表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少し老いた剣と幼い杖

作者: ヒラコー

「……ルイス・リーンハルトさんですね。依頼『アルトスの街から王都ベルヘイムまでの商人の護送』の完了を確認しました。こちらが報酬金の3万7千テヌーです。どうぞ」

「どーも」

 ここは傭兵たちへの依頼斡旋施設。金髪に深緑のコートを着た傭兵ルイスは商人の護衛依頼を終え、報酬金の袋を受付から受け取った。

「……さーて、今日の晩飯は何にすっかな……。にしても、もうちょいサクッと稼げねぇもんかねぇ。もう俺も36になるのにこんな生活か……」

 ルイスは王都ベルヘイムの傭兵依頼斡旋所を出て、歩きながら袋の中を確認する。

 傭兵稼業を初めてはや19年、1回の依頼がこなせれば1週間は暮らせるようになった。

「しっかし、この職業安定しなさすぎるよな……」

 などとボヤきながらルイスは硬貨の入った袋を揺らした。

 日も傾いて、もうすぐ晩飯時になる。

「今日の晩飯と寝床はどうすっかな……宿屋……は高ぇし野宿だろうな……」

 とルイスは独り言を言いながら重たい旅道具を背負って市場へと向かった。


 王都ベルヘイムの市場。もうすぐ街は暗くなるだろうが、それでもまだ市場は活気に溢れ、人もまだまだ多い。ルイスは頭の後ろで腕を組み、今日の晩飯について考えながら屋台などを見て回る。

「……んお」

 ふと、少し先の方にいる2人組に目が行った。どこにでもいそうなガラの悪い若者と、少し背の低いポンチョを羽織った奴。ポンチョを羽織った奴はフードを被っていて顔は見えない。

「おいテメェ、誰にぶつかってやがんだ!」

「ご、ごめんなさいって言ってるでしょ!」

 どうやら若者がポンチョの奴に絡んでいるみたいだ。

(……んー、助けてやるか……)

 ルイスは2人組のもとへと歩いて行く。

「はぁ?気持ちってもんが要るだろーが。金をよこせ金を」

「な、無いわよお金なんて!」

「んだとテメ───」

「おいおい何やってんだアンタ。金よこせなんてなんつーこと言ってやがる」

 ルイスは腕を組んで若者に話しかける。

「あ?やんのかオッサン。言っとくけど俺つえーぞ」

「……傭兵稼業のオジサンを舐めてもらっちゃ困るなぁ」

「は?」

 ルイスが腰に提げた鞘に収まった剣を見せると、若者は諦めたようで1度舌打ちをしてから去っていった。……が、去り際に腹いせかポンチョの奴を突き飛ばして行った。

「キャッ!?」

 突き飛ばされたポンチョの奴は短い悲鳴をあげ尻餅をつき、その弾みでフードが脱げる。フードの中からは10歳くらいの少女の顔が現れた。

(お?まだ小せぇ女の子じゃねぇか。あのヤロー、こんな子に絡んでたのか……)

 ルイスは少女に声をかけながら助け起こす。

「おい、大丈夫か?」

「…………」

 少女は俯いたまま黙っている。

「…………あー、ま、ここら辺はああいう奴もいるから次から気をつけろよ。じゃあな」

 ルイスは踵を返して歩き出した。

「あっ……」

 踵を返したルイスを見て少女は小さく声を出したが、ルイスは気付かなかった。


 晩飯何にしようかと考えながら市場を歩くルイス。段々市場の活気も収まってきた。

(……なんかなー……)

 ルイスはチラリと後ろを見る。

(……なんでついてくるんだ?)

 ルイスの後ろを、先程の少女がフードを被り直してつけてきていた。

(……やっぱり直接聞くのが一番早いよな……)

 ルイスは足を止めて少女の方へ向き直る。少女も足を止めた。

「あのさ……なんか用か?」

「……た……う……」

「あ?」

 よく聞き取れずルイスは聞き返す。

「……た、助けてくれて、ありがとう……」

 少女は1度ルイスの顔を見て礼を言うと、また俯いた。

「…………あぁ、いいさ別に。困ってる奴はあんまり放っておけないタチで───」

 ……ぐぅ。

「……ん?なんだ?」

 ぐぅぅ。

 少女は恥ずかしそうにお腹を押さえて縮こまる。

「……ぷっ、はははっ……なんだ?腹が減ってんのか?」

「…………」

 少女は小さくコクリと頷く。

「ふーん……そうだ、お前も一緒に晩飯食うか?少しくらいなら奢ってやるぞ」

 少女はバッとルイスの顔を見る。

「……いいの?」

「お?わりと乗り気か?あぁいいぜ。そこの屋台で晩飯買うからついてきな」

 ルイスはすぐそこにある行きつけの屋台で晩飯を買うことにしたので、そこへと向かう。

「らっしゃい……おっ、ルイスじゃねぇか。1週間ぶりか?」

 屋台のおっちゃんはルイスの顔を見てにこっと笑う。

「そうだな。アレあるかい?先週食べた……えーっと……なんか東方の国の煮込み料理の……」

「あぁ、『オデーン』のことか。もちろんあるぜ。待ってろ、瓶に詰めてやるから」

 屋台のおっちゃんは瓶を取り出して、そのオデーンとやらを詰め込んでいく。

「あ、コイツの分も頼む」

 ルイスは少女の頭をフードの上からポンポンとなでる。

「あいよ。ソイツ、知り合いかい?」

「さっき知り合った。なんか腹空かせてるみたいだったからな」

「はっはっはっ、アンタらしいな」

「そりゃどーも。んで、いくらだったっけ?」

「2人前だから420テヌーだ」

「うい。はいコレ代金」

 屋台のテーブルの上に代金の420テヌーを置く。

「まいどあり。ちょっと待ってな」

 屋台のおっちゃんは瓶をもう1個取り出してオデーンをさっきと同じ量、同じ具だけ詰める。おっちゃんは手を動かしながら口を開いた。

「ルイス、アンタ『火薬』って知ってるかい?」

「え?火薬って、アレだろ?爆弾だとか、大砲に使われるあれだよな?」

「そうそう。なんか最近、火薬を使って大砲と同じ原理で弾を発射する、『銃』っていう武器があるらしいんだが、それがまた進化してるらしい。人が簡単に持てる大きさで、離れた所から人を殺せる威力があるそうだ」

