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先生同士の話は終わったらしく、私が好きに使っていいと言われた第五研究室へと案内された。
このお城の最上階なので、素晴らしい景色がいつでも見れる。
「さて、悠陽さん。ここは北の塔の最上階です。私の研究室は南の塔の最上階です。塔同士は渡り廊下でつないでありますから、気軽に来れますね。安心しました」
エイナル先生は、相変わらず無表情で言う。
私的には、先生と部屋が近いことが不安なんですけどね。
「ちなみに俺は、中央の塔の最上階だ。挟まれなくて良かったな、悠陽」
うげ、アロンドさんも最上階なの?
ちなみに、この北の塔、南の塔、中央の塔は、お城の裏にある別の建物なのです。主に魔法、魔術の練習のために使うらしい。なので、階によって様々なセッティングがされている、らしい。
「本当、挟まれていたら夜も眠れなかったよ。ところで、家具がないね。私、お金持ってないよ?」
「でしたら、私が買いましょう。今夜は、私のベッドで眠りなさい。そして明日の朝、共に街へ買い物に行きましょう」
親切、なのか? でも表情が一切変わらないから、怖いんだよね。
アロンドさんも慌てて、それなら俺が行くから! とか言ってる。
「アロンド先生。貴方は、長い間森の奥に引きこもっていらっしゃいましたね。その分、明日から働いてもらわないと困ります。貴方の分も、私が働いてきたのですから、これぐらいは認めてくださいね」
抑揚のない声に、少しだけ怒りの感情が含まれているように思えた。
この人、怒っても表情が変わらないのかな。声も、口調も、あまり変化していないし。
この人は私の先生になる人だから、もっと知りたいよね、いろいろ。
だから、私にとっても良い機会なのかもしれない。
「オッサン、私は大丈夫だから。てか、仕事はサボっちゃダメだよ。私が言えたことじゃないけど」
アロンドさんは、まだブツブツ言っている。いや、仕事ではなくてだな……、だとか。
ああ、面倒臭い。いっそのこと、アロンドさんをぶん殴りたい。そして寝たい。
「はぁ。仕事は、面倒だな。もっとサボりた……休みが欲しかったが、仕方ない。悠陽のこと、頼んだぞ。……大事な子なんだ」
大事な子? 私たち、出会って少ししか経ってないけど。
それでも、アロンドさんの真剣な顔を見たら、何も言えなくなった。
でもどこか、私ではない何かを見据えているような気がした。
「それでは悠陽さん、行きましょうか」
アロンドさんは、お城の最上階にある校長室に再び行くらしく、瞬間移動をする魔法を使って私たちの目の前から消えた。
お城と、お城の裏にあるこの建物の距離はかなり近い。けれど、階段が多いので、歩くのは遠慮したい、とアロンドさんが言っていた。
私たちは階段が無く、ただ真っすぐ歩くだけなので、転移魔法を使わず、歩いて南の塔まで移動した。
「ここが私のいる第六研究室です。本はたくさんありますから、ご自由にどうぞ」
現在、第六研究室とやらの前にいます。
扉には、魔法陣のようなものが描かれている。そして、非常に小さいけれど、龍の絵も描かれていた。
「あの、エイナル先生。龍の絵が、いろんな所に描かれているんですけど。何か意味があるのですか?」
私の質問を聞くと、エイナル先生は頷いた。
「ここは昔、龍が住んでいたのです。その龍は、世界で一番強い龍でした。その龍は人間がお気に入りだったようで、死に際に、自分の住処を城へと変え、人間に譲ったのです。そして、最後の力を振り絞り、この土地全体に防御魔法をかけ、敵に侵入されないようにしました。なぜだかわかりますか?」
その問いに、私は首を横に振った。
人間が、敵に襲われないようにするため、とかはありそうだけど。
「この城の地下。それも、かなり奥の部屋に、強力な防御魔法が作用している場所があります。そこには、その世界最強の龍の卵があるのです」
「龍の卵……!?」
「はい、そうです。その卵は、未だに孵っていません。適合者が現れない限り、孵ることはない、と校長先生がおっしゃっていました。あまり多くの情報は無く、不明な点も多いですが……どうです? 面白いでしょう」
まるで、私にその場所へ行くように促しているかのように思ってしまった。そんなはず、ないのにね。
そうですね~、とエイナル先生に適当に返事をして、私はソファに座った。
「それで、本題なのですが」
お互いが座った途端、エイナル先生が切り出す。
アロンドさんは、馬車の中で校長先生とエイナル先生に、私についての話を通していた。
まさか、いきなり学校行くぞ、校長先生に会うぞ、と言っておいて、実はアポなしでした、なんて知らなかったから驚いたけど、案外すんなりと事が進んでしまったものだから、アロンドさんが何者なのか気になるところなのだ。
そして、エイナル先生はきっと、私が何者なのかを探るつもりだ。
アロンドさん曰く、異常現象についての研究を、趣味で、それも全力を注いで取り組んでいるとのことだった。もしかしたら、もしかすると、容赦ない実験とかされたり?
