一章‐4 狐娘の天狐
「うーわ、生きてるわ・・・・・・」
見知らぬ天井、硬いベッドといっていいのかわからない寝台に俺は横たわっていた。
そして目が覚めて最初に放った言葉がこれである。
いや、助かりたかったよ?でもね、人間の体にも限界ってあるじゃん?
マジで助かるんなんて思ってなかったよ?
体のあちこちちぎれかかってるし?脚なんて二本ともちぎれてたからね?
自分の脚が目の前に落ちてた時の衝撃よ・・・。
そこで我思う。
「脚とか・・・千切れた個所どうなってんだ?」
自分の体の状態がめちゃくちゃ気になるが、見る勇気がない。
「ってか千切れてしまってるんだから、もうどうしようもないじゃないか・・・」
トカゲじゃないんだからにょきにょき生えてくるわけもないので絶望しかける。
泣きそうだ・・・。
「まぁ、こうやって生きてるってことはさっきの狐娘に助けられたってことでいいんだよな・・・・」
体がどれほど回復しているのかわからないが踏ん張って起きてみる。
そしてあることに気づく。
「あれ? 脚生えてるんだけど・・・・・・」
生えてることなんてありえないのだが、ぽろりんちょされてた脚が元通り、あるべき場所ににちゃんとついていたのだ。
それどころか、千切れかかった個所もしっかりともとに戻っていた。
やべ~、テンションあがるわ~。
「すげぇな、異世界・・・千切れた脚まで元通りになるなんて無敵じゃん」
・・・あれ?でもこれじゃあ、神様が言ってたこの世界のパワーバランス崩壊してね?と思うのは野暮なのか?
「馬鹿もん、脚が元通りになっとるのは、その場に脚が残っておったからに決まっとるからじゃ」
ふと、声のした方を見る。
先ほど助けを求めた狐娘がそこに立っていた。
「狐さん!」
「狐さん言うでない、わしの名は天狐いうんじゃ、覚えておれ」
「天狐さん!」
「はいはい、天狐じゃぞー、って、お主中々なれなれしい奴じゃのう」
そう言って、天狐と名乗った狐娘はこちらによって来る。
別になれなれしくしたつもりはないんだけどなぁ。
「ほれ、お主、わしに言うべきことがあるじゃろうが、ほれほれ」
そう言って、わき腹を小突いてくる。
わぁ、なんだこのかまってちゃん! 犬とか猫とかも構ってほしいときに無駄にスキンシップとってくる映像見て憧れていたけど今まさに夢がかなった瞬間だわ・・・。
「お~かわいいなぁ、ありがとね~、天狐ちゃん、よちよち~」
全力で頭をなでる。
そして思わず赤ちゃん言葉になる。
ペットとか買ってる奴らはこんなにも穏やかな気持ちになっているのか・・・羨ましい。妬ましい・・・・・・。
「・・・思ってたんと違うがまぁよいわ」
そう言いながらも頭は撫でさせてくれる天狐さんまじ天使。
そうお思いながら撫で続けていると天狐はそのままの状態で話を続けた。
「さて、人間よ」
「なに?」
「頭を撫で続けるのも構わんがいくつかわしからの質問に答えてくれんかの?」
「ん? 俺で答えられる範囲なら」
「そうか、ならまず一つ目の質問じゃ、お主何故あんな場所で死にかけていたのじゃ? 自殺というわけもない、ましてや外敵が近くにいたわけじゃない」
「あぁ、ドラゴンに捕食されていたんだけど・・・」
そう言いかけて天狐に遮られる。
「待て待て・・・・・・お主記憶が混乱しておるのか? そもそもこの森林地帯はドラゴンはおろか、そういった類のモンスターは存在せんのだぞ? あと撫でる速度が速すぎる、もうちょっとゆっくり頼むぞ・・・あぁ~そんな感じじゃ・・・」
「いや、そのドラゴンに襲われたのが、違う場所だったんだ 捕食された後、空を飛んだみたいで、その移動中に吐き出された。もちろん体の節々は千切れていたし、落ちてきた衝撃で多分骨とかも面白いくらい折れてたと思うし内臓に刺さってたと思う」
「なんで生きてるんじゃ・・・?」