「……やだねぇ、どうしてこうも人間様は人殺す道具作るのにご熱心なんだか」

 ルイスはため息をついて頭の後ろで腕を組む。

「まったくだ……。まぁ、そんな武器があるみたいだから、くれぐれも気を付けな。アンタ傭兵なんだから撃たれても変じゃないだろ?」

「そうだなぁ……。有益な情報ありがとさん」

「どういたしまして……っと、ほら、オデーンだ」

 おっちゃんはオデーンを詰めた瓶をルイスに渡す。

「おお、ありがとう。んじゃ、また来るぜ」

「おう、いつでも来な」

 ルイスはおっちゃんに手を振りながら踵を返した。


 市場から1つずれた路地で、ルイスと少女は、それぞれ木箱を椅子がわりにして向かい合って座っていた。

「おら食え」

 ルイスは少女にオデーンの瓶を開けて1つ渡し、食べるよう促す。

「…………」

 初めて見る料理に警戒しているのか、フォークで具材をつつくだけにとどまっている。

「いただきまーす」

 それを気にせずルイスはオデーンの具材にフォークを刺して口に運ぶ。まずは大根。

「あー、味が染みてて美味い」

「…………いただきます」

 少女はルイスを見て安全な物と判断したのか、おそるおそる大根を口に運ぶ。大根を口に含んだ瞬間目を見開き、徐々に食べる速度が速くなった。少女は肉団子を飲み込んだ所で一度口を開く。

「……これ美味しい!」

「お?結構元気のいいやつだったんだな。な、美味いだろ?」

 少女はパクパクと卵、魚のすり身を筒状にしたもの(東方の国では『チクワ』と呼ばれているらしい)などオデーンの具材を口に運んでいき、ついに瓶の中身を汁ごと平らげてしまった。

「おお、よく食うなぁ。ほら、これも残り食いな」

 ルイスは少し面白くなり、自分のオデーンの残りも差し出す。

「良いの!?」

「あぁ、じゃんじゃん食え」

「ありがとう、おじさん!」

 少女はルイスの瓶も受け取って平らげにかかる。

「おじさん、か……俺はルイス。ルイス・リーンハルトだ。おじさんじゃなくてルイスの方が嬉しいかな」

 少女は具材を飲み込んで口を開く。

「私はルミーナ!ルミーナ・グランデルだよ!よろしくね、ルイスさん!」

 ルミーナは無邪気な笑顔をルイスに向けた。

「おう、よろしく」

 ルイスもルミーナに対して笑顔を返した。

「……そういやお前さん、両親はどうしたんだ?」

 そう言った途端、ルミーナがオデーンを食べる手を止め、顔を曇らせた。

「…………お父さんとお母さんは……死んじゃったの」

「……。……何があったか、聞いても大丈夫か?」

 ルミーナはコクリと頷いて、話し始めた。

「私のお母さん、アルティマ・グランデルっていうんだけど、『大魔術師』って呼ばれる魔術研究の第一人者だったの」

「へぇー……魔術、ねぇ」

「お母さんは魔術に凄く詳しくて、実際に使うこともできたの。でも……」

「でも?」

「『魔女狩り』を唱える人たちに……お父さんもその時にお母さんを護ろうとして……」

「……あぁ、なるほど……」

 まったく、やっぱり世の中とんでもない奴らばっかりだな。

「……にしても、本当に魔術なんてあるのか?おとぎ話の中だけだと思ってたぜ」

 すると突然ルミーナがこちらを見て声を張り上げる。

「魔術はちゃんとあるもん!私だって少しくらい使えるんだから!」

「うぉっ!?い、いきなり大声出すなよ……」

「……だって、ちゃんと魔術はあるって言ってもみんな信じてくれないんだもん……」

 ルミーナはグスンと涙ぐむ。

「あー……。……じゃあ、その魔術とやらを見せてくれよ。使えるんだろ?……まぁ、ここだとさすがに魔術使うと騒動になるかもだから、街の外に行こう」

「……うん」

 こうしてルイスとルミーナは街の外へと向けて歩き出した。


「……さて、と。ここら辺なら何かあっても大丈夫だろ」

 歩くこと15分、王都ベルヘイムの北の郊外にある街道から少し外れた所。丘になっており、街の方を見ることも出来る。

「……それで、魔術でどんなことしたらいいの?」

「そうだなぁ……。……焚き火に火をつけたりとか、できるか?」

 ここでそのまま野宿するつもりだったので、荷物から薪を出して焚き火の組み方をする。

「もちろん!じゃあ、ルイスさんは離れてて」

 そう言いながら、ルミーナは自分の荷物を下ろす。その中には先端に宝玉のようなものが付いた杖や分厚い本も混じっていた。

 ルミーナに言われた通りルイスは焚き木から離れる。ルミーナは少し離れた所から焚き木に向かって右の手のひらを真っ直ぐ向け、ぐっと握ると、驚いたことに静かに火が起こり、焚き火が燃え上がった。

「うぉっ!?ホントに火がついた……こりゃあスゲェ」

 ルミーナはルイスの言葉を聞いて得意気な顔をする。

「ね?魔術っていうのはちゃんとあるんだよ!」

「驚いたよ。見せられたら信じるしかねぇな……原理はまったくもって分からねぇけど」

「魔術は霊や魂に干渉したり、物理や科学法則に従った現象を起こさせる術なの。だから、出来ないことはほとんど無いんだよ!今の火をつける魔術は、空気を一気に圧縮して熱を持たせて火をつけてるの」

 ふふん、とルミーナは腰に手を当てて胸を張る。

「へぇー……わりとしっかりした法則で動いてるものもあるんだな……。ていうかルミーナは頭良いんだなぁ」

 そう言うと、誤魔化すようにルミーナは笑う。

「まだまだ使える魔法は少なくて、勉強のために旅をしてるんだけどね」

「ほぉー。にしても、出来ないことはほとんど無いんだろ?そんな便利なものなら、なんで普及してないんだろうな……」

 そこまで便利なものが、一般どころか、軍隊ですら使われていないなんておかしい。

「人それぞれ『素質』があって、できる魔法が違ったり、そもそも魔法が使えない人も多いの」

「そうなのか……。……そうだ、人を生き返らせたりも出来るのか?」

「うん、できるよ。この本にそれについては載ってた。これ、お母さんが書いた本なんだ。魔法式とかも載ってて凄いんだよ」

 母の自慢をするルミーナはとてもニコニコといい笑顔をしている。

「じゃあ、いつかはその魔法で母さんと父さんを生き返らせ───」

「それはダメ」

 突然険しい顔つきでルミーナがルイスの言葉を否定した。

「……またなんで?」

 ルイスは少し驚いたような顔を一瞬したが、すぐに気を取り直した。

「……魔術には『禁術』って呼ばれるものがあって、死者の蘇生はその一つなの。『その魔術を使うには、誰か他の人の命を使わないといけない。それは人の倫理に反するもので、絶対に使っちゃいけない』ってお母さんが言ってたから……」

