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吸血忌譚  作者: 腹痛朗
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死の香りと足音

 4月の始め、我が校の新学期の始まりの日。今日から僕、東雲 朔は中学二年生となる。

周囲には自分と同じ学校の生徒達が、笑顔混じりに、あるいは陰鬱な顔をして通学路を歩いている。

いつもなら一緒に登校する騒がしい人物が今日に限って休んだため、僕は久々に1人での通学だ。

春のうららかな日射しが、しかし日光を吸収する黒い学ランによって僕の肌に容赦無い刺激を与えてくる。

次第にじわりと汗が肌に滲んできて、直射日光から1秒でも早く逃れたいという衝動から自然と早足になっていく。

校門直前の信号が青になっている。それに安心したのが、今日1番の失策だった。青かった信号が点滅し始める。走って渡ろうとするが、学校指定の肩掛け鞄が行動を阻害し、僕の足を上手く動かさせてくれない。それでも必死に走ったが、時間は無情にも、僕を待ってくれなかった。


「あーあ……」


口から落胆の声が漏れる。走ったことで制服の中には熱が籠り、更なる暑さを僕にもたらした。

と、変わったばかりで赤の状態からうんともすんとも言わない信号を見つめていると、不意に背後に気配。そして風を切る音。瞬間、僕は体を半回転させ、後頭部に迫る『それ』を回避した。

重さの無さそうな、白い先端。だが、それに付属した長い帯状の持ち手によって、人に害を成すのに十分な威力が生まれる。

その凶器の名は、我が校指定の、白鞄の愛称で知られる肩掛け鞄であった。

そしてそんなものを僕の後頭部めがけて迷いなく振り下ろせるのは1人しかいない。


「霜崎、弓弦……!」


振り向きざまに彼の名を呼ぶ。長身痩躯、絵に書いたようなアスリート体型に整った容姿を持った霜崎 弓弦は、ウェーブのかかった特徴的な茶髪をかきあげながらにやりと笑った。


「ここで会ったが百年目だな東雲 朔。貴様の命は今日までだ!」


僕と弓弦のあいだに、肌がちりつくほどの殺気が巻き起こる。僕は1撃で勝負を決めるため、彼の喉に狙いをつけた。


「いや、あんたらそんないがみあう関係じゃないやろ~」


緊張した雰囲気を、方言混じりの間の抜けた声が吹き飛ばした。


「やぁやぁお早う朔っち、今日はのぞみん一緒じゃないん?」


彼女は神峰 真千、ショートカットにこのあたり特有の方言が似合う小柄な女子だ。弓弦と真千、僕と、この場にいない僕の同居人である榊原 望を加えた4人が、小学生の頃からの幼馴染グループだ。個人個人が象徴的な人物であるため、『鷹原中学四天王』などと同級生からもてはやされることもある。というか現在進行形で僕達の周囲に人だかりができつつある。


「とりあえず信号青になったから渡ろうよ、ここは居心地が悪い。望の件は歩きながら話すから」


「応、わかった」


「あいあいさー」


自分達は全く居心地悪く無さそうに僕のあとに付いてきた。


「そんで?のぞみんは何故に来てないん?」


渡りきってすぐに真千が改めて聞いてきた。


「珍しく風邪で休みだよ、一昨日から熱がひどくってさ、今朝は大分良くなってたみたいだけど、人に伝染したくないから、だって」


「ほう、彼女はそんなに気遣いの出来る人間だったかな?」


「熱に浮かされてらしくない言動してたみたいだよ、多分明日には平常運転さ」


「いや、2人とものぞみんに失礼だと思わんの?」


「10年一緒に暮らしてきて、失礼も何も……望だって他所じゃ僕のこと好き勝手言ってるみたいだし」


「10年か、もうそんなになるんだな」


「そうやねぇ、アタシ達と会う前から同居してたって、考えられんわ~」


2人の発言を受けて、僕は自身の人生や身の上を改めて思い返す。僕が榊原家に引き取られたのは3歳の終わり頃だ。

僕の父母は詳細こそ不明だが海外を飛び回る仕事をしていたらしく、その先で事故に会い死亡したらしい。父母の遺した遺産は莫大で、親戚筋は揉めに揉めた。そんな汚い大人の争いを見て、いつしか僕には他人の下心が可視化できるという、超能力じみた最悪のものが身に付いていた。

