ドノヴァン一味との闘い①
知られている。
全身の血が一気に引いた。
だが、なぜ? オレはここまでそんな情報はひとつだって話しちゃいない。ワン公にだって遭難したとしか言ってない!
「はは、図星って顔だ。君が武器を…そう、槍か何かを使うのは手を見ればわかる。抱き上げた時に分かった筋肉のつき方も、普通の子供じゃない。何かの理論に基づいた訓練をしているものだったよ」
ガーニー警部が足を止めて振り返る。表情は微笑みのそれだが、黒に近い茶色の目には油断のかけらも見て取れない。
「周回軌道上にいた海賊船が、襲撃と思われる強行接舷を受けたのを知ったのは三十分前だがね。そして君の着ていた宇宙服、あれは海賊船で拾ったものだろう? 金星製の旧型で、ここらで手に入るものじゃあない」
「……ぼ…ボクは…」
「海賊船で何をしたのかは推測でしかないけれどね。内側の汗の量と外側に付着した複数の異星人種の血液から、君が海賊船の中で戦ったことが分かる。墜落については、重力等化装置のコイルと電池の減り方さ。これも推測だけどね、軍に知り合いがいて…聞いたことがあるんだ」
最初からオレは観察されていたのか。警部補の身体はオレよりずっと大きいが、どんどん大きくなっていくような圧力さえ感じる。
「一部の隊員は…月の軌道から降下する訓練を受けてるんだよ。聞いたときは無茶苦茶だと思ったさ。自殺行為だってね。でも、理論上は可能なんだ。新品のコイルと電池を使い切るリスクを覚悟して、大人でも失神する恐怖を克服する度胸があれば、ね」
医務室に来た道とは別の通路に誘導されたから、ワン公はここにいない。どうする?
「ああ、すまない。私は君を責めたり疑っているわけじゃないんだ。ムーンドッグは誇り高いと聞くからね。君が海賊だとか、ドノヴァン一味のスパイだとは思ってない。ただ、純粋な好奇心ってやつだよ」
「…好奇心、ですか?」
「そう。海賊相手に大立ち回りをする槍使いで、軍の精鋭みたいな命知らずの月面降下を行い、絶対に人に従わないというムーンドッグを連れた冒険少年さ。これで興味を持たない男がいると思うかい? 賭けても良い、そんな奴いるもんか!」
「…降参ですガーニー警部補。そこまで推理できるものとは…誤魔化しきれません。ホントに参りました」
本心だ。重力等化装置のことはともかくとしても、物証と推理でここまで当てられちゃ言い返せない。なにより、この人は…嫌味がない。
「ははは…君を見て、抱っこした時に思ったんだ。この子は普通じゃないぞってね。そして今は確信してる。トール、君は何を企んでいる? 私たちを何かの目的に利用したくて、ここまで来たんだろう。そして、それはムーンドッグを助けるため。違うかい?」
「推理の根拠を伺っても?」
「こればかりは勘さ。でもね、私は自分の勘を信じている。君はムーンドッグの群れと偶然出会って、彼らに同情したんだ。それにね、ドノヴァン一味はクズの犯罪者だけど…人身売買だけはしないんだよ」
「あー…そうなんですか…もういいや。本気で降参だ、ガーニー警部補。あんたの言う通り、オレは海賊とやり合って船から落ちた。そこでワン公と会って、あいつらがドノヴァン一味のせいで飢え死にしそうな状況だって知った」
「ありがとうトール。話の続きは私のオフィスでいいかい?」
すぐ後ろのドアを指して、ガーニー警部補はにっこり笑う。手のひらで転がされるってのは、こういうことか。
完敗だ。ダメだこりゃ…せめて、ワン公を連れてくることだけでも許可してもらおう。
警部補はデスクの内線で部下にワン公を連れてくるよう伝え、オレに椅子を勧めた。あまり飾り気のない個室オフィスには、家族の写真さえ置かれていない。
デスクわきの壁にライフルと拳銃が掛けられ、星間警察の制服だろう青地に黄色のラインが入った服がコートハンガーに二着下がっているだけだ。
「まずいコーヒーと、もっとまずい紅茶しかないが、どっちがいいかな?」
「それ選ぶ余地あるのか? コーヒー、ブラックで」
「ははは。それが本当の話し方なんだな。オーケイ、トール。ここからは男同士で話そう」
「そうしてくれると有難い。ガキっぽい喋り方はムズムズするんだ」
コーヒーカップを受け取って、懐かしい芳香を吸う。ああ、水と緑茶くらいしか飲んでいなかったもんなあ。久しぶりのコーヒー…すっげえマズい。
「だろう? 星間警察のコーヒーは、まずいのが伝統らしいな。さて、君のお友達も来たところだし、続きを聞こうか」
「わかった。その前に…ワン公、悪いな。ぜーんぶバレちまった。ここからは隠し事なしで全部話すぞ。いいな?」
《構わん、最初からお前に任せている》
「トールは彼にずいぶん信頼されてるようだな」
