062 ダモクレスの剣 -Sword of Damocles-
「推理が当たっていたのなら、こうして鳴海を呼び出して話をした意味があったわけだ」
「どんな意味ですか?」
「鳴海から、バエルを消すことの重要性を下げさせるって意味だよ。
バエル以外に真実を知る者がいれば、バエルを消す意味が薄れる。
秘密を守るには、真実を知る者すべてを消すのが確実。
バエルは簡単に消せる。だが現実世界の俺は簡単には消せない。
バエルを消す価値が二分の一以下になったわけだ。
月島と近い位置にいる俺の方が口封じをする価値は高いからな」
「……たしかにあなたの言う通りですね。
つまりあなたの目的は、私がバエルを消すのを阻止することですか?」
「そうだね。バエルを消すのをやめてほしい。
おそらくバエルは契約解除をするために、再び第1世界に戻って来る。
バエルは改心して魔王の味方になった。もう鳴海と目的は一致しない」
「なるほど、そういうわけですか。
ところで、どうしてバエルを助けようとするんです?
それはあの魔王のため?
あなたもFPなら、少なからず魔王に恨みがあるのではないですか?」
鳴海は悠斗の真意が分からず、質問を投げた。
「ファンタジアのプレイヤーは、人間側しか選べない。
必ず魔王軍と敵対することになる。
敵対勢力に対しては、どうしても悪感情を抱きやすい。
結果『魔王=悪』の等式が出来上がる。だけど、それが正しいとも限らない。
魔王は平和を望んでいたかもしれない。
しかし周りが、環境が、それを許さなかった。
人間と魔王軍が戦わないとゲームが成立しないからね。
だとしたら、魔王はむしろ被害者じゃないかな?」
「ずいぶんと魔王の肩を持ちますね。
たしかにシトリーさんは、争いを好む感じではなかった。
私が思い描いていた魔王像とは正反対です。
あなたが彼女の力になりたいと思うのも納得できます。
……分かりました。
バエルを消すのをやめます。
あなたの言う通り消す価値も下がりましたし、それにいつこちらに戻ってくるかも分からないですから」
「ありがとう」
「…………。
これであなたの目的は達成された。話はもう終わりですよね。
なら私はもう行きます」
「ああ、呼び出して悪かった」
「せっかくだから、私にも積み木遊びをさせてください」
鳴海は椅子から立ち上がると、ブロックを一つ掴み取る。
そして掴み取ったブロックを悠斗の作ったお城の上に掲げた。
「…………」
鳴海がこれから何をするのか、それは誰が見ても明らか。
だが、悠斗は止めるそぶりも見せずにただ見つめている。
「…………」
鳴海の細い指で摘まれた長方形のブロック。
ほんの少しでも力を緩めれば、ブロックが落下する危うい状態。
その様子は、まるで玉座の真上に細い糸で吊るされた剣――ダモクレスの剣のようだ。
悠斗の手によって作られた立派なお城。
しかし、その立派なお城も一振りの剣、一つのブロックによって簡単に崩壊する。
「…………」
鳴海の指から力が抜けた。
ブロックはするりと指の間を抜けて、重力に従い落下する。
高く積みあがったお城の天辺に、落下したブロックがぶつかった。
その瞬間、積み木の城はガラガラと連鎖的に崩れていった。
作るには時間が掛かる。だが崩れるのは一瞬。
「……積み木遊びって、楽しいですね」
鳴海は冷たい笑みを浮かべて、悠斗の表情を伺う。
悠斗は自分の作ったお城が壊されても、顔色一つ変えずに答える。
「それは良かった。
気に入ったのなら、もう一回やる?」
次の瞬間には、崩れ去ったお城が元通りになっていた。
「……えっ!?」
鳴海は目をぱちくりとさせて、驚いている。
たしかにお城は崩れた。
それがどうして元に戻ったのか分からない、そんな顔をしていた。
「出来の良いお城が出来たから、構成ブロックの位置情報をセーブして。
それを復元させたんだよ。さあ、どうぞ」
もう一度、お城を壊して良いよと悠斗は言う。
だが、
「……結構です。さようなら」
鳴海は無感情に言い放つと背中を向け、そのまま教室を出て行ってしまった。
「ピィ?」
悠斗が扉から視線を戻すと、目の前にフランメリーがいた。
フランメリーはブロックを掴んだまま、お城の上をパタパタと飛んでいる。
どうやらお城崩しを自分もやってみたいらしい。
「いいよ。派手に壊しちゃって」
「ピィ!」
落下するブロックによって、再びお城は崩壊した。
乾いた音が教室に響く。
しかし、それは仮想世界の出来事。
積み木のお城も、てのひらサイズのグリフォンも、現実世界には存在しない。