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プロローグ

 双子の月は雲間に姿を隠し、星明りもまばらな暗い夜更け。

 十人にも満たない小さな旅商人(キャラバン)の護衛代わりに同道して、一週間は過ぎただろうか。気難しかった同行者もすっかり彼らに馴染んで、旅の道連れになったようだ。


 不寝番として焚火の世話をする彼女は薪をひとつ放り、地べたに毛布を敷いて猫のように丸くなって眠る同行者を眺めて小さく笑う。そして、その姿に自分を重ねて昔を思い出す。


 (わたくし)があなたくらいの年の頃——強がって自分のことを()()()なんて、はすっぱな男言葉を使ってましたわね。今思うと恥ずかしいですけど、駆け出しの傭兵で——ずっと、こんな暮らしでしたっけ。


 初夏とはいえ夜には肌寒くなるこの地では、焚火が消えないように薪を絶やしてはいけない。まして、街道沿いとはいえ森に近いのだ。魔物の気配はしなくても、どんな野獣が潜んでいるか。そのための護衛であり、そのための傭兵だ。


 旅から旅の生活だった。女だてらにとか、ひ弱な金星人(ヴィーナシアン)なのに、なんて言葉をいくつもかけられたっけ。それでも、誓いのような願いを抱えて槍を担いで、いくつも大陸を越え、星の海さえも越えて渡り歩いた。何年も何年も、明けても暮れても歩いて走って、戦って。殺して守って…また歩いて。


 救いのない暗い日々ではなかった。けれど、安らぐこともなかった。荒んでいなかったけれど、常に渇いていたようにも思える。簡単には見つからない何かを探して訪ね歩く旅とは、きっとそういうものなのだろう。鮮やかさの欠けた色彩の日々、なんて言うと詩的にすぎると笑われるだろうか。


「話し相手がいないと、思い出してしまいますわねえ…」


 遅くとも明後日には目的地である、この【カムイ州】の州都・サヴォロに到着する。ひとつの旅が終わる安堵と同時に、切なさにも似た胸の疼きを覚える。何度味わっても、これだけは慣れそうにない。だから、余計に思い出してしまう。


「ん…何を思い出すんですかぁ…?」


 旅の道連れたちが毛布に包まって寝息を立てる焚火の反対側から、ひとりの少女が身体を起こした。半分がた夢の世界に居残っているようだが、目をこすりながら毛布の抱擁から抜け出すと危なっかしい足取りで近付いてくる。


「申し訳ありません。起こしてしまいましたわね」


「うとうとしても、なかなか寝付けなくって。はふ…」


「そうでしたか。もうじきですから…きっと気持ちが昂っているのですわ。首尾よく見つかれば良いですわね、女官長」


「はわぁ…だめですよララ。二人だけの時でも、その呼び名は出さない約束です」


「あら、つい…ごめんなさいね、ローラ」


 よろしい、と微笑んでローラと呼ばれた少女は頷いた。

 彼女たち二人は、この地球の住人ではない。とある密命を帯びて、金星から渡ってきた異星人である。笹の葉のような尖った長い耳と美しい容貌は、疑いようもない金星人の特徴として他の星に住む者たちにも知られている。


 旅商人(キャラバン)のリーダーはララとローラに州都・サヴォロまでの同道を求められても、さほど不審に思わなかったらしい。元から自分たちで街道を行き来するに十分な自衛はできるし、別の惑星に住まう異人種がたまにやってくるのは多くはないが、珍しくもない。


 なにより、女っ気のない旅暮らしに——見目麗しい道連れが加わるのは大歓迎と年かさのリーダーは軽口を叩いた。それで異性に警戒心の強いローラが気色ばんだが、ララの耳うちで落ち着きを取り戻して事なきを得た。


 別の星からやってきた者から聞く話は、どんな些細な事でも面白くて旅の無聊を慰めるものだ。たとえば、金星の神殿で焼くパンは皿のような円形で、火星のある国では煙突のような筒形だとか。惑星間の定期航路を飛ぶ大型貨客船では、ララも知らない様々な星の話を聞いたものだった。


 誰もみな、旅人の話を聞きたがる。旅商人(キャラバン)地球人(アーシャン)たちも、一年と少し前にララの主となったローラも。


「それで、何を思い出していたんですか?」


「忘れてしまいましたわ。それよりローラ、寒くありませんか? もっと火のそばによって、温かいお茶でもいかが?」


 するりと話をはぐらかされて、ローラは少し頬を膨らませた。自分の副官は昔のことを語りたがらないのだ。いつも聞き手に回るばかりで、他人のことは言葉巧みに聞き出そうとするのに自分のことは話さない。私の初恋のことや、誰にも内緒の楽しみまで話させたのに。この旅が終わる前に、何としてもララの秘密のひとつやふたつを聞き出してやろう。


