月世界のガンマ④
よーしよしよしよし。おーしおしおしおしおし。どうだホラホラ気持ちいいだろ。そうだろそうだろよーしよしよしよしよしよし。わしゃしゃしゃしゃしゃ。むはははは。
きゃあきゃあと歓声を上げる子犬どもを徹底的に、一片の容赦もなくモフり倒してやった。
これだけ撫でまくったのは猫カフェでハーレムキングになって「他の客に猫が寄らなくなる」と出禁になった時以来だな。
いまも膝の上で快楽の余韻に酔っているやつなんか、もうメロメロだ。
《かみしゃまあ…しゅきぃ…しゅきなのぉ…♡》
はっはっは。そーかーかみさま嬉しいぞー。
《あたし…かみしゃまの…およめさんになりゅのぉ…♡》
はっはっは。およめさんかー。そーかーかみさま嬉しいぞー。
《いっぱい…いっぱい赤ちゃん産むのぉ…♡♡》
はっはっは。ちょっと話が生々しくて、それはかみさまリアクションに困るぞー。
《…ガンマ、お前…我の妹になんと破廉恥かつ不埒な狼藉を…!》
え、この子犬お前の妹? あらぁ…思いっきり撫でまわしちゃったよ。灰毛がほら、もうふわっふわでつやっつや。
《亡き父母から託された、我の一番大事な妹が…よもや変な人間に手籠めにされようとは!》
「ブラッシングで手籠めってお前、そんな大げさな。メルに作ってもらったけど、気持ちいいみたいだぞ? お前もするか?」
《ぬぐ…ええい、要らん! それより、首長がお前と話がしたいと仰せだ!》
『…されたそうだったね?』
「ありゃ相当ガマンしたな。まあいい、メルは楽しめたか?」
『うん! もふもふもふもふって!』
それじゃ首長さんのところに行こうか。ま、話の中身は大方察しがつくけどね。オレもそれについて話したくて仕方ねえんだ。
見てろ、徹底的にやるぞ。こっちに肩入れするって決めたからにゃあ、徹底的にだ。
《うほぅ…ぬぅ、これは…った、たまらぬ…たまらんぞガンマ…殿ぉ…っ》
「首長さん毛の中に砂とか入りまくって毛玉になってんだよ。そりゃ痒くてイライラするさ。な? ブラシかけると痒くないだろ?」
《うむ…うむっ…これは…ほぅっ…良いっ…!》
《手当たり次第に撫でてる場合かァ!》
「何だよ、怒んなよお前。ちゃんと話は聞いてるじゃねえか…お前もブラシして欲しいんだろ? 素直になれって」
『おいでおいでー♪ もふもふしゅっしゅだよー』
《あやつは堅物すぎていかんなあ…おお、そこっ…もっと…んん、たまらぬ!》
《首長まで不埒者の毒牙に…! お前、妹では飽き足らぬと言うのか!?》
「うるせーなあ…わかったよ、真面目に話せばいいんだろ? お前らの鉱山を奪って、食い物を掘りまくってる連中を叩き出す。そして、あちこちに散らばっちまった仲間も助ける。そうだな?」
《あ、ああ。そうして貰えないかと…だが、いいのか? お前には関わりのない話だ》
今さら何言ってやがる。ここでハイさよならってオレが帰ったら、お前ら余計に苦しくなっちまうじゃねえか。
好きこのんで厄介ごとに首突っ込むほど酔狂じゃねえが、関わっちまった奴を見捨てて帰れるほど腐ってもいねえんだ。
「奪られたものは、奪りかえす。仲間の仇討ちに部外者が首突っ込んじまうのは、気分が悪りぃだろうが勘弁してくれ」
そうだ。こいつらは暴力で日常を塗り潰されちまったんだ。オレが日常を守る力を求めたように、ムーンドッグも日常を奪い返す力を欲しがっている。
そんなの、助けないわけねえだろう。
《…すまん》
「なんもさ、だ」
《なんだ、それは?》
「オレの故郷の言葉だ。大したことねえから、気にすんなってな」
《まったく、お前は大した…大した、変な人間だ。ははははは!》
「抜かせワン公め。言っとくがオレぁ走ったりできねえからな。主役はお前らだ」
こいつ、笑えんのか。いいな、いい笑い声だ。なんか重いモンが吹っ切れたみてえな、いい顔してるぜ。
《望むところだ》
青い目がギラギラ光ってやがる。こいつ、犬ってより狼だな。ガラスみてえに澄んでるくせに、どんな刀より斬れそうだ。妖刀ってのはきっと、こんな光り方するんだろうな。
共闘が受け入れられたことだし、準備を始めよう。
まずは鉱山について知りたい。そして相手の人数と装備、最後にこっちの戦力だ。
鉱山は今いる洞窟から二十キロほど離れた場所にある。元々ムーンドッグが掘ったものだから、奪われた時点までの詳細な情報を得られた。
これはクリアだ。
次に相手の人数については、連中がワン公どもと戦っていた時のように十人ほどのチームで遠征したり、鉱山で働いたりと一定しないらしい。
ただ、必ず三十人以上は鉱山に張り付いているそうだ。武装はボウガンらしいが矢が特殊な金属で、ムーンドッグにとって毒になるものだ。
他にも短剣、斧といった武器を持っている。その辺はリュックの中にいくつか詰めた物があるので後で確認しよう。
問題は敵の人数だ…これは偵察が必要だな。
最後はこっちの戦力だ。
ムーンドッグの戦士ってのは…お前と、あと何匹いるんだ?
