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大きな門の前にたどり着いた。龍の絵が描かれた大きな門で、その門の奥の建物らしき影は、何か異質なものに包まれているように思えた。
これも、魔法とか、魔術とかが関わっているのだろうか。
「悠陽。ここが魔法学校だ。魔法学校はな、すげえんだぞ?」
そこからアロンドさんは何かを語っていたが、軽く聞き流した。
語り終わるまで、周りを見渡してみる。
この門の奥の建物は、もやがかかっていて、影のようにしか見えない。
後ろを振り返れば、ペガサスが眠っていた。白い体に美しい羽根。そのペガサスが、ゆっくりと目を開いた。そして、私と、ペガサスの目が合った。
ペガサスの瞳は、海より深い青で、吸い込まれそうなほどに綺麗だ。
ペガサスが立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「ちょ、オッサン。ねえオッサン‼」
オッサンの語りを止め、私を見てにっこりと笑った。
「大丈夫だ、こいつは何もしてこないさ。敵意は感じられない」
アロンドさんは慣れているかもしれないけど、私は初めてなんですからね?
ペガサスは目の前で歩みを止めて、私をただじっと見つめている。
私が何もしないからか、しびれを切らしたようで、ペガサスが私の手に擦り寄った。
可愛い! と思った瞬間、何かの映像が流れてくる。
真っ暗な空。星一つ見えない場所だから、何の感動もない。何の感情もない。何も楽しくない。何も見えない。手を伸ばしても何もない。
もっと、刺激が欲しい。こんな夜に沈みたくはない。もっと、もっと……。
本当は、私_________
「おい、悠陽?」
その声に気が付いた瞬間、映像は途切れた。
たった少しの間だったが、私は息を止めていたらしい。
失われた分を取り戻そうと、何度も何度も激しく呼吸を繰り返す。
私のその異常な様子を見たからか、アロンドさんは私の背中をさする。
私は苦しみながらもペガサスを見ようとすると、それは霧となって見えなくなった。
「おい、今のはもしかして……幻獣・ヴィジオンか?」
そんなアロンドさんの声を聞き取るのがやっとな私は、もう立つこともできなくなった。
すると、アロンドさんが杖を取り出し、何かを呟く。
だんだんと呼吸が楽になり、視界も開けていく。
「……悠陽? 大丈夫か? 一体、何を見たんだ?」
何も見ていないよ。ただの暗闇だったんだ。
人も動物も、物も星もなかった。私だけしかいなかった。
あんなところ知らない。私は、____に住んでいて……。
「あ、れ……?」
私、どこにいたんだっけ。日本なのはわかる。学校に行ったことも、勉強の内容もわかる。
でも、肝心な記憶がない。人間関係だとか、学校生活だとか、そういう、大事な思い出が。
何一つ、思い出せない。
「アロンドさん……どうしよう、私、記憶がない。確かに学校に行って勉強したし、日本で暮らしていた。でも、思い出そうとすればするほど遠ざかる。思い出が一つもない。私は、今まで何をしていたの……!?」
漠然とした不安に飲み込まれそうになった私の手を、アロンドさんは優しく握った。
大丈夫だ、大丈夫……。そうやって、私を落ち着かせる。
やっと落ち着いたころ、学校の前にある門が、大きな音をたてながら開いた。
「アロンド・S・サウジャン。一体、どうしたと言うのです。長い間、この門の前にいましたね。まさか、門の開け方を忘れたのですか?」
無表情で、淡々と話す、少し妖艶な雰囲気を出す中世的な顔立ちをした男の人。銀色の髪は、鎖骨よりも長く、瞳は青紫色に輝いている。そして、すごく整った顔。
その人が、アロンドさんに話しかける。私の方には見向きもしなかった。
「ああ……エイナルか。悪いな、いつも通り龍の門の鑑賞をしていたんだよ」