 ローラは自分の副官であり、『ケイ』の位を持つ護衛官ケイ=ララが小鍋で湯を沸かす様子を見ながら決意した。彼女が自分のもとに来るまでの履歴は、書類の上では知っている。


 いまの自分よりずっと幼い頃から傭兵としてあちこちを転々として、太陽系の端から端まで渡り歩いたとか。身の丈を超える大槍を自在に操り、その武術の冴えは一人で十人を相手取っても打ち倒すとか。


「さあ、どうぞ。三つ又松の葉で淹れたお茶ですが、地球ならではの味わいですわよ」


「松の葉っぱでお茶になるんですか?」


「ええ。少し酸味が強いですが、この木は地球でも【カムイ州】くらい北の方に来ないと生えていませんの。ですから、ここでしか飲めない珍品…ですわね」


「へえ…あ、意外と…」


 渡された木のコップを吹きながら、茶を啜るローラは爽やかな酸味のある味わいに目を丸くした。夢中になるほどでも、驚くほどでもない素朴な味だが、悪いものではない。


「ララは、ここに来たことがあるんですか?」


「そうですわね…この辺ではなく、もっと何もないところでしたけど。それこそ、街道もありませんでしたわ」


「それって、ほんとに何もないじゃないですか…」


「ええ。なんで来ようと思ったのか、自分でも不思議ですわね。なんにも考えずに、ただ海岸沿いをてくてく歩いて、魚や木の実なんかを採っては焚火して…たまに漁師の村でお酒を頂いて。楽しかったんでしょうかね? 冬が寒かったなあっていう思い出くらいですわねえ…」


 くすくす笑いながら、ララは珍しく饒舌だ。この流れで、自分の知らない彼女の昔をもっと聞いてみたい。ローラは相槌も控えて、無言で続きを促した。


「そうそう、あれは冬の夕暮れでしたか。雪混じりの風が吹いて、凍えそうでしたわ…久しぶりに狩れたシカの毛皮と肉を、塩とお酒に交換して…自分で食べる分のモモ肉をぶらさげて歩いてましたわ。寝床にしてた洞窟で焼いて食べようって。そうしたら、洞窟にクマがいて…」


 あれには参りましたわ、と苦笑するララ。苦笑で済む話かと絶句するローラ。【カムイ州】に生息するクマは、他の地域と比べて遥かに巨大で気性が荒い。身の丈四メートルを超える個体も珍しくなく、その巨体が振るう爪と牙は分厚い鉄の板を裂くと聞いた。


「お互い宿なしの身で、あの子もお腹を空かせていましたわ…だから、肉とお酒を分けてあげましたの。クマもお酒を飲むなんて知りませんでしたから、もっと欲しいって大変でしたのよ」


「カムイのクマって、人懐っこさとは無縁の生き物だって思ってました…」


「お恥ずかしい話ですが、あの頃の私って…その、身を清める習慣がなくて…だから、たぶんヒトだと思われなかったのかもしれませんわねぇ」


 出会ってから、彼女が身だしなみを疎かにしたことなど一度も見たことがない。いつでも余裕があって、傭兵上がりとは思えない品のある立ち振る舞いだ。それが、沐浴どころか水浴びもせずに何日も平気で過ごして、あげくクマと酒盛りしていたとは。


「もう、笑わないでくださいな。言葉遣いも立ち振る舞いも、かなり意識してるんですのよ? 気を抜くと地が出てしまいますの。元が流民の傭兵稼業でしたから…」


「笑いませんよ。今のララは、誰が見ても淑女ですから。元傭兵だと言われても、信じない人の方が多いでしょう」


「でしたら、猫と羊の皮をかぶった甲斐もありますわね」


「猫はともかく、羊の皮はかぶれてませんよ?」


「まあひどい。これでも、か弱さを強調してるつもりですのに」


 ララの素性を知るローラにしてみれば——『軽く握った両手を口元にあて、あごを引いて上目遣い』という乙女っぽい恥じらいの仕草を見せられても、か弱さとは無縁。むしろ、拳闘の構え(ピーカーブー)にしか見えない。本人的には可愛らしく左右に身体を揺らしているのだろうが、それは暴風のように左右の強打(デンプシー)を繰り出す予備動作であった。


