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魔王嬢恋愛禁止令!

作者: @眠り豆

 魔王城に朝が来た。

 個体差はあるものの、大体の魔族は朝型だ。

 朝起きて、昼仕事して、夜に寝る。

 魔王の娘であるわたしも朝型なので、起きてベッドで伸びをした。

 石造りの部屋は、魔法の力でいつも快適。


「おはようございます、姫さま」

「おはよう、アドルフォ」


 世話役が用意してくれた朝食に、匙を伸ばす。


「いただきます。……ん?」

「どうかなさいましたか、姫さま」

「今朝のスープはトリカブト味なのね」


 睨みつけても、アドルフォは飄々とした表情だ。

 彼は金色の髪に緑色の瞳、白い肌を持つ人間の青年。

 前髪を上げて形の良いおでこを出している。

 見た目は二十代後半くらい。人間だから、たぶん見たまんまの年齢ね。

 顔立ちは整っていて、いわゆる美形なんだと思う。

 小さいころから一緒だから、あんまり意識したことはないけれど。


「わたし、亡くなったお母さまが蛇魔族だったから毒も平気だけど、美味しいとは思わないのよ?」

「存じております。ご安心ください、これはただの嫌がらせです」

「嫌がらせなんかしないで」

「そうはおっしゃいましても姫さま、魔王になることを諦めたわけではないのでしょう?」

「ないわ。だって……とにかく、諦めてないわ。わたし、魔王になるの」

「ああ、嘆かわしい。アドルフォは反対でございます。姫さまは昔からのんびり屋さんで、森へ行けば木の根に躓き幹にぶつかり、枝に髪を引っかけてお泣きになるという有り様でございました。そんな姫さまが、弱肉強食の魔界を統べる魔王になるなど言語道断でございます。姫さまをアドルフォに託された、亡き魔王さまに申し訳が立ちません」

「アドルフォ、お父さまは亡くなってないわ、勝手に殺さないで。新しいお義母かあさまと新婚旅行に行かれているだけです。それに、わたしがなりたいなら魔王になってもいいとおっしゃいました」


 アドルフォは自分で自分の耳を塞いで、聞かない振りをする。

 まったく、もう。わたしは溜息をついて、ティーカップを手に取った。

 口からトリカブト味を洗い流してしまいたい。


「……うっ」

「どうかなさいましたか、姫さま」

「アドルフォあなた、このお茶ぬるいお湯で淹れたわね」

「姫さまの魔王即位反対派としての嫌がらせの一環でございます。どうしても魔王を目指すとおっしゃるのでしたら、このアドルフォに対して油断なさらぬように」

「わたしがならないで、だれがなるの?」

「姫さまのお着替えが終わられたら、押しかけてくる方々ですよ」


 魔王は世襲制ではない。

 弱肉強食の戦いで、勝ったものがなるのだ。

 魔王になりたいと宣言した日から、わたしは押し寄せてくる力自慢の魔族たちと毎日戦っていた。おまけにアドルフォまで反対して、地味な嫌がらせをしてくるし。

 眠っているときに奇襲してはいけないという不文律があるから救われてるわ。


「アドルフォ。わたしの着替えが終わっても、書類仕事が片付くまではだれも通さないで。それと、沸きたてのお湯で淹れたお茶をちょうだい」

「かしこまりました」


 嫌がらせはしても、きちんと指定したことを捻じ曲げるような真似はしない。

 そういうところ、わたしはアドルフォを信じていた。

 人間の彼が、どうして魔界で魔王の娘の世話役をしているのかは、全然知らなかったりするのだけれど。

 人間と魔族には付き合いがない。

 互いの生活圏の間に魔獣蠢く密林があるから、行き来もほとんどない。

 力自慢の魔族が人間の国にケンカを売りに行ったり、ときどき人間の勇者が魔王城に攻め込んできたりする程度の関係だ。十二年前も勇者が来たっけ。あの勇者は──


「お茶うけはどうされますか?」


 は! ちゃんと指定しないと曲解されて、とんでもないものを出されちゃう!


「ク、クルミと干しブドウの入ったパウンドケーキ!」

「それでよろしいでしょうか」

「毒が入ってなくて、美味しいの!」


 アドルフォは、形の良い眉の間に皺を寄せた。

 彼のプライドからして、こう言っておけば絶対に妙なものは出せないはず。

 お茶とお菓子を楽しみに、着替えたわたしは書類仕事を始めた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 人間との付き合いはないけれど、妖精族との付き合いはある。

 魔王に恭順を誓った魔界貴族からの税収や道などの公共施設に関する手続きもある。

 そんなわけで、魔王城は案外書類仕事が多いのだった。


「……アドルフォ」

「なんでございますか、姫さま。パウンドケーキが美味しくなかったとでも?」

「ケーキは美味しかったに決まってるじゃない。そうじゃなくて、この書類の端のパラパラすると動く絵、あなたが描いたの?」

「はい。姫さまの魔王即位反対派として、お仕事に集中できなくなるようにと誠心誠意描かせていただきました」


 なにをやってるの、わたしの世話役は。


「残念でした。面白くて、書類仕事の疲れが取れてしまったわ」

「それはアドルフォ、一生の不覚でございます」

「ふふふん」


 甘味で頭の回転も速くなり、残りの仕事もサクサク進んだ。

 アドルフォはときどき執務室の外に出て、やって来た魔王候補たちを粛清してくれていた。魔力に自信はあるけれど、全員相手にしていたら疲れてしまうものね。それにしてもアドルフォ、魔界の猛者たちを相手にして上げていた前髪がハラリと落ちるだけで済むって、一体どういう経歴の持ち主なのかしら。

