彼の瞳に写る世界
アリスがいること以外、平穏に学校生活は過ぎていく。過ぎていくわけなのだが、僕は今日になって、あまりにも致命的なことに気がついた。
______黒板が、見えない。
もちろん視力が悪いわけではない。見えないのは、この目に写る『色』が原因なのだ。窓側の後ろの方の席というのは、当たり前だが多くの人間が視界に入る。その全てに靄のようにかかる『色』は、視界を遮ることこの上ない。
これは由々しき問題だ。授業内容は聞いているだけでもわかるが、板書を写すという学生としてインプットされた癖はどうしても手を動かそうとする。よって前が見えないもやもやをずっと抱えながら毎日を過ごさなければいけない。それが一生続くのだと考えると、これからの生活への不便さに身が震えた。
これが何かの異能力なのだとしたら、アリスを通じて『茶会』のメンバーで解決出来そうな人を探して貰うのが最善策だろうか。放課後、望も含めて相談しよう。今まで頑なに隠していたが、彼女達なら問題はあるまい。
そんなこんなで、結局その日はノートが真っ白なまま乗り切ったのだった。
***
「弓弦、真千、先に帰っていてくれないかな、望とアリスに内密な話があるんだ」
僕の発言に、一緒に帰るつもりでいただろう2人は顔をしかめた。特に真千の不機嫌っぷりは仁王もかくやというほどだろう。
「俺は構わんが、危ないことに女性2人を関わらせようとしてるんじゃないだろうな」
鋭い。流石はその勘の良さから並みいるディフェンスをかわしていく鷹原サッカー部のエースだ。
「朔っちが両手に花とか、気に食わないんですけどおっ!」
ダンダン、と地団駄を踏む真千。この暴れ馬を宥めるのは至難の業だ。
「ごめん、凄く大事な話なんだ、いつか落ち着いたら2人にも話すから、今日のところは見逃してくれないかな」
深く頭を下げる。いくら頭が良かったり運動が出来たりしても、化物同士の争いに巻き込むわけにはいかない。この2人に虚言で塗り固めた言葉ばかりを並べ立てるのは辛いが、全部話すなんてことはまかり間違っても出来ない。
「私からもお願いするわ、きっと私達の将来に関わることだから」
アリスが、将来、の部分を強調して言った。って、それは燃料を投下していると言うんじゃないのかなぁ!?
「なん……だと……!?朔っち、まさか不倫を!?」
「不貞か、これは許すわけにはいかんな」
やばっ、ここは……逃げるが勝ち!
三十六計にも勝ると言われるその策を、僕は全力で実行した。望とアリスの手を取って、最速で離脱する!
「あっ、こら待て朔っち~!」
「下郎が!明日にはしかと説明してもらうからな!」
背中にかかる声を無視して、僕は誰もいない場所へと無我夢中で駆けるのだった。
***
数分後、僕がやって来たのは体育館裏だった。そこにはプールがあるが、この時期では水泳部も近寄らない。
「はぁっ、はぁっ。アリス、なんてこと言うんだよ、心臓止まるかと思った……!」
「そうだぜ!嘘吐くにしても、もうちょいやりようあっただろうが!不貞とか、そんな勘違いさせるのは酷いぞ!」
「あら、そう?でも貴方達に、ちゃんとした説得材料があったのかしら?」
そう言われれば、無かったと言わざるをえないのが悔しい。言い返せなくて、息を荒くして項垂れるしかなかった。
「誤解を解くのは私も協力するから、許して頂戴ね。で、話っていうのは何なの朔君?」
なんとか息を整えて、僕は自身の能力の説明と今の状況を説明した。
「ねぇ、朔君は、早速中2病の罹患者になってしまったのかしら」
僕の話を聞いた後の第一声がそれだった。
「本当だって、妄想であんな行動出来ないよ」
「えー、さっくんこないだ頭おかしくなってただろ、その延長戦やってんじゃねぇか?」
「望まで……!いつも信じてくれてたのに、酷いや!」
「じょ、冗談だってば、信じてるぜ、その、感情の色の話」
「でも、そういうことなら、良い人がいるわ、連絡するから、少し待ってなさい」
言ってアリスは鞄からスマートフォンを取り出す。この学校は携帯電話の持ち込みは禁止だったはずだけど。彼女に世間一般のルールを適用させようとするのはナンセンスか、一応政府の人間なわけだし。
僕はアリスの連絡が終わるまで、赤一色の空を眺めるのだった。
また短いですかね。次回では新キャラ登場なのでこんなところで切ることになりました。
しかしバトルタグが詐欺ですねぇ。