もう人間というものが信じられなくなっていた。

知らない大人が出入りし続ける自宅で、自分の部屋に閉じ籠っていたその時、榊原一家は現れた。彼らには今まで見えていた下心が一切見られず、気づいた時には養子縁組みを終わらせていた。

偶然にも同い年の娘もおり、馴染むのにそう時間もかからなかった。こうやって思い返すと、僕は本当に幸運だったのだと思う。


「しっかし、のぞみん風邪か~、残念やな~」


「ん?何か約束でもしてた?」


「いやな、今日は授業も無いし、学校終わったら皆でどっか遊びにいこうかな~って思ってたんやけど、風邪ならしょうがないなぁ」


「うーん、学校に行くと風邪撒き散らしちゃうかもしれない、って感じだったし、よっぽど運動するんじゃなければ大丈夫じゃないかなぁ?」


「ホントか!やった~」


「うん、まぁ本人に聞かないと詳しいとこはわからないけど」


「で、どこかとは言うがどこにするんだ?」


「ここらへんで遊ぶとこと言ったら限られるやろ、のぞみんが話し合いに参加できる時に決めようや~」


弓弦と真千は変人というカテゴリに分類されるだろうが、偏見無く誰にでも面白おかしく接してくれる2人に、僕は幾度と無く心を救われている。小学生の頃は親無し、みなしご、などといじめられることもあったが、そんな時でも遊びに誘ってくれたのが弓弦達だ。


「2人共、いつもありがとう」


そんな感謝の言葉が、ふと口から溢れた。


「……朔、やっぱりお前も熱があるんじゃないか?」


「今日は保健室登校したほうがいいで朔っち……」


「素直な言葉を茶化さないでくれるかな!?なんか恥ずかしくなってくるし!」


そんな会話をしていると、既に学校の玄関に到達しているのだった。



 数時間後。始業式は無事に終わり、特筆するものもなく放課後となった。お待ちかねのクラスわけはというと、僕達幼馴染グループは、気味悪さを感じるほどにバッチリ同じ3組であった。


「学年No.1から4の学力を持った生徒を同クラスにしていいのかな……」


そう、僕達がただの4人組であったならば、ただの仲良し集団で済む。四天王などといかにも中学生の悪ふざけらしい名前を不本意ながらも受け取っているのは、僕達4人が定期テストで常に1~4位を独占しているからだ。ちなみに内約は真千が1位、僕が2位、望が3位、弓弦が4位だ。弓弦は更にサッカー部にて10番を背負うエースストライカーでもあるため、もうお前ら人間じゃねぇと誰からともなく言われる。


「ヘーイ朔っち、一緒帰ろうや~」


これからどうなるのだろうこのクラスという僕の心配をよそに、真千が話しかけてきた。その後ろには弓弦の姿もある。同じ小学校だった僕達は家同士がさほど遠くなく、中学に入った今でもこうして一緒に帰ることが多々ある。


「うん、わかった。早いとこ帰りの準備しちゃうね」


「30秒で仕度しな!」


「色々危ない上にオリジナルから10秒程差し引かれてる気がするんだけど!?」


唐突なボケに早口でツッコミを入れてから鞄に持ち物を詰める。実際始業式ということで持ち物は少なく、本当に30秒で仕度が出来た。


「ちっ、本当にできたんか、出来なかったら今日の全部奢って貰おうと思ってたのに」


どうやら知らずの内に自身の財布のピンチを救ったようだ。良かった。


「お前らの問答は見ていて楽しいが、やっている間に本来の目的を忘れるのがたまにきずだな」


言って、はははと子供っぽくない笑い声を弓弦が上げた。僕達の会話は基本的に真千がボケて、僕がツッコみ、望が場をとっちらかして、弓弦が傍観、あるいはやめさせるという鎌鼬兄弟的な連携で成り立っている。特に重要なのがツッコミである僕と止め役である弓弦だ。僕達2人がいなかったらと想像すると恐ろしいものが背筋を走っていく。