「またですか。いつも、様子を見に行かされる私の身にもなってください」
そこでやっと、エイナルと呼ばれた男の人が私を見た。
「おや、貴方は……。もしかして、アロンド先生の恋人ですか?」
「は?!」
無表情で、なんてことを言いやがるんだこいつ。なんか面倒臭そうな人だ。
こういう時は、いつも通り、無気力でいればいいんだ。OK。
「ふむ、なるほど。その様子からすると、入学希望ですね。大丈夫ですよ、わかっていますから」
私はもう、何も言いません。
ぷい、と別の方向を見て、再びペガサスを探す。
「お前、嫌味かっての。まぁいいや、お前もいるなら丁度いい。一緒に来てくれ」
「……仕方ないですね。いつものことですし」
エイナルさんも一緒に来るらしい。面倒なことにならなければいいけど。
門の先に行けば、西洋にあるような豪華なお城があった。
これが、学校? 疑問を抱かずにはいられなかった。
「ところで……貴方の名前は、なんですか?」
「あー、えっと、乙葉 悠陽です」
「貴方、もしかして……。いえ、今話すことではないですね。時間があるときに、私の部屋、第六研究室に来てください。歓迎しますよ」
そのエイナルさんの発言に、アロンドさんは驚いたらしく、何もないところで躓いた。
エイナルさんは、そんなアロンドさんに冷たい視線を向ける。相変わらず、表情は変わらない。
「私は、エイナルです。エイナル・ローゼンベルグ。二度は言いませんからね」
「あ、はい」
有無を言わせない、という感じ‼ エイナルさん怖い!
それにしても、お城に気を取られていたけど、この庭みたいな所もすごい。すごく広い。探検したくなるほど素敵!
「悠陽さん、とお呼びしてもいいですか?」
「あ、はい。私は……どう呼べば?」
「エイナル、と。一応、教師としてこちらにいるので、面倒なら先生だけでもいいですよ」
うーむ、この人も面倒なことは嫌いなのかな?
とりあえず、エイナル先生と呼ぼうかな。
「じゃあ、エイナル先生で」
「はい。宜しくお願いします」
自己紹介、終了!
ちなみにエイナル先生の外見は、まさに妖艶! という感じ。
銀色の髪は、鎖骨よりも長い。瞳は青紫色に輝いている。そして、すごく整った顔をしている。アロンドさんといい、エイナル先生といい、なんでこんなに顔整っているんですかねぇ。
しばらく歩くと、城の目の前に着いた。近くまで来ると、やっぱりその凄さに圧倒される。
「そういえば、なぜここまで歩いてきたのですか? 転移魔法を使えば良かったと思いますが」
「あぁ、悠陽にこの城を近くで見せたかったんだ」
アロンドさん、私のために転移魔法を使わないでいてくれてたの? 少し、嬉しいかも。
「では、もう転移魔法を使っても良いですね?」
「あぁ」
「わかりました。では、校長室まで転移します」
エイナル先生はそう言って、杖を取り出した。その杖で、私とアロンドさん、そして自分自身に杖で触れた。触れられたと認識した次の瞬間には、私は部屋の中にいた。
きょろきょろと忙しなく周りを見渡すと、老人と目が合う。
「ようこそ、乙葉 悠陽さん。私は、この学校の校長を務めている、ランダル・トーヴィーだ。何か困ったことがあれば、いつでも来なさい」
そう言って、校長先生は柔らかく微笑んだ。
穏やかな人だ、と思った。とても安心感のある人。用がなくても、この人の元へと行きたいけど、校長先生だからなぁ。
「はい、ありがとうございます」
私はそう言って、ぺこりと頭を下げる。
校長先生は頷いてから、真剣な顔をする。
「そうだ。特別に、この学校の中にある研究室を貸そう。余分な部屋だからね。その部屋には防御魔法、そして修復魔法がかかっている。簡単には壊れないし、壊れたとしてもすぐに治る。好きに使っていいからね」
校長先生はそういうと、今度はアロンド先生とエイナル先生に話をし始めた。




