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【三十九】囁き対策

 廊下にワープした純希と健は、すぐに確認し合う。


 純希が訊く。

 「お前、囁き声は聞こえてないんだよな?」


 健は答えた。

 「もちろんだ。てゆうか、初めから聞こえてない。あったのは不安感だけ。お前こそ、本当に信じていいのか?」


 「囁き声も聞こえないし、不安感もない」


 「本当に?」


 「男に見つめられるって微妙だな……女なら大歓迎だけど……」


 「お前が正常だってわかったよ」


 「わかってくれて嬉しいよ」


 廊下を歩くふたりは、水飲み場の前で立ち止まり、壁に設置された鏡を覗いた。自分の姿が映らない鏡に寂しさを感じた純希は、いまの心境を書いた。


 《たすけて》


 健は言った。

 「虚しくなるだけだ」


 「このまま指の跡が残ってくれたらいいのに。そうしたら生徒が見てくれる」


 「悲痛な叫びです、みたいな感情が全面的に出すぎ」


 「怖がられるだけだよ」と、突然、綾香の声がしたので、ふたりは倉庫の方向に目をやった。すると、両腕を胸の前で組んで歩く綾香の姿が見えた。


 純希は綾香に訊く。

 「お前、囁きはどうなの?」


 綾香は答える。

 「たまに聞こえる。でも、そのたびに囁き声に打ち勝つ精神力の持ち主、それが綾香様。斗真に解けてあたしに解けないはずがない。悔しすぎて囁きに負けてられないんだよね」


 負けず嫌いな綾香らしい返答に納得するふたり。

 (まちがいなく大丈夫だ)


 綾香はため息をついた。

 「優秀な明彦もいまじゃ役に立ちそうにない」


 純希は訊いた。

 「やっぱりあいつも囁きに支配されてるよな?」


 綾香は答える。

 「だから幽霊に言われた言葉を言って確かめたじゃん。気づかなかった?」


 純希ははっとした。

 「もしかして、“幽霊の手の感触とその感覚が真実の中にある現実そのもの。あれは考えなくてもいいのか” って、明彦に訊いたのは、それを確かめるためだったの?」


 「そうだよ。いつもの明彦なら意地でも考えるはずだもん」


 「さすが、綾香だな」


 「当然」得意気に返事したあと続けた。「もしかしたら囁き声は、もうひとりの自分の声っていうより、ゲートへの侵入者を防ぐセキュリティみたいなものなのかもね。だから、正気に戻っても、また取り憑かれてしまうのがその理由なんじゃないのかな?」


 「セキュリティねぇ。たしかにそうかもしれないけど、俺には聞こえないし、由香里も聞こえてなかった。それが不思議なんだよ」


 「どっちにしても、将来の夢のあるなしがそれに関係しているわけじゃなさそうね」


 「だろうな。俺もそう思う」


 健が懸念する。

 「そのしつこいセキュリティのせいで、また追いかけ回されたりしないよな? マジで怖いんだけど。洞窟の場所を教えずに内緒にしておけばよかった」


 「あたしもそれを後悔してるの」健に返事した綾香は、純希を心配した。「類も明彦も信用できない。浜辺に到着するまで油断しないでね」


 純希は怖い想像をした。

 「いきなり強打されて土の中に埋められるなんて冗談じゃないから、慎重に接するつもり」


 綾香は顔を強張らせた。

 「土の中って……このタイミングでそれ? 超不安になるじゃん」


 健も純希の身を案じた。

 「浜辺に戻ってくるまで、明彦や類に囁きに関しての質問はしないほうが無難だ。もし追いかけ回されたらガチでヤバい。それこそ土の中だ」


 純希はため息をついた。

 「囁きに支配されるなって、あれだけ言ったのに……」


 綾香は言った。

 「囁きを遮断できる方法があればいいのに。何かいい方法ないのかな?」


 純希は言う。

 「ゲームならその手のアイテムが欲しかった」


 綾香は言った。

 「その考え方、類に感化されてきたんじゃない?」

 

 「かもな」


 健は言った。

 「謎も無限ループなら、囁きの支配も無限ループ。つまり、囁きから完全に開放されないかぎり、いつまでたってもカラクリが解けない。カラクリが解けなければ、墜落現場にある答えが見れない。つまり、島と鏡の世界の無限ループ」


 飢餓状態に陥るかもしれない……綾香は心配する。

 「たまたま落雷で椰子の実が手に入ったけど、つぎはいつ食糧が手に入るかわからない。早くカラクリを解かないとマジでヤバいよ」

 

 健は言った。

 「由香里と斗真が見つかったら、くすぐって聞き出したい。あいつくすぐったがり屋だから観念するかも」


 「そう単純じゃないよ」純希は言った。「 ‟カラクリの答えはひとりひとりが理解しないと意味がない” それが由香里が言い残した最後の言葉だ。ひょっとしたら、俺たちをどこかで見てるかもしれない。見張られているような視線を感じたり、人影を見たりしてない?」


