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吸血忌譚  作者: 腹痛朗
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己の罪にあらねども

 翌朝、朝7時。広史さん達は少し前に仕事へと出掛けていった。帰ってくるのは昼頃と夜9時だ。労働時間を考えると法律的にどうなのか気になるが、あの人達が不満や疲労を口にしたことはない。榊原家の謎の1つである。


「さて、と」


見送りを終えて、リビングに戻る。僕と望の分の朝食が食卓に置かれて、望ももう座っている。


「それじゃ僕らも食べようか、いただきます」


昨夜の予定通り、僕の分はパンにカレーとチーズを乗せた手抜き料理リサイクル品だ。望の方は味噌汁と卵焼きときて、肉と野菜を炒めた和洋折衷、というより和洋ごちゃまぜメニューである。朝から焼き魚でもやろうものなら、後処理が面倒である。炒め物だって自信作ではあるし、手抜きだが適当ではない。


「おう、いただくぜ。それと、昨夜の事覚えてるよな、話せ」


「え、今なの?」


「今だよ、秘密はさっさと言ってくれ、もやもやすんだから」


「わかった。食べながら話すよ、行儀は悪いかもだけど」


朝食を進めつつ、昨夜の出来事を洗いざらい話した。どうせ望に隠し事はできないのだから、そうするのが得策だ。


「……なぁさっくん、嘘じゃないみたいだけどよ、そうなるとさっくんの頭を疑うぜ、なんだ腕千切れたって、グロすぎるわ、食欲はなくなんねーけどよ」


僕の話を聞いた感想はこれである。言いたいことは大いにわかる。自分だって信じたくはない。でもいくら頭がおかしくなったって、あんなリアルな痛みを錯覚できるのはもっとおかしいだろう。


「んで、ヴァンパイアって呼ばれたんだっけ、そんじゃオレの血を吸いたくなったり?」


「そんなことないよ、そもそも言われただけで確証無いし」


「えー、やってみてくれよ、吸血鬼に血ィ吸われたら吸血鬼になるんだろ、不死身、不老不死、上等じゃねぇか、ほれほれ」


ふざけているのか本気なのか、望が首筋を見せて誘惑してくる。

______吸え

……!?、なんだ、違う、自分じゃないものが、自分に命令してくる。本格的に頭がおかしくなっているのか、体が言うことを聞かず、視線が望の首筋に固定される。

息が荒くなって、心臓は早鐘を打つ。

気付けば、望の首筋に牙を突き立てていた。


「ぐっ、ちょっ、おい、マジかよ……」


望が痛み故の声を出す。不本意なのに嗜虐性が増してきて、深く、深く突き刺していく。血が口の中に流れこんできて、そのまま飲み込む。今まで味わったことのない、甘露だった。


「痛っ!さっくん、やめてくれ、くぅ、なんだこれ、力、強い……」


望が抵抗しようと押し返してくるが、無駄だ。僕の力は化物のそれで、人間が対抗するのは不可能である。

そのまま自己の抑制も効かず、満足いくまで血を吸えば、望は青い顔をして僕を見詰めた。


「さっくん、怖い……はっ!いや、さっきのはさっくんじゃなかった!なぁ、どうしちまったんだよ、まさか、誰かがさっくんの体を乗っ取って!?ああもう、何言ってんだオレ、クソッ」


「望、ごめん……」


口から溢れた望の血液が、口から顎を伝っていく。それはどうしようもなく、自分が狂ってしまったと実感させるものだった。


「えっと、今日も学校、休む?」


「さっくんがまたおかしくなったらヤバいしな、行く。しっかし、何なんだ一体、マジで吸血鬼ってやつなのか?」


「わからない、僕も混乱してるんだ。望が学校に行ってくれるんなら安心だ」


「ああ、絶対目を離さないからな」


そうしてくれると本当にありがたい。学校で人を襲ったら警察沙汰だ。


「あ、傷の手当てしなきゃね、ちょっと待っててね、望」


「ん、流石気遣いが行き届いてるな、流石オレの嫁!」


「僕、男だよ?」


こんな時でも冗談が言える望のメンタルの強さは尊敬に値する。ちょっと男勝り過ぎるのは問題だと常々思っているが。

救急箱を持ってきて、患部をチェックする。赤みがかった2つの丸い傷を見て、背筋が凍った。

______傷が、治りかけている!!


「どうしたさっくん、早くしてくれ、あんまり痛くないけど、穴が開いてちゃスースーする」


「ああ、うん。すぐ終わらせるよ」


消毒して、絆創膏を貼る間も気が気でなかった。みるみる内に傷は塞がれ、絆創膏を貼る直前にはほぼ完全に治癒していた。


「うし、あんがとな、さて、変に時間食っちまったぜ、朝飯さっさと片付けようぜ」


食欲は疾うに失せていた。でも残すわけにはいかないから、半分食べて、学校に間に合わなくなりそうだからと望にもう半分渡した。望はそうか、とだけ行って平らげ、僕は洗い物を済ませる。

