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「出て行ってくれ、この不審者ーーーーーーっ!」
「誰が不審者だって? 年頃の女の子を見てニヤニヤしてた男に言われたくないんだけど」
オッサンと私は今、不審者問題について拳で語り合っている。嘘だけど。
実際はソファに寝転ぶ私を、オッサンが引きずり降ろそうと奮闘しているだけだ。
実際問題、私にとっては生きるか死ぬかに関わるので、それなりに抵抗させていただきたいのであります。
「ニヤニヤしてねぇぞ、俺は」
「そうか、ならば休戦しよう」
相変わらずソファに寝転んで、実家に帰ってきました気分を味わう私を見て、オッサンはため息を吐く。非常に困った表情をしているのでにんまりと笑えば、アロンドさんは真剣な顔をして言う。
「とりあえず、寝るのはやめろ。座ってくれ」
まずは追い出されないようなので、今は命令を聞いておこうか。面倒だけど。
まるで真冬の朝に布団から出るかのようにゆっくりと起き上がると、キッチンらしき所に行こうとしたオッサンが死んだ魚の目で私を見ていた。
「なに、オッサン」
私も、目に光なんてないだろうから、人の事は言えないけれど。でも、オッサンはなかなかひどい顔をしているよ。もっと気力出そうよ、気力。
「いや、俺に似たものをお前から感じたから」
失礼な。オッサンよりはマシ……と信じたい。
オッサンはそのままキッチンへと行き、お茶を二人分入れて持ってきた。
嫌そうな顔をするオッサンはため息を一つ吐いて、机の上にお茶を乗せると、私の隣に座った。
お話をする準備は完璧だね、オッサン。
「お前さ、どこから来たの」
背もたれにもたれかかる私とオッサン。完璧にだらけきってる。
確かにオッサンと私は同類なのかもしれない、と思った。ちょっと嫌だ。
「日本」
それだけ言うと、オッサンは首を傾げた。きっと、もっと詳しく言わなきゃわかんねーよ。とか言うんだろうな。
でも、私の予想とは全然違う言葉を、オッサンは言うのだ。
「日本? そんなところ、ねぇだろ」
「…………は?」
目を大きく見開いて、オッサンを視界に捉える。オッサンも、驚いた顔をして私を見る。
お互いに、信じられない、と言った顔をしているんだろうな。自分の顔なんて見えないから、わからないけど。
「え、本気で言ってるの?」
「本気本気」
「気だるげだけど嘘を吐いているわけではなさそうだな……」
オッサンは、途中で話す事をやめ、どこかへ行ってしまった。
私は、何もできないので再び寝転んだ。
考えても何もできないし。努力したところでここはどこかわからない森だし、迷うだけ。
だったら、その場で寝るのが一番。夢からヒント貰えるかもしれないし?
私が頭の中で開き直っていると、頭に拳骨が落ちた感覚。鋭い痛み。
「痛い!」
「てめぇがまた寝るからだろ」
こいつ、だんだん本性見せてきたな。
涙目でオッサンを見上げると、最初に目があった時に持っていた本を手にしていた。
よくよく見れば、分厚い本の表紙には、豪華な装飾が施されている。
「不思議そうに見てやがるなぁ。そうだ、お前なんて名前だ?」
「乙葉 悠陽」
オッサンは、またもや首を傾げる。
「変な名前」
私は、今までにない速さで立ち上がり、今までにない強さでオッサンの脛を蹴った。
オッサンは声にならない叫びを発しながら、床をごろごろとのたうちまわる。
「てめぇ……! 可愛い顔してなんつー馬鹿力を!!」
「えっ」
「あ?」
柄にもなく、少し動揺してしまった。修行不足かもしれない。
「なんだぁ? 急に顔真っ赤にしやがって。あ、そういえば、てめぇの事はなんて呼べばいい? つかどっちが名前だ? オトハ ユウヒちゃん」
私が口元を手で覆って、真っ赤な顔を隠そうと努力しているのも気にせずにオッサンは言う。
今更だけど、オッサンの顔とかじっくり見ていなかったな。最初に目は合ったけど、驚いてすぐに目をそらしたからね。声だけでオッサンと判断していた。
「きっ……名前は悠陽の方だよ。まるで外国人だな……悠陽でいいよ。オッサンは、なんて名前?」
