怪物3匹、生きるか死ぬか
狼男。吸血鬼、フランケンシュタインなどとならんで、世界三大怪物などと称されたりもする有名なモンスターだ、だが、フィクションから飛び出してきていいものではない。
「冗談、きついよ……」
彼の化物を目にして、変に冷静になってしまった。アドレナリンやらの分泌が止まったのか、急に傷口が痛みだす。改めて見てみれば寝間着はもうボロボロで、この場を切り抜けたとしても言い訳の成り立たないくらいだった。
「ルルゥ……ガウッ!」
狼男が向かってくる。その速さは正に獣だった。なんとか避けようと体を横にずらそうとするが、それは叶わない。
鋭い爪が、脇腹を抉る。あまりの勢いで削られたものだから、痛みを感じるのがワンテンポ遅れた。
「くっ、うぁぁ……」
傷口を押さえる。今にも内臓が漏れでてきそうで、汗が吹き出る。
「ギャウッ、ガウガウ、ガァァッ!」
血を見て狂喜した狼が速度を上げて襲いかかってきた。もう、視認して反応することも出来ない。1撃目で体が打ち上げられた。あとはひたすら、刻まれる、刻まれる。
「がっ、ごっ、ぐぶっ、あっ、ぎあぁッ!」
苦悶の声は出るが、もう痛覚は麻痺していた。このままでは、死ぬ。僕が死んだら、どうなる。望は悲しんでくれるだろうか、弓弦や、真千は。それに、明日の朝食は誰が作るのだろうか。何より望が心配過ぎる。僕がいなくて、彼女はまともに生きているだろうか。
______空が、見えた。月の無い空。昔の言葉で新月は、朔というらしい。僕の名前と同じだ。両親はどうしてこんな名前をつけたのだろう、新月の夜は真っ暗だ。星の光は余りにも頼りない。
僕は頼りない男だと良く言われるから、名は体を表していると言えるか。
「グルアッ!」
獣が吠えた。耳障りで、厭な声。爪が降ってくる。新月の空に、それは三日月のように見えた。
ギン、と硬いものをぶつけ合わせた音がする。どこから聞こえてくるのだろう、近いように思えるが。
全身を打ち付けられる衝撃を最後にして、辺りが静かになった。まだ、死んでいない。気力を総動員して目を開ける。
ギリギリと、右腕が震えていた。何故そうなっているのか、少しずつ視界が明るくなってくる。怪物の爪を僕の手が受け止めていた。
「何だと……!?」
僕達の戦いを静観していたもう1人の男が驚きの声を上げた。
しかし、例え僕が今、火事場の馬鹿力だかなんだかわからない、異常な筋力で爪を止めていても、不利な状況は変わらない。左腕の感覚が無いのだ。どうやら、どこかで千切れてしまったらしい。
でも、僕は生き汚なかった。
「う、おお、おおおお……!」
腹の底から声を出しながら、なんとか立ち上がろうとする。狼の爪は、抵抗こそあれ、押し返すのは容易なようだった。
「くっ、戻れ!」
狼男の後方で指示が飛んだ。戸惑いの中にいた怪物は僕を貫こうとすることをやめ、主人と思われる男の元へ帰る。
しかし、それは悪手だ。千切れたはずの左腕がうずく。痛みはないが、酷く冷たい。見れば、千切れたところから、新たに腕が生えようとしていた。
「真祖並の回復力……いや、そのものなのか……!?」
男の言っていることは良くわからないが、晴れて僕も化物の仲間入りということらしい。
だが、
「この身が人外であっても、幸せを守りたいという心は変わらない!」
治りきった左腕を男達へ向ける。爪は鋭利で、星の光を受けながら白銀に光輝いている。
今ならこいつらを撃退できるだろう。怪物を殺せば、殺人罪に問われるかどうか気がかりではあるが、そうこう言っていられる状況でもない。
何かされる前に決着をつけなければ。僕は男達に襲いかかる。
「チッ、止まれヴァンパイア!」
誰が止まるものか、と踏み込もうとするが、闇の中で輝いた人間の形をした男の目に睨まれて、体が錆び付いた。
手足を動かそうとするが、1センチでも動かそうとすれば、今度は左腕どころか四肢が切り飛ばされそうだ。
「新月の夜にどうしてそう万全なのかは知らないが、今は分が悪い、今夜は退かせてもらう」
感情の削ぎ落とされた声を最後に、化物達は夜の中に消えていった。奴等が見えなくなったあたりで、体が自由を取り戻す。
全身にぎこちなさを感じつつも、外傷は治っているし、服すら元に戻っている。これで戦いも嘘なら気が楽なのだが、道に溢れて、あり得ない速度で蒸発していく血液と、腐るようにして消滅する元々の左腕を見て、これは夢ではないのだと確認した。
家に入って1杯水を飲み、部屋に戻る。
「んぉ?さっくん起きてたのかよ」
2段ベッドの上の段から聞こえてきた声に体を疎ませた。
「あ、あぁ、うん。目が覚めちゃって、水を飲みに行ってたんだ」
「さっくん、嘘吐いてるだろ」
一瞬で見破られた!?
「まぁ、話は明日聞くぜ、それでも嘘吐くようなら刺し殺すからな、夫婦の間に隠し事は無しだぜ、そんじゃおやすみ」
すぐに寝息が聞こえてきた。夫婦になった覚えはないが、こんなことを隠し通すのも土台無理な話ではあった。それに、望なら僕の言うことも信じてくれるだろう。後、嘘を吐いて刺し殺されるのは嫌だ。
こんな時ばかり鋭い同居人に苦笑しつつ、僕も眠ることにした。
死なないけど死にかけましたね主人公。彼が怪物なのが、今まで死んでも死ななかった秘密です。これからストーリーがメインに入っていきます。でも相変わらず朔君は死に続けるでしょう。