「まあ、いろいろあってね。それは今から話すよ…ああ、そうそう。トールってのは偽名じゃないが、オレのことはガンマって呼んでくれ」
「なんだい、名前まで隠してたのか? 用心深いな君は…まあ、いいさ。ガンマ、改めてよろしくな。私はエドワード・ガーニーだ。エディで構わないよ」
呆れた顔の次に苦笑いを浮かべたエディに、オレはムーンドッグの置かれた状況を説明した。ワン公も補足してくれて、彼らが飢死寸前であることとドノヴァン一味から鉱山を奪還したい希望を伝える。
「ありがとう、良く分かった…ドノヴァン一味の逮捕は問題なく協力できる。これは私の職務権限で確約できる範囲だ。しかし、その後の事はどうしたら良いのか判断できないのが正直なところだな」
「その後の事?」
「そう。鉱山を元の持ち主であるムーンドッグに戻す、とは言っても…気を悪くしないで聞いてくれ。ムーンドッグに土地の所有権は存在しないんだ。そもそも、野生動物なのだから権利という概念がない。だから、今後誰かが合法的に鉱山のある土地を所有してしまうと、また彼らが住む場所を追われてしまうことになる」
それでは根本的な解決にならない、とエディは首を振る。
待ってくれ。そいつは人間側が決めたものだろう? ムーンドッグには関係ないじゃないか。
「あの鉱山からは、ムーンアイアンという希少な鉱石が掘られているんだ。これは本当に特殊でね…魔法を打ち消してしまう金属なんだよ。悪用されると非常に危険なことと、希少なことから採掘も売買も、厳しく規制されている」
《どういうことだ? あの無法者を追い払うだけではダメなのか?》
「申し訳ない。そういう事になる…何か、別の方法があれば良いのだが…いや、それは後のことだ。すまないね、仕事柄ちょっと悲観的になるクセがついてしまっているな」
「エディ、例えば…鉱山周辺を開発禁止の保護区にするとか、ムーンドッグを希少生物として保護する、ということはできないのか?」
元の世界の考え方が、ここでも通じるのか分からないが言うだけ言ってみよう。それが通るなら、後の心配もなくなる。
「そういう方法もあるだろうが…基地に所属している私から意見書を上げたとしても、どこで処理されて、いつ受理されるのか見当もつかない。そもそも、星間警察の職務ではないからなあ。本部から直接なら、多少は…」
「それなら、シートン監査官から意見を上げてもらうってのはどうなんだ?」
「監査官か…本部付の監査部なら、私が意見書を上げるよりずっと早い…まて、ガンマはどうして彼女を知っている?」
「さっき話したドノヴァン一味との戦闘中に、シートン監査官の名前と役職が通信に出てね。監査官なら基地所属じゃねえだろうから、うまく話ができればって思ってさ。それでここに来た」
「あわよくば我々を出し抜いて、か? 困った冒険少年だな」
「すまねえ。でもよ、素直に言っても信じちゃもらえねえだろ? こんな話、作り話にしても盛りすぎだ」
「まったくだ。確かにそんな話を最初にされていたら、私も君に興味を持たなかっただろうし、信じなかっただろうな。おかしな迷子だと決めつけて、定期便で地球に送還してた」
お互いに肩をすくめて苦笑いだ。だが、エディが味方になってくれた幸運に感謝しよう。これなら、メルの秘密を隠したままワン公たちを助けられるかもしれない。
「よし、早速シートン監査官に来てもらおう。急ぐに越したことはない」
ほどなくして、オフィスのドアホンが鳴ってシートン監査官がやってきた。小柄な地球人で、学生の頃は成績優秀でしたって顔の若い女性…二十代の前半だろう。
こげ茶色のショートヘアと、アンダーフレームのメガネの下に光っている同じ色をしたキツめの目が印象的だ。美人かもしれないが、あまり男に好かれそうに見えない。
「ガーニー警部補、何の御用ですか…って、ムーンドッグ! な、なんでここに!?」
シートン監査官は、バネ仕掛けみたいに吹っ飛んでドアの反対側の壁に張り付いた。
「落ち着いてくれ、監査官。そのムーンドッグは我々の情報提供者だ。危険はないから、安心したまえ」
「狂暴な宇宙生物が…? それに、この子は誰ですか? 説明をいただけますか警部補」
「もちろんだとも、そのために君を呼んだのだからね。まあ入りたまえよ、壁と仲良くされては話もできない」
エディが話をする間、彼女は落ち着かなさそうにワン公をチラチラ見ていた。確かにムーンドッグは危険だ。
思念波をぶつける崩し技や、鉄を噛み砕く顎と牙を生まれながらに持っている。その中でも、いま一緒にいるこいつは群れの中でも戦士と呼ばれている。
オレが見た無法者との戦いでも、武装した人間と互角以上に戦えていた。間違っても狭い室内で丸腰のまま同席したいと思えねえよな。
