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「おい、悠陽? さっきの態度と今の態度で変わりすぎじゃない? ねぇ?」
「確かにさっきまでの私は怯えていた。でもそれは、オッサンがあまりにも似合わない爽やかキャラを演じていたからであって、オッサン自体に対して恐れを抱いていたわけではない。よって、結論:お前が言うな」
ソファに寝転がりながら話をしようとする私に、オッサンが騒ぐ。
そんなオッサンを無視して、私は早速質問をする。
「この世界では、魔法を使うのが普通なの?」
オッサンは、諦めたような顔をしてため息をつく。
やったね、私の勝ちだ。
あまりにも私が爽やかオッサンを嫌うために、再びオッサンは素に戻る。
「魔法を使うこと自体は普通じゃない。ちゃんとした素質を持っていないと、魔法は使えない。さらに、魔法が使えたとしても、あまり多くの属性魔法は使えない。使うなら、多くの知識と技術、体力が必要だな」
なるほど。使えない人もいるわけなのか。
あぁ、そうそう。魔法科学校なんてものもあるんだぜ。と、オッサンは付け足したが、そこには興味がないので聞き流した。
「じゃあオッサン、ずばり聞くがここはどこだ」
「ここは、森の国。正式に言えばシルワラントだな。その名の通り、森などの自然がたくさんある国だ」
うん、せめて聞き覚えのありそうでない国ならいいんだけど。
明らかに異世界めいた国の名前に、私は笑うしかなかった。ま、苦笑いだけど。
「どうした?」
「いや、明らかに聞いたことないし、明らかに異世界めいた名前で……はは」
少し苦笑いした後、私が項垂れていると、オッサンは言う。
「とりあえず、お前にとって、ここは異世界なわけだ。いろいろ心細いだろう。できるだけ、お前の要望に応えられるようにするから、安心しろ」
オッサン、と馬鹿にしているけど、こいつは良いやつだ。
本当に、優しくて。どこか懐かしいような気がするけれど、その感覚は一瞬で消えてしまった。
今更だけど、名前呼びにした方がいいかな、どう見ても外見はかなりのイケメンだし、外見年齢的にもオッサンじゃないし。
「他に聞くことはあるか?」
初めて、名前で呼ぶのか。まぁ、これからお世話になる人だし? さすがにね、呼ばないと私の人間性が疑われるよね!
私は起き上がって、オッサン……アロンドさんの目をしっかりと見る。
アロンドさんは、突然の私の行動に驚いたらしく、目を見開いて固まった。
「アロンド、さんは……やっぱり、名前で呼んでほしい、かな?」
あ、顔が熱い。照れすぎて、声も小さくなるし。
アロンドさんを見ると、まだ固まっていた。というわけで、私は再び横になった。
「は、どうしたの、お前。本当に悠陽かよ。今日一日でお前の性格は掴めたなー、なんかキャラ濃いなー、なんて思ったらコレか。お前、本当は」
「うるさいオッサン。で? どうやったら魔法使えるわけ」
「また、オッサン呼びか……」
「心の中では呼んであげるよ」
アロンドさんに、軽く頭を叩かれた。
はぁ、とアロンドさんはため息を吐いた後にとある提案をした。
それは、私がこの世界にある“魔法魔術学校”に通うことだった。
そこで私が一般常識を身に着けつつ、魔法も覚えていけばこの世界の事も自然とわかるだろう、との事。丁度、アロンドさんはその学校の先生をしていて、面倒も見れるから。とも言っていた。
そして、もう一つ理由がある。それは、同じく魔法魔術学校の教員であり、アロンドさんの友人であるエイナル先生という人が、異世界について詳しく知っているらしい。その人の元へ行けば、何かわかるかもしれない。そういう理由もあるらしい。
