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リリアン曰く、今日は学校主催での超巨大イベントが開かれるらしい。いつやるかは決まっていない、不定期なイベントだけど、なんだっけな、何かが起こった時に開催するって言ってたな。校長先生の知り合いだったかな、どっかのお偉い先生がその前兆を読み取って開催するって聞いたんだ。
何をするか、具体的に聞こうとは思ったものの、明日を楽しみにしてて、の一点張りで何も教えてくれなかった。
リリアンとの親密度を上げる為にも、以前もらったアクセサリーを身につけ、リリアンを待つ。私が約束を忘れていたことを踏まえて、リリアンが私を迎えに来ることを提案したからこそ、今私はここで待つことになっているんだけれども。
と、ここで急に思い出した。あの人からの手紙だ。軽く読んで放置していたで、内容についてはあまり覚えがない。暇つぶしにもなるし、今のうちに読んでおこう。
〝あの時の約束に嘘偽りはありません。
私は、貴方の安全と、心の安寧を保つ為に動くことを約束しましょう。貴方の味方でありたい、そう願う気持ちに偽りはありません。……龍神様に誓って。
簡易的ではありますが、お送りしました入浴剤に翻訳魔法の効果をつけました。お暇でしょうから、書物に触れてみてはどうでしょう。
もう一つ。近々、学校主催でのイベントが開催されます。これを機会に人間関係を豊かにするのも手かもしれません。
今回お送りしたアイテムの効力は一日です。もし不足していると感じたのなら、私にお伝えくだされば、また差し上げます。気が向いた時にでも、顔を見せに来て下さい。
エイナル〟
__________トントン
ちょうど手紙を読み終わって一息ついたところで、廊下へとつながる扉から、軽めの音が二回する。外へ意識を向けていなかったせいか、大げさなほどに体を跳ねあげさせて、誰もいないのに周りを見渡して気恥ずかしさを紛らわせる。
「遅くなってごめんなさい、悠陽。着替えを持ってきたから、開けて頂戴」
忘れていた。着替えをしなければいけないんだ。キャピキャピのJK衣装に、着替えなくてはいけないんだ!
意を決して、恐る恐る部屋の鍵を開ける。内開きの扉の向こうから、にっこりと笑顔を見せているリリアンに、私は敗北を理解した。彼女の右手には魔法の杖が握られている。もし抵抗すれば、つまり、そういうことらしい。
抵抗しないことをわかりやすく伝えるために両手を肩より上に上げると、一瞬きょとんとした顔をした後、慈悲もなくお揃いの制服を手渡した。
リリアンはすでに着用済みで、紺色を基調とした分厚めのスカートには、細く白と赤で線が交差することでチェック柄が生み出されている。ブレザーは金色に輝くボタンが三つ。赤いリボンネクタイが胸元で華やかさを演出し、制服の単調なデザインをカバーしている。私もこれを着るのか、とわざとらしく肩を落とすけれど、相手は余裕の笑み。仕方なく彼女の手から服を奪い取って、その場で着替える。
「悠陽、思ってた以上に似合ってますわ! ねぇ、写真を撮りましょう! 思い出に撮っておくの!」
「待てリリアン腕を引っ張るなお願いだからホント許して」
ぐいぐいと引っ張って距離を縮めると、有無を言わさずに外に出る。ガッチリとホールドされていて逃げられそうにない。無念。
廊下に出て、壁のレンガデザインの四角の数でもカウントしながら、必死に現実逃避をしていると、階段に到達する。先程から外が騒がしい。イベントの影響なのか、この声。
「ふふ、私としたことが、興奮のあまり転移魔法を忘れていましたわ」
口元に手を当て笑うリリアンは、右手の杖を振ると、何かを呟く。すると、目の前が白い光で遮られ、段々と賑わう声が近くなる。近くなって、声が増えて、そして真横から新しく声がする。
「眩しかったかしら? ごめんなさい。でもね、無理やり連れ込んだからには、今日はとびっきりたくさん楽しませるわ!」
目を開ける少し前に、右手に温もりが加わる。しっとりとした肌は、よく手入れされていると一瞬でわかるほどに綺麗。お嬢様らしいと言えばらしいけど、ここまで綺麗だとお嬢様どうこう以前の話なのかとも思う。
リリアンから目を離すと、周りは花や三角の旗、紙吹雪に屋台など、イベントムードを盛り上げる人の影響もあってか、騒々しさが増しましになっている。どこを見ても笑顔の人々で、男女問わずに幸せそうだ。
噴水の方に人だかりが出来ていて、なんだか悔しそうにしている人々がいるので、少し気になっていると、校長先生が手招きしているのを見つけた。
「ねぇ、校長先生だわ。貴女を呼んでいるのよ、きっと。丁度、ここがメインイベントの場だし、急いで行きましょう!」
繋いだままの右手に力を込めて、反省の意を示してみせると、リリアンは、初めて育てた花が咲いたのを見た子どものように笑って、前を行く。初めての体験というのは、誰だって嬉しいんだ。校長先生の前に、友達を連れて立つというのも初めてだし、手を引いて歩くというのも初めて。だから、こんなにも輝いているんだ、彼女は。
