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【二十五】幽霊との遭遇と疑問

 浜辺で待機する一同から遠く離れたジャングルの奥地を歩く三人は、雨風に負けじと歩を進めていた。足元に気をつけながら下り坂を歩いて、ようやく平坦な大地へ辿り着いた。その直後、先頭を行く類が進行方向を変えた。


 しかし、純希が指摘する。

 「そっちじゃない。まっすぐだろ」


 類は言い張る。

 「ちがう。絶対、こっちだ」


 「そんなわけない!」純希は明彦に訊いた。「そうだよな?」


 明彦も類が進もうとする方向を指さした。

 「いや、こっちだ」


 類はうなずく。

 「だよな」

 

 純希は否定する。

 「絶対ちがう」


 明彦は純希に言った。

 「純希が進もうとしている方向に進んだら、また滅茶苦茶になる。もう迷いたくないんだよ」


 純希が言い返そうとしたそのとき、「滅茶苦茶になる……。そっちに進めば……」と後方から男の声が聞こえた。


 ここには自分たち以外に誰もいない。驚いた三人は、咄嗟に振り返った。すると樹木の合間に男が立っていた。


 男に見覚えがあった類は、目を凝らして見た。綾香の隣席にいた男にまちがいない。だが、男は上半身を押し潰された状態で死んでいた。ここにいるはずがないのだ。


 「幽霊……」類は小声で言った。「あいつ……俺の座席の列に座っていた男だ」


 純希は驚愕する。

 「霊感なんてないのにリアルに見える」


 明彦は生まれて初めて見る幽霊を凝視する。

 「もしかして……俺たちを道連れにする気か?」


 類は言った。

 「冗談じゃない。あの世に逝く気なんかない」


 「君たちは島の謎をカラクリと呼んでたな……それを解くなら……」男は、類と明彦が進もうとしていた方向と真逆の方向を指さした。「こっちが墜落現場だ」

 それから、純希が進もうとしていた方向を指さした。「まっすぐ進めば浜辺だ。ただし君たちの仲間が待っている場所ではない。彼らと合流するまでしばらく歩くことになるだろう」


 幽霊には実体がない。それなのに、まるで生きているかのようだ。はっきりと肉眼で捉えられる幽霊の存在も不思議だが、なぜ十三人の会話の内容を知っているのか……それも不思議だ。自分たち以外、知り得ない情報なのに……。


 「ずっと見ていた……幽霊になった乗客たちと……」男は続けた。「君たち十三人がゲートを探そうとしている光景を……ずっと……」


 純希は、声を震わせながら男に訊いた。

 「俺たちに墜落現場の方向を教える理由は?」


 明彦は、小声ながらにも語気を強めて純希に言った。

 「よせ、何も訊くな。喋らないほうがいい」


 純希は明彦に言う。

 「俺は訊きたいんだ」


 男は答える。

 「カラクリの答えを探しているんだろ? それは墜落現場にある。だが、いまの君たちには見えないだろう……」


 霊感がないのに幽霊と会話している。この世に見えないものなどない気がした純希は、男に質問を続けた。

 「どうして、いまの俺たちに見えないんだ?」

 

 「小夜子……とやらにすべて聞いたはず。いまや死神……過去の亡霊……」


 まさか小夜子のことまで知っているとは……三人は驚いた。


 純希は訝し気な表情を浮かべた。

 「どうしてそんなことまで……」


 男の後方から女が現れた。よく見れば、健が想いを寄せていたまなみだ。彼女も死んだはず……。それなのになぜ……。


 まなみは静かな声で言った。

 「全部見ていた。何もかも知っている。当然のことだけど彼女との面識はない。だって三十年前に死んだひとなんだから……」


 男は呟く。

 「小夜子……不思議な現象……」


 三人は同時に思う。

 

 (不思議な現象? いまこの状況がまさにそれだよ……)


 男は言った。

 「『ネバーランド 海外』……過去と現在を混同するな。ツアー会社に惑わされるな」


 三人は訝し気な表情を浮かべた。


 純希が訊く。

 「どういう意味だ……」


 男は答えない。

 「…………」


 まなみは類を見据えた。

 「小夜子になる前に現実を見て。それがあなたにとっての真実……」


 まなみの言っている意味が理解できない類は、声を震わせながら訊いた。

 「俺が……小夜子に? どういう意味だよ?」


 まなみは静かに答えた。

 「そのままの意味よ」


 「もう君の目の中に死神が棲み始めている。急げ……カラクリの答えを拒むな」男は類に言ってから、明彦に目をやった。「現実を受け入れろ。もう答えは見えているはずだ」続いて純希にも目をやった。「そして……君にも……」


