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短編集

死は夢の中に〜遺書とはいえないけれど〜

一話だけの短編です。


 私がそれを一番最初に自覚したのは、小学校五年生くらいだった。




 飼っていた犬が近所の人を噛んでしまい、保健所へ連れて行かれた。


生まれたばかりの赤ちゃんの子犬と一緒に。


 でも仕方がないのだ。


飼い主だった私が、大きくなりすぎた犬を散歩に連れて行けなくて、欲求不満になった犬が逃げ出して人を襲ってしまったのだ。


だから私は、黙って連れて行った両親に対して怒ったりしなかった。


だって、私が悪いのだ。


「ごめんね。ごめんね」


みんな私が悪いの。


私は学校から帰ると、黙って部屋にこもっていた。




 そんなことが数日続いて、ある夜。


二つ年上の兄が言った。


「お前、〇〇(犬の名前)が夢に出てきたか?」


私はよくわからなかったが、ほんの少しだけ見た話をした。


「保健所がどんなとこか知らないけど。


〇〇がどこかの金網の塀に、鎖でつながれていたの。


足元に子犬が入ってる段ボールがあった」


周りは真っ暗だったのに、その光景だけははっきりと覚えている。


夢だったのか、ただの想像だったのかは知らない。


「ふうん。 じゃあ、あいつは死んだのかな」


と兄は言った。


 あとで父親から聞いた話では、犬を連れて行ったのは夜中で、金網の塀に鎖をつないで放置して来たという。


赤ちゃん犬も段ボール箱に入れて一緒に置いて来たそうだ。




 仏教でいう四十九日というのは、死後、魂がまだこの世をさまよっている期間なのだという。


その間に死んだ者は生前、縁があった者のところにやって来るそうだ。


 私の犬はどんな気持ちだったのだろう。


犬の魂もやっぱりさまよっているのかな。


「どうして夢に出てきたの?」


「きっとお前に姿を見せにきたんだよ。最後に会えなかったから」


私を恨んでいたのかな。 


あの暗闇の犬の顔は、ただじっとこちらを見ていた。


犬の目は白く光っていて、吠えず、じっとこちらを見ていた。


あれから私はその犬の夢を見ることはなかった。



*****



 そんなこともあったな、ぐらいにしか覚えていなかった。


年を取って、私も結婚して子供が生まれた。


 小学生になったうちの息子は、少し引っ込み思案でおとなしい。


私に似てしまったなあ、と思った。


いじめがあったのかどうかはよくわからない。


息子はあまり学校へ行きたがらず、出かけたふりをして、ランドセルと靴を持って部屋の押し入れに隠れていたこともあった。


「行きたくないなら行かなくていいよ。お友達がいないならお母さんと遊ぼう」


当時、私はパートで配達の仕事をしていたが、こっそり息子を車に乗せて一緒に仕事へ行った。


私が仕事をしている間、制服のままの息子はおとなしく車に乗っていた。




「〇〇(息子の名前)ちゃん、いっしょに学校行こ」


近所の男の子が呼びに来た。


背がひょろっと高く、色が白く、まつげが長い。


まるで女の子のようにやさしい顔をしている子だ。


その子は学校で先生に言われたらしく、毎朝学校へ行く時、うちの息子を誘ってくれるようになった。




 その子は新興住宅地の子で、うちは田舎の町の中にあった。


うちの夫がゲーム好きで、ゲーム機や新しいゲームソフトが置いてあったので、近所の子供が遊びに来る家だった。


数人いる友達の中で、その子はうちの息子と一番仲が良かった。


中学校に入ってもしょっちゅう二人で遊んでいた。


高校は別になったが、家は近所だったので休みの日は良く一緒に出掛けていた。


大学生になったうちの息子は県外に行ったが、その子は自宅から近くの専門学校に通っていた。


息子はたまにしか帰って来なかったが、家に帰って来た時はその子の家に遊びに行ったりした。


 私はその子に感謝していた。


息子が苦手な人付き合いや勉強をがんばれたのは、今でもその子のお陰だと思っている。


成人式の写真も二人は仲良く隣同士で並んでいた。




 そのニュースは全国で大きく報道された。


海外でのことだったが、そこには日本人が多く巻き込まれたからである。


息子から急に連絡が来た。


正月も盆もろくに電話もしない息子からである。


「あいつが巻き込まれた」


「え?」


海外での、その被害者の中にその子の名前があったのだ。


「なんで」


語学留学だった。


生死不明。


ニュース画像の中、無事を祈る。どんな怪我でもいい。生きてさえいてくれたら。




「かわいそうに。まだ若いのにね」


近所の郵便局で噂を聞く。


全員の死亡が確認され、その子の家族も現地に飛んで、亡骸を連れ帰った。


息子は葬儀に出席するために戻って来た。


大の親友を失った息子は、180センチ以上ある背を丸めてうつむいていた。


四十九日にまた来ると言って戻って行った。




 私の家からその子の家は近い。前を通ることもある。