「…お話は分かりました。監査官の職務とはやや離れていますが警部補の事情も理解できます。ですが、この場でご協力するとは申せません。この子…ガンマ君とムーンドッグの証言だけでは、証拠が欠けています」
「痛いところを突いてくるね。そう、そこなんだ。少なくともムーンドッグの群れが危機に瀕している事実を確認する必要がある」
「それは私が参ります。警部補はドノヴァン一味の逮捕準備を進めてください」
「君が? 行ってくれるなら助かるが…どうしてまた、そんなに協力してくれるんだ?」
「私は監査官で、実動部隊の指揮権限はありません。ここに残っても意見書の草案を作る程度しか仕事がありませんし、警部補が向かう場合の時間的ロスは合理的ではありません。案件の至急性を鑑みても、私が確認に行くのが妥当と判断します」
かつ、と踵を鳴らして席を立ったシートン監査官は、アゴでオレたちについて来いと言ってオフィスを出て行った。
「まあ、彼女の意見が正しい。ガンマ、案内してくれ…また後で会おう」
「わかった。恩に着るよエディ、またな。行くぞワン公」
ワン公と一緒にオフィスを出ると、シートン監査官が苛立たし気に壁を指先で叩いて待っていた。なんかカリカリしてないかこの人。
動物嫌いなのか? いや、何か妙な圧迫感があるぞ。
「…ガンマ君、でいいのよね? いくつか質問があるのだけれど」
「はい、なんでしょう」
「その子…いえ、そのムーンドッグには、お名前があるのかしら?」
《我らは個々の名を持つ習わしがない。だから名前はない》
「そ、そうなんですか。では、質問を変えます…あなたたちには、その…親愛の情を示すコミニュケーション方法がありますか? 人間なら握手とか、ハグとかですが」
《え? それはあるが、どうかしたのか?》
なんか、この人…様子がおかしくねえか。息が荒くなってきて、顔も赤くなってる。さっきと今と、別人みてえだ。
「ガンマ君、あなたはこの子…撫でたことあるのかしら…?」
「あ、ある…あります」
近い。顔が近いですシートン監査官! アンタまさか、動物嫌いじゃなくて…
「私も撫でていいですよね? 撫でたいんです! モフりたいんです! むしろペロペロしたい!」
めっちゃ動物好きだった。ちょっとだけ度を越しているような気もするけど。
《なっ…!? 我を撫でるだと!? じ、冗談じゃないぞガンマ!》
「撫でさせてくれないなら、協力しませんよー? うふふふ…」
《ひ、卑劣な…ッ》
「いいじゃねえか撫でるくらい。お前、いま断ったら妹を差し出すくらいしないと協力してもらえないぞ?」
「妹さんがいるの?」
「ああ。隠れ家にいる。まだ子犬でな、可愛いんだこれが。薄汚れてたから、ブラシかけて今じゃフワフワだぜ」
「…今あなたが撫でられないなら、妹さんでもいいわね」
《くっ…好きにしろっ…人間め…我が屈すると思うなよ!》
オレに三十分で戻ると言い捨てて、シートン監査官は手近な空き部屋にワン公を連れ込んでカギをかける。
そこからきっかり三十分、監査官はSM女王様のように昂った歓声を上げ、ワン公は快楽に溺れて悲鳴にも似た甘え声で鳴きまくった。
中ではどのような行為があったのだろう。メルと脳内会話でハラハラしながら固唾をのんでいると、ドアが開く。
「堪能しました…毛並みも、初々しい反応も…とっても素敵な子…」
うっすらと汗を浮かべ、頬をバラ色に染めた監査官は「いい仕事したわ」と言うように颯爽と部屋を出た。
恐る恐る部屋の中を覗くと…そこにはオレがエーテルを流してケガを治した時よりも、もっとトロトロになって、ぴくぴくと痙攣するワン公の変わり果てた姿があった。
「堪能するのはいいけど、あれはやりすぎじゃねえのか? 半端じゃねえテクなのは分かるけど、あんたなしで生きていけなくなったらどうすんだ」
「ああ…そうよね…私、罪な女ね…もう私以外で満足できないカラダにしてしまったのね…ちょっとガンマ君、もう一回。もう一回言って!」
あかん。この女、ホンマモンや。本当にこいつを洞窟まで案内してエエんか?
ゾクゾクと背中を震わせるシートン監査官の変態的本性を目の当たりにして、オレは冷たいものを感じた。
お話が連続していますが、ここから新エピソードとなります。
当初の予定とは異なりますが、星間警察の協力が得られそうなガンマたち。
シートン監査官は味方になってくれるでしょうか? 次回をお楽しみに。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
ガーニー警部補…同上、エズラ・ガーニーより
シートン監査官…E・E・スミス氏「宇宙のスカイラーク」リチャード・シートンより
素晴らしい作品に敬意をこめて。