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キャプテン・ノーフューチャー! 工具精霊とDIYで星の海へ!  作者: やまざき
第一章 修理屋のガンマ
12/51

槍使いのガンマ③

「――——!」


「――—ゃん!」


 なんだよ、眠いんだから耳元で騒ぐんじゃねえよ。


「ガンちゃん! 起きてったら!」


 この二日酔いに響く高音…あー…メル、か?


「もう、なに言ってるの? お酒なんか飲んでなかったじゃない」


 そうだっけ? あ、そうか。寝る前にメルと脳内会話を試して、それでクラクラして寝ちまったのか。それで、今は何時だ?


「だからもう朝だって、何回も言ってるよ!!」


 朝…朝!? 遅刻、という単語が眠気を吹き飛ばしてオレは跳ね起きた。額の上に座っていたらしいメルが、ひゃあと悲鳴を上げて布団に転げ落ちる。


 何時だ!? と、時計! 寝る前はいつも忘れずに、枕元に親方から借りてる懐中時計のネジ巻いて置いてるハズだ。


 昨日も布団に寝転がる前に…って、なんだよ。まだ六時前じゃねえか…


「朝の修行、するんでしょ?」


「んー。だからあれは体操で…修行ってのはだな…あ」


 だんだん頭が動いてきたぞ。そうだ、昨日の朝までは体操だった。でも、師匠の理合いを思い出したんだ。そうだった! 今日からは修行だ!


「しゃ! 顔洗って、早速始めようか!」


 そこまで練習熱心だったというわけじゃない。けれど、槍は師匠に授けていただいた、オレの大事な宝物だ。


 昨日思い出すまで、どうしてこんな体操を毎朝やりたくなるのか自分でも分からなかったけど、今は分かる。

 あの人の生き方がカッコ良くて、憧れたからだ。師匠と同じ武術を教われば、ちょっとは近づけるんじゃないか。鍛えて強くなれば、何か変わるんじゃないのかと期待して始めたんだ。


 下宿の庭に出て、準備体操で身体をほぐしながら手ごろな棒がないか、ざっと眺めてみたが何もない。洗濯ものを干すのは竿じゃなくロープだし、ホウキの柄じゃ短すぎる。


 最低でも二メートルくらいは欲しいところだ。元の世界で使っていた練習用の木槍が欲しいなあ。材木削って作ろうか? でも建材用の木は柔らかすぎて、振り回したら折れる。

 木目が詰まって硬い、樫とかクルミやビワの材があれば最高なんだが…


「もう、ガンちゃんまだ寝ぼけてるの!? あたしがいるでしょ! あーたーし!」


「メルが? あ、そっか、すまん。メルが武器になってくれるんだった」


 右手の中でどうやってるのか分らんが、寝巻きのキャミから無地のTシャツに着替えていたメルが腕を組んでふくれっ面だ。


 メルが武器になって、オレが使うという戦い方。ババアの示してくれた方法を試して、使えるようにならなきゃいけない。


「じゃあ、メル。槍になってみてくれよ」


「うん! で、ヤリってなあに?」


 …スズメみたいな小鳥が飛んでる。今日も良い天気だなあ。


 …そっか。メルちゃん、槍しらないか。そうだよな、生後半年だもんな。武器なんか見たことないよなあ。


 …そっか。そっからかぁ。

 

 師匠から教わった槍は、穂先まで含めて二メートル半のまっすぐな「素槍」と呼ばれる種類のものだ。

 穂先は断面が潰れたひし形の両刃で、刃渡りは二十センチほど。全体の形状はごく単純で、槍と聞いてみんなが考える「長い棒の先に両刃の穂先がついている」というイメージそのままの姿になっている。