「学校か……」
学校なんて、課題だらけで、人間関係に悩みまくったりする面倒な場所だと思う。
それに、私はまだこの世界について知らない。不安だらけなのだよ、アロンドさん。
それ以上に、私は“学校”という響きが嫌いだった。閉鎖的な、陰鬱で、人だらけで。
なんの面白みもない。
「悠陽?」
無意識に下がっていた頭を上げ、アロンドさんを見つめる。
しっかりと目を合わせてはっきりと意思を伝える。
「嫌だ」
「そりゃまたどうしてだ?」
「私は、学校が嫌い。それだけ」
そう言って、私は寝返りをうつようにして反対方向を向く。
ソファの背もたれ部分に埋もれるようにしている私の背後で、アロンドさんが困っているような気がした。それを気のせい、ということにして私は目を閉じる。
「わかった。学校には通わない。でも、学校に勤めている俺の友人がいるんだが……そいつが、世の中の不思議現象について詳しく調べているんだがな? なんと、俺も研究員だったりするんだ!」
「ん」
「おいおい、素っ気ないな。そいつのところに行って、詳しく調べれば、何かわかるかもしれねぇ。だから、行ってみないか。通わなくてもいいから!」
アロンドさんの方に顔だけ向ければ、両手を合わせて顔の前にやることでお願い! ポーズを決めている。ぎゅぅっと目もつぶっていることで可愛さプラス。可愛さの勝利。可愛さに負けた。
「わかった。いいよ、行くぐらいなら」
「ほんとか!? 良かった! じゃあ準備してくるから待ってろ!」
仕方なくそう言えば、アロンドさんは嬉しそうに笑った後、張り切って準備を始めようとする。どこからか鞄を取り出して、本やら杖やらいろんなものを詰め込んでいる。一体なぜそんなに物が入るのか、と思ったが、きっと魔法だろう。魔法なんだよな。異世界なんだし。って。
「ちょっと待って、今日いきなり学校に向かうの? 早くない?」
「お前、そんなあからさまに嫌そうな顔するなよ。それと今日は、まず校長に会ってもらう。ちゃんと姿勢正せよ?」
「えぇ……」
アロンドさんは、部屋に戻った瞬間に、準備ができた! さぁ学校に行こう! と言って、いきなり私を外に放り出した。さすがに今日いきなり行くとは思っていなかったので、驚いて反抗してみたけれど無駄だった。
ねぇ。最初から私が行かないという選択肢は無かったんじゃないの? いきなり校長先生に会うなんて、用意していたとしか思えないんだけど!
えー、私。外に出ると、かなりダメになるんです。馬車の近くに行くまでの間は、ありえないほどの猫背で歩いておりました。
そんな私を見て、アロンドさんは軽く睨んでいたが、しばらくすると諦めたかのようにため息をついていた。
アロンドさんの家から学校までの距離は長いらしく、私たちはアロンドさんが手配した馬車 (馬と言ってもペガサスのように見えるのは気のせいなのだろうか)に乗ることになった。
御者さんに挨拶をした後に、馬車に乗り込む。
しばらくすると、大きく馬車が揺れた。出発したんだね。
そして、私は疑問に思ったことをアロンドさんに聞く。
「オッサン。これのこと馬車とか言ったけど、明らかにペガサスだよね。ペガサスってこの世界には普通に存在してるわけ?」
「あぁ、ペガサスはこの国にはよくいるよ。ただ、他の国にもいるかはわからないな」
ペガサスって、普通にいるんだ。そうかそうか、異世界だもんな。っていうか、空飛んでるし!
つまり、さっきの大きな揺れは、空を飛ぼうとした影響なのね。
なんかもう変なこと起きても、異世界だしな。って真顔で受け入れるようにしよう。もう、驚きすぎたら私の精神が持たない気がするの。
「そういえばさ、人多いところ行ったらさ? 私が逃げるとか思わないの?