「天狐が助けてくれたから」
「いやいや、普通ドラゴンの口の中で息絶えておるわ。ショック死、失血死、身体機能の低下などで普通は死んでおるはずじゃ。ましてやお主は見たところただの人間・・・。なぜ貧弱な人間があそこまで生きながらえるのじゃ・・・」
「いや、俺もびっくりしたよ、案外人間って簡単に死ねないって身をもって知りましたよ あははは」
「よく笑ってられるの・・・普通今の状態のお主じゃ手を動かすことでさえ激痛が走るはずなんじゃが」
天狐にそう言われて自然と頭を撫でていた手が止まってしまう。
「どうしたのじゃ? なぜ手を止める? 急に傷んできたのか? ん? いや、割とマジで撫でろ」
別に天狐にそう言われたから止めたわけではなく、ふと自分の傷の状態が気になってしまったのだ。
俺のけがは転んだとか、打撲したとかとかの軽傷ではなく、体が千切れるという重体というより瀕死の状態だったのだ。
多分というより、確実にこの天狐は回復魔法を行ったのだろう。
そんなこと、ここが異世界ファンタジーということを知っていれば大体察しがつく。
しかし問題はそこではない、体を回復させたことよりも、どうやって千切れた個所を元に戻したのか・・・・・・。
俺はしばし考えていると。
「お主・・・思った通りの奴じゃな」
ふと天狐に目をやると、撫でていたはずの手は、正確には指が天狐に噛みつかれていた。
「あ・・・・・・」
俺があっけにとられて情けない声を出すや否や、天狐が思い切り指を食いちぎった。
痛くない、痛くはないが、ショッキング。
食いちぎられた指を天狐はペッ!と床に吐き捨てて、拾う。
「いや、拾うなら吐き捨てないでよ」
「す、すまん、勢いでやってもうたからのう・・・」
申し訳なさそうに天狐は指をベッドの脇にそっと置く。
うわ、こう見るとソーセージ感すごい・・・あぁ、血が滴ってる・・・。
「じゃなくて! お主は馬鹿か! 突っ込むところはそこじゃないじゃろう!」
「はぁ!? 勝手に指食いちぎってきたやつになんでそんなこと言われないとダメなんだよ!ボケ!」
「うるさいぞ! 大体、指噛まれた時点で気付けよ!」
「わかんなかったんだよ!」
「なんでじゃ!?」
「痛くないから!」
「食いちぎられてもか!?」
「うん!」
「ほーれみろ! お主はやっぱりないんじゃ! 痛覚というのがないんじゃ!」
「それ確認するために普通指食いちぎる!? 仮に痛覚なくてもさ!『今から痛覚テストするから指食いちぎっていいですか?』の一言あるのが常識だろうが!」
「なんじゃ! そのあり得ない会話! じゃあその確認とっておったら、『痛覚テストで指食いちぎるんですか? いいですよ』ってなるのか? ならんじゃろうがぁ!」
「確認あれば許可してたよ! いや、ちょっと考えるわ!」
「じゃあ、痛覚テストするから指食いちぎってもよいか?」
「まさかのもう片方も!?」
とても疲れた、この狐娘アホだわ。
命の恩人だとしてももう遠慮しない。アホアホ。
アホの天狐ですわ。
どうやらアホの天狐の方も疲れているのかゼェゼェ言いながら息を整えている。
食いちぎられた指は痛みはないが、ぼんやりと温かい。断面図を見る勇気はないが、とってもグロテスクなことになっているはずだ。
「・・・とりあえず、千切れた指が新鮮な内になおすとしようかのう」
そう言って天狐はベッドの脇に置いていた指を持って断面図にあてがう。
千切れた指とか言ってるけどこいつが食いちぎったからね。なに自然と千切れたみたいな言い方してんの?って喉ぼとけ付近まで言葉が出かかったが堪える。
「グルー!」
そうこうしているうちに天狐が急になんか叫びだした。
すると、魔法陣の様な図面が浮かび上がり、俺の指と断面図付近がまばゆく光る。
「おぉ! これで治ってんのか? すげえな魔法・・・」
