【グーテンベルク家(1)】
「ここがフランスですか。」
「フランス?ここはロシアですよ」
「へぇー…ロシアのどこかは知らないけどさ。」
街を歩く。人は多いが街を歩くだけで小石を投げられるというほどでもないようだ。ただ偶に変な老人に睨まれるというところか。ただ…1922年、か。つまり、可能性としては目の前を歩く女性こそが、私のひいお婆ちゃんなのかも知れないな。しかし、だとしたら私は既に体に炎を宿しているはずだ。…さすがにひいお婆ちゃんではないか。
いや、そもそも1922年って年代的には、こんなぼのぼのしていて良いはずがない。もっと殺伐としていてもおかしくない筈なのだが…?
「で、レイシャ。今どこへ?」
「言ったでしょう。グーテンベルクの家です。」
「あぁ……んで、グーテンベルクってどんな奴なんだ?」
「ラードルフ・グーテンベルクが今の当主です。」
「へぇ?そいつはイケメンなのかい?」
「…彼はもう齢40を超えています。」
「おっさんか〜。息子とかは?」
「います。クランディア・グーテンベルク。私はそういうのに興味がないのでイケメンかどうか、は自分の目で確かめてください。」
「んお、あれはなんだ?」
目に入ったのはボロボロの看板だ。
そこには文字が書いてある。
“この先進むべからず
命惜しくば帰りたもう”
「命惜しくばって…」
「あぁ…あれですか。あの分かれ道をそのまま進むと洞窟があるらしいんですが……どうも妙な噂がありまして」
「妙な噂……心霊現象的な?」
「それに近いかと。なんでも夜中になると洞窟から竜のあくびが聞こえると噂で。」
「そんなの信じてるやつバカっしょ」
「そうですね、全くです。…ほら、もうすぐでグーテンベルク家です。」
見えてきた家はやはりボロボロの屋敷だ。それでも幾分かルパラディ家よりはマシだった。
「ラードルフさん、お邪魔しますよ」
レイシャは勝手に扉を開けると中へ入っていく。
「あ、待てって…!」
当然付いていくが、中には誰もいないようだった。
「ん……仕事中ですか。ここで待たせて貰うとしましょう、夜には帰ってくるでしょう。」
「あぁ…そういえばなんだけどさ、レイシャって何歳なの?」
「私の年齢など聞いて、どうするのですか?」
「あー…いや、単純に気になっただけ。」
「…そうですか。私は16歳です。」
16歳……見た目からしても妥当だ。
しかも美しい金髪に綺麗な青い瞳の美少女だ。…というか16だと…。
「私と同じ年齢じゃん」
「そうですか、興味ないです。」
ガクッ。仕方ない、実際どうでも良い話だ。さて、暇を潰すべく何か会話をしなければ…。
「ところで、貴女の、フルールがその腕に付けているものは何ですか。」
腕を確認するが、例の腕輪がまだ付いていた。そうか、腕が重たいわけだ。
「これは…最近の流行りだな」
そんなわけないだろ私!
こんな重いだけの鉄の塊を付けるだけのことが流行っていいわけないだろ!
「…そんな、重いだけの鉄の塊を腕に付けるのが流行りですか。…わかりませんね。」
レイシャはそういうと本を取り出して、読みだした。
…そうだよな、その通りだ。そもそもこんなことになった原因はあの学校だ。何故こんな…。
考え事をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。段々暗くなり、本が読み辛くなったのかレイシャが本をそっと閉じて机に置く。
「そろそろ帰ってくるでしょう」
そのレイシャの言葉と同時に二人の男が帰ってくる。一人は背の高い、髭を生やしたおじさん。もう一人は若い青年だった。
「ん?ああ、レイシャじゃないか。どうした。」
おっさん……いや、おそらくコイツがラードルフ・グーテンベルクなのだろう。兎角、グーテンベルクはレイシャが家に入っているのに対しては無関心の様だ。しかし…。
「おい…レイシャ、勝手に人の家に入るのはよせと言っているだろう。」
もう一人の青年、クランディア・グーテンベルクはその事象に対し、少しイラっとした態度で注意する。が、レイシャも対抗心を燃やしているのか反論する。
「鍵を閉めていかないのが悪いのでしょう。それでは強盗が入った時に痛い目を見ますよ。」
ごもっともだ。それにしてもレイシャ、こういうことにイラつくタイプなのか?
「…レイシャ、違うだろ。俺たちは魔術で防壁を張ってあった筈だ。お前はそれを破って家に入ってきた、そうだろ?」
「えぇ、その通りです。私の魔術の腕を甘く見ないでいただきたい。」
さすがに止めに入った方がいいだろうと思い間を割って声をかける。
「本題に…入らないか?」