24
階段を下りていくと、薄暗くて湿気の多い場所にたどり着く。石を積み重ねてできたような壁により、この空間は作られている。一本道ではあるが、なにより長すぎるせいで先が見えない。入り口にあったランタン(マジックアイテムっぽいやつ)を手にして、奥が見えない恐怖と戦いながら進む。
先ほどまで水があったとは思えないほどには水滴などが見当たらない印象はあるが、心なしか少しジメジメする空気に息苦しくなっていると、開けた場所に出る。
ランタンを使って、周り全体を見てみると、中央に台座がある。それ以外には何もない場所だとわかった。その奥には重厚な石の扉があり、手形のような窪みを半分に分けるような隙間がある。まだ奥に部屋があるらしいこの空間は、ホテルのロビーのように広い。それだけに、中央に台座だけがあるというアンバランスさが寂しさを増長させている。
龍神様からのお告げとご加護を受け取れと言われたけれど、この台座に何か仕掛けがあるのだろうか。何も説明されず、初めての参加で選ばれてしまった私に、何ができるというのか。ほんっと、ロクなことないぞこの世界。
これもまた石で作られてはいるが、細かな粒子が青白く煌めいてスピリチュアルな……って、異世界だから魔法か。魔法的なものを感じる。何かを乗せる場所には、若干の丸い凹みが見られるけれど、丸いものなんてあったか?
「騒がしいと思ったら、お前だったか」
体の内側を震わせるような、低く深みのある声に意識を奪われ、台座へ向けていた目を超えの方向へ移す。
重厚な扉の前で腕を組んだ、赤い髪の男が私を睨んでいる。半裸の男の左腕から心臓付近にまで刺青が入れ込まれていて、顔つきが険しいこともあってか、ヤクザのような印象を受ける。よく鍛え抜かれた逞しい腕をじっと見ていれば、その男は目つきを更に鋭くする。
「愛し子が此処に何の用だ。扉を開ける資格すら持っていないのに」
「資格……?」
扉には手形しかないけど、と思いながら自身の両手を見ていれば、鼻で笑われる。馬鹿にしたような笑いは、テッドとは違って威圧感がある。
「笑うなら教えてよ」
「契約もしていない人間に親切にする程、俺はお人好しではない」
イラッとした私は、自分の口がへの字になっていくのを実感しながら、勢いに任せる悪癖が出る。
「じゃあ契約して!」
すると、目を見開いた赤い男の髪が炎に変わる。火の強さは増すばかりで、収まる様子もない。怒らせてしまったか?
不安に思っていると、男は、震えた声で必死に言葉を紡ぐ。
「勘違いしているようだが、俺はお前を愛しちゃいない。精霊であれば愛されると思うな。悪意を向けられることもあると知れ」
どんどん怒らせている、やばい。無意識に後ろに下がると、精霊はその分距離を詰める。
「それと、お前を愛していなくとも、俺は呪い憑きなんかとは契約しない。それは、俺以外でもそうだ。契約したいなら、呪いを解いてからにしろ」
「は、はい……」
勢いに圧倒されて、返事をするのがやっとの声が語尾には聞こえるか聞こえないかぐらいにまで小さくなる。通常の倍ぐらいにまで早く脈打つ心臓を気にしないようにしたいけれど、ストレスに弱い現代人の私にはそんな高等技術は備わっていないらしい。余計に緊迫した雰囲気を感じ取ってしまう。
「愛し子はお前以外にもいる。お前は特別、得体の知れないモノを持っているから近付く精霊も多いだろうが、俺はお前と関わるつもりはない。もう此処から立ち去るといい」
そう言うなり背を背けた男に、ほっと息を吐く。鋭い目線から解放されたものの、肝心の、お告げだとか祝福だとかは受け取れていない。
どうしようか、と開く様子のない扉を見つめ、手元のランタンの赤と金の粒子に紛れる、青白い炎の粒子の数を数える。
青い粒子が、ふっと私の手の甲に近づく。火傷する、と背筋が冷たくなるが、不思議な事に熱さを感じない。むしろ、ひんやりとした、雪のような感触だ。
「なんだ、まだ帰らないのか」
「私、ここでお告げと祝福を受け取れと指示を受けて来たんです。でも、方法がわからなくて、それで、受け取れなくて」
辿々しい私の説明を遮ることなく聴いているあたり、まだマトモな人、いや、精霊なのか、と思うけれど、振り返った男の目は鋭いまま。目で殺そうとするような様子を見て、再び身を固くする。
「自分は失格だったと言えばいい」
冷たく一言吐き捨て、左の人差し指で私の胸元を指す。思わず息を呑み、口を開けずにいると、ランタンの青白い粒子が私の目の前に徐々に集まり、大きな塊となった。
それは、特大な雹のような形をしていた。それから、ピシピシと何かにヒビが入ったような音がして、形を成し始める。手、足、腕、大臀部、胸部、頭、……顔。氷で形成された、コシのある太く長い睫毛を、扇のように上下に揺らす女性。その服装も、薄い水色に白を基調とした着物を身にまとっているため、お淑やかに見える。真っ赤な紅を差した唇は、小さく笑みを浮かべている。
「そんなにこの子をいじめないでくんなまし」
私の方を向くようにして現れた彼女は、赤い髪の男性の方へ体を斜めに向けると、汚れが目立ちそうな着物の袖で口元を隠し、花魁のような言葉遣いで私をかばう姿勢を示した。
「お前は、確か、別の愛し子と契約した女だな」
「そう。主が知ってありんす通り、わっち はアロンドと契約を交わした精霊でありんすぇ」
鋭い目に、プラスして眉間の皺が刻まれた男性を見てオロオロする私に、さらに困難が積み重なる。
彼女も精霊であり、そして、現在険悪な状態のアロンドさんと契約した精霊が現れた。
私の心境を知ってか知らずか、冬を纏った彼女は私の頭をひと撫でして微笑んだ。