 オレも人並みに、いや人並み以上にゲーム好きだったから最初の頃は「低レベル冒険者の武器じゃねえか」なんて思って師匠に文句言ったらボコボコにされたもんだ。


 庭の地面に小石で絵を描いてメルに槍というものを説明すると、ふんふん頷きながらメルは右手の中にひっこんで『こうかな?』とそれっぽい形になる。


「どれどれ…見た感じ良さそうだ。ちょっと振ってみるぞ?」


『いいよー』


 右手は槍の尻にある石突のあたりに、左手は柄の中ほどを掴んで構えてみると、中々悪くない。

 磨いた鉄棒をクロームメッキしたような柄の手触りを確かめてから、左手をスライドさせて二度、三度と突きを繰り出してみる。

 おお、バランスも重さも悪くない。なかなか良いじゃないか。


『んぅ…っく』


 久しぶりに触る槍の感触。振って、払って、突く。もう一度、振って、払って、突く。基本動作こそ丁寧に。

 これまで身体に染みついていた動作を自然と繰り返していたが、師匠から頂いた教えを思い出すと動作に意味が見出せる。


『やっ…うんっ、あぅん!』


 心を静かに、足捌きも雑にしない。力まず、丁寧に、正確に、止まらず、流れるように。

 突いて、振って、突いて。払って、突いて、振って。仮想の相手を正面にとらえて、突く!


『んぁ、やあん!』


 ゆっくりと、正しい動きを意識して槍を振っていたら突然に槍が融けて、メルが真っ赤な顔して飛び出してきた。


「もう! まじめにやって!!」


「…はい?」


「くすぐった!」


 ぷんぷん顔のメルをまじまじと眺めて、はたと気付いた。あー、これそういうことなの?


 つまり、メルに槍になってもらうと、それはオレたちが分かれて行動するときに伸ばす銀のラインと同じように、メルの身体が槍の柄になり穂先になるわけだ。

 ラインは肌と同じように、かなり敏感な感覚があるんだとか。


 ということは、槍をしごく動作はメルの身体を撫でまわす、セクハラまがい…いや、どうも痴漢行為そのものみたい。

 これどうしたらいいの?


「振ったりするのは大丈夫だけど…あの、しゅっしゅってするのは…ダメ」


 そんなこと言われても、槍って左手を柄の上でスライドさせる動作が必須だぞ。

 さっきはゆっくり動いたけど、試合形式の稽古だと激しく動く。

 それに、だ。気のせいか何かと思って流しちゃったけど、メルの声! あんな…あんなの聞きながら戦えるはずねえよ! わかっちゃったら、意識しちまうだろ!


