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004 隣の席の彼女


「ああ、これは――」

「――VAM『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』だよ! 月島つきしま!」


 悠斗ゆうとの言葉を遮って、滝川たきがわが割って入ってきた。

 気を引きたかった相手が反応を示したので、滝川は嬉しさを隠しきれていない。


 隣の席の人物、月島春奈つきしまはるな。ジャンケン大会の優勝者。

 髪が長く美人で、クラスメイトたちの男女どちらからも人気がある。

 美人だが冷たい雰囲気はなく、やわらかい印象を周りに与えている。

 両目にスマートコンタクト、首元にはペンダント型デバイスがぶら下がっていた。


「……VAMって、ミラージュのアップデート版だよね。二人はそれをやってるんだ?」


 春奈はぴょこっと体を横に傾けて、滝川の脇から悠斗を覗き込む。

 それから体を戻して滝川に視線を向けた。


「そう、それ! それを今やってたんだよ俺たちは。なあ?」


 顔面クリームまみれの滝川は横にずれてから、悠斗に同意を求めた。


「……うん、まあ」


 悠斗は生返事なまへんじをする。

 自分は会話するきっかけのしにされただけなので、あとは二人で勝手にしてくれと思っていた。

 滝川とバカ騒ぎをして、クラスメイトたちの視線が集まっている。

 さらに人気者の春奈と会話してたら余計に目立ってしまう。


「ふーん、そうなんだ。実は私も最近始めたんだ。VAMの冒険。ミラージュは前からやってたけどね」


「あ! そうなの! ならVAMを起動して、第1世界でこいつの顔を見てみろよ。面白いことになってるからさ!」


「えー、そうなの? 見たい見たい! ちょっと待ってね」

「…………」


 滝川の顔も面白いけどなと、悠斗は思ったが黙っていた。


「うーんと、これをこうして……」


 春奈は右手を空中にさまよわせている。

 視線操作ではなくジェスチャー操作をしていた。

 黒目があっちこっちに移動するので、視線操作は変な顔になりやすい。

 それを嫌がる女子は、人前だと気を使ってジェスチャー操作をすることが多い。


「よし、出来た。……何その顔、おかしー、あはは」


 春奈はクリームまみれの二人を見て笑った。


「だろ? こいつの真っ白な顔、おもしれーよな?」


 滝川は、春奈が笑ってくれたので一安心していた。


「滝川、お前も顔、真っ白だからな?」

「あ、そうだったわ。ははは」


 滝川はようやく春奈と会話できたことが嬉しくて、すっかり自分の顔のことを忘れていた。


「ねえ、それってどうやるの? 私もやりたいな」


 おもちゃをねだる子犬のような瞳で、春奈は悠斗を見つめた。

 それを見て、滝川は少しだけ不満顔をしていた。なんで俺じゃないんだと……。


「はい、これ」


 悠斗はクリームパイを呼び出して、春奈に手渡した。


「……えっとー」


 春奈はクリームパイを手にして戸惑っていた。


「パイ投げしたいんじゃないの? 滝川の顔に遠慮なくぶつけていいよ」

「なんで、俺なんだ!」


 滝川は悠斗に抗議した。


「嫌なのか?」

「別に、嫌じゃねーよ、むしろ……」

「私、投げるほうじゃなくて、ぶつけられたいな」


 嬉しがる滝川をよそに、春奈は言葉を挟んだ。


「ああ、そうなんだ。まあ俺も滝川も、すでにクリームまみれだしね」


 悠斗は春奈の予想外の言葉に少し驚いた。

 ジェスチャー操作をする割に、パイをぶつけらたいなんて変わっている。

 視線操作よりもよほど、変な顔になってしまう。


「じゃあ、はい」


 春奈の手からクリームパイを取って、滝川に渡した。


「え? お、俺? 俺がやるのか?」

「うん、やりたいかなって」


 滝川が春奈に気があるのは分かってる。

 好きな人にパイ投げをできる、またとないチャンスなので滝川に役をゆずった。


「お、おう、分かった」


 滝川はクリームパイを持った手を肩のところで構える。

 春奈からじっと見つめられて、緊張でかなり体に力が入っている。


「ちゃんと寸止めしてね。

 間違って目に指を刺したり、張り手をしてケガさせないように。

 パイ投げでケガする人。案外多いらしいから」


「おい、変なこと言うなよ!」


 悠斗のアドバイスにビビった滝川は構えをやめた。


「あれ、怖くなっちゃった?」

「ちっげーよ。女子の顔にパイをぶつけるのは男として、どーなのかなって思って……。別にびびったとかじゃねーし」


 滝川は明らかに、とってつけたような言い訳をしていた。


「パイ投げに男も女もないでしょ? それに月島はぶつけて欲しいって言ってるよ?

 ぶつけてあげなよ。ほら早く。待ってるから」


「ちょ、おま、俺は無理だ。八神がやってくれ。

 お前、俺に一回やって、慣れてるだろ?」


 滝川はクリームパイを悠斗に押し付けて距離を置いた。

 もう自分では絶対にやりたくないらしい。


「そっか、わかった」


 好きな人の顔にパイ投げをしたいと思う人は少ない。自分もしたいとは思わない。

 悠斗は滝川の気持ちを理解して、パイ投げを引き受けた。


「ねえ? まだ~はやく~」


 春奈は待ちくたびれて口を尖らしていた。


「ごめん今やる。心の準備は良い?」


 悠斗はクリームパイを構えて、春奈に最終確認をする。


「うん、おっけーだよ。いつでも来て」


 春奈は両足を少し広げて、足の踏ん張りが効く体勢をとった。


「じゃあ、行くよ」


 悠斗は春奈の顔めがけて、クリームパイを投げる。

 春奈は微動だにせずクリームパイを顔で受け止めた。


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