制服に着替えて、教科書等を手早くチェックする。

鞄を掛けたその時、望が思い出したようにあ、と声を出した。


「どうかした?」


「おう、弓弦や真千にこのことは話すのかなと思ってな」


そういえばそうだ。あの2人も大切な人間で、出来れば隠し事はしたくない。でも、


「話さない。落ち着くまで、こんなこと言えないよ」


「だな、オレは嘘を見抜いたから兎も角、なんだか危険なことに巻き込まれてるみたいだし、話すわけにもいかない、か」


そういうことだ。話もまとまったことだし、僕等は登校するため家を後にした。




「おっはよー朔っち、のぞみん、いやーやっぱ2人一緒やないとな~」


「うむうむ、これぞ鷹原四天王」


「弓弦ってその呼ばれかた気に入ってたの?」


「2人ともおはよー、そして久し振りー」


4人で談笑しながら、通学路を歩いていく。細い歩道で1列になった時、望の後ろにいた真千がそれに気付いた。


「あれ、のぞみん怪我しとんの?首んとこ~」


「お?ああ、それか。さっくんとの愛の証だぜ」


望の台詞に、全員の歩が止まった。


「朔っち~、どういうこと、のぞみんをキズモノにしたん~?」


「朔、俺はお前が己の欲望に忠実な俗物だとは思っていなかったのだがな」


「ち、違うって、望ぃ!」


「いやー、朝っぱらから元気でよ、無理矢理なんで困ったぜ」


何を言ってるのさこの娘はあああ!


「ほう、朔、俺はお前の友達をやめなければならんようだな、さぁ、最後だ。歯を食いしばれ」


「朔っち、一辺死のうか、な?」


「話聞いてよ!朝に僕が原因で望に怪我させちゃっただけだって!」


「さっくん酷い!オレにあんなことしたクセに!」


「望はちょっと黙ってて!」


どうしてこんなに話が拗れているんだろうか。

僕は登校中、立て板に水で嘘を言い続けるのだった。




 学校に来て、教室に入る。その瞬間、激しい違和感を覚えた。

世界が色で覆われていた。赤、青、黄色。今まで悪意しか視れなかった僕の目にあらゆる感情が写りこんでいる。

色で足元も見えない中、なんとか自分の席に座る。

神峰、榊原、東雲、霜月と、僕等はか行からさ行にかけて偏っている。出席番号(50音順)に並んでいる今の席順だと、ほぼ一直線だ。今まで悪意なんてものを向けてこなかった彼らにすら、今では色が体の回りを取り巻いている。