 くそう、メルのくせに。あんな鼻にかかった甘い声出しやがって。


「そ、そんな声出してないもん! 思い出しちゃダメーっ!」


 思わず左手を見て、その時の感触を…いやフツーに金属だったよな。なんだよオレいっこも楽しくねえのに痴漢扱いだよ。解せぬ。


 考えてみれば工具になってもらったときは、そういう動きなんてしないもんな。

 仕事で使う工具は基本的に固定する(掴む)、ねじる(回す)という動作がほとんどだ。

 親方がいない時にハンドドリルやグラインダーみたいな回転工具になってもらう事もあるが、それだって槍みたいな扱い方じゃない。


 困ったぞ。メルを武器にして戦う、という方針がいきなり暗礁に乗り上げちまった。

 方針自体に間違いはないはずだ。けれど、この問題をクリアしなければ先に進めない。


「メル、これは話し合う必要があると思うんだ」


「もう…ちゃんと真面目にやってくれないと、怒るからね!?」


 ううむ。なにか噛み合っていない気がする。


 ともかく、今のままだとメルを武器に戦うってプランは現実的じゃあない。相手ならいざ知らず、一方的にオレの戦意だけ削る武器とか、どんな呪いのアイテムなんだ。


 今朝の修行…鍛錬はもう止めだ。仕事に行くまでの時間を使って、何か考えなきゃな。


 下宿に戻って水浴びして、適当に朝飯をかきこんで弁当箱に…う。弁当箱、昨日へこませたままだ。

 仕方ない、今日の昼飯は定食屋に行くか…へこんだ部分は板金の要領で叩けば直せるかなあ。


「んじゃ行ってきまーす」


「行ってきまーす!」


 いつもの自転車は作業場に置いてきてしまったので、今朝はトライクの〈銀の弾丸〉号で出勤する。


 これで毎日通勤できれば朝からご機嫌だが、見習いの悲しさ、オレが貰える給料は百円玉みたいな銀貨が二十枚という安さ。

 元の世界だと銀の地金は一グラムで七十円くらいだったか。銀貨は持った感じ十グラムくらいだから、おおよそ月給一万七千円ってとこか。


 ちなみに銅貨十枚で銀貨一枚。そして銀貨百枚で金貨になる。もちろん、そんなのお目にかかったことはない。


 作業場に向かう道をチンタラ走りながら、昨日のツーリングで使った燃料を考える。

 〈銀の弾丸〉号の燃費は非常に、ひじょぉぉーに悪い。具体的には、リッターあたり十キロちょっとだ。


 それに対して燃料は、なんか混ぜてんのかと思うほど質が悪いくせに、十リッターで銀貨四枚と銅貨五枚もしやがる。月に二回給油しただけで給料の半分が飛ぶぞ!?


 オレ的にガソリンは必需品なのに…ぜいたく品だ。ツーリングは月に一度のお楽しみ程度に抑えないと、貯金できねえぞ。


「あー金ほしーなぁ」


 いかん、思わず口に出ちまった。こういう経済的な愚痴は教育に悪い。うちは貧乏なのか…と子供が考えると自主性が萎縮して消極的な子になるんだとか。

 メルがそんな子になったら悲しいぞ。


 つい、そんなことを考えたが…さっきメルに痴漢行為まがいのお触りをしちゃったのかオレ。

 うーん…相棒とか言ってるくせに、どっかでメルを子供みたいに思ってんだ。それはそれでいいのか? オレの一部でありつつ、別の個性を持った異性(だよな?)との接し方って、誰か教えてくれねえかなあ。


「ガンちゃんお金ないの?」


 うあ、聞かれてた。ここは何でもないことのように言わねえと。


「そりゃあ、金なんかいくらあっても困らねえからなー。みんな欲しいって言うさ」


「ふうん…みんな欲しいものなの?」


「ああ。メルはサクランボ好きだろ? 八百屋で売ってるけど、金出して買わなきゃあれだって食えないよ」


「さくらんぼ大好き! でも、そっか。お金って大事なんだね…へそくり、大事にしようっと」


「へそくりぃ?」


 メルがへそくり…? こいつに給料の管理を任せたことないぞ。そういうことをやりそうなのは…ああババアか。小遣いって言えよ、まったく。


「ババアから貰ったのか?」


「うん。昨日ガンちゃんが着替えてるときに、これで美味しいもの食べなさいって」


 特等席からこっちに戻ったメルは仕事着のタンクトップをめくって腹を出すと、手を突っ込んでコインを出す。


「ちょおま!? それ、金貨か!? てか、どうやって出した!?」


 それが金色なのもビックリだけど、猫型ロボッツが例のポケットから出したみたい見えましたよメルさん!? 


「金貨っていうの? どうしても欲しいものにしか使っちゃダメだし、まずはガンちゃんにお願いすることって大家さん言ってたよ」


 あー、まあ、オレの給料五か月分をサラっと持ってるの知ってたら、絶対にメルの財布をアテにした金の使い方するわ。


 そんで、いつか経済的な知識を身につけたメルに軽蔑されるんだぜ。ガンちゃんお金にだらしない、なんて。

 そういう意味では、このタイミングで聞けて良かった…と思うことにしよう。


 だが、問わねばならん。


「ちなみに、その金貨…へそくりって、それだけか?」


「あと三枚あるよ?」


 金貨四枚! 日本円で二十八万円! ガソリン八百リッター!! こういう時だけ働く脳内電卓が電光石火の計算能力を発揮する。

 子供にやる小遣いってレベルじゃねえぞ!?


「あのババア、金銭感覚おかしいんじゃねえの!? どこでそんな?」


「むかし、かいぞく? って人たちから貰ったんだって。いっぱいあるからって」


 あー…そういやローラ言ってたわ…趣味が海賊狩りだとか。その気になりゃあんなボロい下宿屋なんてやらなくても、豪邸に住めるんじゃねえのか?


