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「オッサン、服着たぞ」
豪快にドアを開けて、オッサンを驚かせようと試みる。
しかし、オッサンはため息をついて、ゆっくりと気だるげに立ち上がるだけだった。
「……はぁ、じゃあ行くぞ」
相変わらずオッサンは、スマホのようなものを持っている。それをズボンのポケットに突っ込むと、玄関の方向へ歩いて行った。
私は後ろからゆっくりと歩いて、ついていくことにした。
しばらくして、オッサンは止まった。
「ここだ。ほら、中が見えないだろう?」
オッサンが指したところには、大きな窓がある。しかし半透明で、窓全体が膜のようなものに覆われている。
「なんか、窓が膜で覆われてるんだけど。あれ、何なの?」
「そりゃあ魔法かかってるし。って、お前これが見えるのか?! ってことは!」
私が薄い膜を見れると知った途端、オッサンのテンションがハイになった。
ものすごくうれしそうな顔をしている。可愛いな、くそ。
声がものすごく低かったから、そのままオッサンと呼び続けてはいたが、実際は二十代ぐらいのイケメンだった。意外と外見年齢は低くて、少し中性的。非常に私好……いやなんでもない。
危ない危ない、私のメンクイな部分が出てきてしまった。
「なに、オッサン。なんでテンション上がってるわけ?」
「お前、これがテンション上がらなくて何を上げるんだよ?」
「ごめんオッサン、何言ってるのかわかんない」
テンションの上がったオッサンは嬉しそうにしながら、そのまま走って家の中へ入ってしまった。
「仕方ない、シャワー浴びるか」
未だに砂だらけの自分の体を見て、私はため息を吐いた。
改めて浴室に入ると、先ほどまでなかった余裕が生まれてくる。
いやぁ、森林を見ながら入浴って、なかなかいいな。
それにしても、あのオッサンは何者なんだろうか。こんなに豪華な家に住んでいるなんて、只者ではないだろうな。
そういえば、私の髪の毛がまだ金髪であるような気がする。真実を確かめてみよう。
ちょうど、シャワーの横に大きな鏡がある。私は鏡に両手をついて、自分の姿を見た。
そこには、金色に輝く髪を腰まで伸ばした、赤目の美少女が写っていた。
誰!? と驚きつつ、手を振ってみる。すると、鏡の中の美少女は私と同じ動きをする。どうやらこの美少女は、紛れもなく自分自身らしい。
なんだか混乱してきた。ちょっとまとめてみよう。
最初に、“魔法”の存在について。
オッサンは、極普通に魔法について話していた。そして、私もこの目で魔法らしきものも見た。つまり、ここは明らかに私の知っている世界ではない。私は異世界に来てしまったようだ、と今更理解する。
そう、ここは異世界。私はこの世界について何も知らない。これって、すごく危険な事だと思うんだよね。だから、この世界のことについて、少しでも多くの情報を集めないといけない。
そして次に、私の姿について。
明らかに顔立ちも変わっているし、髪の色や目の色も変わっている。なぜこうなってしまったのかはわからない。そして、どうにかする方法もわからない。
命に関わるものではなさそうだし、とりあえずこれは放っておいても良さそう。
いろいろ考えていると、突然めまいに襲われる。
不快な感覚に耐えるために目を閉じる。そのまま数分過ごすと、めまいはしなくなった。
そして改めて鏡を見れば、俯いた姿勢の人間が写っていた。
「えっ……!?」
驚いて、思わず声を上げる。
その声に反応して、鏡に写る人間は顔を上げた。
その顔を見た瞬間、私は凍り付いたかのように固まってしまった。
その顔は、元の私にそっくりだった。
肩までの長さで黒髪。そして、黒い瞳。少し幼い顔立ち。もう一度、手や足を動かしてみるが、私にそっくりな少女は、私とは別の動きをする。まるで、馬鹿にするように。
そして、元の私にそっくりな少女は、私と鏡越しに目が合うと、怪しげに笑った。
黒髪に黒い瞳。私に似ているけれど、目は笑っていないし、黒い瞳は光を全く反射しない。
その闇に似た少女の目を、しっかり見ることを恐れている私がいた。
『こんにちは。アタシはもう一人のアンタ。あぁ、疑わないで。
よーく見てよ。アタシはアンタの本当の姿をしているでしょう?』
言われた通り、じっくり見る。やっぱり、何から何まで同じだった。しかし、その表情や目にはどこか違和感を感じる。得体のしれない感情をもっているようで、ゾッとした。
『そんなに怖がらないでよ。今、アンタに何が起こっているのか知りたいでしょう?』
私に似たその少女は、私に指をさす。
私は、小さく頷いた。
『今、アンタはこの世界に組み込まれようとしているの。
神様が、どうしてもアンタが欲しいらしくてね。
ただ、アンタは異世界人だから、この世界にとっての異物になってしまう。
そこで、アンタの体を新たに作った。だから、今アンタは姿が変わってるワケ。
アンタの本当の肉体は、この世界のどこか、この世界の影響を受けない場所で、神様によって厳重に保管されているの。ここまでで質問は?』
目の前の女は、淡々と説明をしていく。
戸惑いを隠せない私に、少女は優しくこう言った。
『アタシは、この世界のことを一足先に調べてきた。だから頼りになると思うよ。
でも、アタシは鏡のような、アンタを映し出すようなものの中でしか存在できない。
頼りたくなったら、そういうところに行ってみなよ』
そう言って、静かに少女は消えた。
鏡に映っているのは、すっかり別人となった自分だけだった。