ただこんな壊れたフィギュアみたいな治され方は色々と言いたいことはあるが我慢する。
「ふん、これで指は繋がる。先ほどお主の脚も、千切れかかった胴体もこれで治したからのう! もちろん繋げる前後に、回復魔法もかけておいたから安心せえ!」
ドヤ顔で、服の上からでもわかる無い胸を張り、それはもう自信に満ちた様子の天狐だったが、繋がった指を見て俺は絶句した。
「・・・おい、天狐」
「なんじゃぁ? 撫でてくれてもええんじゃぞ! ほれほれ、ほーれ」
「いやいや、その前に指を見ろ。指を」
そう言って俺は天狐に繋がった指を見せる。
天狐は笑顔でまじまじと指を見ている。
「綺麗じゃぞ」
「あぁ、綺麗につながっている。問題は繋がっている指の位置だ」
そう言ってもう片方の手の指を見せる。
流石の天狐も気づいたのか、笑顔のまま硬直する。
「繋がってる指が見事に全部逆なんだけど」
小指が親指の位置へ行き、そのまま綺麗に逆で揃えられていた。
「まさか、こんなミスするとは・・・俺もしっかり確認しておけばよかったよ・・・」
「い、いや・・・そ、そのわざとじゃ・・・」
天狐もあたふたしている、いや怒ってるわけじゃないけどまさかだよ。
「この調子だと、脚も逆にやらかしてんじゃねえだろうな・・・まじかよ」
そう言いながら既に繋げていてもらった脚を確認するとこちらも左足と右足が逆に繋がっていた。
さっきはちらっと繋がっていることだけを確認していたので盲点だった。
「ご、ごめんなさい」
すると、今までの天真爛漫な天狐とうってかわって、しゅんとした様子で謝ってきた。
いや、お前謝るなら指食いちぎったときだろうが、情緒不安定すぎて怖いわ。
「いや、謝る必要ないぞ、もっかい千切って、くっつければいい」
自分の言ってることがぶっ飛びすぎてて逆に面白くなってきた。
「お、お主、自分で何を言ってるのかわかっておるのか? 例え痛覚はなくても、お主の身体はもちろん、精神的にもよくはないんだぞ!」
おまえが繋ぎ間違えたんだろうがああああああああ
まぁ、間違えたことはしょうがない。いや、普通間違えないと思うけども!
「あーもう! いいか天狐! これは人助けだ、俺を救うと思って一思いにやってくれ! こう見えても体は多分丈夫だし、メンタルも割と強い方なんだ! それに・・・」
「なんじゃ?」
「天狐は一度俺を救ってくれている、だから天狐、お前に頼みたい」
お前が間違えたけどな! これだけは何回も頭の中でリフレインさせてもらうぞ。
「わ、わかった! もとはといえばわしが繋ぎ間違えてしまったからのう・・・」
よし、やる気になったな。
俺はそのままベッドに横たわる。
「よし! 天狐! いつでもいいぞ!」
「そ、その前に・・・!」
「なんだよ、どうした?」
「お、お主の名前まだ聞いておらん・・・」
天狐は頬を赤らめて耳をたたんでモジモジしていた。
恥ずかしがり屋か! と突っ込みを入れたかったが我慢我慢。
「俺は、萩村雅だ 自己紹介、遅くなってすまなかったな」
「み、雅と言うんじゃな! 良い名じゃな! 実に良い!」
「そ、そうか?」
「そ、それでなんじゃが、わしらもう友達じゃよな!? な!?」
この狐娘、何をそんなに嬉しがっているのかわからないが、ここは大人しく肯定しておこう。
「あぁ、もう俺たちは友達だ、親友だ! だから・・・だから、友達としてのお願いだ! 思いっきり指と脚斬るなり、千切るなりしてくれ」
俺がそういうと天狐は、ぱぁあっと明るく笑った。
「う、うむ、斬る!思いっきり! その後くっつけてやるからのう!」
天狐は目をつむり、息を整える。
そしてカッと目を見開くと
「今から痛覚テストをするから脚と指食いちぎっていいですか?」
「うん、今その確認いらないね」
和やかな(?)雰囲気の中作業が始まった。