 元の世界でも、ボロい家にわざわざ住んでる大金持ちってのはいるらしいけど…やっぱババア、メルに甘いわ。


「はぁ…ちゃんとお礼言ったのか?」


「うん! 大事に使うよ!」


「そうだな。どうしても欲しいものにだけ使えよ? あと、オレが金に困ったとか言っても、それは出さないでくれ」


「どうして?」


「男の意地」


 武士は死んでも高楊枝。ハードボイルドヒーローは女に借りを作らんのだ。マティーニを恵んでもらうボンドなんか見たくない。

 けっこう本気で頼んだのに、メルはご機嫌斜め顔。ぶーとか言わんでくれよ。


「だって、大家さんが言ってたのとおんなじなんだもん。大家さんの方がガンちゃんのこと知ってるみたいで、なんかやだ」


「ババアが?」


「うん。ガンちゃんが【男の意地】って言ったら、なに言ってもムダだって」


 あらー…見透かされてんなあオレ。周囲のご理解がいただけて大変有難くもあり、困ったもんでもあり、だ。


 さて、ゆっくり走ったけど作業場に着いちまった。もう一つメルに聞きたいことがあるけど、それは帰りにしよう。


 親方が出てくるより三十分前に作業場のカギを開けて、その日の作業スケジュールを確認して道具や資材の段取りを整えるのも見習いの仕事だ。

 段取り七割、とは世の東西を問わず仕事の真理。スムーズな作業は準備があってこそ。新人ってやつはここが分かってないもんだ。


 〈銀の弾丸〉号を停めて、仕事場のカギを開ける。いつもの要領でシャッターを上げると、薄暗かった作業場に光が差して装甲機関車の偉容が目に入った。


 いやあ、でかいな。一日あけて改めて見ると、ため息が出る大きさだ。予定では午後イチでカムイ運輸の社長が引き取りに来るんだ。

 

 昨日の進捗に問題なければ、午前中は最終チェックして午後に引き渡し、今日はそれで終わり。

 新しい修理車両の入庫は明日だから、今日は道具の手入れと消耗品の在庫確認、あとは掃除でもしようか。


 作業場のすみには、書類仕事をしたり弁当食ったりするスペースがある。そこには工程管理の黒板があって、親方一人の時はあんまり使わない。


 だけど、冬前と春先の繁忙期なんかは臨時の職人を頼んだりするから、無いと困る。

 親方はオレが情報共有の大切さを何度も説いても、面倒くさがって書きやがらねえ。

 それでヘルプ頼んだ時に余計なトラブルが起きて、オレが走り回るハメになったんだ。


 職人ってのは偏見入ってるけど、腕がいい人ほど変人率が高い。高慢だったり頑固だったり、ギャンブル狂いだったり変態だったり。

 自分の腕一本で生きてる、この仕事は俺にしかできねえって自負がそうさせてんのかもなぁ。


 そういう強烈な自負って、男として、ちょっとカッコいいと思わなくもない。

 だけど、そのせいでクソくだらねえ理由でケンカすんな。

 意地っ張りの職人同士がケンカしたら、もうすげえんだ…ガキのがマシじゃねえのかと。


 オレがこの作業場に入ってから大小何度もトラブって、いい加減頭にきてヒゲハゲ軍団から手を回して説得(物理)してもらった結果、この黒板がようやく本来の目的で活用されるに至ったわけだ。


 血を見るようなケンカがなくなったのは、立派な成果だと思う。うん。親方も職人どももわかってくれないけど。


 工程管理の黒板を見ると、カムイ運輸の装甲機関車は予定通り作業工程を終えている。さすが親方だ。酔っぱらってても仕事きっちり。

 素面で仕事してくれたら、もっと尊敬してもいいのに。

 