「真千と一緒にしないでよ、僕はちゃんと目的が下校だってことを覚えてるから」


「ちょっ、アタシだって覚えとるわ、学年1位の頭脳なめないでよ~」


どうだか。真千は所謂、"勉強出来るけどバカなヤツ"だ。肝心な所でポカをやらかしたことも1度や2度ではない。


「あ~、朔っち今ちょっと馬鹿にしたやろ~」


「まあ、大いにね」


「そこは嘘でも馬鹿にしてないって言うべきとこやろ~!?」


「僕は正直者だからね」


冗談めかして言ってやると真千は、それこそ嘘やろ、と言いたげな目をして僕を見つめた。


「漫才はそこまでにして、もう帰るぞ、そろそろ校内から俺達以外いなくなるぞ」


そんな宣告を聞いて時計を見てみると、もう12時を大分過ぎている。望が家で腹を空かせている頃合いだ。そうなると玄関を開けた瞬間飢えた獣の如く彼女からとびかかられかねない。


「財布のピンチは救ったけどこのままじゃ僕の命がピンチだ。早く帰ろう」


焦りを滲ませつつ鞄を掛け、後続の2人を置いて走り出す。どうせ真千は追いかけっこ気分で追い付くだろうし、弓弦もサッカーで鍛えた脚力で追い抜いて行くまである。結局その後は会話も殆ど無いまま自宅へと帰りついた。




 榊原家の両親は共働きで、帰ってくるのも遅い。そんなわけで普段玄関には鍵がかかっているわけであるから、僕と望は鍵を持たされている。いつも通り鍵を開け、家に入ると、丁度寝間着姿の望が自室のある2階から下りてくる所だった。


「ただいま望、遅くなってごめん」


「よお、おかえりさっくん、ご飯にする?ご飯にする?それともご・は・ん?」


望はさながらホラー映画に出てくる人間が主食の怪物のように目をギラつかせながら、選択肢の無い質問を僕に浴びせてきた。ちなみにさっくんとは榊原家における僕のあだ名である。


「すぐご飯にするから、少し待っててね」


「もう散々待たされてきた!この期に及んでこれ以上待てるか!こうなったら貴様を食ろうて我が血肉としてくれるわ!」


予想通り飛びかかってきた望をひらりとかわし、最後の力を振り絞って倒れた彼女を引き摺るようにしてリビングの食卓まで運ぶ。


「はっ!あ、さっくん帰ってたのか、おかえり。そしてオレは何故椅子に座ってんだ!?」


「空腹で理性をなくして僕に襲い掛かってその後気絶したんだよ」


起き上がった彼女にエプロンをつけながら事情を説明する。彼女は燃費の悪い女を自称していて、食事の時間が遅れると気絶するか理性をなくすか、という危ない症状が現れる。


「おお、いつものことだな。そんでさっくん、今日の昼飯はなんだ?」


「手っ取り早く冷凍食品のチャーハン」


冷凍室から取り出した袋をちらつかせながら本日のメニューを説明してやる。


「ちぇっ、さっくんの手料理じゃないのかよ」


「作り置きしておかなかった僕も悪かったけど、我慢がきかない望も悪いんだからね?あと、そろそろ自分で料理を覚えなさい。嫁の貰い手がなくなっても知りませんよ?」


「うわ、出たよ30代の独身OLに母親が言うような台詞。男ならオレが養ってやるよ、くらいの甲斐性見せろよ」


「中学生にそれは重いでしょうよ、ほら、出来たからさっさと食べる」


電子レンジでチンされたチャーハンを自分の分含めて食卓に出して、食器棚からスプーンを2本取って、それも食卓に置く。最後に水を用意し、エプロンを外してから席についた。