「……そうなのか……」

 ルイスはふぅ、と1つ溜め息を吐いた。

 ……大切な母親の言うことを聞くが故に大切な母親と二度と会えない、ってのも皮肉な話だ。

「なぁ、ルミーナはどっか宿とか決まってんのか?もう夜も遅いし、送るぞ?」

「ううん。私、もうお金も無いから宿屋さんにも泊まれないの……。これからどうしよう……」

 そう言ってルミーナは俯いて、落ちていた木の棒で地面を弄る。

「……ま、野宿するしかねぇわな」

 ルイスは何か仕事を探せばと言おうと思ったが、ルミーナの歳では、金を稼ごうにもロクな仕事も見つからないだろう。下手すりゃ騙されていかがわしい仕事場に連れてかれる可能性もある。それなら野宿の方がマシだろうという結論だった。

「ルイスさんはどこか泊まるの?」

 ルミーナは首を傾げながらルイスに質問する。

「ここで寝る。俺も稼ぎは少しはあっても、毎日宿屋に泊まってたら金が底突いちまう。なんならルミーナもここで寝るか?1人で野宿するよか安全だぞ」

 ルイスはなんとなくそんなことを言ってみた。

「いいの?」

「俺は構わないさ。ただ、ルミーナが嫌なら無理強いしたりはしねぇよ」

「ううん!嬉しい!」

 ルミーナは満面の笑みを見せる。

「そうかい。……んじゃ、これ使いな」

 そう言ってルイスは毛布をルミーナに渡す。

「ありがとう」

「……一応ちゃんと洗ってはいるけど、俺の臭いがしたらゴメンな」

 そう言ってルイスは誤魔化すように笑いながら、頭をポリポリと掻く。

「ううん、大丈夫。とても落ち着く匂いがする」

 ルミーナは毛布に顔をうずめた後、顔を上げてニッコリと笑った。

(……いい子だ……)

 ルイスは心の中でそうこぼす。そしてふと気になったことをルミーナに聞いてみる。

「そういえば、俺がチンピラから助けてやった時、なんで黙ってたんだ?」

「……」

 ルミーナは無言でルイスの剣を見る。

「……怖かったの」

(……あぁ、そうか)

 ルミーナは親を二人共殺されている。目の前で殺されるのを見ていたとしたら、そりゃ当然剣が怖いだろう。

「ごめんなさい……」

「謝ることはねぇさ。ルミーナも色々あるんだから仕方ねぇしな。もう寝るなら俺が見といてやるから、安心して寝ろ」

 そう言ってルイスは焚き火の火を消す。

「……うん。ありがとうルイスさん。おやすみなさい」

「うぃ、おやすみ」

 ルミーナは毛布で身を包み、少しして寝息を立て始めた。普通に話せる人が近くにいることで安心したのだろう。

「……ん?」

 今、街道の方で何か動いたような気がした。ルイスは愛用の剣を手に取り、周囲に目を凝らす。それから数分警戒していたが、動く物は何も無かった。

(……気のせいか)

 ルイスは警戒を解いて剣を置く。ふとルミーナを見ると、ルミーナはルイスに身を寄せて寝言を言っていた。

「……お父さん……」

「…………」

 どんな夢を見ているのだろうか。ルイスがそっとルミーナの頭を撫でると、少し口元が笑って、寝言が途絶えた。

(…………俺も寝るか……)

 ルイスはその場で横になり、眠りについた。


 ───王都ベルヘイム、国王城謁見の間。

「国王陛下。我々クシミア皇国軍はこれより周辺国へと進軍し、我らのものにすべきです!」

 そう提案する20代後半程の色白な男性がいた。クシル・ボルーク、クシミア皇国軍総帥。

「クシル、それはならんと言っておるだろう。我が国は和平を望む。何があっても侵略など野蛮な行為に至ってはならんのだ」

 現国王、ゴスタル・ドルミード12世は、クシルの言い分には首を縦に振らなかった。

「では、他の国が攻めてくるのをお茶を飲んで待っていろと?そんなこと私にはできません!」

「他国が攻めてくるといつ決まったのだ?どちらにせよ、我が国の方から攻め込むなど言語道断だ。下がれ」

「くっ……どうしても、国王はお分かりにならないようですね。……やれ」

 クシルが合図した途端、王を兵士が取り囲んだ。

「クシル!貴様、何をする気だ!」

 国王はクシルを睨みつけ叫ぶ。

「クーデターですよ、国王陛下。これからは私に国の舵取りをさせて頂きます」

「なんだと!?」

「牢に連れて行け」

「やめろ!離さんか!」

 クシルがまた合図すると、兵士が国王を捕まえて、牢へと連れていった。そして兵士が1人、クシルの元に駆け寄る。

「総帥殿。魔術を使える人間の目撃情報が入りました」

「ほう。ついに計画の材料が見つかったか」

「しかし、一つ問題が……」

 そう言って兵士は言いよどむ。

「何だ。言ってみろ」

「まだ子供のようで……」

「むしろ好都合じゃないか。早速明日連れてくるんだ。下がれ」

「御意」

 兵士は敬礼すると下がり、自分の持ち場へと戻っていった。

「……さて、魔術が手に入れば世界は我がものと言っても過言ではないぞ……ククク……アハハハ……」

 謁見の間に、クシルの笑い声がこだました。


 翌日の朝。ルイスは日光で目を覚ます。ふと隣を見ると、ルミーナの姿は既に無く、焚き火だった物の近くに座って母親の書いた魔導書を読んでいた。

「……あ、ルイスさんおはよう」

 ルミーナはこちらに気付いてニッコリと笑う。

「おう、おはよう」

 こちらもその笑顔に笑顔で応えた。

「ルイスさんは今日は何するの?」

「んー、今の所決まってないなぁ。とりあえず、市場に朝飯を買いに行こうぜ。ルミーナの分も奢ってやる」

「えっ、いいの!?」

 ルミーナが目をキラキラさせる。

「あぁいいぞ。……それじゃ、行こうか」

「うん!」

 ルミーナははしゃぎながら自分の荷物の準備を始める。

 ルイスとルミーナは、荷物をまとめると市場へと向かった。


「ルミーナ、これにしよう」

 市場で手頃なパンを買って2人で頬張る。中に甘いホイップクリームがたっぷり入っていて美味しい。

「美味しいね!」

「そうだな」

 ルミーナは美味しそうにパンをはむはむと頬張っている。

「とりあえずどっか行くか?暇だし付き合うぞ」

「いいの!?じゃあ……、図書館に行きたいな」

「図書館か。よし、行こう」

 二人共パンを完食して、図書館へと向かった。


 王都ベルヘイム国立図書館。

 蔵書の数は1万冊を優に超え、子供が絵本を借りに来れば迷子が出ることもある(下手すりゃ大人が迷子になりそうな)程の大きな図書館である。流石国立といったところだろうか。