《…七頭だ。悔しいが、ガンマが治してくれた者も含めて…戦える者はそれで全てだ》
《無念だ。散り散りになった仲間に呼びかけることができれば、もっと数を揃えられたが…》
「馬鹿言っちゃいけねえよ首長さん。腕利きの戦士がそんだけいるんだ、お釣りが来るさ」
《気持ちは嬉しいが、ガンマ。戦いは頭数だ。何倍もの敵を相手に勝てるものか?》
この、馬鹿野郎どもめ。真っ正直に戦い過ぎるんだよ…それだから狩り殺されちまうんだお前らは。もっとズルく、もっと汚く戦えよ。
「いいか、よく聞け。戦いってのはな、鉄火場に乗り込む前から始まってんだ。勝てるように工夫して、その上で徹底的に勝ち切るんだ。二度とお前らに手を出そうって思えないように、奴らに刻むんだ」
縄張り争いってのは、そういうもんだ。譲り合って仲良く暮らせるほど、この世は広くないし優しくもない。
ムーンドッグにとっていい場所は、きっと他の誰かにもいい場所だ。だから狙われるし、ちょっと勝って取り戻しても、また奪いにくる。
必要なのは、ギタギタにして二度とその気にさせない事。それしかない。
《ガンマ殿、工夫と仰られても…我々は、そういった戦い方を知りませぬ…》
「だから、だよ。だからオレがいるんじゃねえか。自慢じゃねえが、悪知恵とその場しのぎと、現物合わせの天才だぜオレは」
『すごい! ほんとに自慢にならないよガンちゃん!』
お約束のツッコミありがとうメルちゃん。でもそれ、かなり心に来るわ…
そんなわけで、ムーンドッグの鉱山まで偵察に出ることになった。
宇宙服は銀ピカで目立つから砂を擦り付けて汚し、ヘルメットもガラスの金魚鉢みたいだからリュックを切ってカバーを作った。
問題は移動手段だが、往復四十キロなんて今の足じゃなくても歩けそうにない。なので、重力等化装置で軽くなってワン公に乗せてもらうことにした。
《しっかり掴まれよ。人間なんて乗せたことがないからな》
「オレだって犬に乗ったことなんかねえよ」
またがる系の乗り物は、バイクと自転車しか経験ありません。乗馬? 世紀末覇者とか傾奇者じゃあるまいし、そんなモン乗らねえよ。
《はっはははは! 軽い! 身体が飛べそうに軽いぞ!》
「ぎゃあああああ! 速い! ちょっとは加減しろ手前! ていうか、飛んでる! 飛んでるから!!」
《何を馬鹿な…お、おおおおお!? と、飛んでる!》
「だから言ってんだろバカ! 落ちる! なんとかしろォ!」
ワン公の背中から滑り落ちたオレを助けようと、ブーツに噛みついたは良いが二人でバランス崩して砂丘にめり込んだ。
幸い、砂がフワフワのスポンジみたいに積もってたから、ケガはしなかったものの…そのあと殴り合いのケンカになった。
クソ犬め。メルのおかげで命拾いしたな!
《フン! メル殿に助けられたのはお前だ》
『二人ともー? まだ反省が足りないのかなー?』
《「いいえ十分に反省しました」》
『よろしい。ケンカ、ダメ絶対!』
そこから微妙に険悪なムードで走ること二十分。鉱山の入口を見下ろせる、最寄りの岩山…いや、これはクレーターだ。
鉱山は半径百数十メートルのクレーターの中心にあって、周囲は切り立った高さ三十メートルくらいの崖が輪を描いている。
中央の鉱山にはオレが乗ってきたような着陸船が五隻、海賊船と似たような小船が一隻停まっている。
それを囲んでコンテナや掘削機みたいな機材、見張り台のような櫓も見える。
ふーむ。いやはや、こりゃまるで要塞だ。
崖を降りてしまうと、そこからは平坦で隠れる場所のない砂地。見張り台からは、さぞ簡単に見つかってしまうだろう。
そうなると…上か、下から攻める? その前に、どうして見張り台なんて作るんだ。ムーンドッグが鉱山を奪還しようと攻めてくるから?