「久しぶりに会ったが、前よりも表情が明るくなった気がするのう……ここにはもう慣れたかね?」
イベントが起こるたびに主要人物に話しかけられるなんて、まるでRPGだ。しかも校長先生だよ、めちゃくちゃ重要じゃん。
私が頷くと、次はリリアンに目を向けた校長先生が、目を細めて、ほう、と声を漏らす。
「君は、リリアン・ミストだね? 珍しい組み合わせだと思いはしたが、これはこれで良い巡りあわせとなるだろう。リリアンにとっても、悠陽にとっても」
「えぇ。私、悠陽に出会えて本当に幸せですわ。今、私たちは制服デートというものをして、親睦を深めていますのよ」
校長先生の意味深な発言も、リリアンのズレた返しですっかりと抜け落ちる。いけない、それ以上は誤解を生む! 慌てて止めるも、リリアンはペラペラと今後の予定を嬉々として校長先生に自慢している。校長先生は、これまた仏のような穏やかな表情で頷きながら聞いている。必死になっている自分が馬鹿らしい……。
「そんな仲良しの二人に、私自ら案内をしようではないか」
「まさか! 校長先生が?」
校長先生の申し出に、リリアンだけではなく、聞いていた周りの人もざわつく。
「校長先生が案内なんて……きっと、あの人が今回の試練を受ける人なんだ」
「あ、あの人知ってるよ、女神のように美しいって噂の」
「でも、この学校の人じゃないんでしょ? きっと無理よ」
恐ろしく視線が集まり挙動不審にはなったが、適当なことばかり抜かしてくる人々を目にすると、彼らも動揺していることがわかる。馬鹿にしているわけではなく、ただただ不安を紛らわせようとしているような、そんな感じ。
「あぁ、私が選ばれなくてよかった」
ほっと胸をなでおろしている女子生徒を見かけ、背筋がすっと冷える。どうして、メインイベントであるこの行事に参加したくないのか。胸をなでおろしたその意味はなんだ。
人々は、私たちが通ろうとする場所を素早くよける。さらに奥にいた人も遅れて避けるため、じんわりと道が開けていく。
その先には、あの噴水があった。
「ミストさんは、恒例行事だからわかっているね? お手本を見せてあげなさい」
はーい、と返事をして、リリアンは噴水に手を突っ込んだ。すると、噴水から大量の水が吹きあがり、私たちに降り注ぐ! と思ったとき、水は桃色の花びらへと変わり、噴水広場を華やかに彩った。
「悠陽、これはね、龍神様の試練を受けるか否かを決める、重要な儀式なの。招かれざる者は最初からこの場所にはたどり着けない。でも、受ける資格のある可能性のある人間は、この場に呼ばれるの。きっと、悠陽も資格自体は持っているのね!」
どうやら盛り上がっている様子の外部者たちと、次は何が出てくるのか、と楽しみに待っているリリアン。リリアンが噴水の水に触れた時、昨日使った入浴剤のような、桃色の花びらに変化して綺麗な光景を生み出した。きっとこれまでの人たちも、リリアンの前に色んなものを噴水に生み出してもらっていたんだろう。
何を生み出すのかが気になって、この場に留まっている人がほとんど、というわけらしい。
私の髪は金色だし、タンポポでも降ってくるのではないだろうか、と思いながらも、何が出てくるかは予測不能なので、恐る恐る手を伸ばす。ゆっくりと手を伸ばし、水温を確かめるようにして水の中に入れる。
そして、噴水の水は私の手から波紋を広げ、その波紋が虹色に輝いた。虹色の光を帯びた水は徐々に消失して、水位が低くなり、周りの人間が叫ぶ。
「あぁ、ついに龍神様のご加護を受ける人間が現れた! それも、女神と噂をされた人だなんて!」
状況が分からない私は、噴水に背を向けて、周囲の人々と相対する。人々は、喜びと感動と、嫉妬と羨望の眼差しで拍手をし始め、それはやがて広場にいる人々からより遠くの人の元へもうつり、大きな拍手へと育っていった。
異常なまでの盛り上がり様に、私はとんでもないことをしでかしたのだ、と理解するのには、時間はかからなかった。
「おめでとう、悠陽。やはり君は、龍神様に招かれてここに来たんだ。この階段から、噴水の下にある神殿へ赴き、龍神様のご加護とお告げを受け取ってくるといい。これから先の君の運命がわかるだろう」
校長先生の、形式ばった言葉にも、既に決められたことを遂行するだけのような、中身のない人形のような、けれど動いてはいる不気味さを感じて、後ずさりする。
「幸運を祈るわ……」
私の手を取り、私の手の甲をリリアンの額に付けてそう言ったリリアンは、一緒に行けなくてごめんなさい、と泣きそうになりながら謝る。
「一体、どうなっているの」
周囲が固唾を飲んで見守っている中、逃げるわけにもいかない私は、噴水の底に隠されていた階段へと向かい、一度だけ振り返ってから降りて行った。
一瞬、私の元へ来ようとするアロンドさんを止めるエイナル先生を見た。そのエイナル先生は、いつもの無表情。
この世界、ロクなことがない。
そう結論付けた私は、戻ったらさっさとエイナル先生にでも私の始末でもしてもらおう、と決意した。