 純希と明彦は顔を見合わせた。


 純希が言った。

 「答えなんか見えてない。答えがわからないから、この島から出られないんだ。一部始終を見ていたならわかっているはずだ」


 明彦が言った。

 「俺たちを混乱させようたってそうはいかない。魂胆が見え見えなんだよ」


 類は男に声を張った。

 「なんの根拠もないでたらめだ! 俺の中に死神が棲む場所なんてない! 適当なこと言うなよ!」


 明彦も語気を強めて言った。

 「いさぎよくあの世に逝くんだ! ここはお前たちがいるべき場所じゃない!」


 男は言った。

 「まだ逝けない。なぜなら……君たちを助けたいからだ……」


 まなみも言った。

 「助けたい……」


 純希は表情を強張らせた。

 「俺たちを助けたい? なんのために? 冗談はやめろ……」


 質問する男。

 「浜辺に戻りたいか? それとも……墜落現場に戻りたいか?」


 純希は答えた。

 「全部見ていたなら……俺たちが墜落現場を目指していることも知っているだろ……」


 類は純希に言った。

 「駄目だ……俺は……」


 純希は類に目をやった。

 「墜落現場に行くのが怖いのか? そこに答えがあるなら行くべきだ。それとも幽霊が言うように答えを拒んでいるのか?」


 類は否定する。だが、明らかに動揺していた。

 「そ、そんなわけないじゃん……」


 類の態度に不信感を覚えた純希は、墜落現場へ向かうことを拒む理由を訊こうとした。だがそのとき、類と明彦が進もうとしていた方向と、浜辺へ向かう方向に乗客の幽霊が現れた。人数は百人ほど。行く手を阻む幽霊によって、男が指し示した旅客機の墜落現場へ向かう道以外が閉ざされた。幽霊に圧倒された三人は、男が指し示した方向へやむを得ず全力疾走した。


 「逃げるぞ!」純希が声を張り上げた。「早く!」


 「一緒に……あの世へ……」虚ろな目の幽霊たち。「あの世へ……」


 幽霊は同じ言葉を呟きながら、三人のあとを追いかけてきた。捕まれば黄泉の世界に連れて逝かれるような気がした三人は、必死に走り続けた。


 集団で追いかけてくる幽霊に動揺した類は、泥濘に足を取られて転倒した。すぐさま立ち上がろうとしたが、下半身が動かない。恐る恐る視線を下ろすと、地面に這いつくばった幽霊に両脚を鷲掴みにされていたのだ。


 幽霊は、長い前髪のあいだから類を見上げた。

 「あの世に……逝かないと……あの世に……」


 類は悲鳴を上げた。

 「助けて!」


 「あなたの目の中に死神が見える。急がないと……死神になる前に……あの世に逝けば助かるわ……」


 幽霊の言葉に殺意を感じた。

 「あの世に逝けば助かる? 意味わからねぇよ!」


 純希と明彦は、転倒した類に駆け戻った。純希が、類の脚を放さない女の脇腹を蹴り上げた。女が怯んだ瞬間、明彦が類の両腕を掴んで引き上げた。


 「大丈夫か!」明彦が言った。「行くぞ!」


 このまま走り続けては体力が持たない。本気であの世に連れて逝かれる。自分たちの心が弱っているから取り憑かれてしまったのかもしれない。


 「消えろ! お前らに用はない!」類は幽霊に向かって大声で叫ぶように言った。「俺たちは生きたいんだ! 頼むから消えてくれ! 俺たちは生きる!」


 幽霊の群れの中に立つ男は、悲しみに満ちた目を類に向けた。

 「生きたい……強すぎる思い……いまは連れて逝けないのか……」


 幽霊は一瞬にして三人の前から消えた。その直後、土砂降りの雨が上がり、鈍色の雲に覆われていた空が明るくなっていった。幽霊にさえ遭遇しなければ、気持ちよく深呼吸ができただろう。残念ながらそんな気分にはなれない。いまの霊現象はいったいなんだったのか……。


