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キャプテン・ノーフューチャー! 工具精霊とDIYで星の海へ!  作者: やまざき
第二章 バース・オブ・キャプテン・ノーフューチャー
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月世界のガンマ③

 変な犬に変な人間と呼ばれて、普通とは何かという哲学的な命題について沈思黙考すること三秒。鋭敏にして明晰なる灰色の脳髄は、ひとつの結論に至った。

 バカって言う人がバカなんです。だから変って言う犬の方が変なんです。やーい変な犬ー。


 さておき。

 ムーンドッグの群れが隠れている岩山の洞窟まで、足の痛いオレと半分死にかけている犬はフラつきながら歩くわけだが、これが一向に進まない。

 三歩進んでは息を切らして立ち止まり、十歩進んでは足がもつれて転び、そんなザマだ。


「ぜえ、ぜぇ…なあ、提案が…あるんだ」


《はあ、はぁっ…なんだ、人間…》


「あのさ…重力等化装置を、使おう。ぜえ…さっきの連中の荷物から…持ってきたんだ」


《それは…何だ?》


「使ってる間だけ、体の重さを消す機械だ。オレも使うから、それなら楽に移動できる」


 得体のしれない機械なんて嫌だと渋る犬を黙らせて、腹にベルトを巻いてスイッチを入れてやる。

 すると呆れたことに、これは良いと大喜びだ。現金な犬だぜまったく。あとムーンドッグも嬉しいと尻尾を振るようだ。


 その後の進みは、これまでの苦労はなんだったのかと思うほどスムーズだった。

 ムーンドッグは思念波というテレパシーみたいな方法で会話するんだが、気合を入れて大声を出すと、オレが喰らった崩し技にも使えるそうだ。

 すげえ技だと思ったんだけど、特に「なんとか波」みたいな呼び名はないらしい。ちょっとだけ残念。


《人間だと、そのまま気絶する者も珍しくない。あんなにすぐ立て直してくるお前は、やっぱり変な人間だ》


「そういや、気になってたんだけど…お前、やけに人間に詳しいよな。なんでだ?」


《我らムーンドッグは、昔から人間とこうして殺し合ってきたわけではない。時には我らにとって友となる者もいた。月では手に入らない珍しい鉱物と交換したり、お前のような遭難者を助けたり…それで、色々な話を聞いた…》


 ワン公は昔を懐かしむような声で思い出を見上げた。まるで宇宙から見た地球みたいに青い目で、綺麗なのに悲しそうだった。

 これはダメだ。そう思った。

 そして、何がダメなのかはっきり自覚したのは、ムーンドッグが隠れている洞窟に到着した時だった。


《戦士よ、その人間は何者だ…?》


《首長、この人間はガンマと言う。鉄を分けてくれる人間だ、害はない》


 ムーンドッグの灰色の毛は、月では恐ろしく効果のあるカムフラージュになる。

 洞窟の入口に近付いたオレたちが首長と呼ばれた奴と問答をして、許可を得るまで門番がずっと伏せて監視していたんだが…オレをぐるりと囲んで四匹。

 数も場所も、やつらが立ち上がるまで少しも分からなかった。地の利があるとはいえ、敵に回すと絶望的に厄介だ。


 洞窟の中に案内されると、そこは…なんというか、動物保護団体の人が見たら憤死するか膝をついて泣き出しそうな光景だ。

 傷ついて立てなくなったやつ、死にかけてだらりと舌を出したやつ。一緒にいたワン公が話した以上にひでえ。

 これはダメだ。こんなのを見せられちまったら、もうダメだ。


「…メル、あのな…」


『うん…わかるよガンちゃん。助けてあげたい』


「ごめんな、また面倒事だ。とりあえず、鉄は全部出してくれ」


『謝らなくていいよ! 大事な時だから、ぜーんぶ使うの!』


 ムーンドッグは鉱物を食べるそうだから、メルにはドッグフードみたいに粒にした鉄を洞窟の岩棚の上にありったけ出してもらった。


『さあ、ぜーんぶあげる! お腹空いてるんでしょ? 食べて食べて!』


 あ。みんなドン引きしてる…って、お前まで引いてどうすんだよワン公!


