28 決意
お願いをしようと決めて、ベッドと同化したころに、急に思い出す。
そういえば私、死の匂いがするんじゃなかったっけ?
それを思い出した瞬間、心臓の鼓動が早くなり、呼吸が上手くできなくなる。
眠気が最高潮の手前まで来ていたおかげでくっついていた瞼も、活発な交感神経によりガッツリ開かされている。
おまけに精霊は悪意無く私に危害を加えることも少なくはないため、そこにも注意を払わないといけない。
ということは、私自身かなり強くないと厳しいのでは。
どうして私、今までずっと平気でいられたんだろう。
殺してもいいよ、だなんて言っておきながらも、きっと殺されない、自分は死なないと高を括っていたからか。それとも、アニメの影響で、異世界人は何らかの能力持ちで実は最強! というのを期待していたからか。
いずれにしろ、今のままでは私は死ぬ。
私はごく普通の人間だから、精霊に好かれることで窮地に陥ったり、あるいは周りの人間の狂気が暴走した時に自身を守れない。これからは、普通から抜け出さないといけない。
少なくとも、今はまだこの場所に居たい、かもしれないから。
布団を天井まで飛ばす勢いで起き上がり、自分の両掌を見る。
薄暗がりの中、月の光だけを頼りにして見た手は白く細い、小さな手だ。
こんな小さな手で、どれ程の大きさのものをつかみ取れるだろうか。
どれほどの強さを使いこなせるだろうか。
いや、そもそも、この体は借り物なのだ。
もしかしたら、出来損ないだった私でも、今の体なら。
生まれて初めてとも言える、熱い感情が湧き上がる。
胸の奥から湧き水のように噴き出す感覚がする。何か熱い流れが、胸の奥から世界へと飛び出していくような、そんな不思議な感覚。知らない感覚で驚くけど、なんだか嫌いじゃない。
自分の呼吸する音が聞こえるほど、というのは誇張表現になるかもしれないけど、それだけ静かな夜の下で私は決意する。
何もしなかった私とは違う体を持つ限り、まだ可能性はある。だから、才能があることを信じて、賭けてみよう。
賭けに負ければ自分の命をこの世界に差し出す。
きっと、そういう決まりなのだろう。
今日から私はこの世界の主人公。中二病上等。
だから私はここに呼ばれた。だから魔女などという得体のしれないものに目を付けられ、精霊に愛されるがあまり傷つけられ、四人の不思議な仲間たち(?)も不安定な形をしているんだ。そうだよね、神様?
窓から、どこにいるかもわからない神様を探しながら、拳を突き出す。
「聞こえてるか分からないけど、神様がいるのなら、言っておこうかな。
私、これから主人公だからさ。続編ができるようにちゃんと応援しててよね。私のファンならさ」
金属がぶつかり合う音に近づくよう、音の方向を気にしながら歩く。今はアロンドさんが授業を行なっていると聞きつけた私は、ならば、と有言実行しようというわけなのだ。
金属音の間に、アロンドさんの声が聞こえる。焦ることなく、淡々と生徒の弱点を指摘している。
驚かせてはいけないと思い、アロンドさんから見えない位置で待機していた。が、ざわざわと生徒たちが騒ぎ出す。
あれ、龍神様の加護を受け取った神子だわ、だのなんだのと。
落ち着いてほしい。私は加護も予定説も何もかも受け取っていない。完全なる凡人なのだ。そんなこと言えないけど。
うるさいぞ、と注意したアロンドさんも、流石にこの騒めきはおかしいと思ったのか、振り向いて生徒の視線が集まる方を向く。
当然そこには私がいる。
「な、なんでお前がここにっ!」
私に人差し指を向けて叫ぶアロンドさんの顔に驚愕の二文字が書かれている。ちなみに、アポを取らずに来たのだからアロンドさんが驚くのも当たり前の話だ。
驚きのあまり言葉が出てこないのか、口を開いては閉じるのを可愛いな、と思いながら、全私が期待する言葉を放つ。
「来ちゃった❤︎」
そう。
ワガママな彼女 (ハート)が、突然家に押しかけた時、もしくは部活の試合中に押しかけた時に言うセリフだ。
これを聞いた時、画面の前の私は怒り心頭で女を脳内で殴っていた。非リアには腹が立って仕方がないセリフNo. 1なのだから! 嘘だけど。
アロンドさんは、来ちゃったじゃねぇんだ! と抗議するが、生徒たちが一致団結して私の参加を許すように言うため、溜飲を下げた。
「今は魔法剣士を目指すやつの授業だ。高等技術がいる授業だから、本来は受け入れないが……お前は、特別だ」
アロンドさんの背後から、氷の粒が集まり、それが形を成した。見覚えのあるその姿は、つい昨日知り合ったヒュドールさんだ。水の大精霊だっけ?