オッサンは、手に持っている本を一枚ずつめくって読みながら、私と会話をしている。
器用だなぁ。それ私も極めたいんだけど。
「きもいって言おうとしたな、お前。名前と名字が反対になっているんだな、お前。
で、俺の名前は、アロンド・S・サウジャン、だ」
ここで私は、お返しだ、とでも言わんばかりに、満面の笑みを浮かべて言った。
「変な名前」
オッサン改め、アロンドは立ち上がり、本を机に素早く置いてから、私のこめかみを拳でぐりぐりと押す。
「いだだだだだっごめ、オッサンごめんて!」
「名前聞いたのにオッサン呼びかよ」
はぁ、とため息をついてから、オッサンは拷問をやめた。
オッサンの頭の中の辞書には、手加減という文字が見当たらないように思えますが。
「それよりオッサン、何読んでんの」
再び本を手に取って読んでいるオッサンを見て、私は頭に浮かんだ疑問をぶつける。
オッサンは真剣な顔つきで、何かを探しているように思える。
さて、オッサンに近づけるこのタイミングで、しっかりとオッサンの顔を見てみよう。
鼻筋の通った高い鼻に、切れ長の青い目。漆黒を思わせる、無駄にサラサラとした髪。薄いピンク色の、形の整った薄い唇。オッサンと馬鹿にしていたけれど、この人、かなりイケメンだった。
オッサン要素は声だけだったね!(ただ声がすごく低いだけ)
ただ……ファッションには気を使っていないらしく、ボロボロの服を着ていた。
心なしか、破れ方が不自然な気もするけれど。
「お前が言っていた、日本っつーのが詳しく書いてある……気がする本だ」
「気がするだけかよ」
残念なイケメン。女性の皆さんは、ガッカリするでしょうね。
しばらく無駄に整った顔を見ていると、その表情に変化があった。
「どうしたの、オッサン」
気になるので、オッサンの持っている本を覗き込む。
私がその本を見る前に、オッサンはその本を急いで閉じて一言。
「お前、とりあえず風呂入れ。泥だらけじゃねえか。ソファも後で綺麗にしとけよ」
今更だなぁ……。そう思いながら、素直に従った。
風呂場に行くと、やはり豪華な装飾のされた洗面所など、その……素晴らしいとしか言いようがない光景が広がっていました。あぁ、私のこの頭では、この素晴らしさを表現することが出来ない。
とりあえずは落ち着いた。まず服を脱いで、洗濯物を入れるための籠の中に服を突っ込み、ドアを開けた。
…………。
急いでバスタオルを体に巻いて、走ってオッサンの元へ。
「オッサァァァアアァァアァァァァン?!」
「おいなんだうるせ……おい、なんつーかっこしてんだ馬鹿野郎!」
「私は今たくさんの情報が頭の中に入ってきて脳みそがその膨大な情報を処理できねえ状態にあるんだ」
ここは森の中なので、叫んでも近所迷惑なんてことはない。ラッキー。
頭の中では冷静だけど、オッサンへの嫌がらせのために大声を出してみました。最初だけね。
その次は息継ぎをせずに早口言葉風に言ってみたけど、聞きとれたかな?
「と、とりあえず……どうした」
咳ばらいをしながら、オッサンは後ろを向いてそう言った。
聞き取れたかどうかはわからないけど、まぁいいか。
「とりあえず、あの風呂。なんで、外から丸見えな構造になってるわけ?」
そう、あの浴室、浴槽に面している壁に大きな窓がついてるんです。いくら人があまり来ない森だからって……丸見えはダメでしょうが。
「あぁ、大丈夫だ。ちゃんと“魔法”はかけてある」
「は?」
え、魔法って、あの魔法? 思い切り怪訝な顔をして、オッサンを見る。
オッサンはなぜか不思議そうな顔をしている。
「どうした? あぁ、俺は“闇属性”が得意だから、心配しなくていいぞ」
「何、言ってんのオッサン。魔法とか闇属性とか、中二病かよ?」
「あー、そうか。お前は……いや、悪かった。嘘だと思うなら、外から見て来いよ。……服着てからな」
相変わらず後ろを向いたままのオッサンは、ここで待ってるから。とだけ言って、スマホのようなものをいじりだしてしまった。
私は急いであの豪華な脱衣所に戻り、服を着た。そして、オッサンの元へと駆け足で行った。
あれ? そういえば、あの本の内容について聞いていない気がする。後で聞いてみよう。