 「俺たちを助けたい……嘘だ……」類は息を切らした。「連れて逝こうとしていた……俺たちを連れて逝こうと……」


 いまも見られているような気がした純希は、周囲を見回して確認した。

 「気味が悪い。どこかに隠れているんじゃないのか?」


 明彦が純希に顔を向けた。

 「消えたはずだ。いまのところは……」


 「いまのところね……」純希は顔を強張らせた。「もう出てこなくていいんだけど」


 明彦は訝し気に言った。

 「それにしても……幽霊はどうして小夜子のことまで知ってたんだ?」


 純希が真剣な面持ちで言った。

 「それどころかカラクリの答えまで知っているような口ぶりだった。どこかで見ていたにしても、どうしてカラクリの答えまで……」


 類が言う。

 「全部嘘だ。俺たちを惑わそうとしているだけだ。全員の心が折れたところで、連れて逝くつもりなんだよ」


 純希には、すべてが嘘だとは思えなかった。幽霊が指し示した旅客機の墜落現場の方向を見つめている明彦は、“答えはもう見えているはず” と言われていた。気になった純希は明彦に訊く。


 「お前さ……カラクリの答えに気づいているわけじゃないよな?」


 明彦は言い返す。

 「そんなわけないだろ。幽霊の言葉を鵜呑みにするのか? だとしたら純希、お前もカラクリの答えに気づいていることになる」


 「断言する。俺がカラクリの答えに気づいていたら真っ先に教えてる」


 「俺だって同じだ」


 「あのさぁ……」ふたりの会話の途中で類が言った。「カラクリの答えを受け入れろって言ってたけど、答えを導き出さないと現実世界に戻れないんだ。なんだか……あの男の言い方だと、俺たちが現実世界に帰りたくないから、この島に留まっているみたいな感じだったよな。いますぐここから脱出したいのにありえない」


 明彦を疑う純希は、さらに質問を続けた。

 「本当は医者になりたくないから島に留まりたいんじゃないのか? ここにいたら受験からも逃れられる。それに結菜とだって永遠に十七歳のままずっと一緒にいれる。正直に答えろよ」


 呆れたような表情を浮かべた明彦は、純希に言い返した。

 「中学のころは須藤家に産まれたことを恨んだ、そう浜辺で言ったはずだ。いまはまちがいなく自分の意思で頑張ってる。それなのにこんな島にいたいわけないだろ? へんな言いがかりはやめてくれ」

 

 純希は明彦に謝ったが、やはり疑わずにはいられない。

 「……。そうか、わるかったな」 

 (なんか怪しいよな……)


 腹立たしい気持ちが収まらない明彦は続けた。

 「空腹だって辛いんだ。そのうち気が狂って虫の死骸や猿の死体を喰うようになるかもな」


 「だからわるかったって、言ってるじゃん」


 類は純希に言った。

 「明彦が怒るのは当然だと思うよ。俺だって、この島で理沙と永遠に十七歳のままいたいかって訊かれたら嫌だもん。現実世界で暮らしてこそ幸せなんだよ」


 明彦も言う。

 「そのとおり。俺も永遠の十七歳なんて望んでない」

 

 明彦は本気で言っているようだ。純希は、念のためにもう一度訊いた。

 「カラクリの答えをマジで知らないんだよな?」


 明彦は疑われるのが嫌なので真面目に答えた。

 「知らない。見当もつかない。これで満足か?」


 明彦が嘘をついているように思えなかったので追及をやめた。

 「わかったよ、疑ってごめん」


 明彦は純希に言う。

 「わかってくれればいいよ。二度と言わないでくれよな」


 「もう言わない。約束する」純希は、肝心な進むべき方向をふたりに訊いた。「で、どうする? 幽霊がご丁寧に教えてくれた方向に進んでみるか?」


 明彦が首を横に振った。

 「あいつらがカラクリの答えを知るはずがない。それに俺たちを連れて逝こうとしてるやつらの言うことを信じて進んでも、地獄を見るだけのような気がする。何より確証が持てない」