 十年ちょっと前くらいに突然来て、わたしの世話役になったのよねえ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「終わったー!」


 書類仕事が終わって、わたしは椅子に座ったまま伸びをした。

 椅子の背もたれにもたれかかって、世話役に尋ねる。


「ねえアドルフォ、今日は何人くらい挑戦者がいるの? オヤツの前に片づけようと思うから、全員中庭に集めてちょうだい。面倒くさいから竜に変身して一気に焼き払うわ」

「もう、どなたもいらっしゃいません。これまでに来た数十人は、このアドルフォが追い返しました」

「そうなの? いつも一日に百人くらい来てたのに」

「いい加減姫さまのお力も知れ渡ったのでしょう。本当に魔王になるに足る実力と知性をお持ちの方は、いきなり魔王城に押しかけたりせず、魔王決定戦までお待ちになりますし」

「それもそうね」


 力自慢の魔族の中には、魔王の業務に書類仕事も含まれるということを理解していないものも多い。

 というか、本気でなる気はないけれど、とりあえず魔王候補と戦ってみて後で自慢したいとか、そういうのも多い気がする。記念勝負みたいな?


「早めにオヤツの時間になさいますか? 魔王になると宣言なさってから、毎日毎日戦いを挑まれて、落ち着ける時間がなかったでしょう」

「そうでもないわ。優秀な世話役が露払いをしてくれていたもの。魔王を目指して一番辛かったのは、ぬるいお湯で淹れたお茶を飲まされたことくらいよ」

「それはそれは。姫さまの魔王即位反対派として幸甚の至りです」


 イヤだわ。嫌味を言ったのに喜ばれちゃった。


「では本日の魔王即位反対派の役目は果たしたようですので、後はただの姫さまの世話役として過ごすことにいたしましょうか。……今日は温かいようですね。お天気もいいですし、中庭でアイスクリームなどいかがです。舌休めにキャラメルを挟んだワッフルを添えて」


 アイスクリームが大好きなわたしに、異存はなかった。

 寒い時期はお腹を壊すからと作ってもらえなかったから、久しぶりのアイスクリームだわ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 書類仕事は座り仕事。

 椅子に座りづめのわたしを労わってか、アドルフォは中庭に布を敷いてくれた。

 わたしお気に入りの座布団は、早くから干されていたらしい。……魔界の猛者たちを追い払い、わたしの補佐をしながら、いつの間に?

 背中に当ててもたれると、お日さまの匂いがする。

 落ち着いた途端、卵と牛乳、生クリームと砂糖を混ぜたものを入れた深皿を渡された。

 アドルフォは闇の応用の氷魔法が苦手なのよね。

 アイスクリームを作るわたしの隣で、彼はワッフルを焼いていく。

 わたしの世話役は、光の応用の炎魔法はとっても得意。

 でき上がったアイスクリームを薔薇のように盛り付け、香ばしいキャラメルの香りを漂わせるワッフルと新鮮な野イチゴを添えたお皿を手に、彼がわたしを見つめる。


「姫さま、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」

「なぁに? アイスクリームが溶けるから、食べてからでもいい?」

「食べる前に答えてください」


 なんだかすごく、真剣な表情だ。


「いいわ、なぁに?」

「姫さまは、どこで勇者とお会いになったのです」

「勇者? 十二年前の?」


 アドルフォは怪訝そうな顔になる。


「十二年前? もしかして姫さま、もう一度会いたいと言ってらっしゃったのは、今の勇者ではなく十二年前の勇者なのですか?」

「お父さまと話していたのを聞いていたのね。そうよ、わたし十二年前魔王城に来た勇者に会いたいの。というか、今も勇者がいるの?」

「え、ええ。勇者がこの城を目指しているとの情報が入っております」

「そうなんだ。大体三年周期で来るわね」

「向こうの政治的な都合があるのですよ……それより姫さま、十二年前の勇者に会うために魔王になられるのですか?」

「うん。お父さまが約束してくださったの。魔王になれたら、あのときの勇者と会わせてくれるって」

「会ってどうするのです?」

「これを返すの」


 わたしはいつも首から提げている布袋を取り出して、中の指輪をアドルフォに見せた。


「お母さまを亡くして泣いていたわたしに、勇者が貸してくれたの。彼のお母さまの形見なんですって。大切なものだから、ちゃんとお返ししなくっちゃ」


 あ、でも、と言葉を続ける。


「それも理由の一つだけど、魔界を思ってもあるのよ? わたしが魔王になったら、次からの魔王は選挙で選ぶよう掟を変えようと思うの。戦いで決めるのは効率が悪いわ。魔王決定戦はみんなに楽しまれているから、代わりに四天王決定戦を開催したらどうかと思うの。魔王軍の要である四天王なら、力自慢なだけでも大丈夫でしょ?」