「何度見ても手際良いよなさっくん」


「確実にやるべきことが男女逆だと思うんだけど?ていうか風邪はどうしたのさ望」


「風邪なんて気合で治してやったぜ、あと最初の発言は男女差別にあたるんじゃないか?」


「ああ言えばこう言う……あ、こんな話してて忘れかけてたけど、この後弓弦達と遊びにいくよ」


「それ最初に言えよ!こうしちゃいられねぇ、さっさと準備しねぇとな!」


言って望は数秒でチャーハンを食い尽くし、椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「待った待った。多分いつも通り2人が迎えにくると思うから大人しくしてなさい。病み上がりでしょう一応は」


「おお、そっかそっか、なら待とう……なぁさっくん、格ゲーしようぜ」


「5秒と待ててないね……食べ終わったら付き合うよ。それくらいは待ってね」


「3秒で食え!」


「冗談でも焦るからやめて!」


そうは言ってもやはり焦らされて、僕もチャーハンを掻き込む。早く早くとせがむ望を尻目に食器を片付け、2階に上がる。僕と望の部屋は共用で、思春期の少年少女の扱いとしては倫理的によろしくない気がするが、今のところ間違いは起こっていない。

2人用ということでかなり広い部屋の片隅にあるテレビをつけ、ゲーム機を起動する。これは榊原家の父の趣味で最新のものだ。結構な頻度で彼が部屋に闖入してくるものだから、家族の仲は良好である。


「よっしゃ、ボコボコにしてやるぜ!」


「ちょっとくらい手加減やら手解きしてよ、僕慣れてないんだからさ……」


愚痴をこぼしつつキャラクターの選択、何戦するかのルールの制定等をこなしていく。榊原家ではゲームの勝敗で掃除や炊事、洗濯の当番を月に1度決めるので、慣れたものだ。ちなみにいつも僕が惨敗してほとんどの当番を請け負うことになるのだが。

今回も案の定1戦30秒もかからず僕の操作キャラはその残忍冷酷なキャラ設定を疑うほどになすがままで、威勢の良い負け台詞を放って地面に倒れふした。


「弱い、弱すぎるぞさっくん!」


「望が強すぎるんだってば……」


榊原家の人々は皆ゲームが好きで、特にこの格闘ゲームは一日中やっていても盛り上がるほどだ。慣れていないとは言うが僕だってそれなりに上手い。だが近場にいる人間が上手すぎるだけなのだ。ちなみに僕は合間を縫ってリズムゲームを良くやっている。その後も散々敗北を味わって、望も飽きてきたところでインターホンが鳴った。


「来たみたいだね」


「ん、オレが出てくるからさっくん準備してろよ」


「了解」


望がそそくさと部屋から出ていき、階段を下りる音と、玄関の扉が開く音が聞こえてくる。そして間もなく、


「なっ、なんだよお前ら!うわっ!?あ……ぐっ!?」


そんな望の声と、争いあう物音が聞こえてきた。


「望!?何があったの!?」


声を掛けるが、返事はない。これはただ事ではないと思い一気に階下まで駆け下りた。そこには、軍服のような服装をした2人組の男と、血を流して倒れている望の姿があった。


「望っ……!」


望はピクリとも動かない。その事実が僕の体をすくませて、最悪の想像が思考を滞らせる。だから僕は気付かなかった。男達の1人が、銃刀法違犯も甚だしい細身の西洋剣を、一瞬で僕の腹部に突き刺したことを。


「え……?あ……ぐぶっ!」


血液が逆流し、口から迸る。意識は遠のき、世界を輪郭だけの映像に変える。男の肩に手を置くと、剣が引き抜かれ、血が噴水のように吹き出した。そのまま体は倒れ、スパークして酷く見えにくい視界の中で男達の影が消えていくのを、僕は最後に確認したのだった。

DEADEND1 香りは無く、足音は消えて


気晴らしのためにもう1作品書いてみました。無理なく更新していく予定です。

こんな終わり方ですが、もちろん最終回ではありません。ご意見や感想、お待ちしております。

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