛顔がキモい…」


 だまらっしゃい。

 あと心に刺さるからキモい言うな。オレはこのサン=テグジュペリの翻訳文っぽい心のポエムをやめないぞ。

 ロマンに心震わさずしてなんの男子か。ポエマーの心が震えたときに溢れる言葉がポエムなのだ。

 なおポエットが正しい模様。


「はいはいロマンロマン」


 ギアがニュートラルになっていることを確認し、キャブレータのチョークを引いて一回、二回と軽くキックペダルを踏み下ろす。

 エンジンに燃料と空気の混合気が送り込まれ、これで準備が整った。

 スロットルを若干開けて、確信とともに三回目のキックを踏み込むとパンという破裂音に続いて泣けるほど感動的なエンジン音が作業場の静けさをぶち破る。イェア!


「うわ、うるさッ! 煙っ! くさっ! ちょ、ガンちゃんこれなんなのよ!?」


 あちこち頼みまわって仕入れた、ヒマシ油の甘く香しい匂いを臭いとほざくか無粋者。

 まあ、メルはまだツーストロークの愉悦を知らないから無理からぬことか。

 そう言っていられるのも今日までだ。

 明日のツーリングでパワーバンドに入った時のしびれるような加速感をたっぷりと味わってもらうとしよう。

 スピードの悦びを教えてやるぜフフフ。


 チョークを戻し、キャブレータのアイドリング調整スクリューを少しずつ回してエンジンの回転数を安定させる。

 スロットルを軽く煽ってやると、それに合わせてエンジンは歌うように唸りを上げる。

 感無量とはこのことだ。


 やがて煙もおさまって抑制の効いたアイドリング音だけになると、集中している間は意識の外だったが自分も腹ペコであったと思い出した。


「ふう…あー満足。ごめんなメル。今日は終わりにするから、メシにしようか」


「…終わりにしてくれるのは嬉しいんだけど、それはいいんだけどね、いま何時?」


 ふとポケットの懐中時計を見ると、もう深夜と言っていい時間であった。

 いつもの定食屋は…とうに閉店しているに違いない。これはまずい。


「えーとメルさん? 下宿帰ってからゴハンで…」


「ぷいっ」


「大家に頼めば、なんかあるかと…」


「つーん」


「だってオレ作業着だよ? 飲み屋街なんか行けないよ?」


「じー」


「ほら、明日ツーリングだし…」


「じー」


 鼻先までにじり寄ってきた半眼のメルは「たいへん不満です」という顔だ。

 本当に、いつからこんなに食い意地が張った子になったんだろう。

 オレの右手になって最初の頃は食事という行為自体知らなかったのに。

 あれか。下宿屋のババアが餌付けしたからか。無垢な少女に肉の悦びを教え込んだのはあいつか。


「とりあえず、いったん帰ろう。せめて汗を流したい」


『もう、ガンちゃんは仕方ないなあ』


 ぶうぶう言いながらもメルはオレの右手に戻った。同時に銀色だった表面は肌色に戻り、普通の手と同じように動く。

 弁当箱を持って作業場の戸締りを二回確認してから、ガラクタの寄せ集めで作った自転車に乗って下宿屋に帰る。

 今夜は双つ月どちらも丸い。二か月に一度の満月らしい。

 きっと港の方では大潮で魚が良く釣れることだろう。この世界でどんな魚がいるのか、まだ知らんけど。


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