《…いや、思っていたよりも…ずいぶん…いや、ものすごく多くて…お前、本当に魔術師じゃないのか?》


「何度でもいうが、オレはただの修理屋。相棒は…ちょっと特別だけどな」


《そうか…修理屋というのは大したものなのだな》


 うーむ。何か誤解している気がするけど、それより聞きたいことがある。


「なあ、お前らのケガって…薬とか何か特別なものを食うとか、治す方法はあるのか?」


《むう…十分な食料があれば、あとは傷口を舐める程度だ。その他の治し方を我は知らぬ》


「首長さんとか、誰か知らねえのか? たとえば、お前みたいに傷をダクトテープでふさぐとか、エーテルを流すとかさ」


《エーテル? それは何だ》


《マーナガルムのことだ、戦士よ。人間はエーテルと言うのだ》


《首長!?》


 ワン公は声のした方をハッと振り向いた。首長さんらしいが全員似たような灰毛で、正直なところ見分けつかねえ。


《ガンマ…殿と呼ばせていただこう。我らの窮状に手を差し伸べてくれたこと、礼を言わせてくれ》


《首長、そのような…! この者にそのような礼はいりませぬ!》


 おいィ? なんでお前が偉そうなんだよ。お前だけ発泡スチロール食わせるぞコラ。きっと歯にキュウキュウ挟まって嫌な音するぞ。


《戦士よ、よいのだ。老いぼれが頭一つ下げたところで、あの鉄の一粒分にも足りんであろうが…心からの感謝を》


「首長さん、頭上げてくれ。オレたちが好きでやったんだから、そんなことされると困っちまう。それより、マーナガルムってのはケガに効くのか?」


《ああ、我らの古い…とても古い言い伝えだ。月の神が我らを作り給うた時、いつか我らがマーナガルムを身に宿したなら、星々の間を駆ける事さえできるだろうとお告げになった…それを得ることが叶えば、いかなる傷も癒え、何者にも負けぬと。まあ、お伽噺よな》


「メル、どうする?」


『もう決めてるくせに!』


 鉄のドッグフードを夢中で食ってるムーンドッグたちは、灰毛の上からでもわかるほど痩せてて、見捨てるなんてできそうにない。

 そして、オレの中にある使い道のないエーテルが役に立つんなら、そうしない理由はひとつもない。全員まとめて健康体にしてやるぜ。トップブリーダーと呼べ!


「首長さん。オレがそのマーナガルムを持ってて、あんたにやると言ったら信じてくれるか?」


《は…ははは、何を言い出すかと思えば! ガンマ殿、それは冗談か?》


「冗談じゃなく、マジだ。オレはちょっと色々あって、そこらの魔術師よりずっと多いマーナガルムを身体に貯め込んでる。もっとも、自分じゃ魔法を使えないんだけどな」


 すう、と息を深く吸って丹田を意識する。腹の中に、血とは違うガソリンみたいなエネルギーが揺れている。これがオレのイメージするエーテルだ。

 息を吐き出すのと合わせて栓を緩めるようにエーテルを少しだけ出すと、ワン公と首長さんは全身の毛を逆立ててオレを見る。


《ガ、ガンマ…お前、なんだそれは!? 何者なんだ!?》


《お、落ち着け! が、が、ガンマ…殿、あなたは…月の神の化身か?》


 おまいらおちけつ。とりあえずワン公、都合よく大怪我してるお前で実験だ。動くなよー?