 健は否定する。

 「由香里が俺らを監視してるって言うのかよ? ありえないよ、そんなの」


 「そういえば……」綾香はふと思い出す。「洞窟から出たときに、美紅が女の子の影を見たって周囲を見回していたけど……」


 健は驚く。

 「マジで? 幽霊じゃなくて?」


 「ちがう。幽霊なら追いかけてくるでしょ。それに、あたしも確認したけど誰もいなかった」


 「目の錯覚ってこと?」

 

 「うん」


 純希がしつこく訊く。

 「本当にちゃんと見たのか? 由香里だったかもしれないじゃん」


 「ちゃんと見たよ。しっかりとこの目でね」綾香は自分の目を指さして強調した。「由香里だと思ったら大声で呼び止めてるよ。こっちだって超必死で捜してるんだから」


 純希は言った。

 「だよな。もし由香里だったら本気で追いかけるよな」

 

 「そういうこと」綾香は肝心な話を切り出した。「それよりも明彦のことなんだけど、あいつ、カラクリを解くうえで無駄を省いたほうがいいって言ってたじゃん」


 純希は疑問を言った。

 「無駄を省くと言っても、どれが無駄でどれが必要なのか、その判断が難しい。それにいまのあいつは、囁きに頭を支配されているからあてにならない」


 綾香は言った。

 「そのあてにならない明彦が、幽霊が言っていたことを考えなくてもいいって言っていた。つまりその反対、絶対に考えなきゃいけない謎のひとつってことだよ」


 「反対……なんだよな……」健が訝し気な表情を浮かべて疑問を言った。「囁きは、じっさいにとるべき行動とは真逆の内容を囁いてくる。俺たちの視界はまともなんだろうか?」


 綾香は、健の疑問に首を傾げた。

 「何? どういう意味?」


 健は言う。

 「理沙が心配にならないか?」


 「最初は心配だった。だって窓を閉め切った状態の部屋にいるんだよ、心配にならないわけないじゃん。でもじっさいに喋ってるのは理沙なんだし、カラクリのヒントの一部として考えたほうがいいと思う。それに関しては、囁きに支配されてる明彦と同じ考えだよ。ちなみに、あたしはまともだからね」綾香は純希にも訊いてみる。「どう思う?」


 純希も言った。

 「俺もヒントの一部だと思う。それこそ、斗真は衰弱した理沙を見なくてもカラクリの答えに気づいた。もちろん、ある程度は考えるけどね。現実世界の理沙が元気ならそれでいい。それから、俺にはゲートに対する恐怖心も不安もなかったから、視界も頭もまともだぞ」


 健は不安を口にした。

 「俺たちは鏡の世界から現実世界を見ることしかできない。倉庫が集合場所になってるのは確かだけど、室温まで変化するのかなって、心配になっちゃうんだよ」


 綾香は言った。

 「島の生体は不思議な力に守られているわけだから、理沙が守られいてもおかしくない。それこそ、うちらが海に沈めた幼虫みたいに、理沙の周囲は理沙に適した環境に保たれているんだと思う。つまり、あたしたちに関わっている以上、理沙もゲームの登場人物ってことになる。ひとことで言えば、駒の一部ってやつね」


 「なるほどな」健は納得した。「俺たちも飛行機の墜落時は、その不思議な力に守られたんだったな。そう考えると……室温くらいどうにでもなりそうだな」


 綾香は理沙の話を切り上げた。

 「そういうこと」


 健は言った。

 「早くまともなミーティングを全員でしたいよ」


 純希が言った。

 「囁きが聞こえてないやつもいるとは思うけど、安易に訊くのはやっぱり危険だよなぁ」


 健もリアルな鬼ごっこが始まるのが怖い。

 「いまはやめたほうがいい。また襲われるだけだ」


 「せっかく一致団結したのに、また振り出しに戻ったみたい。まるで双六だよ」綾香はため息をつく。「いろいろと話し合う前に、まずは囁き防止対策を練ったほうがいいね。正直、明彦がいないといろいろ難しいよ」


 健は綾香の言葉にうなずく。

 「言えてる。頭を使うことになるとやっぱり明彦がいたほうがいいもんな」


 純希も言った。

 「再発予防を考えないと先に進めそうにないな」


 そのとき、一同が廊下に現れた。


 明彦が純希に声をかけた。

 「ジャングルに戻ろう! そろそろ歩かないと予定どおり浜辺に到着できない」


 「うん、わかった」返事した純希は、綾香と健に顔を向けた。「じゃあ、戻る」


 健が純希に言った。

 「気をつけろよ」


 純希も真剣な面持ちをふたりに向けた。

 「お前らもな」


 結菜が、綾香と健に言った。

 「うちらも戻ろう」


 綾香が返事した。

 「うん」


 健は純希に言った。

 「浜辺で待ってる」


 純希は口元に笑みを浮かべて、健に返事した。

 「リアルに会えるのが楽しみだ」


 「俺もだよ」


 意識を集中させた一同は、一斉に廊下から姿を消した。

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