「大っきいねー……」

 ルミーナは図書館を見上げながら言う。

「そうだなぁ……ぶっちゃけここまでデカいと調べ物なんてキツ過ぎるんだよなぁ……。……んで、今日はやっぱり魔術関係の本か?」

「そうだよ」

「……こりゃあ骨が折れそうだな」

 ま、どうせ暇だったしと、ルイスは楽に考えることにした。

「んじゃ、行くか」

「うん!」

 ルイスとルミーナは図書館内へと足を踏み入れた。


「……ふぃー、疲れたぁー……」

 ルイスはまるで百科辞典のような厚さの本を8冊も抱えてテーブルへと歩いて来た。ルミーナに『力仕事は大人でしかも男の俺の仕事だろ?俺が全部やるぜ』なんて言うんじゃなかった、と少し後悔する。

「ルイスさん大丈夫?」

 ルミーナが心配そうにルイスの顔をのぞき込む。

「なーに、このくらいどうってことないさ」

 ルイスはにっと笑って大丈夫だとアピールする。

「……んで、これ全部借りるのか?」

 ルイスは8冊の分厚い本を見ながら言う。

「ううん。この中から一冊選んで借りるの」

 そう言ってルミーナは早速本を読み始めた。

「そうなのか。んじゃ、俺も読んでみようかな」

 ルイスはなんとなく一冊手に取ってみた。『魔術の歴史』という本だった。ルイスは適当なページを開いて読み始め、そのまま時間が過ぎていった。


 大体3時間ほど経過した頃。

「ルイスさん、これにする」

 ルミーナが一冊の本の表紙をルイスに見せる。『使える魔法薬』という本だった。

「それにするのか。んじゃ、あとは元の場所に戻すんだな?」

「うん。戻すのは私も手伝うよ」

「俺一人でも大丈夫だよ。ルミーナは此処で待ってな」

 そう言ってルイスは7冊の本を抱えて本棚の間に消えていった。当然、戻す作業も相当疲れたのは言うまでもない。


 本を借りた後、図書館の外にて。

「疲れた……」

「ルイスさん大丈夫?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。……それより、ルミーナは勉強熱心だよなぁ」

 ルイスは頭の後ろで手を組んで空を見ながら歩く。

「もっと勉強して、人の役に立つように魔法を使いたいから。それが私の夢なの」

 ルミーナは楽しそうに答える。

「いい夢じゃないか。…………ん?」

 ふと前を見ると、王宮兵士らしい格好の男たちがいた。

「んお、ここら辺で自警団じゃなくて王宮兵士って珍しいな」

 ……なんだかこちらに近付いて来ている気がする。突然、王宮兵士たちに話しかけられた。

「目撃情報からして、魔術が使える子供というのはこいつか?」

「えっ」

 ルミーナが怯えた表情になり、ルイスの服の袖を掴む。

「クシミア皇国軍総帥クシル・ボルークの命により、連行させてもらうぞ」

 そう言って兵士はルミーナの腕を掴もうとする。そこにルイスが止めに入った。

「おい待て待て。いきなり何なんだよ。理由くらい教え──うおっ!?」

 兵士は剣を抜き、ルイスの顔に向ける。

「……悪いが命令だ。連行させてもらう」

「…………逃げるぞ!」

「きゃっ!?」

 ルイスはルミーナの腕を掴むと、ルミーナを抱え上げて逃げ出した。

「……っ!!待て!捕まえろ!」

 兵士がこちらを追いかけてくる。ルイスは傭兵稼業の中で身に付いた、持ち前の足の速さを頼りに石畳の道を駆け抜け、市場へと入った。人が多くなれば、少なくとも武器は使えまい。

 ルイスは市場を駆け抜け、裏路地に入る。

「うげっ……」

 塀で塞がれており、飛び越えられるような高さではない。

「ルミーナ、塀の上に押し上げるから向こう側に行け!」

「う、うん……」

 ルイスはルミーナを塀の上に持ち上げる。そしてルミーナは塀の向こう側に降りた。

 次の瞬間、塀の向こう側から、ルミーナの悲鳴が聞こえる。

「……っ!ルミーナ!!」

 ルイスも後を追うように塀をよじ登ると、兵士に連れて行かれそうなルミーナの姿が目に映る。どうやら先回りされていたらしい。

「ルイスさん、たすけてっ!」

 ルミーナがルイスの方を見て叫ぶ。

 兵士の1人がルイスに気付き、ルイス目掛けて剣を振る。

「うおぉ……っ!」

 それを避けるために仰け反り、ルイスは塀から落ちる。大慌てでまたよじ登るも、向こう側にルミーナの姿はもう無かった。


「…………クソ……っ!」

 ルイスは塀を思いっ切り殴りつける。

(俺のせいでルミーナが連れて行かれちまった…………ああもう、何なんだよちくしょう……)

 自分への苛立ちと、あの兵士達、そして兵士に命令を出した人間への怒りがこみ上げる。

「…………決めた」

 ───何がなんでも、助けてやる。

 ルイスは決意と共に拳を握りしめ、歩き出した。

 ……助けると決めたのはいいものの、まったくもって無計画だ。多分ルミーナは城にいるのだろうが、まず城に入る時点で無理かもしれない。

「……せめて、俺にも魔術が使えりゃなぁ……」

 そんなことを呟きながら、なんとなく手を前に伸ばしてみる。

(……空気を一気に圧縮して熱を持たせるんだっけ……?)