 あと…ここで泥酔して寝ゲロ吐かないでくれたら、本当に嬉しいんだけどなあ。

 すげえ臭せえよぅ。


「親方、親方! 朝だぜ! …チッ…起きやがれハゲてめえコラァ!!」


「ゴプっ…うー…」


「もうやだこのゲロヒゲ…起きろってんだよ! もっぺん寝たらケツに酒瓶突っ込んでトーチで火ィつけんぞオラァ!」


「おー…ガンマかぁ…? 尻ィ? おー…朝か…? 臭せえ…水ぅ…」


「オレだよ親方。そんで朝で、臭えのはアンタの寝ゲロだ。水は飲むかブッかけられるのか、どっちがいい?」


「飲むぅ…」


 この修理屋が朝イチの引き渡しをしない本当の理由。これ。


 もっと早く納品できたら、仕事の回転上がって利益増えるんじゃねえのか? そこまで儲かってないわけじゃないけど、親方の深酒は健康にも経営にも悪影響だ。


 ていうかマジで臭せえ。仕事始める前に、このゲロハゲどけて掃除しねえとカムイ運輸の社長がキレる。

 装甲機関車で大グマ轢き殺すお人だ。きっとキレたらゲラゲラ笑って殴る、いわゆるヒャッハー系ジジイだぞ絶対。


「ほら、水。今日は午後イチでカムイの社長来るんだから、そんなナリしてたら殴られるぜ。あの社長キレたら笑って人殴るクチだ」


「あ゛ー…カムイの社長なー…社長…社長!?」


「そうだよ、ほら起きてゲロヒゲ何とかしろって! ここはオレが始末するから!」


「いや、ガンマ…」


「砂箱ってどこでしたかね? あとバケツと雑巾…」


『ガンちゃーん、うしろ、うしろ!』


 メルが慌てた声で、往年のコントみたいなことを言う。

 知ってるぞ。ああ、知ってる。よーく知ってるぞ、そういう展開。

 メル、みなまで言うな。親方の赤ら顔が、真っ白になってるから。


「社長な…飛び込みの仕事で使うからって…朝イチで引き取るって…」


 そういうことかあ。うん、わかったよ親方。でもね? どうしてそれ黒板に書かないかな? どうしてそういう日に寝ゲロかな?


「よーう。朝っぱらから愉快にやってんじゃねえか…ブッ弛んでんじゃねえぞゴルァ!!」


「「スンマセンシタぁ!」」


 反射的に気ヲ付ケの姿勢になる怒鳴り声って、あるんだ。親方もビールっ腹をぶるんと震わせて直立不動の姿勢。


 恐る恐る首だけで後ろを振り向くと、ビキビキに血管浮いた額に口の端だけでニヤっと薄笑み浮かべたカムイの社長…いや、ありゃ鬼だ。赤鬼がいた。


「ハインツぅ…俺がこの時間に来るって、昨日ウチの小僧から聞いてるよなァ?」


「へいっ! 伺っておりやす! しかとこの耳でッ!」


「そうかい、そいつぁ良かった。小僧が伝えてなかったら、俺が悪いもんなァ?」


「へいっ! 昨日しっかり修理させてもらいやした!」


「そうかい、そいつぁ手間かけたなァ。…それで飲みに行くヒマもなかった。そういうワケかァ?」


 すっげえ怖い。もう、空気が怖い。社長が言ってることは何でもないはずなのに、威圧感がハンパねえ。こっちに飛び火しませんように…!


「ガンマぁ」


「はいィ!」


 キタあああああ! いやあああああ!


「俺ァよ、ハインツとちっとばかり『お話し』してくるからよ。そこ片して茶ァ頼むわ」


「よ、ヨロコンデー!」


「なんだよそりゃ…まァいい、頼んだわ」


 助かった…切り抜けられたか?


「あーそれとな、陰口ってのは周りみてから叩け。いいな…?」


 聞かれてたああああ! 