今のところ、頼れるのはオッサンだけだから大人しいけど、他に信頼できる人ができたら……」
「なるほど、な。確かにそうだ。だが大丈夫だろうな。それだけ馬鹿正直に、告知してくれるようなお前は、逃げないさ」
あっ、ダメなやつだ。
アロンドさんは、私の手を掴むと、何かを呟いた。
すると、私の掴まれた方、つまり右手の甲に、何か模様が出てきた。魔法陣、のような。
「すまないが、お前がいつどこにいるかを把握するために、魔法をかけた。あまり問題はないと思うから、安心しろ」
「つまり、私が逃げようとしたら、オッサンが飛んでくるってわけだね」
「その言葉通り、飛んできてやる」
「怖い」
さすがに飛んでこられたらビビるので、本当は逃げるつもりなんてないけど、逃げるのは諦めることにした。まぁ、ちょっと悪戯するくらいは許されるよね? ……ね?
そんなこんなで、気ままに雑談や、この世界の話をしていると、私もアロンドさんも眠くなってきたのか、うとうとし始める。数分後、お互いに睡魔が限界らしく、眠ることにした。
「着いたみたいだな」
目覚めたときにはもう既に空の国には着いていたらしい。
私よりもずっと前に目覚めていたアロンドさんがそう言いながら、先に馬車を降りた。そして、外から私に手招きをした。
私にとっては初めての土地。しかも、異世界なので、少し恐怖心はある。
そんな私の心情を察したようで、アロンドさんは私に片手を差し出す。
「ここは空の国・シエロラント。魔法魔術学校が唯一ある国だ。魔法、魔術に関する書物などは、ここが一番多い。当たり前だがな。ちなみに、魔導士の素質がない者は、この国には入れないようになっている」
そう言って、なかなか手を掴まない私に優しく微笑んだ。
このまま馬車の中にいても仕方がないので、怯えながらも、アロンドさんの手を掴む。
私は馬車を降りた後、御者さんにお礼を言った。
御者さんは頭を軽く下げ、再びペガサスを操って雲の中へと行ってしまった。
「ここってもしかして、空の上なの?」
「あぁ、そうだ。空中にある国だから、空の国。単純だろ?」
そんな会話をしながらも。アロンドさんは手を引いて私を案内する。
まだここはただの平原。背の低い草が、風を受けて左右に揺れている。ただ、花は少ししか咲いていないようで、あまり華やかさはなかった。だが、それでもこの自然の豊かさは、私の心を癒すほどの力があった。繋がれた鎖から解放されたかのような、自由を噛みしめている感じっていうか。よくわからないけど、なんだか嬉しい。
異世界に来て驚いたけれど、それでもやっぱり、来てよかったとは思う。
こんな大自然、私の住んでいたところでは見ることができなかったと思うから。
私は唐突に、アロンドさんと手を繋いだまま草原に倒れた。
当然ながら、アロンドさんも倒れることになる。
アロンドさんは、うわっ、と声を上げて私の隣に音を立てて倒れる。
「お、おいっ、悠陽なにしてんだ」
いきなり私がこんなことしたせいなのかな。アロンドさん、焦っているみたい。声だけを聞いたとしても、動揺していることが丸わかりだと思う。
そんなアロンドさんを見ながら、私は笑った。
「仕方、ないなぁ。はは、なんだよ、その幸せそうな顔は……」
アロンドさんは少し寂しそうにに笑ってから、片手で目元を覆い隠すようにした。
イケメンって、何をしてもイケメンなんだね。腹立つ。
なぜか、アロンドさんが父親であるかのような錯覚を覚えるけれど、年齢的にもそれは違う、と思い直す。ただこの人が精神年齢オッサンなだけだ、と。
「それにしても、なんでそんな顔をするんだ? ただの草原だろう」
不思議そうな顔で問いかけるアロンドさんに、私は苦笑しながら言った
「私の住んでいたところはね、自然とは縁の無い場所だったの」
私の言葉を聞いて、ふぅん、と軽く頷くが、まだ不思議そうだった。
私も満足したので、さっさと起き上がる。太陽が近いので、暑いのでは……と思ったが、全然そんなことはなかった。呼吸も余裕。ただし、眩しい。
「さて、満足もしただろう。さっさと学校に行くぞ」
「うげぇ」
というわけで、さっさと学校行っちゃいます。