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「オッサン、風呂あがったぞ。って、居ないし」
リビングに戻ると、オッサンは居なかった。
無駄に豪華なソファでゴロゴロしようと思ったが、さっきのオッサンの異様なテンションが気になって、少しフラフラしながらオッサン探しを始めた。
しばらく歩くが、一階にはどこにも居なかった。
階段を上ると、大きくて豪華な扉が目の前にあった。まるで、ラスボスがいるかのような、凄まじい迫力のある扉。それを、恐る恐る開けてみる。
「オッサ……なにそれ、なにその禍々しい本? え、オッサンってヤバい奴? 怖いんだけど」
部屋の中はとても広く、その広い空間にはたくさんの本棚があった。
そんなわけで、ここには本しかないのだろう、という事がすぐにわかった。
頭が痛くなるような場所に、オッサンは居たわけだけど。
いや、私は本が好きだ。しかし、ここにある本はどれも奇妙なオーラを放っているのだ。なにか、触れてはいけないような。そんな気がした。
そんな私の気持ちを知らないオッサンは、目を輝かせながらこちらを向いた。
「おお、悠陽か。これはな、ちゃんとした魔法の教科書だ。俺が魔法科学校に通っていたころのやつでなぁ。あぁ、懐かしい」
「えっと」
「あ、あの時の魔法についての本がある! あの時のサリア先生の魔法すごかったなぁ、広範囲魔法なのに、俺ら生徒に被害を出さないようにするあの器用さ! 魔力コントロールの仕方が一番上手い先生だよ。あこがれの先生で、何度も指導をお願いしたなぁ。あの人クールだから、何度も追い返されたけど!」
「お、オッサン?」
どうやら、昔のものを見て思い出に浸っているらしい。私の声など、全然耳に入っていないご様子です。
仕方がないので、私もその辺にある本を手に取る。
「んー……」
……読めない。
どうやら、異世界というだけあって、使う文字も全然違うみたい。ただの記号にしか見えないので、予想しようにもできないのです。
まぁ、そんなに興味もないし、もう読むのやめよう。
そして私は、手に持っていた豪華な装飾のされた本を本棚に戻した。
ちょうどその時、オッサンが落ち着いた様子で私の元へと来る。
「ごめんな~、俺、魔法のことになるといっつもこうでさ」
こう、というのは、さっきの異様なテンションのことだろうな。
私が冷たい目で見ているが、オッサンはへらへらと笑うだけだった。
「それでな、お前には……魔法が使えるようになってもらう!」
あぁ、あんまり面倒臭そうなことはしたくないのだけれど。
それでも、好奇心の方が勝れば、私はきちんと行動します。
「えぇ、面倒だけど……良いよ、わかった」
私がそう言えば、オッサンは満足そうにした。なんて可愛い笑顔なんだ。
あぁ、魔法と言えば、私はオッサンにいろいろ聞かなければならないことがあるんだ。
「なぁ、オッサン」
「なんだ?」
少し暗い声でオッサンに声をかければ、オッサンは心配そうに私を見る。
少しの希望にすがるように、私は言った。
「オッサンは、異世界とか信じる?」
オッサンは目を見開いて、ただ瞬きをした。少しして、ゆっくりと目を閉じた。
私は、その動きの一つひとつを見逃さないよう、目線を外さず、緊張で身を固くする。
「異世界、か。それまたどうしてだ」
「私のいた場所に、魔法は存在しない。おとぎ話の世界の話だよ。あとはアニメとかゲームとか。はじめは、ここが夢の中なのかと勘違いしたくらいだし」
「なるほど、な」
オッサンは、顎に手を当てて考え込むような姿勢をとる。目を伏せて思い悩む様子は、まるでモデルのように綺麗で、状況を忘れて見惚れてしまうくらい。いかん、私は生きるか死ぬかの分岐点にいるのだぞ、イケメンに見惚れている場合ではないんだ!
「お願い、信じて。頼れるのはオッサンしかいないんだ。オッサンがいなきゃ、私死んじゃうよ。知ってる? 人ってね、あっけなく死ぬんだよ!」
死ぬ、という言葉で、オッサンは小さく体をはねさせた。もしかして、地雷? 大切な人を失っちゃった系の病みキャラなのか。だから病み属性、いや闇属性魔法が得意なのか。やめてくれ、死にたくない。私は犯人ではない。私はやってない!
オッサンは視線をこちらに戻すと、恐ろしいほどに爽やかな作り笑顔を向けた。
思わずひくついてしまう頬を押さえ、呼びかけるが直らない。作り笑顔怖い。やめてくれ。君はオッサンなんだ。せめてニヤニヤで……いや、それは放送禁止レベル、いやでも顔が良い……くそ、こんなところでアニオタ感が出てしまう!
「あぁ、もちろん信じよう! これからは俺が面倒見てやるよ。だから安心しな!」
「こ、怖……」
オッサンの対応が激変したのは怖いけど、頼れるのは今のところこの人しかいない。
なんとかして快適で自由なハッピーライフを作り出そう。まだ始まったばかりだ。
……不安だらけだけど。