「まだ加護を受けていないと知らりんせん ように、ちょいとお手伝いさせてもらう」
耳元で囁くヒュドールさんに、小さく頷いた。
アロンドさんは生徒の相手をするのに忙しく、私の相手はできない。一方、試合をしていない残りの生徒、本来は自主練をすべき生徒が私に注目している。
龍の加護を受けたのだから、何か特別な事を起こしてくれるに違いない、という期待が見え見えだ。やめてくれ、そんな目で私を見るなっ!
という中ニは置いておいて、
特別視される私の平凡さがバレないようにヒュドールさんがお手伝いしてくれるらしい。
それなりに私も頑張らないと、簡単にボロが出る。
ぐっと握りこぶしを作り、気合を入れた。
__________
「うえ、疲れた。もう二度と押しかけには行かない……」
授業内では、ヒュドールさんが鬼教官の如くスパルタ教育をしてくれたおかげで、水属性の魔法がかなり得意になった。最初は水球を作ったのだが、ヒュドールさんが頑張りすぎて、演習場全体を覆うぐらいに大きな水球が出来てしまった。
おかげで、加護があまりにも強すぎるため制御ができない子だと思われてしまった。
隣にいた水色をちらりと見れば、にっこりと笑いかけてくる。悪意が無かったのだから、責めることもできない。くそぅ。
「ま、基礎はエイナルに教えてもらっていたのもあって、上達は早かったな」
髪が乱れる強さと雑さをミックスした撫で方で頭をかき回され、ぐるぐるした視界の中でアロンドさんを捉えると、とっても楽しそうに笑っていたようで何より。脛を蹴った。
「ぐっ!?」
脛を抱えて蹲るアロンドさんを素通りし、歩きながら髪を手櫛で整える。
少し前まではきっと、整えたりしないで歩いていただろう。でも、なんでか身なりにも気を配り始めた。
今の容姿が優れているから、勿体ないと感じ始めたのか……。ま、わからないけど。
アロンドさんが痛みから回復し、小走りで追いついたところで他の教員からお呼びがかかる。
有名人は大変だ。先生としても、魔法使い? だかなんだかでも呼ばれるんだから。
「悪い、俺はちょっと回り道してから帰る。またなんかあったら、これで」
この学校へ向かうときに付けられた右手の魔法陣が、青白い光をぼんやりと浮かび上がらせた。
あの時、サボろうものなら言葉通り飛んできてやる、という恐怖のお言葉を頂いたが、今の状況ではサボるもクソもない。あくまでも安全のための、GPS的存在。
了解、と返せば、仕事仲間らしき人のところへ足早に向かってしまった。
その背中を見送り、ゆっくりと自室へ向かう。
「やぁ」
「うわっ!?」
日本でなら殺人未遂犯として豚箱の中にいたであろう軽薄な男ナンバーワン、テッドさんじゃないですか。
よく昨日の今日で会いに来ようと思えたな。それよりも自分の心の落ち着きようの方がヤバい。
めちゃくちゃ心臓が止まったかと思ったわ。つまり落ち着いていない。
「今日はアロンド先生の授業に出たんだって? それも、水属性の魔法が異常なほどに強力だって」
「何で知ってるの、授業には参加してなかったじゃん」
「探してくれたの? うれしいな。女の子たちから教えてもらったのさ」
いや、そりゃ探すでしょ。昨日殺されかけたんだぞ。多分死なないけど。いや、わからないけど。