 長く続いた傭兵稼業が、彼女の乙女観を根底から破壊してしまったのだろう。決して短くない時間を共に過ごして、初めて見たララの奇態。こみ上げる笑いの衝動を抑え込むには、ローラの腹筋では荷が勝ち過ぎていた。


「…あの、私だって傷つきますのよ…?」


「あは、ごめんなさい。だって、イメージと違いすぎて…はあ、久しぶりに笑った気がします」


「私は複雑な気持ちですけど、お気持ちが少しでも楽になったのなら何よりですわ」


「ええ。やっぱり、自分でも気が付かない内に固くなっていたんですね。お役目とはいえ…こんな旅をして、真偽も知れない『あれ』を探すなんて。伝承と古文書でしか知られていない…」


 ローラはその先を言葉に出さなかった。

 それこそが彼女たちに与えられた密命であり、誰にも漏らすわけには行かない機密である。金星人の護衛官ケイ=ララの主は、同じ星の生まれで——エゲリアと言う名の大神殿で女官長『ヌ』の位を授かる少女、ヌ=バローラ。卓越した魔術の才を持ち、情理に深く清廉な性格と——ちょっとした事情もあって、最年少で猊下と呼ばれる大神官となった。


 ローラとララの探しもの。

 それは、この世界の星々に宿る【惑星霊】が気の遠くなる間隔で、不定期に産む【星の娘】と呼ばれる——精霊だ。古文書には、彼女たちは最初は力なき幼子として生まれるが【いつか星になる】と記されている。


 今から半年ほど前に神殿の星見が異変に気付き、地球の【惑星霊】が娘を産んだと断定するまで半月。その翌日に密命を受けた彼女らが身分を隠し、地球行きの貨客船に乗り込んで二か月半。さらに、いまの旅商人(キャラバン)に加わって一週間。


 役を退いて後見役となった先代の女官長へ日常業務を丸投げした手前、成果なしでは帰るに帰れない。【星の娘】の居場所は、内包する膨大な魔力(エーテル)を探知することでおおよそ見当がついている。


 しかし、それは早朝と夕方から夜半のみ探知され、他の時間帯はまるで消えているかのようだ。念のためにと魔力探知を行使するローラだが、眠る前に反応があった方角からは何も手ごたえを感じない。


「まあ…いまは州都サヴォロを目指すしかありませんね。毛布と水浴びにも慣れたつもりですけど、ベッドと沐浴が恋しくて…」


「ふふ、そうですわね。私もいい加減、殿方の人肌が恋しくて…」


「邪淫は戒律に触れます」


「あら、私は神官ではありませんもの。その戒律の対象外ですし、好みにうるさい方だと思いますのよ?」


「だからって、その好みに合った方を…その、腎虚になるまで搾り尽くすのは…ある種の暴力じゃないかなあって思うんですけど」


「淡泊な殿方が多くて…困ったものですわ」


 これまでの道中で、十人を超す数の山賊に襲われても鼻歌まじりに蹴倒して叩き伏せ、汗ひとつかかないララの体力は底知れない。結い髪のうなじを撫でてため息をつく彼女は、男性の多くが異性の肉体に求めるすべてを持っている。


 豊かで張りのある双丘、蜂のようにくびれた腰、すらりとした脚。やや険のある目だが、ひとたび気分を出して流し目でも送れば同性でもぞくりとする色気を見せる——だから拳を口元に寄せるような、媚びた仕草が絶望的に似合わないのだが。


「こほん。いずれにしても、目的を果たすまでは身を慎んでください」


「やれやれ…姫はいずこにおわすやら、ですわね」


 明日でひとつの旅が終わっても、【星の娘】を保護し神殿に連れ帰るという使命はいまだ始まってさえいなかった。そして、彼女たちはまだ知らない。【星の娘】が——馬の骨といい勝負の馬鹿と一緒に暮らしていることを。



キャプテン・ノーフューチャー//プロローグ・完

第一部『修理屋のガンマ』に続く

来月まで投稿しないと言ったな。

あれは嘘だ。


すみません。

第一部の構成いじってる間に、こういうのもアリかなあと書きました。

すでに本編を読み進めている方はニヤニヤできる内容で、未読の方には

これからバカがいっぱいでてくる愉快なお話ですよーとお知らせできる

中身になってるかな…と思います。

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