 ルイスはルミーナに教えてもらったことをイメージしながら、路地裏の生ゴミに向かって手を向け、ぐっと握り締めてみた。

 ……すると次の瞬間、なんと生ゴミに火がついた。

「……!?」

 ルイスは驚いて自分の手のひらを見る。

「……希望が見えたかもしれねぇ」

 ルイスはその一筋の希望に頼るべく、準備に取り掛かった。


「……ここだな」

 ルイスは、旅道具を置いて城壁に空いた人一人通れるかくらいの穴を抜け、見張りの目を掻い潜って城の裏側へと来ていた。城の裏側、情報が正しければ火薬庫になっている部屋の外側である。

「よし、やるぞ……」

 ルイスは壁から離れ、壁の向こう側に意識を集中する。ルイスは壁に右手のひらを向けると、ぐっと拳を握った。


 その頃国王城謁見の間。クシルはまるで王になったかのように王の玉座に座り、頬杖をついていた。そこに、ルミーナを連れた兵士がやって来る。

「総帥殿。昨日言っていた子供を連れて参りました」

「ご苦労。下がれ」

「御意」

 兵士はルミーナを置いて立ち去った。

「……ほう、君が魔術が使える子供か」

「…………」

 ルミーナは怯えてなのか無言のままである。

「名は何と言うんだね?」

「…………」

「名を聞いているだろう!答えろ!」

 突然の怒号にルミーナはビクッと跳ねる。

「ひっ……る、ルミーナ・グランデル……」

「グランデル……?あぁ、もしやアルティマ・グランデルの娘だな?これはいい。……では、早速話を始めよう。君をここに連れてきた理由を率直に言おう。君には、兵器として働いて貰う」

「え……」

「魔術というのは、何でもできるとても素晴らしい力らしいじゃないか。君には魔術で戦争の道具として戦ってもらうんだよ」

 話しながらクシルはルミーナのもとへと歩いていく。

「……いや……嫌よ!私は魔術を戦いに使うなん───」

 クシルのビンタでルミーナの言葉は遮られた。クシルはニヤニヤと笑いながら、ルミーナの顔に顔を近づける。

「……君に拒否権は無い。もしそれでも拒否しようものなら、どうしようか…………そうだ、君の両親は教会の人間に殺されているだろう?その教会の奴らに君を引き渡してもいいんだぞ?それはそれは死よりも恐ろしいことが待っているんだろうな……」

 ルミーナの顔が恐怖でどんどん青ざめていく。

「……いや……いや……」

 トラウマを呼び起こされ、ルミーナは涙を流しながらガタガタと震える。

「さぁ、どうする?私の元で兵器として働くか、両親の仇に死よりも恐ろしい目に合わされるか……」

「わ……わわ、私は───」

 次の瞬間、城のどこかで爆発が起き、謁見の間にまで揺れが響いた。


「……おー、ここまで上手くいくとは思わなかったぜ」

 ルイスは吹き飛んだ壁を眺めながら呟く。

「さて、と……いっちょやるかぁ」

 ルイスは口元に布を巻いて顔を隠し、気を引き締めると腰の鞘から剣を抜いて壁の穴を抜け、走り出した。どうやら火薬庫の隣は牢屋だったようだ。

「敵襲!敵襲だぁ!」

 当然の如く衛兵が出てきた。

(できるだけ殺しはしたくないけど、殺らなきゃこっちが殺られるしなぁ……)

「でぇりゃああ!!」

 衛兵の1人が斬りかかってくる。ルイスはその剣の軌道を予測して相手の攻撃を避け、衛兵の腹に剣を突き刺した。

「……悪く思うなよ」

 そう言って衛兵の腹から剣を抜く。剣を抜かれた衛兵は力なくその場に倒れた。

「うおぉお!!」

 もう1人の衛兵も斬りかかってきた。次は相手の刃を剣で受け止め、腹目掛けて蹴りを繰り出す。

「ぐおっ……この───が…っ!?」

 怯んだ所に顔面へ飛び蹴りを入れた。

「悪ぃな、急いでんだ」

 そのまま勢いに乗せて着地し、廊下を駆け抜ける。

(ルミーナ……一体どこにいるんだ)

 焦りから、更に駆け足の速さは増していった。


「……チッ、くそっ、一体何事だ!」

 クシルは1度舌打ちをして、近くに居た兵士に問い詰める。

「突然牢屋付近で爆発がありました!多分火薬庫だと思われます!そしてそれにより開いた穴から侵入者があるとの連絡が!!」

「侵入者だとぉ?一体何人だ!?」

「それが……1人だそうです」

「は……?1人だと?」

 クシルは人数を聞いて意味不明だというような顔をする。

「はい。後退してきた兵の報告によると、深緑色の服を着た、金髪の男だそうです」

 兵士の言葉を聞いて、ルミーナはハッとする。

(きっとルイスさんだ……!)

 初対面なのにとても良くしてくれて、捕まりそうになった時も自分を逃がそうとまでしてくれた男の顔が思い浮かんだ。

「たかが男1人に何を手間取っている!!さっさと殺せ!」

「既に衛兵が何人も倒されています!恐らく戦闘経験の豊富な者です!」

「チッ……とにかく何がなんでも殺せ!捕らえる必要は無い!」

「御意!」

 兵士は敬礼をして持ち場へと走って戻っていった。

(どうにかして居場所を知らせなきゃ……)

 ルミーナは必死に思考を巡らし、ルイスに居場所を伝える手立てを考えた。

(…………ダメ……)

 しかし、まったくもって思い付かない。しかもこの状況では下手に動けば殺されてしまうかもしれないのだ。ルミーナはどうにも出来ない自分の無力さを悔やんだ。


「……でぇりゃぁ!」

 衛兵がまた1人斬りかかってくる。それを躱し、顔面に剣の柄の後端で打撃を入れ、怯んだ隙に相手の腹に蹴りを入れてまた走る。まったくもって道は分からないが、運良くルイスは謁見の間へと向かっていた。

