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キャプテン・ノーフューチャー! 工具精霊とDIYで星の海へ!  作者: やまざき
第一章 修理屋のガンマ
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殴り込みに行こう①

 気が付くと、ひとりで暗い場所にいた。

 自分の指先さえ見えず、空を見上げても星ひとつない。上下の区別もつかない。

 目を開けていても、閉じていても変わらない。


 けれど、誰かが遠く深いところから呼ぶ声が聞こえる。


 私の娘よ、目覚めなさい。

 遠く高く旅をして、遥かな果てを見てきておくれ。

 愛しい娘よ、私のかわいい娘たちよ、遥かな果てを見てきておくれ。


 お母様


 なにも見えない。けれど、それが母親の声だと分かった。

 とうに亡くなったはずの母の声。記憶の中にあるそれとは、似ても似つかないのに。

 

 そもそも、お母様なんて呼び方…原チャリ欲しさに小銭を貯めて、購入を許してくれと土下座した時くらいしか呼んだことないぞ。

 普段は…かあさんだ。ずっとそんな言葉を口にしてなかったなあ。


 もしかしたら、これはメルの母親もしれない。

 つながってるんだから、そういうことだってあるんだろう。


 遠く高く旅をして、か……やさしい声の人なんだな。

 旅か……レストアした原チャリで、初めてツーリングに行ったのは留萌の方だったか。

 この道が続く限り、どこまでだって行けるって思ったなあ。

 まあ、台風にやられて真夜中にテントは飛ぶわ、ずぶ濡れで逃げ込んだトンネルで滑ってコケるわで酷い目にあったんだけど。


 あれはあれで楽しかった。

 そうだ。旅は楽しい。遠いほど楽しい。

 マオーイなんて近所じゃなく、もっと遠くにメルを連れて行きたい。

 この世界の道を、端から端まで。


 むう。そりゃそうと、なんだかムズムズする。

 くすぐったくて、背中から腰までざわざわするぞ。

 なんだこりゃ。やる気になってるとか、そういうのと違う。

 もっと、こう…変な気持ちにさせるようなモジモジ感。

 

 待って。ちょっと待って。そんなことしないで。ホントやめて。

 それ以上されたら、変な声出ちゃうから。

 ていうか誰!? なんか息荒くない!? 触り方エッチ臭くない!?

 マジでダメだって! そんなの絶対ダメ! 

 ヤメレっつってんだろゴルァ!!


「―—だろゴルゥア!?」


「きゃあ!?」


 きゃあ? そんな可愛らしく黄色い声出すようなの、ウチにいたかー?

 メル…じゃないよな。ババア…でもないよな。絶対。

 まだ見ぬスイートハート…だったらウェルカムだな。


「お湯持ってきたよー。あ、ガンちゃん起きたの?」


「惜しいところですが、起きましたねー」


 あー、メルか。ええ!? メルきゃあ言ったの? きゃあってお前、いつからそんな!?

 あれ? メルじゃない、他の誰かもいる?

 どうもボーっとして、頭がすっきりしないな。かなり寝てたんじゃないのか?

 目も焦点が合わなくて、よく見えない。


「おはようございます、ガンマ様。お水いかがですか?」


 顔の前にコップらしいものが出てきたので、掴んで口を付けた。水だ。うまい。

 一口飲んで、喉の渇きを思い出した。立て続けに三杯飲み干してやっと落ち着く。

 水を出してくれたのは、ケイ=ララだ。 


「大丈夫だったのか? なんともないのか?」


「はい、おかげさまで。ご心配をおかけしました」


 そっか。魔法すげえな。オレはもう、ケイ=ララは杖ついて歩くんじゃないのかと思ってたわ。


「ガンマ様のお力添えがあったから、ですわ。この御恩は必ずお返しいたします」


 気にすんな、と返そうとしたが、ケイ=ララはするりとオレの耳元に顔を寄せて大変なことを囁いた。


「では、下でお待ちのジヌ=メーア様に、お知らせしてまいりますわね」


 言葉の意味を理解する前に、彼女は流し目をくれながら部屋を出て行った。

 …いや、そんな、なんでもして差し上げますわよ? って。いやあ、どうしたもんか。


「ふーん。ガンマさん、ずいぶん嬉しそうですねー?」


 耳がちぎれそうに引っ張られて、完全に目が覚めた。

 不穏な笑みを張り付けたローラと、その肩にメルがいる。


「あれはエッチぃこと考えてた顔だよ。あたしわかる」


「顔に書いてありますもんね。ひと目で分かります。よかったですねー? ララは胸も大きいですし、期待しちゃいますよ、ねぇぇ?」


 凄みさえ感じる笑みを深めながら、ギリギリと耳を引っ張る力をこめるローラさん。

 あの、本当に痛いんです。耳がミチミチ言ってるんです許してください。

 これアレだよ。重ねたトランプをつまんで引きちぎる系のピンチ力だよ!

 魔術師じゃなく喧嘩師…ッ!


「まったく…! 二日も寝てたくせに、そういうのばっかり回復早くないですか!?」


 え? 誰が二日も寝てたんだ? オレ?