「貴方は、何者なのでしょう。彼は貴方を、大切な人と表現しました。ですが、出会ったのはつい先ほど。それはあまりにも浅い。ではなぜ『大切』と表現したのか」
淡々と意見を述べるエイナル先生の表情は変わらない。人形が、命令通りに動いているかのような不気味さと、物のような冷たさを感じる。青紫の瞳からも、何一つ感情が読み取れない。本当に、作り物なのかと疑うくらいに。
「それは、私たちの研究に関わる重要なものを握っているからだと考えました。
彼も私と共に研究をしている。……いいえ、研究のきっかけはアロンドさんからですから、協力者は私の方なのですが。それはいいとして……何者ですか、貴方は。
何の情報を持っているのですか」
私は、少し考えた後に、正直に話した。
エイナル先生からの冷たい圧に押しつぶされそうになりながらも、異世界から来たことについて語ると、エイナル先生は、それだけですか? と聞き返す。
「えっと、あとは、何だろう。私、ぼうっとしているから、異世界に行ったらすぐに死んじゃうなって思っていたんです。だからその、エイナル先生も味方になってくれるといいなって思います」
エイナル先生は私の言葉を聞くと、少し目を見開いた、気がした。
そんな変化は一瞬で、すぐに無表情に戻り、先ほどの顔を隠すように本棚へと向かう。
そしてエイナル先生は、本棚から本を取り出して、机に置く。
「これは、魔法、魔術、精霊について書いてある本です。わからないことがあれば、私に質問していただいても構いません。ですから、私にも、貴方の世界について教えてください」
「は、はい。わかりました」
「では、明日のために、私はもう寝ます。貴方も、もう今日は眠ったらどうです?」
確かに、街はなんだか疲れそうだから、今のうちに寝ておいた方がいいかも。
それにしても、エイナル先生……。少し、話すスピードが早くなった。無表情で、声に抑揚もないから、何を思っているのかはわからないな。
異世界について興味があるから、異世界人に会えて嬉しい~、みたいなアロンドさんタイプだといいな。
「じゃあ、そうします」
「はい、では寝ましょう。一緒に」
「はい……はい?」
一緒に?
「問題はないでしょう。貴方は生徒ではありませんから」
「そ、そういう問題じゃないと思いますけど……わかりました」
お互いに一緒の場所で寝ることを同意した後、エイナル先生にもらった寝間着を着て、私は先にベッドに入った。もちろん服が大きすぎてだぼだぼだけど、私は気にしない。
あ、もちろん、何の恥じらいもなく寝ました。ドキドキもしないです。
寝返りをうつと、目の前にド綺麗なお顔。
ごめんなさい、嘘つきました。顔がいい。このお方、顔が良いので緊張します。
でも相手は、何の躊躇もなく一緒に寝ることを提案したんだ。意識していないんだろう。
また寝返りをうって、壁を見つめる。
異世界に来て、わかったこと。この世界の人間は、顔が良い。
結論が出たところで、眠りにつく。
そういえば、新しい私の顔も結構良い感じだった……と思いながら。