父親に会ったことはないが、母親の顔は知っている。


子供のPTAの会でもよく会った。


毎日繰り返されるニュース。


大切な息子を亡くした母親の気持ちを思うと胸が痛い。


何故か、お風呂に入ったとたんに涙があふれた。


私はどうしようもなく、風呂場で大声を出して泣いた。




 その夜、いえ、正確には翌日の朝。


私はあまり夢を見ても覚えていないことが多いが、その夢は鮮やかに覚えている。


 屋外のおだやかな晴れのお天気だった。


校庭なのか、土手のようになった場所。


草の上に座っていた私の横にその子が座った。


小学生の体操服に、紅白帽子。


私を慰めるようにニコニコと笑っていた。


青空がとてもよく似合う男の子だった。



*****


 

 ようやく子育てが終わる歳になった頃。


「ねえ、みんなで温泉でも行こうよ」


高校時代の友人から声がかかった。


私は実家からそれほど離れていなかったが、県外へ仕事や結婚で移住している友人も多い。


どこか中間地点で会おうか、という話になったが、なかなか話がまとまらないまま十年以上が過ぎた。




 ある日、友人の一人からメールが来た。


「病気で入院してるの。暇だからLINEでもしよう」


「あはは、わかったよ」


その友人は昔から身体が弱く、入退院を繰り返していた。


それでも才能あふれる女性でバリバリ仕事をしていた。


今では結婚して、子供はいないが夫と二人で家を建て、関東に住んでいる。


 私は高校時代の仲の良い友人たちに連絡を取り、LINEグループを作った。


「また入院してるの?。大丈夫?」


「早く元気になってね」


「今度東京行くから、ついでにお見舞いに行くよ」


皆で彼女が寂しくないように、他愛のない会話をした。




「みんな大好き、あいしてる」


初夏のある日、その彼女のLINEが突然、そこで切れたままで終わった。


「どうしたの?、急に」


誰が返信しても、彼女からの答えは返ってこなかった。


 私はふいに家の中で彼女の顔を思い出す。


夜、家の暗い廊下。突然それは訪れた。


夢、ではなかった。


だって、寝ていない。


ずいぶんと長い間会っていなかった。


それなのに、その彼女の顔がはっきりと見える。


 何故か、彼女は私の足元にいた。


笑顔のまま寝ころんだ姿で、白い横文字が入った黒いトレーナーを着ている。


見えたのは上半身だけだった。


「まさかね」


怖くはなかった。


嫌な予感、寂しさに胸が苦しくなる。




 そして、一か月以上経ったある日、突然に彼女の訃報が届く。


「年末でもないのにうちに喪中はがきが来て、え、何でってすぐ連絡した」


彼女の一番近くに住んでいた友人から連絡が来た。


葬儀が終わった後も、彼女の夫は友人たちの誰にも伝えていなかった。


彼自身もショックが大きかったのだと思う。


 身体が弱くて入退院を繰り返していても、彼女は強い人だった。


酒を飲み、よく遊び、声が大きくて、誰よりも豪快に笑う。


料理や仕事やカラオケでも、何にでも人並はずれた才能を見せる女性だった。


 高校時代から彼女はグループの中心だった。


私は行動的な彼女がうらやましかった。


関東へ遊びに行ったときは彼女の家に泊めてもらった。


地元へ帰って来たときは必ず顔を見に行った。


お互いに結婚していても、長電話はしょっちゅうだった。




 実感が湧かなかった。


葬儀にも行けず、最後の入院に見舞いにも行けなかった。


せめて、と思い、初盆に彼女の実家にお邪魔した。


彼女の母親が並べた小さな祭壇の、写真の彼女が笑っていた。


私の家の暗い廊下で、足元で寝転がっていた、あの笑顔で。



*****



 誰でも夢の中できっと誰かに会っている。


それを覚えていなくても、それが知らないうちでも。


気にしない人は気にしなくていい。


それはそれで仕方がないのだ。


きっとその人との縁はそういうものだったのだと思う。




 先日、私は医者から余命宣告を受けた。


自覚症状の無い肝臓ガン、すでに手遅れだった。


私は酒も飲まないし、タバコもやらない。


まあ、運動不足は否めないが、それは仕方ないだろう。


 今日も飼い犬の散歩に少しだけ歩く。


犬は私が居なくなっても覚えていてくれるだろうか。


虹の橋の下で、私がこの子を待っていてやれるのだろうか。


 私は誰の夢に現れるだろうか。


何も言わず、ただ微笑んでいるだろうか。


夫に、子供たちに、生まれたばかりの孫に。


 忘れないで。


今、側にいても、いつか別れるその日が来ることを。


会えるなら会おう。 後悔しないように。


そしていつか遠く離れても、きっとまた夢の中で会えるだろう。


その理由が「死んだから」であったとしても。




     ~終わり~


あらすじにも書きましたが、実在のものとは一切関係ありませんので、

そこんとこ、よろしくです。

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