 せっかく話したのに、アドルフォはぼんやりした表情で指輪を眺めている。

 金の指輪に飾られたエメラルドが、陽光を浴びて輝く。


「このエメラルド、アドルフォの瞳に似てるわね」


 なんの気なしに言って、前にも同じことを口にした記憶が蘇る。

 わたしの世話役は、記憶の中の少年と同じ表情で微笑んだ。


「アドルフォ……もしかして、あなたが勇者なの?」

「はい。十二年前の元・勇者です。母を亡くし周りに煽られて勇者になったものの、姫さまと会い魔王さまとお話しして、魔族も人間と変わりのない心を持った人々だと悟りました。魔王を倒して財宝を奪うなんて、できなかった。借り物の光の剣だけは国に返して、その後はここでお世話になっています」

「知らなかったわ。どうして言ってくれなかったの」

「……新しい世話役としてご挨拶したとき、姫さまがお気づきにならなかったので、ああ、忘れられてしまったんだな、と諦めました。なにしろ姫さまは、その……大変のんびり屋さんでいらっしゃいますから、人の顔を覚えるのにも時間がかかるのだろうと」

「そ、そんなことないわ。でもあなた服装が変わってて、それに髪も!」


 そうだ。勇者は前髪を上げていなかった。

 わたしは目を丸くするアドルフォに腕を伸ばして、無理矢理髪を降ろさせた。

 うん、これならわかる。……どうして、これまで気づかなかったんだろう。

 アドルフォが、眩しそうにわたしを見る。


「あのとき、俺は十四歳でした。今の姫さまは十八歳。いつの間にか姫さまは、大人になられていたのですね」

「そ、そうよ? 魔王になるのだもの」

「……実は俺、姫さまが今の勇者に恋していて、それで魔王になって会おうとしているのではないかと心配していたのです。でも姫さまは、ちゃんと魔界のことを考えていらっしゃった」

「当たり前じゃない。人間との関係についても、改善できる部分はしていこうと思っているわ。……まあ、勝手にケンカを売りに行く力自慢たちがいる限り難しいでしょうけど」

「俺も姫さまに協力いたします。これは……」


 アドルフォはアイスクリームを布の上に置き、指輪を持つわたしの手を両手で包んだ。

 彼の指は長く骨ばっている。戦いで鍛えられた硬い手だった。

 魔力を纏って戦うとき、相手の男性と触れ合うことはある。

 でもこうして体温を感じるのは、お父さま以外の男性では初めてだ。

 なんだか心臓の動悸がおかしい。竜に変身してもいないのに、火を吐きそう。


「……このまま姫さまがお持ちください。俺からの忠誠の証として」

「わかったわ」

「ところで姫さま」


 わたしから手を離し、アドルフォはいつものように前髪をかき上げた。

 ちょっと乱れているけれど、もう十二年前の勇者じゃなくて、わたしの世話役だ。


「協力するからには、約束していただきたいことがございます」

「なぁに?」

「お年ごろの姫さまに、このようなことを申し上げるのは心苦しいのですが、魔王になられた暁には恋愛禁止でお願いいたします」

「どういうこと?」

「恋愛は心を乱し判断を歪めます。アドルフォが反対していたのは、姫さまが今の勇者に恋をしているのではないかと誤解していたからです。勇者の言うがまま、魔界を明け渡してしまうのではないかと心配していたのです。確かに問題もありますが、魔界には魔界の個性がある。人間の勝手な思惑で壊してはいけないものです」

「なるほど」

「ご納得いただけましたか? では、魔王になったら恋愛禁止ということでお約束していただけますか」

「それは……」


 べつにいいと言えばいいのだけれど、恋ってするものでなく落ちるものだというしねえ。

 自分の意思と関係なく恋に落ちてしまったときに、アドルフォに見捨てられてしまったら困るわ。

 悩むわたしを見て、彼が頷く。


「わかりました。姫さまも年ごろでいらっしゃいますものね。恋愛禁止はなしにいたしましょう。……ただ、そうなったからには」


 指輪を握ったままだったわたしの手を握って引き寄せ、アドルフォは耳元で囁く。


「この俺に対して油断なさらぬように」


 低くて甘い声が忍び込んできて、わたしの心臓が飛び跳ねる。


「アアアアドルフォお?」


 わたしから離れ、彼はイタズラな表情を浮かべる。


「魔王になられたら姫さまも完全な大人ですね、楽しみです」

「どういう意味?」

「……今知りたいですか?」

「知らなくていいわ」

「残念です。……お夕飯はなにになさいます? なんでも好きなものをお作りしますよ」

「なんでもいいわ。あなたの作るものなら、なんだって美味しいもの」

「それは幸甚の至りです」


 そう言って妖しく笑うわたしの世話役は、なんだか油断ならない。

 魔王になったら恋愛禁止ってことにしたほうが良かったのかしら?

 とりあえずわたしは彼に渡されたアイスクリームを食べて、頭を冷やすことにした。

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