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龍と神に贖罪を。  作者:
出会い
23/32

22

朝になって目を覚まし、ぼ〜っとした頭で目的を思い出す。今日は、リリアンと会って情報を集める。と、考えたところで眉をしかめる。

あれ、私何かしくじってないか? と。

何をどうしくじったかって、リリアンのことなんだせど、何かを忘れている気がする。忘れているといえば、誰かさんからの手紙を読まずに寝てしまっているんだけども。まぁ、いいか。


リリアンに会えれば……って、リリアンってどこにいるんだ? 部屋には転移魔法で行ったし。他に会った場所といえば、噴水で……。あ。


私が倒れた日、リリアンはお嬢様言葉にロリータ服には似合わない走り方をしながらお見舞い(?)に来て、そして、『噴水の前でお待ちしてますわ』と最後に残して立ち去った……!

約束の日は昨日だ。一昨日に倒れて、その時に〝明日〟待っている、と告げたのだから。最悪だ!

いや、うん。そういうこともある。


静寂の中一人で冷や汗をダラダラかいていると、激しく大きな音をたてながらノックをされる。そのまま扉を壊されそうな勢いに、私はドン引きなのだ。とか考えている間も、ノックの間隔が狭まっていて、まるでトイレに入りたすぎて焦ってる人みたいになってるんだけども。でも私こんなノックする人と会いたくないよ!


「悠陽! 開けなさい! わたくし、怒っていますのよ!」


 あ~、悪いのは私でしたわ。

 尋常ではないノックという名の曲を奏でた主は、昨日私が放置をしてしまったリリアン・ミスト本人様でございます。まぁ予想通り、大層お怒りのようで、ご機嫌麗しゅう? とでも言った日には血祭りにでも開催しそうな雰囲気がある。もちろん冗談です。

 返事をしない私を不審に思ったのか、声が多少か細くなってなお私の名前を呼ぶので、観念して応対することに決める。


 扉を開けると、リリアンはいつものようにピンクの髪を巻いて、耳よりも高い位置で二つに結び、頭頂部に赤いリボンという格好をしていた。そして、腕の裾が広がったピンクのブラウスには、私との友情の証である赤いリボンのバレッタが、白い襟元を飾るようにして存在している。それを見て、その存在を昨日まで忘れかけていた事を思い返し、リリアンと合いそうになった目をそらす。

 そらした目を、可能な限りバレないようにリリアンの方に瞳だけを向ければ、リリアンは目を伏せて口元をきゅっと結んだ。その顔は、なんというか、悲しいような、苦しいような、複雑な表情な気がした。私には表情を読み取る力があまりないので、こういう時に非常に困るのだ。うん、困る。


「ねぇ悠陽、貴女も私のもとから離れていくのかしら」


 まるで去っていく親を呼び止めるかのような声だと思った。ドラマみたいな創作物でしか、こんな声は聞いたことがないとさえ思う、切ない声。

 驚いてリリアンの方を向くが、今度はリリアンが目を合わせようとしない。叱られるその瞬間を、怯えながら待ち続けているような。

 つまり、彼女には幼さが残っている。


「リリアンって、言葉遣いはお嬢様らしく大人ぶってるけど、本当はすっごく子どもみたいな感じあるよね」


 リリアンは一瞬、痛みを堪えるような表情をして、また表情を整える。何度か口をもごもごさせると、一言だけ。


「私、今までに関わった人のほとんどにそう言われますの」


 そして、少しずつ私と目を合わせ始める。ゆっくりと瞼を上げて、瞳を動かし、私と目が合う。

 宝石のような、美しい桃色の瞳。光をうまく取り込んで、透き通った湖のような輝きで人々を魅了していくのだろうか。けれども、まだ幼い精神性のために活かしきれていないのか。いや、でも男ウケは良かったぞ?

 美しい瞳を囲う長い睫毛が上下に揺れ動くのをじっと見つめ、やっぱり顔は良いんだよなぁ、今の私もだけど。なんて今思うことではないことを考える。


「私、自分勝手ですって。我儘なんですって。でも、私、お母様にはそれで良いって言われましたの。世の中の人間はみんな我儘なのだから、私も我儘でいて良いんですって」

「そうなんだ。まぁ、別に私はリリアンから離れようなんて考えてないけど」


 とりあえず、誤解による話の脱線を修正するために、私の現在の気持ちを述べたところ、リリアンは間の抜けた声を出し、陰鬱な表情から一転、眉を吊り上げて目を見開く。これは、来るぞ。


「だったら、どうして、早く言わないの!?」


 花火大会の会場でさえハッキリと聞こえそうな大声で、リリアンは怒りを表明した。来るだろうな、と構えていた私は、ナイスタイミングで耳を塞いでいたので、なんとか鼓膜の無事は保証されている。ちなみにリリアンはその間にも、くどくどと怒りの理由をわかりやすーく説明してくれているので、右から左、左から右へと聞き流す。


「あ、そうだ、リリアン、昨日」

「そう!! 本題はそこですの! 私、昨日、悠陽が来なかったから……また、嫌われたと思ったのよ」


 リリアンには女友達はいない。それは彼女の性格や行動によるものなのだが、これまでの言動からして、それを理解しているのだろうか。それとも、全てちぐはぐなのも計算の上でのことなのか。わからない。頭脳戦なんて他の人に丸投げするタイプの私に、これは向いていない。いつも通り、感じたままに、その場の勢いでやろう。