頭痛がした。ついさっきまで、こんなことはなかったのに。目を瞑って頭を押さえる。汗が出た。


「さっくん、気分悪いのか?」


望が聞いてくる。彼女に付いている色は心配の青と、意味が良くわからない淡い桃色。雑多な汚い色ばかりの僕の世界で、彼女はとても綺麗だった。


「うん……凄く頭が痛いよ、保健室行ってくる」


立ち上がると、歩くことが覚束なくて、ふらついた。望が支えてくれる。


「あれ、朔っち体調悪そうやな、大丈夫?」


「俺達もついていこうか」


「いや、オレ1人でいいよ、保健室なんて、大人数で行くとこでもないし」


望の判断は嬉しかった。あまり人が増えると、前も見えなくなるのだ。それに望を見る分には気が楽だった。


 廊下は生徒が少ないため、歩くのが楽だった。たまに遅れてきた者や、声を掛けてくれる先生もいたが、俯いて見ないようにすれば苦ではなかった。

数分で保健室に到着する。白衣を着た女性の先生が椅子に座っていた。


「あら、こんな朝早くからここに来るなんて、どうしたの?」


「さっく、あいや、彼が頭痛がすると言ってまして……」


目上の人相手には、望も敬語を使う。


「頭痛ね、ここに座ってくれるかしら」


先生が用意してくれた椅子に腰を下ろす。極力人を見ないよう下を向く。自分と先生の足が見えるから少しだけ視界に色が付く。


「お家には連絡がつくかしら、親御さんの仕事場とか……」


「家には誰もいませんし、仕事場の電話番号も知りません」


望が答えてくれた。それを聞いて先生は考え込んだ。


「そう、なら……」


ベッドで休んでいるといい、なんて決まり文句は出てくるはずがなかった。先生を取り巻いていた色が、一瞬で黒く染まったのだから。

それと同時に、先生の体が変化を始める。


「ここで死ぬが良いわヴァンパイア!」


現れたのは、南アメリカ北部にいるというオオアナコンダもかくやという大蛇だった。

そんな怪物が僕を飲み込もうと大口を開けて迫ってくる。


「ぐっ!」


「さっくん!」


後ろで望の悲鳴が上がる。僕の腕は昨夜と同じように爪が鋭くなり、異常な筋力を以て大蛇の上顎と下顎の進行を妨げていた。

放っておけばこの拮抗は永遠に続くことだろう。それほどにこの化物の肉体は疲労というものを忘れていた。

しかし、蛇には尻尾がある。意識からそれを外していたのは失敗だった。

極太の尻尾で弾き飛ばされ、ベッドのある方の壁に叩きつけられた。あまりの勢いに口から血が零れた。


「さっくん!逃げろ!」


無茶言わないでほしい。既に大蛇の体が行く手を塞いでいる。

そのあぎとが僕の腹を食い破った。それによって風穴が空いたところに大蛇が頭を突っ込んだ。


「くばっ、ぎぃぃあっ!」


傷は本来なら一瞬で治るはずだったが、大蛇によって阻害された。治癒した端から食われていく。このまま僕が死ぬのが先か、この化物が満腹になるのが先かの耐久レースをするのかと思った、その時、


「さっくんに何やってんだ!このデカ蛇!」


望が何かの液体を、蛇の眼球にかけた。


「ギャース!」


蛇がたまらずのけぞった。どうやら消毒液か何か、とにかく沁みるものをかけたらしい。

この隙に……!


「おおおっ!」


大蛇の下顎から、頭頂部まで、一撃で貫いた。

脳が破壊されれば、大概の生物はその生命活動を停止する。化物も、その例外ではなかったようだった。しばらく大蛇はのたうちまわっていたが、なすすべなく動きを止めた。


「はっ、はっ、もう、なんなのさこいつら……!」


傷はすぐに治った。相変わらず、服の損傷まで治る謎の治癒力だ。息が整って、大蛇の方に向き直る。死んだ後、昨夜の僕の腕と同じに、腐って分解されたかのように消え去る。そして残されたものに、僕達は絶句した。


「な……これって……!」


最初に望が声を上げた。そこにあったのは、元々の先生のものと思われる人間の皮だった。


「つまり、あの大蛇は先生を殺して、何かの術で化けてたってことなのかな……」


口にしたことの恐ろしさに震えた。恐らくは僕が原因で周囲の人が死んだのだ。ショックで目の焦点が合わない。その場に座り込むと、音を立てて保健室の扉が開いた。


「先生、いますか?やっぱり今日も吐き気がしてですね……」


まずい!保健室登校をしてくる生徒か!


「あれ、君達……えっ、それって、先生……?いや、ひ、人殺しいいいい!」


女生徒は体調の悪さを疑わせる速度で逃げていった。


「くっ、どうすれば……」


僕が殺したのは確かだ。直接殺したのはあの大蛇だが、原因は僕なのだから。


「こりゃやべぇな、人生終了のお知らせ、ってやつか?」


「いや、望は何もしてない。警察に捕まるのは僕だけで十分だよ」


少なくとも重要参考人として連行されるのは間違いないだろう。


「さっくんっていつもそうだよな、1人でなんでも抱え込もうとする。家事にしても、あ、ほら昔いじめられてた女の子助けて、自分がもっといじめられるようになったりとか」


そんなことも、あったか。もう覚えていないけれど。


「そんなさっくんがオレは大好きだぜ」


「はは、これから少年院行くかもって人間に告白?」


「ああ、離ればなれになるかもしれないんだから、今のうちに言っておかないと、後悔するだろ」


「あれ、本当に僕が好きなの?いつものオレの嫁って冗談じゃなくて?」


「本気だぜ?こんな時に冗談言えるほどオレは図太くねぇよ」


そうだったのか、ずっと気付けなかった僕は、最低な男だったらしい。


「おいおい、そんな暗い顔すんなよ、少年院から出てきたらオレが貰ってやるからよ」


「はは、ありがとう……」


外からサイレンの音が聞こえてきた。


_____僕はこの日、平和な日常をなくしてしまうのだった。

ちょいと無理矢理な展開ですが、ここから物語が動きだします。わけもわからず化物と戦うばかりじゃなくなりますよ!

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