「ルミーナ!どこだ!!」

 ルイスは声を張り上げて、ルミーナの名を呼ぶ。しかし返事は無い。

「くそっ……!」

 ルイスは諦めずに走り続ける。大広間の階段に辿り着き、ルイスは階段を駆け上がりながら、もう一度ルミーナの名前を呼んだ。

「ルミーナ!!」

「……!ルイスさーん!!」

 ルミーナはルイスの声が聞こえ、それに必死で返事をする。

 ルイスもその返事を聞いて、謁見の間へと飛び込んだ。

「チッ……衛兵!」

 クシルは衛兵を呼び、ルイスを足止めしようとする。クシルが衛兵を呼ぶと2人ほど衛兵が出てきた。

「何故こんなにも少ないんだ!」

「もうほとんど見回りか戦闘に駆り出されいます!」

「……くそっ、お前ら時間を稼げ!おらっ、来い!」

 そう言ってクシルはルミーナの腕を掴んで連れていこうとする。

「いやっ!離してっ!」

 ルミーナはとっさにクシルの手に噛み付いた。

「いっ────!?」

 クシルは突然の痛みに驚いてもたつく。

「ふんっ!」

「が……っ!」

「ぐはっ」

 クシルがもたついてるうちに、ルイスは衛兵を2人とも倒し、ルイスはルミーナのもとへと辿り着いた。

「きさまぁぁあああ!!城に攻め入るとは重罪だぞ!」

 クシルが怒号を発するが、ルイスもそれに怒号を返す。

「知るか!小さな子供を誘拐した野郎が何言ってやがる!さっさとルミーナを返せ!」

「なんだとっ!?……ふんっ、身の程知らずめ!このクシル・ボルークが直々に葬ってくれる!」

 クシルは腰に提げた鞘から、剣を抜いた。

「ルミーナ!危ないから離れてろ!」

 ルイスはすぐにルミーナに離れるよう指示を出した。ルミーナはそれに従って謁見の間の壁際へと走る。

「殺す……殺してやる……ククク……」

 クシルはそう言いながら剣を構えて間合いを測る。ルイスも同じように剣を構えなおした。

 広がる数秒の沈黙。

「───死ねぇえええええ!!」

「───うぉおおおおおお!!」

 ルイスとクシルは、同時に動き出した。


 お互い引けを取らない戦いが続く。刃を打ち付け合い、鍔迫り合いの繰り返し。

「ふんっ、なかなかやるではないか」

「伊達に傭兵やってないもんでね」

 そう言葉を交わしてまた刃を打ち付け合う。

「やぁあっ!!」

 剣を振ると、クシルはそれを躱し、突きを繰り出してきた。とっさに横っ飛びに避けるも、少し掠った。

「ぐっ……」

 脇腹に走る鋭い痛みにルイスは一瞬怯む。

「死ねぇ!」

 すかさずクシルはその隙を突いて剣を振り下ろす。ルイスはそれを剣で受け止めた。

「……悪いけど、死ぬわけにはいかねぇんだよ」

 自分で助けると決めた存在のために。

 剣でクシルの刃を受け止めたまま、右手で剣を保持し、左手のひらをクシルの足に向け、一瞬意識を集中して、左手を握る。すると、クシルのズボンの裾に火がついた。

「あちぃい!?」

 クシルは突然の熱さに驚いて数歩下がる。

「はぁ……はぁ……」

 ルイスは息を切らしながらも、クシルがズボンの裾の火を消しているうちに間合いを取って体勢を立て直した。

「……貴様っ!魔術が使えるのか!?……えぇい、小癪な手を!」

「うるせぇ!」

 また刃の打ち付け合いが始まった。ルミーナはそれを離れた所から見ている。

「ルイスさん頑張って!そんなヤツ、やっつけちゃえ!」

 ルミーナはルイスに声援を送る。

「ふんっ!」

 クシルは斜めに剣を振り下ろす。ルイスはそれを剣で受け止め、足に力を入れた。

「……お、らぁっ!」

「なっ───」

 ルイスは手首をひねって剣を振り上げる。クシルの剣は上に跳ね上げられ、持ち主の手を離れると数メートル離れた所の床に突き刺さった。

「ひっ…………」

 クシルは尻餅をついて後ろに後退りする。

「…………」

 ルイスは剣を握り直してそちらに一歩踏み出した。……次の瞬間だった。謁見の間に轟音が響く。ルイスの身体に走る衝撃。ルイスの腹からは血がダラダラと 流れ出していた。

「───!!」

 それを見たルミーナは目を見開き、口に手を当てる。

「あ……?」

 ルイスはそのままバタリと後ろに倒れた。

「ククク……アーッハッハッハ!!馬鹿め!武器は剣だけだと思ったか!?」

 クシルの手には、1丁の拳銃が握られていた。

「ルイスさん……!」

 ルミーナはルイスのもとに駆け寄り、慌てた様子でルイスの顔をのぞき込む。

「ゲフッゴホッ……ああクソ、やられたぜ……」

 ルイスは口からも血を流し、虫の息だ。

「ルイスさん……私のせいで、こんな……」

「何言ってんだ……ルミーナのせいじゃな───ゲホッ」

 咳き込んだせいで血が飛び散り、赤い飛沫がルミーナの顔に付く。顔についた赤を震える手で拭き取り、その赤を見てルミーナの手の震えはさらに酷くなった。

「ぜぇ……はぁ……悪い。俺は、もう……ダ、メみ、たい、だ……」

 血で汚れていない方の手で、ルミーナの頭を撫でる。

「……助けて、やれ、なくて……ごめ、ん、よ……」

 ルイスの腕から力が失われ、どさりと床に落ちた。呼吸の音も無くなり、目は閉ざされて開かない。

「────!!」

 ルミーナのある記憶が呼び覚まされる。


 ───守ってやれなくて、ごめんよ……───


 父の最期の記憶。血と涙を流しながらそう呟いて死んでいったあの日の父の記憶。ルイスの姿が、それと重なる。

「……ハッハッハッハ!!無様だなぁ!結局何一つ救えもしないただの無能だ!!」

 クシルはルイスの死を目の当たりにして大喜びしている。

「……っ!」

 ルミーナはクシルをキッと睨みつけ、また視線をルイスに戻す。

「……ねぇ、起きて……ルイスさん……起きてってば……」

 ルミーナは、大粒の涙をポタポタと零しながら、起きるはずの無い人の身体を無意味に揺さぶる。

「……嫌だ……嫌だよ……お願い、起きてよ……」

 失ってしまう。まるで本当の父親のように自分に優しく接してくれた人を。また失ってしまう。自分が本当に笑顔になれる存在を。

「…いや……いや…………─────っ!!!」

 言葉にならない叫びが謁見の間にこだまする。次の瞬間、ルミーナの本が、それに呼応するかのように鈍く光り始めた。次の瞬間、謁見の間は得体の知れない揺れに包まれる。

「ハッハッハッハ……は?な、なんだ!?」

 クシルの足下から、何の物質で出来ているのかさえ分からないような手が伸びてきて、クシルの足を掴んだ。

「は、離せっ!」

 クシルは拳銃をその手に目掛けて撃ち込む。……が、何も変わらない。クシルの拳銃は最新式のパーカッション式6連銃。ルイスを殺した弾以外の5発を全て撃ち尽くすも、地面から伸びる手から逃れることが出来ない。その手はクシルの手を掴み、肩を掴み、どんどん身動きが取れなくなっていく。