「アザス! ご指導ッ! 肝に銘じますッ!」


 社長はケッと鼻で笑って、親方をアゴでついて来いと命令すると作業場の裏へ回っていった。そして親方は斜めに傾いて、死刑囚みたいにヨロヨロとついていく。


 ゲロを片付けて、お茶の支度してると裏から、とても聞いちゃいけない音がした気がする。マンガの書き文字にしたらドゴォとか、そういう人間は出さないし出ちゃダメなやつ。

 こりゃ、今日は使いモンにならんな親方。


 そのあと社長は普段通りの朗らかな顔で戻ってきて、茶を飲んで、装甲機関車の状態を丁寧にチェックしながらエーテル炉を起こす。

 機関車はクルマよりずっと重いものでも運べるパワーがあるが、ボイラーに蒸気が貯まるまで動かせないという欠点も抱えている。


 エーテル炉を操作できないオレは手伝えないが、車両のチェックには同行して、どこをどう修理したのか、今後どういうメンテが必要なのかを説明した。

 近いうちに補機の分解清掃もした方が良いので、それも付け加える。


「おう、お前もなかなか見てんな。俺も補機は気になってた。エナーシャの動きも渋くなってるしな…」


「内燃機は多少いじってますんで」


 バイクいじりで学んだエンジンの知識なら、こっちの人に負けてないつもりだ。ゼロから作るのは無理だけど、状態の維持と修理ならそれなり以上にやれる。


「表の銀ピカはお前のか?」


「はい。ガワは親方にお願いしましたけど、中身は自分でやりました」


「あれ、いいな。何キロ出んだ?」


 バイク見て、排気量がいくつなのかを聞きたがる「ナンシー」さんと、最高速がどのくらい出るのか聞きたがる「ナンキロ」さんはこの世界にもいるのか。


 妙な感慨深さがあるなあ。ツーリング先でタバコ吸ってたら寄ってくるんだこれが。


「メーターねえから体感ですけど、五十は余裕スよ」


「は! 吹くんじゃねえよお前、五十も出るエンジンなんざ、どこで拾ったってんだ…あぁ、お前は港のゴロツキどもと付き合いあるもんなァ」


 こっちのエンジンは時速三十キロが関の山。

 でも、このエンジンなら本当は余裕で百超えますよ。燃費ケチりたいから、そこまで出さねえけど。


 元の世界で乗ってたバイクなんて言っても信じてもらえねえし、余計なトラブルの元になりそうだから、ご近所で悪名高いヒゲハゲ軍団から譲ってもらったという設定だ。

 機械関係の言い訳に便利だなあ。


「ええ、まあ…ちょっとご縁が」


「ゴロツキ相手にご縁ときたか。やい、ガンマ。あんま連中んとこに入り浸ると、ロクな大人にならねえぞ。気ィつけろ、いいな?」


「へい。それは重々」


 ここは本音。


「よし…ぼちぼち蒸気貯まったべ。じゃあ、こいつ貰ってくわ。そら、修理代だ。少し色つけてる。それと、これはお前にくれてやる」


 慣れた動きで機関車の運転室に上がるハシゴを駆け上がった社長は、懐から二つの革袋を放ってよこした。

 ひとつは大きくてずっしりと重い。もうひとつも大きさの割りに重さを感じる。


「社長? なんですこれ」


「ご祝儀ってやつだ。お前、あの銀ピカ直すって言ってたじゃねえか。完成したんだろ、頑張ったじゃねえか」


 か、かっこいい…前に茶飲み話で言ったの憶えてたのかよ社長…! 男っぷりの良さに鼻の奥がツンとしそう。てか惚れそう…!

 

「ありがとうございます!」


 おう、とぶっきらぼうに返すと社長は前後の安全を指差確認して汽笛を短く二度鳴らす。ぽっぽ屋って感じだなあ…でかい機械を自由に操るって、ロマンだよ。


 装甲機関車は周りが一瞬見えなくなるほどの濃い蒸気を吐き出す。社長が運転台から操作したのか、ガチンと音を立てて蒸気弁が開いた。

 蒸気圧がピストンをじわじわと押して、重い起動輪をゆっくり回転させて行くのがわかる。

 そして起動輪からコンロッドでスプロケットに動力が伝わり、金属が擦れる甲高い音とバスドラムをめちゃくちゃに打ち鳴らすような重低音を混ぜながらクローラが動き出した。


 前に動画で機関車が動くシーンを視たことがあるけど、こいつは本当に別格だ! この半年で何度か見たけど、そのたびに馬鹿みたいに口開けちまう。


「また頼むわ!」


 社長はオレの顔を見て、くしゃっと笑うと手を振って出て行った。


 たぶん、オレはガキみたいに目を輝かせていたんだろう。

 自分でも頭の中はアラフォーなのに、と思わなくもないが…あの機関車は、やっぱり別だ。

 だって、オレも修理したんだぜ? 手間かけて直した機械がバッチリ動くってのは達成感あるし、あのおっかねえ社長が「なかなか見てんな」って!


 たまんねえな、修理屋って最高だ!

いかん、話が進んでない…

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