【プロローグ】
ーーこれは、きっと私の夢だ。
ここはどこだっけ?
白くて…何もない。この状況が希望だったのか絶望だったのかも、よく思い出せない。
『フルール・ルパラディ、 花と楽園の乙女よ。』
私の名を呼ぶ声が聞こえる。
前には“私“が立っている。
嗚呼…最強になって、神になって、世界を創造して…。
「私は…どうしたかったんだろう?」
唯一の疑問を私は“私“に問う。
『貴女は、確かに無敵です。当然、まだ貴女よりも強い人はいますが…そうですね、大抵、負けることはないでしょうね。』
「だったら尚更、私は…こんな…こんな力で、私は何をすればいいの!?」
『頭では理解しているのでしょう?』
「それは……」
私はいつの間にか一冊の本を手にしていた。当然、私はこの本に見覚えがあった。
「私の、役目は……!」
したいこと、しなければならないこと。この二つが全くの別物であることはわかっている。それでも私は“しなければならないこと“を取ろう。私には、もう人間の感情がないのだから。
私は、フルール・ルパラディは本を開くと最後のページにある、まるで映像の如く綺麗な挿絵に手を添えるのだったーー。
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…アラームの音がうるさいな。こんな時間に設定するんじゃなかった。
私が時計を雑に殴ると、カチッと音を立ててアラームが止まる。
「もう朝か…。うぅん、まだ時間まで2時間ある……」
寒い。しかし、こうも布団に潜っていては身体が死んでしまう。そろそろベッドから起き上がることにする。
ベッドから降りる瞬間にベッドはギシとなる。床に足を付けて、同じ部屋にあるタンスを開ける。
「最悪…制服、干したままじゃん…」
寝間着姿のまま、部屋から廊下へ出ると、下階へ続く階段を降りる。
「はあ…学校面倒だなぁ。」
チラッと窓から見ると雪が降っていた。何より、外は雪が積もっている為、制服は部屋の中に干してあるのだと気付く。
「お母さーん、制服どこに干したー?」
少し声量を上げて、家中に響かせると、少し間を空けて返事が帰ってきた。何か食べているのか、少し声がこもっている。
「制服?台所にない?」
わかった、と適当な返事を返してから台所へと直行する。何故台所に干してあるんだろう。確かに私の家は狭いけれど、台所に干すほど狭くはない。
「って…干してないのかよ…」
台所のテーブルの上に、自分のブレザーが雑に置かれてあるのが目に入り、思わず呟いてしまう。そして目に入ったのがもう一つ。
「お父さん、行ってきます。」
父の遺影。父は探検家だったが、5年前に失踪、その後死体として発見された。笑顔を作り、遺影に挨拶を済ませるとブレザーを持って部屋に戻り、ブレザーに着替える。寝間着を脱ぎ、防寒対策に薄い適当な服を着てからブレザーを着る。
「寒いから外出たくないんだけどな…。」
愚痴を溢しつつも、昨夜あらかじめ準備していたカバンを手に持ち、玄関まで歩く。
「行ってきまーす。」
と、それだけ挨拶をすると小さくいってらっしゃいと声がする。それを聞き遂げたドアレバーを下げて外へ出る。
外は雪で真っ白に染まっており、空気も冷たい極寒の地だと比喩できた。
…いや、違うか。確かにここは極寒の地なのだ。
ユーラシア大陸の中で最も目立つ国、ロシア。その中でも雪極の都と言われていたこともあるという極北の地に私は住んでいる。周りの人間こそ、この程度の寒さは全然平気だと言うが、私は未だ慣れてはいない。まあ、確かに寒さもそうだが、今から向かう場所もまた不可思議で、なんでもアジアにある日本という国を基準とした学校だと聞く。
入学式は昨日終えている。今日から通常授業らしいが…。
「ううん…このブレザーって言うの、やっぱり慣れないなあ。」
不満は沢山ある。わけのわからない学校に入学させられて私も混乱だらけだ。なんでも安いから、だとか。
しかし実際にその学校へ足を踏み入れてみると、その不満も消し飛ぶくらいに居心地が良いことに気付くのだ。嫌いだが気に入っている、その程度のものだと考えている。
学校までしばらく歩くと、その正門が見えてくる。正門脇の柱には綺麗なロシア語でエナックと書かれてある。学園エナック、突然”ロシアに現れた日本の学校”ーー。
「さて、と…」
私は”そこ”に通うのだ。