《ちょっ! なにをする気だ!? よ、寄るなガンマ! その手つきをやめろ! 俺に触るな! やめろ! なんか怖い!》


 怖くない怖くない。メル、やっておしまい。


『はーい、だいじょうぶだからねー。おとなしくしようねー?』


 銀のラインはロープか触手のようにワン公の身体を縛り上げる。自由を奪われて転がされたワン公は、動物病院で注射される座敷犬のようだ。

 なんか楽しくなって来ちゃうなこれ。いやいや、治療だ。まじめにやろう。


「心配すんな。いまさらお前をどうこうする気はねえ。さあ、戦士なら肝の太いとこ見せようかー?」


《ぐ…っ、やるなら一思いにやれ!》


 ワン公のくっ殺…あんま楽しくねえな。

 さてと。目を閉じて息を吸って、汲み上げ…吐いて、注ぐ。静かに、ゆっくりと。もう何度もやって、かなりスムーズにエーテルを手から注ぐことができるようになった。

 二度、三度と繰り返して、効果はどうかと目を開けて様子を見ると…ムーンドッグたちが俺を囲んで拝むように伏せている。


 唯一、実験台に縛り上げられたワン公だけが…上等なブラシで念入りに撫でられたみたいにトロトロになって、だらしなく伸びていた。


《こ、こんな…こんな心地よさに屈するなど…くふぅ…》


「ねえメルちゃん」


『これは…またやっちゃった?』


 またって何だよ。まるでオレがそこら中でやらかしてるみたいじゃねえか。だが…今回に限っては…やっちゃった系だ。


《ガンマ殿…いいえ、ガンマ様。我らは月の神の化身である御身に、忠誠を誓いまする…なにとぞ、なにとぞ我らをお救い下され…!》


 やべえ。これは…ある意味、鉄火場よりやべえ。

 そうだ、ワン公お前説明してやれ! あ? これで終わりか、口ほどにもない? どの口でカッコいいこと言ってんだトロトロになってただろお前。

 鼻息フンフンで尻尾バッタバタだったぞお前。殺せ? いやもうそれいいから。そういうのいいから。


 ほら、首長さんとか皆さんに説明しろ。オレが神の化身だって、えらい誤解してんだ。頼むよ。誤解を解いてやってくれ。


《皆、我の話を聞いてくれ! このガンマは我らの友であっても、月の神の化身ではない!》


 そうそう。いやあ助かった。


《ガンマは、修理屋という神だ!》


 うんうん。修理屋だ…あァ? だから神じゃねえっつってんだろ犬ゥ! ますます誤解されたじゃねえか…なにドヤ顔してんだこの馬鹿犬。ちょっとこっち来い。いいから来い。


 お前なあ、見ろ、みんな修理屋の神様って言ってんぞ。どうすんだこれ。すげえ腕の職人みたいじゃねえか。フツーの神様の方が、まだマシだよ。

 神様レベルの職人ってお前、やたら鮮明にイメージできる分だけ恥ずかしいわ!


「はぁ…で、ケガはどうなんだよ。治ったのか?」


《ああ、もうどこも痛くない。それどころか、ずっと食ってなかったのに腹も減っていない!》


「そりゃ良かった。でも、たぶん腹は今だけだろ。少しでも食っとけ」


 ワン公は上機嫌に鉄ドッグフードを食いに行った。ケガを治す実験は成功だな。じゃあ、全員バッチリ治してやろう。下宿で猫は腹いっぱい撫でたけど、犬は久しぶりだ。役得だな。


 死にそうな奴から優先して、エーテルを注ぎながら身体を撫でてやるとガンガン傷がふさがって目に光が戻っていく。それは見てて嬉しいんだが…宇宙服のグローブ越しに撫でてもオレはあんまり楽しくないのが問題だ。

 メルはもふもふと楽しそうなのに。いいなあ。


 負傷した犬をぜんぶ治して、飯を食いに行かせたらさすがに疲れた。リュックから水を出し、メルにはクラッカーを渡して休んでいると、座敷犬みたいに小くて痩せっぽちのムーンドッグがヨチヨチやってきた。


《かみさま、おなかいっぱい食べられました。ありがとうございます》


《かみさまー》


 う。ダメだ。こういうチワワ的な弱い生き物に見られるとオレはダメだ。やめろ、そのまん丸の目で無邪気にオレを見るのはやめろ。

 集まってくるな…! 神様って言うのもやめろ…っ! オレは子猫とか子犬は苦手なんだ! 可愛すぎて、赤ちゃん言葉で話しちまうから苦手なんだッ!

 

『ぶっ! ガンちゃん、子犬に赤ちゃん言葉なんだ? あ、あはははははは!』


「笑うなメル! これは男にとって重大な問題なんだ!」


『かわいいから? それとも、赤ちゃん言葉だから?』


「…言葉の方」


『ガンちゃんもかわいい♡』


 だってハードボイルドヒーローはそんなことしねえもん。考えてもみろよ。ボギーが子猫抱いて、ちゅっちゅ言ってたら台無しだろ?

 新宿鮫が子犬に顔舐められて「んー? ワンちゃんごはんでちゅかー?」とか鼻にかかった声出してたらドン引くだろ?


 そういうのはな、女子供がやればいいんだ。男は背中で語れば十分なの! だからお前ら、あっち…くっ、かわいい…!

 もういい、お前らまとめて撫でまわしてやる! そうれフサフサになるがいい!


マーナガルムはみんなだいすき北欧神話から引用しています。

月の犬という意味だそうで、これ幸いと使った次第。


***ここから引用のご紹介***

クァール…A・E・ヴァン・ヴォークト氏「宇宙船ビーグル号の冒険」より

重力等化装置…エドモンド・ハミルトン氏「キャプテン・フューチャー」より

ムーンドッグ…同上


素晴らしい作品に敬意をこめて。

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