うーん…なんかしっくり来ない。
「なあ、お前らって鉱山を取り返そうって、ここに攻め込んだことあるか?」
《何度かある。だが、それはここまで辿り着くことさえできずに終わってばかりだった》
「ここって、クレーターの縁ってことか?」
《そうだ。まるで上から見られていたように気付かれるのだ》
それ、見られてたんじゃねえのか? でも、そうなら見張り台いらなくね? 何かの事情で上空の見張りが機能しない時の予備…か。
どんな事情があれば、上からの見張りが機能しなくなる? 曇りだとか…ここは月だろ。雲なんてそもそもねえよ。
じゃあ、夜だとどうだ? 月の自転は地球よりずっと長い。この場所が夜になるのは、あとどのくらいだろう。
《夜が明けたばかりだからな、次の夜は当分先だ。そして、昼でも夜でも襲撃は気付かれた》
ハズレか。だとしたら、魔法か。クソ、なんでもアリの魔法は苦手だ。ローラがいれば、何かヒントなり打開策があるんだろうが…
ない物ねだりしても始まらねえ。上か…上…月の軌道…周回軌道…まさか、あの海賊船が見張りをやっていた?
あり得る話だ。鉱山のそばに小船があるのに、着陸船が五隻ってのは多すぎる。話に聞いた大きい船でも別にいるんだろうか。
そんなやつがいるなら、きっと火砲も積んでいるだろう。オレたちの勝ち目は薄くなる。
《なんだか鉱山の様子が変だぞガンマ》
『ほんとだ。人がいっぱい走って出てきたね』
考えにのめり込み過ぎたみたいだ。言われて鉱山を見ると、空気がないおかげでクッキリと人物のシルエットが見て取れる。
慌てたように上を指さして何か叫んだり、武器を持ち出したり…オレたちじゃない誰かが来たのか?
遠くの無法者たちが慌てて指す方向を見れば、小船より一回りくらい大きな…船の正面と側面に、でかでかと黄色の星マークと「POLICE」と書かれた宇宙船が低空でこちらに向かっていた。
《こちらは星間警察! ムーンアイアン違法採掘の容疑で、全員拘束する! 抵抗は、これを実力で排除する! 貴様ら、今日こそ覚悟しろ!》
突然にそんな無線が耳が痛いくらいの大音量で鳴りやがった。ヘルメットの中じゃ耳もふさげないし、ダイヤル回して無線の周波数を変えても同じだ。
こりゃ全部の周波数帯で同時に流してんな。まるで電子戦機のジャミングだ。
《ひゃーははは! 何度来ても返り討ちだぜヘボ警察! 野郎ども、やっちまえ!》
察するに、こっちは鉱山を占拠してる無法者の放送だろう。ザ・無法者といった感じの、ある種すがすがしいテンプレートだ。
《むかーっ! また言ったなこいつ! 絶対タイホだ! 絞首刑じゃなくて釜茹でにしてやるぞ! ドノヴァン一味め! 撃てぇ! もういいから全員吹っ飛ばせ!》
《毎度まいど商売の邪魔されて、いい加減ウンザリなんだよヘボ警察! てめえに沈められた船の代金、そのポンコツで支払ってもらうぜ!》
星間警察だかヘボ警察と、ドノヴァン一味は無線で口喧嘩しながら大砲で撃ち合い始めた…なにこれ。
《むかむかーっ!! 二回もヘボ警察って言ったなドノヴァン! もーう怒った、もーう許さん!》
《ひーへへへ! 言ったがどうしたァ!? 気に入ったんなら何べんでも言ってやるぜヘボ警察ヘボ警察やーい! おととい来やがれってんだァ!》
《一昨日だって来たわい! バーカ!》
《こ、この野郎ッ! おま、お前っ…バーカ!!》
ええと…本当に、なにこれ…
バカスカと景気よく撃ち合ってる砲撃戦を、呆然とした表情で眺めているワン公とメルの横で、オレは深いため息をついて頭を抱えた。
なんなのこれ。
さあ、いよいよスペースオペラっぽい単語が出ましたよ。
だいぶ頭悪そうですけど…このお話はそーゆーのですから。
みさくら語も出ちゃいますし。
あんまり深刻に考えずにスナック感覚ということで、ひとつ。
***ここから引用のご紹介***
クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より
重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より
ムーンドッグ…同上
素晴らしい作品に敬意をこめて。