「ガンマさんですよ! ララの治癒が済んで、私も安心しちゃって、少し倒れちゃいましたけど…すごく心配したんですからね!?」

 

 そっか。あの後、水浴びもしないで寝ちまったのか…でも、三日も身体洗ってない割には気持ち悪くないぞ。てか、オレなんでパンイチ?


「それは、その…私たちが…」


「うん。ほら、洗面器にお湯入れて、ガンちゃん拭いてあげてたの」


 それは手間をかけちまったなあ。看病してくれてたのか。放っといてもいいだろうに、頭が下がる思いだ。


「いえ、当然の事ですから…」


「ローラちゃん、いっしょうけんめいだったよ。ララちゃんに教えてもらって、すっごく丁寧に拭いてた! あたしもがんばったよ!」


 女の子に献身的な看病を受ける…そんな素敵なイベントが、このオレにあろうとは…!

 生きててよかった。ヘブンのママ、ボクいま幸せです!


「拭いてあげるとね、ガンちゃん寝てるのにぴくん、ぴくんって、かわいいの!」


 んん? 


「ローラちゃんがずっと拭いてたから、あたしあんまり拭いてあげられなかったけど…どしたの二人とも?」


 ローラさん? あなた寝てるオレに何をいたしたの?

 献身的な看病ではなく、偏執的な痴女行為にさらされていたの?

 ずっと? ママン! ボク汚されちゃった!


「その、反応がかわいくて…つい」


 反応。

 反応ってなんだ。オレが反応? ぴくんぴくんと?


「ただいま戻りましたわ…あら、女官長? あらあら。バレちゃったんですの?」


 まってララさん。さらっと軽やかにバレたとか言わないで。これ大事だから!


「軽く撫でただけで、あとは何もしてませんわよ? 前戯にも物足りないですわね。未経験のお二人には、ちょっぴり刺激が強かったかもしれませんが」


 どどどどど童貞ちゃうわ!

 

「その態度が証拠ですわね。さあ、お目覚めになったのですから、お食事を召し上がってくださいな。食堂でジヌ=メーア様もお待ちですわ」


「まだ納得いかんが、メシは食いたい。でもララ、そのジヌってのは誰だ?」


「ジヌ=メーア様は、こちらの大家さんですわよ? ご存知なのでは?」


 まったくご存知ありません。ババア、そんな名前だったのか。メルは知ってたのか?


「ううん、あたしも昨日はじめて聞いたの。ローラちゃんたちみたいなお名前だよね」


「お役目を離れた女官長は、ヌからジヌという称になるんですの。先代の女官長は、今代の後見役を務めておりますので、まだヌのままですわね」


「はー。だからヌ=バローラで、ジヌ=メーア、と。じゃあ、ケイってのは?」


「ケイは護衛役の称ですわ。神殿に属するもの以外でも、実力と適性を認められれば与えられる称ですわね」


 なるほど。ララは元々、神殿に所属していたワケじゃないみたいだ。傭兵上がりか?


「質問攻めは嫌われますわよ? さあさ、お待たせしているんですから、お早くなさってくださいなガンマ様。どうしても私についてお知りになりたいなら、ベッドで聞いてくださいます?」


 ベッドなんて上等なモン、ここにゃねえよ。あったら大泥棒ばりのダイブを見せてやるんだがな。

 ちぇ、あら残念とか、心にもない事言ってんじゃねえよまったく。

 ともかく腹ペコだ。二日も食ってないって聞いたら、余計に腹が減った。


 まだ本調子が出なくて、多少フラつきながら階段を降りて、ババアの部屋に向かう。

 それにしても、ここでババアの名前を知ることになろうとは。ジヌ=メーア。メーア婆さんといったところか。


「来たにゃ、ねぼすけ。小娘どもにちやほやされて、いいご身分だにゃ」


 チヤホヤの内容が非常に不本意なんだけどな。意識のない人間にしちゃダメだろうに。

 いや、意識あっても困るけど。


「まあ、とにかく食えにゃ。話はそれからにゃ」


 そいつは全く同意。ちゃぶ台の上に並んでいる料理の、実に旨そうな匂いにヨダレが垂れそうだったんだ。

 白飯、味噌汁、玉子焼きに煮魚と野菜炒め。パンとかパスタ系の物しか食えない世界じゃなくて、本当に良かった。

 少なくとも今まで、食い物で物足りない思いをせずに済んでいる。ツーリングでも白飯炊いて食ってたからな。やっぱ日本人は米だよ。


 味わいながらもガツガツ食って、腹がきつくなった。二日食ってないから、もっと入ると思ったのにな。人間、寝だめ食いだめはできないらしい。


 ご馳走様でした、と手を合わせて食事を終え、熱い茶を啜って人心地ついた。

 それじゃあ、聞かせてもらおうか。


「そうだにゃあ…どこから話したもんか」


 ババアが鼻眼鏡をついと上げ、ローラに視線を投げる。


「そうですね。私からご説明します…まずは、私たちの命をお救い頂きましたことに、深く感謝いたします」


 ローラとララが揃って深々と頭を下げるから、オレは慌てて止めろと言おうとしたがババアに睨まれた。


「ガンマ、小娘どもも立場があるにゃ。大人しく受けろ」


「はい。私どもはエゲリア神殿の神官です。ガンマ様と親しくさせて頂いておりましても、お役目に従うものでございます。なにとぞ、ご承知おきくださいますようお願い申し上げます」