「や、やめろ!やめてくれっ!!」

 クシルは鼻水と涙を垂らしながら懇願するも、それは叶わなかった。

「嫌だぁああああ────」

 クシルはまるで沼に沈むかのように地面へと飲み込まれていった。

 天井からは光の球体のような物が降りてきて、ルイスに触れると、そのままルイスの身体に入り込んだ。しかし、ルミーナはルイスの身体に突っ伏すように泣いているため、それに気付かない。

「ひっぐ……ぅぇえ……」

 突然、ルミーナの頭の上に、重みがかかる。

「ぐす…………、……え?」

 ルミーナが顔を上げると、ルイスがルミーナの頭を撫で、ルミーナの方を見ていた。

「え……なん、で……?」

「……さぁ、俺にはよく分からねぇけど、気が付いたら生き返ってた……ってか?」

「うそ……本当に、ルイスさん……?」

「今更何を疑ってんだよ。あぁ、俺だよ。ルイスだ。……とにかく泣きやめ。可愛い顔が台無しだぞぉ?」

 ルイスはよっこらせ、と身体を起こし、いつも通りの笑顔をルミーナに向ける。

「ルイスさん……」

 ルミーナは涙を流しながらルイスに抱き着く。

「……助けて、くれて……あり、がとう……」

「…………」

 ルイスは黙ってルミーナの頭を優しく撫でた。そして思い出したように撃ち抜かれた自分の腹を服を捲って確認する。

「完全に治ってる……傷跡すらねぇ……。まぁ、傷あるよりかはいいか」

 ルイスはそう呟いて深く考えないことにした。


「……コホン。おぬしたち、少しいいかね?」

 ルイスたちは後ろから声をかけられ、そちらを見る。そこには、少し煤をかぶった国王陛下の顔があった。

「あっ、こ、国王陛……下……?」

 なぜ疑問系になったかというと、国王が何故か白黒の横縞模様の服、つまり囚人服を着ていたからだ。

「……この格好については後で説明しよう。まず、そこのおぬし」

 国王はルイスを指さした。

「この城の火薬庫を破壊、多数の兵の殺傷、クシミア皇国軍総帥クシル・ボルークの殺害……これはとても重罪なのは分かっているな?」

「…………えぇ、もちろん」

 ルイスは俯く。

「そんなっ!?ルイスさんは私を助けてくれたの!捕まえるなんてそんな……」

 ルミーナは大慌てでルイスを庇おうとする。

「まぁ、待て待て話を聞きたまえ。……今回はこれを不問にしよう」

「…………え?」

 あまりに予想外の言葉にルイスとルミーナはキョトンとする。

「クシル・ボルーク。奴は謀反を起こし、私を捕らえて牢に押し込みおった。だから私は今この服を着ている。奴の目的は他国への侵略。おぬしが奴をどうにかしてくれなければ、他国との戦争にも発展していただろう。結果的にはおぬしは国を救ったことになる。それも踏まえて、今回の件は不問にすることにする」

「…ありがたき幸せです国王陛下……」

 ルイスは国王に頭を下げる。

「クシルの企みに巻き込ませてしまい、誠に申し訳ない。そのお詫びと言ってはなんだが、城の部屋を一部屋貸してやろう。まだ話したいことは色々あるが、あとは明日にする。今日はゆっくり休むといい」

「ありがとうございます!」

「ありがとう王様!」

 国王はルイスとルミーナに対して一度頷いてニッコリと笑った。


 貸してもらった部屋にて。

 ルミーナはベッドに座って母の書いた魔導書を読み、ルイスは外に置いてきた旅道具を回収するために少し遅れて部屋に入ってきた。

「ふぃー……おぉ、やっぱりお城は違うねぇ。一部屋が豪華なこった」

 部屋はなかなか広く、そこにベッドが2つとベッド並みに柔らかそうなソファ、さらには装飾の施された暖炉まである。

(……ちと、豪華すぎないか?逆に落ち着かねぇかも……)

「おかえりルイスさん」

「うぃ、ただいま」

 ルイスは旅道具を床に下ろし、ルミーナの方に歩いて行くと、ルミーナの横に座った。

「何か調べ物か?」

「うん。ルイスさんが生き返った理由を調べてるの」

「なるほど……生き返るってなると、やっぱりこの前言ってた『禁術』ってやつか?」

「多分……」

「……あのクシルとかいう奴が見当たらないのは、多分アイツが生贄にされたんだろうな……」

「私、禁術を発動しちゃったのかな……?」

「さぁ、分からねぇな」

 ルミーナしばらく本のページをめくり、突然本を閉じて自分の荷物の上に置いた。

「……もういい。いくら調べても分かんないもん」

「はははっ、そうかい」

 ルイスはルミーナの様子を見て笑った。ルミーナはルイスに抱き着く。

「……でもよかった。ルイスさんが戻ってきて」

「そう言ってもらえるとは嬉しいね。……ん?」

 ルイスがルミーナの方を見ると、ルミーナはルイスに抱きついたまま寝息を立てていた。

(寝付くの早っ!?…………まぁ、疲れてたんだろうな……)

 ルイスはルミーナを起こさないように慎重にベッドに横にして、毛布をかけてあげた。

「おやすみ」

 ルミーナの頭を優しく撫でると、ルミーナはむにゃむにゃと寝言を言って寝返りを打った。

 ルイスも隣のベッドに潜り込み、眠りについた。


 翌日。ルイスはルミーナよりも少し早く目が覚めた。

(……そういや国王陛下の話ってなんだろな……?)

 ルイスは身体を起こしてから思考にふける。

「……ふぁあ……」

 ルミーナも目が覚めたようで、ゆっくりと起き上がった。

「ルミーナおはよう」

「ルイスさんおはよぉ……」

 ルミーナは寝ぼけながらもルイスに笑顔で挨拶する。

 二人共荷物をまとめるなり準備をしてから国王の待つ謁見の間へと向かった。


「おお、来たか。待っていたぞ」

 国王は謁見の間の玉座に陣取り、その左右には衛兵や使用人が並んでいる。

(仕事早ぇなぁ……)