「嫌ってなんかないよ。むしろ、今関わっている人の中で“一番”まともだと思っているね。私の一番の友であり、仲間であるのは今のところリリアンだけさ」

「本当? 私から離れていかないの? 悠陽にとっての一番なのは、私? 信じて、いいんですわよね」


まぁ、詐欺師2名に闇を抱えた少年、それに比べたら、男の子を操る悪女なんて可愛いものなのではないだろうか。そう思いながら、リリアンの目を見ながら頷いた。

悪女とは思えない、無邪気な目を輝かせて嬉しそうに笑うリリアン。あぁ、良かった。この子はやっぱり、一番まともだ。悪女という厄介な性質はあるけど、私に対する悪意は無いように思えるし、むしろ嫌われることを恐れているみたいだし。

とは言っても、これから狂人化していく可能性もある。嫌われることを恐れる気持ちが肥大化して、ヤンデレのようになられても困る。一定の距離は保っていたい。


「私の初めてのお友達。悠陽、ありがとう。私、悠陽の役に立てるように頑張りますわ」

「ん? うん」


私の両手を自身の手で包み込み、まるで壊れ物を扱うような優しさで握るリリアン。役に立てるように、という言葉は、友達というには不自然に感じる。彼女にとっての友達の概念は、これまでの人生の影響で歪んでいるのかもしれない。しかし、私にとっては好都合なので、わざわざ訂正して教えることはしない。まず面倒だし。凝り固まった考えを変えるのは、かなりの努力が必要だと思うから。

とは言っても、このタイミングでテッドについて聞いてしまうのも、その為に貴方に近づきました! 用件はそれだけです! ありがとう、さようなら! っていう感じが見え見えでおかしいと思う。

あぁ、ここで全世界での私の人生が悪影響を及ぼすなんて!

嬉しそうなリリアンが、また泊まりに来ても良いのよ、とか、なんなら魔法や魔術を教えても良いのよ、なんて言ったりしているのに、うんうんと適当に返事を返しながら、どうやってこの不幸から抜け出せるかを考える。しかし私の空っぽな頭では良いアイデアは思い浮かばない。


「ねぇ、また明日も会いましょう。明後日も会いましょう。たくさんお話ししましょう! 私、お買い物もしたいの。女子トーク? もしたいの! あぁ、どれからしようかしら……。悠陽は、何かしたいことはある?」

「私? 私は……リリアンがしたいことなら何でも」


遠足の前日のようなテンションの上がり方に若干引き気味になりながら、当たり障りのなさそうな言葉を選んで返す。リリアンは気にする気配もなく、これから私と何をするかの予定を立てている。なんというか、女子高生のようなはしゃぎっぷりで、精神年齢の高齢化が進んでいる私にはとても付いて行けそうにない。やめてくれ、心のエネルギーが枯渇しているんだ!


「あぁ、そうだわ! 学内デートをしましょう!」


いくつもの候補の中から、しっくりとくる答えが出たらしい。明るさを増した声に、反射的に肩が跳ねる。そして、〝デート〟という単語の使い方を間違っているリリアンに、訂正するかどうか迷う。デートって、一般的には恋愛関係にある人間同士のことを言うのでは、と。


「ふふ、学内デートというのは、制服を着用してするものだそうよ……」


リリアンが人差し指で空についっと曲線を描くと、目の前に半透明な映像が現れた。プロジェクターで映し出したような見づらさはありつつも、そこに映されているものが何かはわかる。制服だ。なんと、チェック柄のミニスカートだ。信じがたいことに、女子高生と言えばこれ! というような典型的な制服なのである。私は舞台から降ろさせてもらうぞ。


「お揃いで……着ましょうね!」


私の両肩に手を置き、逃げられないぞ、と言わんばかりの圧をかけながら、もうすでに準備はできてあるとトドメを刺される。死刑宣告よりも残酷な、拷問宣告だ。前もって、拷問しますからね〜と言われて、はいそうですか〜と言うわけにはいかない。


「リリアン! 私は、異議を申し立てる!」

「それでは私、失礼させていただきますの。詳しい日程は、お手紙をお送りしますわ。それでは!」


華麗にカーテシーをしながら別れの挨拶をするリリアンは、忘れていたけれどお嬢様そのもの。子どもっぽい所もあれば、完璧にこなしてみせる大人の女性らしい所もある。そんな極端に振れ幅のある彼女の性質は、ギリギリの所で保っているのだろうか。私以外には友達と呼べる人はいない。そんな私でさえも、利用目的でリリアンに近づいたわけだし、な人だ。


私からの異議を聞くことなく消えたリリアンは、後日、約束通り手紙を送ってきた。

〝突然で申し訳ないのだけれど、明日はどうかしら? ちょうど良いイベントもあるのよ。私、悠陽と一緒に回りたいわ。お返事は、この下に書いた後に火をつけてくれれば完了よ。お願いね〟


私は学校に通うわけでもなく、ただここに居座るだけなので、迷うことなく了解と記し、火をつけようとする。が、何で火をつければ良いのやら。他に何か無いか、と封筒の中を探ると、ペンのようなものがある。ペンにしては細すぎるし、インクも見当たらない。魔法の杖? と思いながら、軽く手紙に触れてみると、柔らかな橙色の炎が、ゆっくりと手紙を溶かして飲み込んだ。ペンのような棒は、使用した数秒後には光の粒となり消失していた。


まだ、この世界の不思議体験には慣れることがない。

リリアンはどんな魔法を使うのだろうか、と想像を膨らませながら、明日までの時間を潰した。

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