 頭を下げたままローラは言葉を続ける。ララもそれに従って、同じ姿勢のままだ。


「この度の一件ですが、賊は…金星の…恐らくは、同じエゲリア神殿の不心得者に雇われたものと思われます」


「続けてくれ」


 どういうことだ? 金星の神殿はメルを保護する目的でローラたちを送り込んだはずだろうに、どうして仲間のこいつらを殺そうとする?


「恥ずかしながら、エゲリア神殿も一枚岩ではないという事です。【いつか星になる精霊】を守り育て、遠い未来につなごうと考える私たちと、遠い未来よりも現在を重く考える者たちがいるのです」


「今回の賊ってのは、もう片方が仕向けた、と考えてるわけか。根拠は?」


「はい。メル様のご生誕を知るものが、神殿でも高位神官のごく一部にしか知られていないためです」


 重要度の高い情報は、必要な人間にしか知らせない。ニード・トゥ・ノウの原則は異世界にもあるんだな。

 情報漏洩が確認されたなら、その情報にアクセスできる人間から漏れたと考えるのが妥当だ。推理のスジは通っている。通っているが、状況証拠でしかない。


「話の筋は通っていると思う。だけど、証拠はあるのか?」


「証しはございません。ですが、当てはございます」


「まあ、そこからが話の本題にゃ。そろそろいいにゃ。話し難いから顔を上げるにゃ」


 ここから本番ってか。ここまででも相当だぞ? 話っぷりから、かなりでかいスキャンダルじゃねえか。

 宗教ってのはメンツとか体面がキモなんだから、そこに傷がつくような話は絶対表に出したがらないだろ。

 映画で見たことあるぞ。対立する派閥の重鎮を異端者とか背教者に仕立てて謀殺するとか、もっと直接的に暗殺者を送るとか。

 やたらリアルで、やっぱ宗教こわいよなーって思ったもんだ。


 それこそ、こんな世界なら暗殺だって…暗殺…そういうことかよ!


「ガンマ、珍しく話が早いにゃあ。小娘どもは暗殺されかかった、ということにゃ。海賊くずれを雇う程度だから、さほど重要視されていにゃいか、あるいは…」


「海賊は小手調べ、控えに本命の暗殺者がまだいるかもしれない…と」


「一昨日の賊は残らず始末したんにゃが、ここの場所は向こうに割れていると考えるにゃ。遠からず、また襲われるのは織り込んで考えるにゃ?」


 ババアの言う通りだ。こういう時に希望的観測はしちゃいけない。最悪を想定しても、現実が上回ることだって十分ある。


 守りを固めるにしても、終わりが見えない防衛というのは現実的じゃあない。いつ来るかわからない敵を警戒し続けるコストもストレスも、無視できないからだ。

 だけど、守る以外にオレたちは何ができる?


「ババア…なんとなく、言いたいことが分ってきたんだけどよ…」


「ほう。ちょっと見直してきたぞ? 言ってみるにゃ」


「海賊くずれ、って言ったよな。海賊ってのはよ、宇宙海賊なんだろ?」


「そうにゃ」


「それなら…宇宙船、あるんだよな」


「そうにゃ」


「それって、どこにある?」


「すぐ近所に着陸船が隠してあったにゃ。本船は軌道上にゃ」


「動かせるのか?」


「多少の手直しで飛ばせるらしいにゃ」


「じゃあ、いつ襲われるのかビクビクして待つよりよぉ…こっちから殴り込むのがいいと思わねえか…?」


 すでに攻められているから、先手必勝ってわけじゃない。シド星の住人的には逆侵攻というヤツだ。

 殴り合いも殺し合いも心底したくないが、攻撃は最大の防御。武威を示さなければ抑止力にならない。

 そして、抑止力を持たなければ、オレとメルの平和で愉快な日常が、理不尽な暴力で塗り潰される。

 そんなの、我慢できるはずがない。


「今日は本当に冴えてるにゃあ。満点にゃ」


 出来の悪い子が、珍しく正解にたどり着けたとばかりに満足げなババア。

 クソ。まんまと乗せられた気がするぜ。

 だけど、ハナから選択肢がねえんだ。


「やりたいワケじゃねえよ。本当は嫌だし怖くてたまらねえんだからな?」


「それでいいにゃ。今回だけは手伝ってやるから、小娘どもも覚悟を決めるにゃ?」


 ババアの金目がギラリと光って、二股尻尾が上機嫌にうねる。

 メーアおばあちゃんって、ご趣味が海賊狩りでしたっけね。絶対楽しんでますよね。

 それを思い出して、オレは早々に決断を後悔した。

 マンマミーア(おかあちゃん)

ここまでお話の展開がダレ気味でしたけど、加速していきますよー。

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