私を殺そうとすれば死ぬか死なないかは未だに明らかにはなっていない。試すわけにもいかないからね。
そして安定の女の子を従えてるホスト感に、少し安心した。
あ、と感情が読み取れない短い声をあげたテッドの視線の先を辿ると、女の子三人組がこちらに向かってきているのがわかる。スカートがみんな短い。JKだ、JK。偏見はよくないよ! と心の中で一人ツッコミを入れていると、女の子とテッドの会話が始まった。
「ねぇねぇテッドくん、また授業いなかったね。寂しいな~」
「同じクラスなのに、会える時が少ないんだもん」
「あぁ、ごめんね? 俺は天才だから授業受けなくても平気だからさ」
「じゃあじゃあ! 今度教えてほしいところがあるの!」
「頑張ってるんだけど、わからないんだ。だって、凡人だもん」
ミルクティー色の髪を内巻きにしたボブ少女は、最初にねぇねぇ、とかじゃあじゃあ、とか付けるあたり、言葉を繰り返すことが特徴的で覚えやすい。レモンのような明るい金髪を胸元までまっすぐに伸ばした女の子は、一つにまとめて爽やかな印象ではあるのに、話し方はまるで小学生みたいだ。~だもん、と言っては上目遣いをする彼女を見て眉をしかめる。
もう一人、紫色に白を混ぜたような、薄くてスモーキーな髪色をした少女がいた。
彼女は一言も話さないで、その場をじっと眺めている。が、その眼光に鋭いものを携えていて、つい最近似たような目を見た、とドキリと心臓が跳ねる。
「ん~、時間があったらね!」
「うんうん、そうだね! 待ってるよ」
「私たち、クラスメイトだもん」
取り巻きにしては静かに身を引く少女で良かった。過激派なら私は死んでいたね。心が。
「そうそう、神子ちゃんも! 一緒に強くなって、神様に恩返ししようね」
「私たち、あまり会えないけど、応援してるから。だって、尊敬してるもん」
ミルクティー少女が優しく握手をしてくれた。女の子らしい、さらさらした綺麗な肌だ。
レモンっ子は、ぎゅっと私の体を抱きしめてから離れると、「み、神子様に触っちゃった」と恍惚の表情を浮かべた。
と、とても怖いぞ、なんだその喜びようは。
残るブドウ少女は、最初から最後まで無言で、眉一つ変えやしなかった。
ミルクティー、レモン、と横切る髪を見届け、ブドウはどこに? と探すと、後ろから
「私は知ってるよ。彼はいつもそう言って誰の側にも行かないことを」
ぼそり、呪詛のような小さな声。
その声が聞こえた瞬間だけ、世界から切り離されたような錯覚をした。
気づけば、三人とも遠くの方で喋っている。
ブドウ少女も、この場を離れてからは楽しそうに笑っている。
「悠陽、あのさ」
これから修行、俺ともしてみない? と提案するテッドについていこうとして、何気なく彼女たちを見た。
ブドウ少女の紫色の暗い瞳が、2つの目が、私をしっかりと捉えていた。
じっと、冷たい暗闇のような瞳が私を引きずり落そうとする。
少女は、二人の友達に呼びかけられたのか、笑って応じる。
私に、一瞬だけの気味の悪い笑みを残し、今度こそ彼女は去った。
「悠陽、どうしたの?」
「……なんでも、ない」
何も気づかないテッドが、不思議そうに首を傾げた。
女子の恐ろしさは、男が知ったときにはすでに重症化している。
その意味が分かった気がした。