 類も言う。

 「俺も反対だ」


 三十年前と現在のちがいに疑問を感じた明彦は、類に訊いてみた。

 「小夜子のときも死んだやつが化けて出てきたんだろうか?」


 類は、道子と同じ考えを口にした。

 「死んだのは操縦士だけなんだ。おばけが出てくるなんてひとことも聞いてない。たぶん……ゲームのシナリオとかそんなんじゃなくて、生き延びた俺たちが妬ましいから道連れにしたいんだよ」


 明彦は言った。

 「つまり、リアルに化けて出てきた。それしか考えられないよな」


 純希は考えを巡らせた。

 

 あの時間帯に死ぬ運命だったとはいえ、機体を墜落させるだなんて、大量殺人に等しい。だからこそ、生き残った俺たちを妬ましいと思う気持ちがあって当然だ。だから連れて逝こうとしていたのは確かだと思う。だけど……本当にそれだけなのだろうか? と考えたのは俺だけみたいだ。ここでそれを言っても相手にされないだろうし、言うだけ無駄だろう。


 なんだか、類も明彦も以前と変わったような……。


 気のせいだろうか……。


 別人とまではいかなくても以前とちがう。具体的にどこがと訊かれても、はっきりと答えられないけど、何かがちがう……。


 「どうしたの?」類が考え込んでいる純希に目をやった。「何かいい解決策でも思いついた?」


 暗い表情の純希は答える。

 「いや……ぜんぜん」

 

 明彦が純希に言った。

 「俺らが言った方向へ進むぞ」


 明彦が進もうとしているのは、 “そっちに進めば滅茶苦茶になる” と幽霊の男が言った方向だ。だが、明彦が言うように、幽霊の発言に確証が持てない以上、自分たちの勘に頼るしかない。それなら進むべき道はそちらではない。


 「来た道に戻るならちがうじゃん」純希は、幽霊に遭遇する前に進もうとした方向を指さした。「こっちだ」


 明彦は首を横に振って拒否する。

 「純希が進みたい方向は気が進まないんだ」


 類も同感だ。

 「俺も」


 純希は浜辺に戻りたい。

 「そっちは幽霊がやめておけって忠告してきた方向だよな? あいつらの言ってることが、どこからどこまでが本当なのかはわからない。だけど、全部が嘘とは思えないんだよ」


 類は断固として反対。

 「純希の行きたい方向も幽霊が指し示した方向と同じだ。あいつらは俺たちを連れて逝こうとしたんだ。全部、嘘に決まってるじゃん」


 明彦も純希に言った。

 「わるいけどお前が進みたい方向へ行くのも嫌だし、幽霊の指示に従うのも嫌なんだ。それに、あいつらが指し示した方向と真逆に進んだほうが、いい結果になりそうだと思わないのか? 相手は俺たちを連れて逝こうとしたんだ。このさい逆らいたいんだよ」


 たしかに幽霊は三人を連れて逝こうとした。だからといって、明彦が行こうとしている方向へ進んでいいものなのだろうか……。気が進まないが、類も明彦と同じ意見。単独行動する度胸はない。


 純希はしかたなく返事した。

 「わかったよ……」


 明彦は足を踏み出した。

 「じゃあ行くぞ」


 類は浜辺で待機している一同の心配をした。

 「あいつら大丈夫なのかな……幽霊に襲われてなきゃいいけど……」


 明彦は言った。

 「綾香がいるんだから、きっと大丈夫だ。そう思わないと不安になる。結菜やみんなを心配したって俺たちにはどうすることもできないんだ。あいつらもやるべきことに集中しているはずだ」


 類はうなずく。

 「そうだな。俺たちにできることは前進すること」


 明彦は歩を進ませた。

 「そういうことだ」


 三人は、幽霊の男が忠告してきた方向に進んだ。これが吉と出るか凶と出るか。類と明彦は、吉と信じて足を運ぶ。


 純希は小声で呟いた。

 「嫌な予感がする……」


 明彦は、純希の言葉が聞き取れなかったので訊く。

 「なんか言った?」


 ため息交じりで返事した純希は、この先に大きな不安を感じていた。

 「なんでもない……」


 (いつもなら幽霊の出没について関心をもって話し合うはずだ。ふたりともどうしちゃったんだよ。それとも……おかしいのはふたりじゃなくて俺のほうなのか?)