 ルイスは床に刺さった剣などが撤去されてカーペットも縫い直されているのを見て感心する。国王は立ち上がり、ルイスに向かって話し始めた。

「……さて、おぬしには一つ提案があるんだが……」

「はい。何でございましょうか?」

「この城で兵として働く気は無いか?」

「えっ……?」

 まさかの職業勧誘にルイスはポカンとする。

「傭兵と違い給与は毎月生活に困らない程だし、待遇も大きい。おぬしは技量は高いしすぐに昇格できるだろう。どうだ?働く気は無いか?」

「えぇっと……」

 ルイスは隣にいるルミーナの顔を見る。ルミーナもルイスの方を見てたようで、ルミーナは目が合ってから少しもの哀しそうな表情で下を向いた。

「…………」

 たしかに王宮兵士は給与も高く、生活にも困らないどころか、贅沢だってできるだろう。……その上でルイスの答えは一つだった。

「……国王陛下のお誘いを無下にするのは失礼極まりないのを承知で、お断りさせていただきます」

 その返答を聞いてルミーナがルイスの方をバッと見る。

「ほう。理由を聞いてもいいかね?」

「えぇ。……この子の側にいてやろうと思いまして。この子は旅をしていて、ずっと一人だったんです。だから、一緒に居てやりたいんです」

 ルイスはルミーナの頭をポンポンと撫でる。ルミーナは驚きの表情でルイスの顔を窺っていた。国王は残念そうな表情で口を開く。

「……ふむ。そうか、なら仕方ない。しかし、一応おぬしは国を救った英雄だ。何も礼をしないのは忍びない。何か欲しい物はあるか?」

「…………でしたら、小さい物で構いませんので、馬車と馬を頂けないでしょうか。旅の足にしようと思いまして」

「馬車と馬だな。それならすぐに用意できる。では、すぐに手配しよう」

「ありがとうございます」

「では、私からの話は……あぁ、そこの娘よ。ひとついいか?」

 ルミーナは突然自分に話を振られてビクッとする。相当緊張しているようだ。

「おぬし、家臣から聞く話によると大魔術師アルティマの娘らしいじゃないか。魔術の勉強をしているそうだが、魔術の勉強をして、何がしたいのか聞いてもいいかね?」

「は、はい……。……私は、魔術を、戦い以外の方向で、もっと人の役に立てたい……です」

「……そうか。その志、応援しておるぞ。実現を期待している、頑張れ」

 国王はルミーナにニッコリと笑った。

「あ、あありがとうございますっ!」

 ルミーナは緊張した様子で頭を下げる。

「……では、私から話すことはもう無い。もう下がって良いぞ」

「……ありがとうございました」

「いや、こちらこそ改めて言わせてもらおう。この国を守ってくれてありがとう」

 ルイスとルミーナは頭を下げて、その場をあとにした。


 城の外に出ると、既に馬車と馬が準備されていた。

「はー、ホント仕事早ぇなぁ……」

 馬車には水と食料が積み込まれている最中だった。

「ん?なんだこれ?」

 その疑問に、馬車の近くにいたメイドの一人が答える。

「あなた方の食料と、馬用の食料です。国王陛下が『ついでにそれも渡せ』と仰っていましたので……」

「……てことは、貰っていいんですか?」

「えぇ、どうぞ」

「……ここまで待遇がいいと、なんか罪悪感があるな……」

 ルイスは少し困ったような表情をする。

「では、私たちはこれにて失礼しますね」

「あぁ、どうも」

 メイドたちはスタスタと王宮に戻って行った。

「……ま、いいか。くれるんならありがたく貰っちまおう。それじゃ、ルミーナ、行こうか」

 ルイスはルミーナの方を見る。

「……ルイスさん」

「ん?どうしたんだ?」

「……本当に、いいの?私の側に居て。王様のお誘いも断っちゃったし、わたしのためにそんなにしてくれて……」

 ルミーナは俯きながら言う。ルイスはそれに対してひとつため息をついた。そしてルイスはルミーナの頭を撫でながら話す。

「……今さらなーに言ってんだ。当たり前だろ?こんな小さな女の子を1人で旅させるなんて、俺には無理だね。この先いくらでも危険があるだろうに。……それとも迷惑か?」

「そっ、そんなことないよ!」

 ルミーナはルイスの言葉を焦るように否定する。

「それなら気にすんな。どうせ俺も傭兵だから各地を行ったり来たりすんだ。……ていうか、ルミーナお前、金無いだろ?どっちにしろ1人で旅なんて無理があるぞ。子供を雇ってくれる仕事場なんて危ない所しか無いだろうしな。……ま、俺が好きでやってんだから心配要らねぇよ」

「……ぐすん」

 ルミーナはポロポロと涙を流し始めた。

「お、おい!?どうした!?どこか痛いのか!?」

 ルミーナを見てルイスは大慌てする。ルミーナはルイスの質問に首を横に振った。

「ううん。嬉しくて泣いてるの。……ありがとうルイスさん……」

「…………」

 ルイスはルミーナの言葉に微笑む。

「ほら、さっさと泣きやめ。モタモタしてたら日が暮れちまうぞ」

 ルミーナは服の袖で涙を拭いてニッコリと笑った。

「……うん!」

「ほら、乗せるぞ。よっこらせ」

 ルイスはルミーナを軽々と持ち上げて馬車に乗せ、その後自分も飛び乗って手綱を掴んだ。

「馬車の運転できるの?」

「一応、な。傭兵やってると少しは覚えるもんだよ」

 そう言いながらルイスはゆっくり馬車を発進させた。

「……喉が乾いたな……」

 ルイスは水の入った瓶を1本手に取って開け、口をつける。ルミーナはルイスの方を見て、口を開いた。

「……ねぇ、ルイスさん。一つお願いがあるんだけど、いい?」

「ん?なんだ?」

 ルイスは一瞬口から瓶を離して返事した後、また水を飲み始める。

「……これから、『お父さん』って呼んでもいい?」

 それを聞いてルイスは水を吹き出した。

「ゲホッ、ゴホッ…………っ、突拍子もないお願いだなぁ」

「……ダメならいいよ。突然変なこと言ってごめんね、ルイスさん。今のは忘れ───」

「……ったく、俺に似らず可愛らしい娘を持ったもんだ。俺って奴は」

「え……」

 予想外の返事にルミーナは一瞬戸惑う。

「ルミーナの好きなように呼べば良いさ。ビックリはしたけど、別に俺は嫌じゃない。ていうか正直嬉しいかな」

 それを聞いてルミーナはぱぁっと笑顔になった。

「……ありがとう、お父さん!」

「おう。これからよろしくな」

 ルイスはルミーナの方にニコッと笑う。

「うん……!」


───少し老いた剣と幼い杖。父と娘。2人の旅はこれから始まる────

読んでいただき、ありがとうございました。実はこの作品、短編として投稿していますが、短編シリーズ物として続編を執筆予定です。よろしければそちらの方の応援もお願いいたします(汗

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