 だが、類も純希以上に不安を感じていた。それは進むべき方向ではなく、幽霊に言われた言葉だ。


 お前の目の中に死神が棲んでいる―――


 死神と化した小夜子にも同じことを言われた。そして幽霊の男にも、足を引っ張られた幽霊にも同じことを……何を根拠に……。


 俺が小夜子みたいな死神にでもなるとでも? 俺をビビらせたかっただけなのか?


 俺はみんなと一緒に現実世界に戻りたい。みんなとの友情を守りたい、その気持ちは変わらない。


 老いて死ぬまで、理沙への愛情とみんなへの友情は不滅だ。俺は死神なんかじゃない。何もかもがでたらめだ。俺たちは絶対にこの島から脱出する。


 類は小声で独り言を言った。

 「くそ……何が真実で、何が現実なんだよ……」


 明彦も類の独り言と同じことを考えていた。


 生き延びた十三人が妬ましい幽霊は、自分たちを連れて逝こうとした。だが、幽霊の言葉は、すべて戯言なのだろうか……。


 真実と現実―――それが島のカラクリを解く鍵―――


 現実を受け入れろ……現実ってなんだ?


 俺たちは、真実の中にある現実をずっと探している。俺たちの肉体が八月一日の無限ループなら、カラクリも同様に謎の無限ループだ。何度も同じことを繰り返し考えている。


 嘘か本当なのかわからないが、カラクリの答えを知っているような口ぶりだった。どこかで十三人を眺めていたとすれば、話のつじつまを合わせればいいだけかもしれないが、それにしてもいろんな面で合致しすぎだ。


 俺たちは、いつになれば答えに近づけるのだろう。


 確実な答えが欲しい。


 それなのに、カラクリの答えを探そうとしていないみたいだと、由香里に言われた。


 いいんだ―――俺は答えを知りたくないから―――と、囁いてくる自分の声が頭の中に響いた。


 「知らなくていい……」心の中で答えを求める自分と、答えを拒否する自分がいることに気づいていた。だが、本能のように囁き声に抗えなかった。「いいんだ―――知らなくて―――」


 独り言を言う明彦に、純希が訊く。

 「いいんだって何が?」


 明彦は返事した。

 「なんでもないよ。気にしないでくれ。きっと、頭がへんになりかけているのかもな」

 

 純希は言った。

 「みんなそうだろ。まともなやついるのかな?」


 明彦は言った。

 「さぁな」


 「俺も頭がおかしくなりそうだよ」類が純希に訊いた。「そういえば……由香里もへんだった。理沙の顔が衰弱して見えるだなんてふつうじゃない。お前も同じことを言っていたけど……大丈夫か?」


 たしかにあのときは、理沙の顔が衰弱しているように見えた。なぜだかわからないが、別人のように見えたのだ。 

 「この島のせいかもな。すべての感覚が狂ってくるよ」


 明彦は言った。

 「こんな場所に五日もいるんだ。精神的に滅入って当然だよ。由香里はノイローゼ気味だったんだ」


 ノイローゼのひとことで片づけるなんて……と、驚いた純希は目を見開いた。いつもの明彦ならとことん追究するはずだ。

 「ずいぶんとあっさり考えるんだな」


 「だって、考えるだけ無駄だから。頭が疲れるだけだ」


 「頭を疲れさせるのが趣味なお前らしくない」


 「そんな趣味を持った覚えはないよ」


 「…………」

 (やっぱり……いつもの明彦とちがう……)


 会話を逸らそうとしている。このまま歩き続けても、延々とジャングルを迷走することになる。


 なんのために謎解きを避けて拒む必要がある? カラクリの答えを求めて旅客機の墜落現場を目指していたはずなのに、なぜ?


 あれほどまでに必死に探していたカラクリの答えを知りたくないのか? みんなで謎解きし合った時間はなんだったんだ? 明確な答えが欲しいはずだろ? それなのにどうして?


 おそらく……推理しているのは上辺だけ。それとも、ふたりは推理していると思い込んでいるだけなのか? もしそうだとしたら……これがゲームの罠なのか?


 俺や由香里と同じ考え方のやつはいないのだろうか?


 このままだと永遠にこの島だ。ヤバい展開になる。

 

 『ネバーランド 海外』の結末がいますぐ知りたい。カラクリの答えが欲しい。


 俺は現実世界に帰りたいんだ―――




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